──早くも3月半ば、ジョセフ・エリンドールの人形化や有栖川夫妻の関わるウイルス事件といった面倒事から2ヶ月が経過したある日。
『っしゃ──い捕獲ぅぅぅ!!』
白昼堂々、そんな風に声を荒らげる30センチの生き人形が1体。彼女──羽田結月は、四足歩行の毛むくじゃらにしがみついていた。
『ちょちょちょっ与一ぃぃぃ早くリード付けて!』
「そこは巧みなロデオ技術を見せるところだろ」
『むぎゃおおおおおお!?』
「……まったく」
頭に乗っている結月を振り落とそうとしてドッタンバッタンと暴れ回る四足歩行──そこそこの大きさの犬に近づき、逃げ出した原因である外れてしまっていたリードをしっかりと繋ぎ直す。
「よしよし、飼い主の所に帰ろうな」
『わ、私に対する……労いの言葉は……?』
「【浮遊】で軽く持ち上げれば大人しくなるのに」
『あ゛』
リードを繋いだ途端に不思議なくらいにスンと大人しくなった犬を座らせて、
【……ぜぇー、はぁーっ……も、もしもし】
「生きてる?」
【し、死ぬ…………!】
「
【……ああ、あそこね。了解】
「ゆっくりでいいぞー」
たぶん喋るのもキツいだろうし、真冬からの返答は待たずにさっさと通話を切る。
──今回の依頼は、散歩中に逃げられた飼い犬3匹の捕獲だった。真冬と結月、ソフィアを交えたいつもの四人で街に出て…………なんで結月とソフィアが入れ替わったんだっけ。犬を追いかけてるうちに流れで、だったかな。まあそれはともかく。
──2ヶ月。そう、丞久先輩と円花さんがイイーキルスを沈没させに行ってから早2ヶ月経った。
あの二人がセットの時に殺せる奴は恐らく存在し得ないから、任務が長引いているかミスカトニック大学の方でトラブルでもあったか。
とにかく、近頃が平和だったこともあってか、どことなく空気がピリついている。
これは何かが起きる前兆特有のピリつきだ、長年の経験でそういうのは分かってしまう。
「ほなみがバイト辞めたのはいいタイミングだな。そろそろ
『それにしてもさぁ、この……ずんぐりむっくりしたハスキー……モドキ? ってなんなの?』
公園のベンチに腰掛けて、傍にお座りさせた犬の前にふよふよと浮かぶ結月。
鼻を近づけて匂いを嗅がれている彼女を見ながら、仕舞おうとした携帯で軽く調べる。
「えーと、これはハスキーじゃなくてマラミュートだね。犬ぞりとかに向いてるらしい」
『へぇ~。ハスキーとなんかのハーフとかだと思ってたけど違うんだ』
「分からなくはない」
しかし、なるほど犬ぞり向きの犬種か。道理でやたらと走り回って逃げ続けられるわけだ。
空間置換を使ったらいきなりの視界の変化に驚くだろうからと、フィジカル勝負に持ち込んだのが不味かったか。そりゃあ流石の真冬も息を切らすよ。
ともあれ、真冬たちが合流するのをのんびりと待とうとしていたところ、ふと視線の奥で遊んでいる子供が、木の周りに集まっていた。
『ん? ……ああ、ボールが引っ掛かってるね』
「結月、助けておやり」
『え、めんどくさ……』
「俺はこの子見てないといけないし。ほら行け結月、子供を助けてきて!」
『はいはい、ピッピカチュー』
仕方ねぇなあとでも言わんばかりの顔で、結月はマラミュートから離れて木の方に飛んでいく。
なんだかさも当然かのように子供に混じって普通に会話とかしているけど────結論だけ言えば、生き人形と行動している探偵、という構図はわりとあっさり世間に馴染むこととなった。
今では、まあ……SNSで『人形』とか『探偵』で検索すればちらほら我々のことを言及しているつぶやきが散見される程度の問題だ。
それも必然ではあった。なぜなら現代人というのは大体が冷めている。ネットに空飛ぶ人形がアップされたところで、CGかワイヤーを疑われて終わり。
ああやって実際に見たりお喋りした人物が居るとしても、周りに生き人形の存在を吹聴して誰が信じるというのか。その所為か、お陰というべきか。
意外にも、【恐怖! 生ける人形は実在した!】みたいなニュースになる事はなかった。
「ま、そう簡単に世間が揺らぐわけがないんだよな。なあ、真冬?」
「……いや、何の話」
『お疲れ様、与一。結月はどこに?』
近づいてくる気配にそう投げかけると、なんのこっちゃと眉を顰める真冬の姿が。
その両脇には別のマラミュート2匹が抱えられていて、肩にはソフィアが乗っている。
「んー、あそこでチビたちと写真撮ってる」
『あら。お調子者なんだから』
「そっちは大変だったみたいだね」
「大変なんてもんじゃねえよ……こいつらがすっげぇ走り回るから、それに付き合わされてマラソン大会始まったんだぞ」
