とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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姫島、白痴、狂騒曲。 3/7

 ナイの顔が、表情が、ぐねぐねと変化する。言葉にせずとも『こいつの頼みとか叶えたくねぇ〜〜〜』と思っていることだけは察せられた。

 

「そんなにイヤなのか?」

『……私個人の好き嫌いで、キミの仕事に泥を塗るわけにもいくまい。割り切るよ』

 

 仕方がないとばかりに頭を振って、ナイはため息混じりにソフィアの背もたれの上に腰掛ける。

 

『それで、蛇神は私たちのような生き人形のボディを必要としている……と』

「そうねぇ。技術的には可能って聞いたけれど、具体的にはどうやるの?」

『私が春夏秋冬円花から分離したのと同じ方法を使う。簡単に言えば──擬態させたショゴスに【人形化】を行使すればいい』

「────」

 

 初めて聞かされる、あっけらかんとした爆弾発言。けれどもそれにピクリと反応したのは、横で話を聞いている真冬だった。

 ……何が琴線に触れたのかはともかく、反応するだけで噛みつきはしない辺りまだ冷静だ。

 

『円花は、自分の中に居た私を分離する為にとこの方法を思いついたみたいでね。……蛇神、ちょっと姫島琴巳と代わりたまえ』

「ん? なんで?」

『なんでじゃないが。……あのなあ、お前の依代を作るとはいえ、実質的には自分の分身を生き人形にするんだぞ。さっさと戻れ』

「あー……それもそうね」

 

 言われてみれば、みたいな顔をする蛇神様に、ナイは心底呆れ返る。

 蛇神様が絡むと、こいつもまるで常識人かのように見えてくるんだなぁ。

 

 ──と、眼前で再度発光し、蛇神様から琴巳ちゃんへと戻る光景を目にする。

 パチクリとまばたきする琴巳ちゃんは、一応内側に引っ込んでいる時に話を聞いていたのか、一拍おいてからさらりと言った。

 

「ええと、ナイ……さん?」

『ああ』

「私は構いませんよ、こちらとしても蛇神様にはお世話になりましたが……やっぱり、こう……もっと自由に生きてほしいんです」

『もう既に自由に生きてると思うがね。それに、もっとハッキリ「邪魔だから追い出したい」と言ってもバチは当たらないだろう』

「い、いやあ、それは……」

「それ、お前が円花さんに言われたセリフってだけだろ。子供をイジメるんじゃない」

 

 イジワルな言い方をして困らせているナイをデコピンでつついて、改めて琴巳ちゃんを見る。

 結局のところ、『生き人形を作って分離したい』というのは──互いへの思いやりが由来しているのだ。ならそれは、尊重されるべきだろう。

 

「ったく。じゃあ始めようか。何かあったら責任は……上手いこと連盟組織に被せれば良いし」

「良くはないんですが……」

 

 ──【人形化】における問題はあるけれども。そんなことは、子供が抱える悩みではない。

 ボソリと反論する御剣少年をそれとなくスルーして、テーブルに手をついて体を前のめりにさせ、片手を琴巳ちゃんに伸ばす。

 

「ちょっと失礼」

「……んっ」

 

 よく手入れされた髪に手をすっと差し込み、サラリと指を動かす。

 何を勘違いしたのか頬を寄せる琴巳ちゃんにはあえて何も言わず、手を引き抜いて席に戻り、指に絡まる数本の髪の毛をナイに渡した。

 

「こんなもん?」

『充分だ。さて……皆様、しばしお静かに』

 

 ナイは受け取った茶髪を右手に持ち、宙に浮かんで誰も居ない所に向かうと、左手で手刀を作り薬指と親指だけを曲げる印を結ぶ。

 

『【完全顕現:ショゴス】』

 

 それから魔術を呟くと、虚空に穴が空き、床にべちょりと粘液が落ちる。

 完璧に支配下に置かれ、テケリ・リとすら鳴かないショゴスに、ナイが右手に持っていた琴巳ちゃんの髪の毛を放り投げて食わせた。

 

 ──ショゴスの中に沈んで、シュワシュワと溶けていく髪の毛。すると、DNA(かみのけ)を取り込んだことで、うじゅるうじゅると粘ついた水音を立ててショゴスは形を変えていく。

 

 少しずつ体積が縦長になり、輪郭が人間らしくなっていくのを眺め────るのは不味くないか? 

