言ってはなんだけど、彼──否、彼女は声が少し低く、成人男性用のブカブカのウインドブレーカーで体つきを隠している。
なので、まあ、大抵の人間は細身の男の子だと思ってしまうのも無理はないのだ。
という言い訳を脳裏で独りごちる傍らで、別の言い訳を口から吐き出す。
「……いや、だが待ってほしい。少年とは本来なら、男女両方を含めた言葉なんだぞ」
「でも明らかに男を呼ぶニュアンスだったよな?」
「はい」
──真冬の鋭い指摘に、肯定するしか選択肢はなかった。でも、そうだよね。
だって危うく琴巳ちゃんの裸を見てしまう所だったのに、止められたのこちらだけなんだもの。あの時点で気づくべきだった。
などと思考しつつ、間違われた張本人こと御剣少年……御剣リオンちゃんに視線を向けると。
「…………ええ、まあ、はい。僕自身、紛らわしい自覚は、ありますので」
ぶつぶつと呟きながら、御剣ちゃんはだらりと垂れ下がった両手の指を何かを握るように緩く曲げる。
すると彼女の両手に刀の
──魔力を金属に変換、形状の変化。【
……などと、珍しい力に意識を向けていたことで、すっかり忘れていたのである。つい先程、腹を切るレベルの失礼をかましていたことを。
「ですので、これは決して──八つ当たりなどでは、ありませんのでッ!!」
「うおおおおおごめんなさ────い!!!」
容赦無く首を狙った一閃を大きく仰け反ることで避け、背後に飛ばした【禍理の手】を巻き取る形で後方に下がる。追従してきた御剣ちゃんの二刀流を捌く戦いが今、始まった────!
──眼前で行われる打ち合い。【禍理の手】を腕に巻き付け、即席の篭手として扱い素手で刀を弾く与一を見て、観戦者たちは呆れていた。
『なんちゅう情けない悲鳴なんだ』
「ありゃ完全に与一が悪い」
「……まあ、私が普段の癖でつい御剣
辛辣な結月と真冬に、竹田が
彼女は、しかし──と続けると屋上の中央で入れ代わり立ち代わり、目まぐるしく位置を変えながらも未だ決着がついていない現状に驚いた。
「御剣クンの実力は知っているけれど、桐山クンも中々どうして……よく動くものだ」
『曲がりなりにも世界を救ったことがあるのだから、むしろ動けないとダメでしょう』
「…………うーん?」
『葉子? どうかした?』
竹田の言葉に返したソフィアが、考え込む葉子に自然を向ける。彼女は斜めに上げていた視線を前に戻し、執拗に急所を狙うリオンと戦っている最中の与一を見ると、おもむろに口を開く。
「さっき、琴巳ちゃんの姿に擬態させたショゴスを人形にさせてましたよね」
「ああ、そうだが」
「これ、要するに、やろうと思えば幾らでも
『そうね』
「『そうね』!?」
当たり前かのように返すソフィアは、苦笑を浮かべながら言葉を続ける。
『正直なところ、春夏秋冬円花が自分に擬態させたショゴスを人形にしてナイを分離させた、の段階で嫌な予感はしていたのよ』
「……? キミたちのような生き人形は、なにかデメリットがあるのか?」
『簡単に言うと、魔術を行使できる最低限の実力があるなら大抵の人が使えてしまうの。そしてこの魔術は対象を不死身に変えるけど解除不可能』
「…………。……なるほど」
逡巡を挟み、短い話から重要な情報を理解した竹田が真面目な表情で言う。
「──これは我々だけの秘密にしておこう。だが連盟組織も桐山クンも馬鹿じゃあないし、このことには気づいているはずだ」
「そう、ですね。私も近いうちに連盟組織に向かう予定なので、この事を相談してみます」
「大丈夫なのかい?」
「ええ。私も与一くんも信用してる人に、こっそり相談してみるので」
「ふぅん」
葉子の言葉で会話が途切れ、一拍の静寂が訪れる。竹田は与一とリオンの戦闘を観戦している真冬たちを横目で眺めながら、ふと問いかけた。
「キミたちは、桐山クンが好きなのかい」
「話題に困ると恋愛方面に舵を切るのやめてくんねぇかなあ……!」
「まあまあ、見ていればわかることさ。とはいえ……ヒメにとっては厄介な敵登場かな」
「ヒメ……琴巳ちゃんのことですか」
苦い顔をする真冬の代わりに、葉子が聞く。竹田は頷いて応えると、口角を緩めて続ける。
「今のヒメにとって、彼は頼りになるお兄さん……といったところだろう。けれども結局は他人だ、ただの友愛が異性への愛になるのは時間の問題さ」
「そういうもんかぁ?」
「そういうものだよ。……そうだな、例えば彼は、異様にモテるだろう」
「異様なヤツにモテる、の間違いだろ」
さらりと返す真冬に、竹田もまた、まぁ確かにとナイや蛇神、雅灯を脳裏に思い浮かべた。