「でも捕まえられたんだ?」
ちら、と抱えられたマラミュートたちを見やる。雑な持ち上げられ方なのに嫌そうでないどころか、なぜか尻尾を振っているが……よく見れば薄っすらと魔力に覆われている。ソフィアの【浮遊】かな。
『この子たちを捕まえようとして、思わず【浮遊】で浮かせてしまったのだけど……なんだか浮かぶのが気に入ったみたいで』
「未知の体験にテンション上がったのかねぇ。それじゃ、3匹揃ったことだし飼い主さんの家に向かうか。おーい結月ー」
『へぇえい。あっ写真アップロードはほどほどにねー、あと人に言っても変人扱いされるからやめたほうがいいよー。アディオス、チビども!』
なんかいつの間にか子どもたちと打ち解けている結月が、そう言いながら戻って来る。
「打ち解けるの早いなあ」
「精神年齢が近いからだろ」
『もう少しこう、手心を……』
『?? 何の話?』
容赦無い物言いに、流石のソフィアも結月に同情している。まあそれは置いといて、早速と依頼主の家へと向かおうと立ち上がる……と。
「ん? どうした?」
こちらで追いかけてリードを繋いだマラミュートが、真冬に抱えられた2匹をじっと見上げる。
『えっ、なに……もしかして期待してる?』
「やってあげれば? あたしは両手塞がってるけど、与一が持ってあげればいいし」
「俺は構わないよ」
『うーし、やったるか。ふんはァ!!』
『気合の入れ方が男らしすぎない?』
──果たして、マラミュートたちは不思議な力で持ち上げられるという体験でテンションが爆上がりし、尻尾を振り回す勢いで空も飛べそうな程に楽しそうにしていた。ペット、ペットかあ。
……今は生き人形と悪霊で手一杯だし無理だな。
──飼い主の元に届け終わり、帰路につく途中。そういえばと結月が口を開く。
『与一ってさあ、あんまりお金に頓着してないよね。今回の依頼料もくっそ安かったし』
「んーまぁまあ、別にお金には困ってないし」
『……? 金持ちの道楽みたいなもんってこと?』
「言い方を考えなさいよ」
あんまり否定しづらいというのもあるが、バッサリとした物言いからして本当にこいつはクソガキムーブが根っこに染み付いている。
甘えられていると言えば聞こえはいいけど、まあ度が過ぎたら真冬がしばくから……
「ほら、葉子さんに40万、真冬に20万って毎月出してるだろ? ほなみが居たときは更にプラス20万。毎月60〜80万を給料として使って、それとは別に生活費とか諸々の支払いとかでもわりと使うとする」
『そうね?』
「で、その月に連盟組織絡みの戦いに手を貸したりするだろ?」
「……あっ、ふーん」
真冬が察したように呆れ顔をする。──そう、以前にも話したが、あの連中はこちらへの口止め料に結構な金額を振り込んでくるのだ。
──人の口座に、許可なく。
「そんなわけだから、お金には困ってないんだよ。怖い意味でね」
『ひぇ〜〜〜っ』
『よくそんなお金を使おうと思ったわね……』
「そりゃ、金に綺麗も汚いもないからでしょ。偽札じゃないんなら問題ないし」
「そういう事────お?」
そんな会話を交わしつつ、事務所が見えてきた頃。外から事務所の窓を見上げる人影が三つほどあり、それとなくソフィアたちを後ろに隠して近づく。
「ここ……ですよね?」
「名刺の住所は、ここだね」
「…………」
三人のうち二人が手元と事務所を交互に見て、一人は無言でその光景を見守っている。
「…………!」
──と、こちらの足音と気配を察知したのか、その一人が真っ先に気づいて二人を背に庇うようにしてこちらを見据えて立ち塞がった。
「どうしたの? ──あっ」
「おや」
続いてこちらを見る二人。庇い立つ一人と違い、その二人には見覚えがある。
光の当たり方によっては金髪にも見える明るい茶髪の少女と、逆に黒の混じった焦げ茶の髪の女性。それは間違いなく、あの日電車で出会い、文字通りに過去を見つめ直させてくれた大恩人。
「与一さん、お久しぶりです……!」
「おー、久しぶり、琴巳ちゃん」
こちらの顔を見て、ぱあっと顔をほころばせるのは。かつて造り出された神をその身に宿す巫女の末裔──
「…………。ふ〜〜〜〜ん?」
……後ろからの真冬の露骨に不機嫌そうな声は聞き流しておく。
どうせ『また女だよ』って思ってるんでしょ、こればかりは自分でどうにかできるモノじゃないんだから睨まれても困るよ。
──本格的にお祓い行こうかな、と思っても、
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