 

「……あ! 馬鹿野郎見んじゃねえ!」

「だよねぇ!?」

「なっ!? ばっ!!」

「みっみみみ見てないですよね!?!?」

 

 ショゴスが琴巳ちゃんに擬態するということは、すなわち何も着ていない体を見ることになる。

 それに気づいて顔を逸らすのと真冬に顔面を鷲掴みにされるのは同時であり、逸らした先では御剣少年と琴巳ちゃんが視界を遮るように両手を広げていた。

 

 ほとんどオオアリクイの威嚇にしか見えない仁王立ちをしている二人の端に見える竹田さんは、愉快なものを見るように口角を緩めている。……その辺はやっぱり、イス人なんだなと思わされるな。

 

「よ、葉子さん……俺の顔が陥没する前に洗面台から予備のタオル持ってきて……未開封のやつ」

「は、はい」

『なーにやってんだか』

『まあ、裸は見られたくないでしょうねぇ』

 

 逸らしたままの首と真冬に鷲掴みにされている顔面に甚大なダメージが入る前に、ナイには早急に仕事を進めてもらわないと困る。

 葉子さんが風呂場の方に向かうのを尻目に、ナイが更に続けて魔術を使う。

 

『……さて、与一クンの首のためにも早いところ終わらせるか。──【人形化 Ver1.5】』

「バージョン……1.5?」

 

 こちらに威嚇──ではない──をしていた琴巳ちゃんが、気になった部分を反芻する。

 薄く発光したショゴスの琴巳ちゃんが気になったのか、全員がそちらを向き、多分大丈夫だろうと同じように視線を向けると。

 そこには琴巳ちゃんにそっくりな生き人形が1つ、床に落ちる直前で【浮遊】で浮かばされていた。

 

『とある機能を追加した改良版なのさ。……と、葉子クン、タオルを生き人形に巻いてあげてくれるかい。ヒマティオンかトガみたいな感じで』

「はい???」

『…………。古代ギリシャとか古代ローマの布一枚で服とするアレだ』

「──ああ〜、なるほど」

 

 そこまで説明されてようやく合点がいったらしく、未使用のタオルを手に戻ってきた葉子さんはうろ覚えながらも、そのタオルを生き人形に巻き付けて端を縛り、ずれないように固定する。

 

『あとは、キミの役目だ』

「えっ、と……どう、すれば」

『蛇神と入れ替わる時の要領で、魔力を人形に注げばいい。それで蛇神の移動(ダウンロード)は終わる』

『ダウンロード……要領(容量)だけに?』

『2度目はないぞ』

『ヒェ』

 

 ナイは【浮遊】で持ち上げた生き人形を琴巳ちゃんに渡して、そうアドバイスをする。

 横合いからくだらないことを言って静かにキレられた結月に関しては、シンプルにお前が悪い。

 

 ──なにはともあれ、あとは蛇神様を移すだけ。自分と瓜二つの生き人形を両手で持つ琴巳ちゃんは、神妙な面持ちのまま集中する。

 

 そうしたところ、今までのものとは違うじんわりとした光が胸元から腕、腕から両手でへと移動し、人形が光に包まれ────それが収まる頃には、人形の髪は明るい茶髪から白髪へと変化していた。

 

『────。ん、んん〜〜?』

「……!! あの、蛇神……様?」

 

 やがて人形は──生き人形に宿った蛇神様は、まぶたを開けて眼前を見上げる。

 その視線の先に居る琴巳ちゃんの問いに、一拍置いてからゆっくりと返した。

 

『ふ、ふふ。()()()()()、になるのかしら』

「……はい、初めまして、ですね」

 

 二人の言葉に違和感を覚える……が、よく考えれば納得はできる。巫女の末裔と、自身に宿る蛇神様は、コミュニケーションが出来ない。

 

 どちらかが表に出ているとき、どちらかは裏に引っ込む。互いの存在を認識できても、会話を交わすことは出来ないでいたのだろう。

 

 ──先代である亡くなった母親に宿っている時に入れ替われば、幼少期の琴巳ちゃんとは会話できそうなものだけど……それはしなかったのかな。

 

「その、えっと…………え、へへ。もしも蛇神様とお話が出来たらって、何度も考えたのに、いざ叶うと頭が真っ白になっちゃいますね」

『うふふふ、私もよ、琴巳ちゃん。だから……うん、そうね。ゆっくり、考えましょう?』

 

 初めて歩こうとしてつまずくように、生き人形の体を手に入れた蛇神様は、備え付けられた【浮遊】の術式で宙にふらふらと浮かぶ。

 

 琴巳ちゃんの目線まで浮かんで止まった蛇神様と、双方が嬉しそうに笑みを浮かべる。

 そんな光景を前に、ひとまずは──まあ、そうだな。パンと手を叩いて注目を纏めて言う。

 

「積もる話もあるだろうし、俺たちは席を外そうか。おじゃま虫が居たら、話しづらいでしょ」

「えっ、ああいえ、そんな……」

『まあまあ、お言葉に甘えちゃいましょ』

「いいんじゃないか? ヒメも蛇神も、腰を据えて話し合うといい」

 