「それも含めて、だ。彼は……この現代社会の人間にしては珍しく、真面目で誠実だ。情に厚く子供に優しく、善意には善意で応える。──彼と関わると気づくわけだ、『この人の傍は
「……ハッ、そんなんだから悪霊にまで取り憑かれるんだよ。与一のやつは」
わかっている、とばかりに。しかしどこか、幼馴染をよく理解している者が居ることに、真冬は嬉しさともどかしさを混ぜた複雑な顔をする。
そんな状態で前に視線を戻すと、ちょうど与一とリオンの戦いは終わりを迎える。
リオンの両手にある刀身のうち片方を弾き、もう片方を横からの掌底で半ばからへし折り、
「……まだ、やるかい?」
「──いえ、降参します」
自身の両手でリオンの両手首を掴み床に押し付けつつ、【禍理の手】を背中から伸ばして鋭い指先を首筋に突きつける。
春が近づきつつもまだまだ冷えた空気に耐えるように体が暑く、顔に朱が混じる状態でぜえはあと息を切らすそんな光景には、危うさがあった。
『これもう犯行現場じゃん』
「絵面がひでぇ」
「よ、与一くーん、離れたほうが」
「ん? ああはいはい。御剣ちゃん、立てる?」
「……はい、大丈夫です」
先に立ち上がった与一の差し出した手に掴まり、リオンも同じように立ち上がると、握る手にキュッと力を込めてその感触を確かめる。
「──お見逸れしました、桐山さん。……いえ、僕が余計な警戒をしていただけでしたが」
「いやいや、組織の人間兼ボディーガードなんだから、余所の魔術師は警戒するべきだよ」
そう言って手を離そうとした与一だが、リオンは寧ろ力を込めて離さんとする。
どことなく爛々と妖しく光る眼差しで与一を見上げて、ポツリと提案した。
「あの、御剣ちゃん?」
「3回勝負の2本先取でどうですか」
「まだやりたい……ってコト!?」
「貴方はまだ、全力ではないでしょう?」
「いやわりと本気でやってた……うおおおなんとかなれ────っ!!」
期待するように、子供にじいっと見上げられ願われれば、応えるしかないのが桐山与一である。
バッと手を振り払い、バックステップしながらその手に三節棍を喚び出してリオンの刀身生成を待つ与一に、彼女は目尻を細めて
──琴巳ちゃんたちが訪れてから数日。葉子さんは秋山さんたちに相談があるからと連盟組織に向かい、事務所には真冬と結月との三人だけ。
ソフィアは葉子さんに付いていったし、春秋さんは基本的に組織に寝泊まり中、ナイは暇な時は路地裏で野良猫と戯れている。
「しっかし、大変だったな」
「他人事だからって……」
ソファに寝転がる真冬にそう返して、確かになあと脳裏で独りごちる。
あのあと結局1回負けてその後に勝ち、2勝1敗で勝利はしたものの……また妙な子に懐かれてしまったなと思わざるを得ない。
「まあ、琴巳ちゃんと同年代くらいならまだまだ遊びたい盛りの子供だものなぁ」
「そんで、あいつ強かった?」
「うーん、かなりね。一度造った刀身を敢えて崩したり折られた残りで刃を作り直したり……ってのは難しいみたいだけど、生成速度を更に上げられたら対処は難しいかな。あれは伸び代があるよ」
「ふーん」
魔力を金属に変換、の時点で希少な能力だと分かるが、問題は御剣ちゃんがまだ何かを隠してるという部分にある。当然明かしたくないから隠しているのであって、暴きたいという訳ではないけど────
「…………ん?」
と、そこまで考えていた折、窓の外からプププッとクラクションの音が聞こえてくる。
こんな朝っぱらから何事かと外を見やると、そこにあったのは新品であろう軽自動車と、運転席から現れこちらを見上げる竹田さんの姿だった。
『どしたん?』
「竹田さんが慌ててる。何かあったのかも」
車から降りるのを見て事務所に来ることを察し、あらかじめ鍵を開けておくと、よほど急いでいるのか竹田さんは無遠慮に玄関を開け放つ。
「……桐山クン」
「どうしたんですか」
「一応聞いておくけれど、こっちにヒメたちは来ていないだろうね」
「……いえ、来てませんが」
階段を駆け上がったのか軽く息を切らす竹田さんは、開口一番にそんな事を問いかける。
その問いかけに、脳裏に嫌な予感が過ると、続けてその予感通りの言葉が帰ってきた。
「──ヒメと御剣クンが電話に出ない、今すぐ彼女たちの住むアパートに向かうからついてきてくれ」
未だに外国から帰ってこない丞久先輩と円花さん、琴巳ちゃんたちとの再会、生き人形へと魂を移した蛇神様。その全てが、次の事件へと収束する。
──大晦日の戦いに負けず劣らずの騒動の始まりを、その場の全員が、静かに感じ取っていた。
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