 目の前で作られた生き人形を興味深そうに眺めていた竹田さんが、そう言ってソファから立つ。

 

「僕としても……そう、ですね。長時間離れるわけではないのなら」

「まあそんなわけで、事務所の屋上に集まっとくから、何かあったら連絡するか屋上に来てね」

 

 続いて御剣少年も同意して、真冬たちにも目配せして立ち上がり、先に外に出て行かせる。

 最後にそう言ってから背中を向けようとしたとき、こちらの手を琴巳ちゃんが掴んだ。

 

「……ん? どうかした?」

「────。与一、さん」

 

 足を止めて振り返ると、琴巳ちゃんはこちらの手を両手でしっかりと握って胸元に持っていき、目尻を緩めて見上げながら言葉を続ける。

 

「ありがとう、ございました……! 本当に、どんなお礼をすればいいのか」

「いやいや、このあいだ過去を探る手伝いをしてもらったんだし……甘く判定してチャラってことでどう? 別にお礼は要らないよ」

 

 というか、貰うわけにはいかない。なぜなら────根本的な問題だ、これはそもそも()()()()()()

 友人が訪ねてきて、頼み事を手伝っただけ。それに仕事をしたのは魔術を行使したナイであって、こちらではないのだから、これでお金をもらったりしたらお次は法律と戦うことになりかねないのだ。

 

「お返ししなきゃと思うなら、これからも遊びに来てくれればいいよ。俺の原動力は子供の笑顔と元気でいてくれることなもんでね」

「──ふふ、わかりました」

「じゃ、あとはごゆっくり~」

 

 こくりと頷いてふんわりと笑う琴巳ちゃん。するりと手を離してソファに座り直す彼女を尻目に事務所を出ると、そこには誰もいない……いや、ナイだけが出てすぐのところで待ち構えていた。

 

「……あれ、ナイだけ?」

『真冬クンと葉子クンに先導させて、先に上がってもらったよ』

「ああそう。……それじゃ、念の為に事務所周りを警戒しといてくれる? 気配は消しててね」

『了解』

 

 言われなくてもとばかりに即答し、ナイは魔術を短く唱えて姿を消しながら窓の外に出る。

 

 

 

 それから屋上に向かい、外への扉を開け放つと、そこには真冬と葉子さん、ソフィアと結月、御剣少年と竹田さんが揃い踏みだった。

 

「桐山クン、いきなりで悪いのだが、御剣クンが用があるらしいんだ」

「ん? はいはい、どうしたのかな」

「……桐山さん」

 

 外に出て数歩前に歩くと、竹田さんがそう言うやいなや御剣少年がこちらに歩いてくる。

 琴巳ちゃんよりは大きいが、それでもまだまだ小さい背丈でこちらを見上げる御剣少年は、屋上の風で揺れる髪を押さえながら提案してきた。

 

「──桐山さん、手合わせ願えませんか」

「て、手合わせ?」

「貴方のご活躍は話に聞くだけで、実際に目にした事がある人はそう居ません」

「うんまあ、だろうね」

 

 御剣少年の懸念はごもっともだ。連盟組織の何百何千といるメンバーの内、共闘した事があるのは丞久先輩と秋山さんと小雪さんだけ。あと円花さん。

 

 そんな人間が胡散臭いのは当然の話であり、『いっちょボコってみるか……』となるのは必然だった。それに、御剣少年は琴巳ちゃんのボディーガードだ。()()()()()()、護衛対象が余所の男と仲良くしてるのは面白くないものな。うんうんわかるよ。

 

 ()()()()()()、そういう気持ちは大事にしていくべきだと思う。ここは要望に応えてあげよう。

 

「ようし分かった、俺の胸でいいなら幾らでも貸してあげよう。掛かってきなさい、御剣少年」

「────────。今、なんと?」

「え?」

 

 屋上の中央に向かいつつ、程よい距離を保つように間を離しながら言うと、御剣少年はピシリと固まる。振り返った先にいる彼の背後、出入口付近に固まっていた真冬たちも、呆れたような顔をしていた。

 

『こいつマジ?』

「……まあ、分かりづらいですよね」

『それにしたって、今のは流石に……』

「桐山クンも間違えるんだねぇ」

 

 結月から始まり、葉子さんとソフィア、竹田さんが顔を手で覆いながら呟く。

 うつ向いて両手をだらりと下げた御剣少年に意識を向けながら真冬を見ると、呆れと苦笑を混ぜたような表情で彼女は言った。

 

「おい与一、そいつ女だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 …………??? 

 

 なんて???




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