「……よし、俺と竹田さんで確認に行ってくる。真冬たちは念の為残ってて」
『りょ』
「気をつけろよ」
「わかってる。何かあったら連絡するよ」
万が一にも入れ違いになる可能性がある為、真冬たちには事務所に残ってもらう。
車に乗り込み、琴巳ちゃんと御剣ちゃんが使っているらしいアパートへと向かう途中、何があったのかを竹田さんから聞かされた。
「数日前、事務所で蛇神が生き人形に移ったあと、早速四人で遠出しようという話になったんだ。それで一旦、それぞれ拠点としている部屋に戻ることになって、ヒメたちはアパートに行ったのだが……」
「ああ、別々に暮らしてるんですね」
「そりゃあ、私は元々個人で行動していたんだから、自分の拠点はあるさ」
それもそうか。偶然琴巳ちゃんに出くわして以来、これまで行動を共にしていたんだっけ。
……この人はイス人なわけだから、言ってしまえば他人の人生を乗っ取っているんだよな。まあ、この辺の指摘は別の機会にしよう。
「……それで、連絡が取れなったというのは、ただ電話に出ないだけだとか?」
「昨日の夜に電話で軽く話はしたが、今日の朝にはそれぞれに電話をしても出なくて、メッセージアプリにも既読がつかないんだ。ヒメと御剣クン……それに蛇神までいて誰も返事しないのはおかしい」
「なるほど」
確かにこの状況はおかしい。だが、それはともかくとして、竹田さんは良い判断をした。
「それにしても、そこで俺たちを頼ろうとしたのは正解でしたね。何かあったと仮定して、敵がいる可能性はありますから」
「ああ、私自身に戦闘能力は無いからね。イス人が使う護身用の電撃銃も、魔術師や怪物が相手だと少し威力不足だ。……
「ん?」
「いや、なんでもない」
最後の小声だけは聞き取れなかったが、ともあれ法定速度ギリギリを攻めた最高速度で目的地に向かう車の中ではぐんぐん景色が流れる。
それから20分もしない内に、琴巳ちゃんと御剣ちゃんがシェアハウスしているらしいアパートに到着し、駐車場付近に雑に停車した。
「う゛っ、ちょっと酔いそう……」
「我慢してくれ、ほら行くぞ」
誰の運転の所為だと……と文句を言う時間も惜しい。7階建てのアパート……マンション? の5階にあるらしい部屋へと急ぐ。
「……そういえば、アパートとマンションってどう違うんでしょうね」
「特に明確な定義はないらしい。つまりここもアパートと言えるしマンションとも言えるわけだ」
ややこしや。……エレベーターもあるけど、それより早く駆け上がれるために、階段を走りながらそんな会話を交わす。
魔術師でもない、どちらかといえば一般人枠である竹田さんが普通について来られていることに驚きつつ、事前に聞いていた部屋の前に立つ。
──ごく普通のアパート。けれども、異常であることを知らせるポイントがニ点だけある。
それは、ドアの無い玄関と、室内の廊下に転がるひしゃげたドアだった。
「な、何が、起こっている……!?」
「竹田さん、屈んで。入る前に
「あっ、ああ……」
「部屋の前に【人払い】か、ハデにぶっ飛んでるのに誰も気づかないわけだ」
言われた通りに屈む竹田さんとともに、壁に背を預けて開放的な玄関を挟む。床に張られた【人払い】の術式を視界の端に収めつつ、足元の影からジャラリと鎖が繋がった禍々しい手が現れる。
「【禍理の手】……雅灯さん、話は聞いてましたね」
【──はいはぁ〜い、善良な悪霊にお任せあれ】
「一行で矛盾していないかい?」
「……まあ、俺に取り憑いてるから悪霊なだけであって、善良ではありますから」
などと言いながら、1本の【禍理の手】をヘビのように這わせて侵入させる。
雅灯さんと視界を共有──なんて便利な機能は無いが、【禍理の手】を通せば彼女の言葉は普通に届き、そしてこの手はこちらの体という
それに、いきなり敵に撃たれたとしても、霊体に物理攻撃は通らないし。
「雅灯さん、どうですか」
【……うーん、浴室トイレキッチン……リビングにも誰も居ませんね。あ、待ってください、寝室の方に誰か居ま────】
足元の影に繋がる鎖からスピーカーのように雅灯さんの声が聞こえる不可思議な状況に、竹田さんが露骨に眉を顰めている事からは目を逸らし。
──雅灯さんの言葉に耳を傾けていたところ、言葉が不自然に途切れた彼女の怒声が響いた。
【──与一くん! 怪我人です!!】
「……! 竹田さん!」
「突入するぞ!」
急いで中に入り、ひしゃげたドアを跨いで奥へと向かう。こちらを見ながら寝室であろう方向を指差す雅灯さんの元に賭けてそちらを見やると。
──畳張りの寝室。その壁際に背中を預け、手足を投げ出して力無く座る人影が一つ。
「……っ! 御剣ちゃん!?」
それは、投げ出された手足があらぬ方向に折れ曲がった状態で気絶している御剣ちゃんだった。
部屋着のラフなTシャツの腹辺りには、土足のまま蹴られたのか土汚れがついており、ちらりと覗く素肌には痛々しい青痣が見える。
「御剣クン……いかんな、失礼するよ」
「あの、何やってるんですか?」
竹田さんが部屋のハンガーに掛けられていた御剣ちゃんのウインドブレーカーを手に取り、生地の内ポケットからスキットルのようなボトルを取り出して、キュポンと軽快に蓋が開けられる。
「御剣クン専用の特効薬を飲ませるのさ」
【……それ、鉄錆の臭いから察するに血ですよね】
こちらの五体と感覚を共有できる雅灯さんが、人の鼻を通してボトルの中身を察する。
竹田さんは蓋を開けたそれを御剣ちゃんの口許にあてがうと、顎を片手で掴んで上に向けさせ、中身を流し込むように傾けた。
「……っ、ぅ、ぁ…………ッ!」
「おっと、むせないように」
ごくり、と喉を鳴らして血を飲んだ御剣ちゃんは、一拍置いてカッと目を見開き、器用にもボトルの
「…………うぐ、ぅう……」
「こ、これは……?」
ぺっと空のボトルを畳に吐き捨てる御剣ちゃんだが、その直後には異変が起きる。血を飲み干した彼女の折れ曲がった手足が、ミシミシパキパキと音を立てて元の角度に戻り始めているのだ。
【あらまあ、人外の類いでしたか。悪霊の身としてあまり人の事は言えませんが】
「彼女は……半吸血鬼らしい。血を主食とする特殊な
「へぇ。──って、そんなことは
「…………ぅ、は、い……?」
手足の修復に励む御剣ちゃんの側に屈んで、彼女と目線を合わせ、痛むのだろう額に滲む汗で貼り付いた髪を分けてあげながら言う。
「【強化】は使えるでしょ? なら強化範囲を神経に絞って敢えて出力を下げるんだ、そうすれば痛みをかなり軽減できるはずだよ」
「…………や、って、みま、す」
「大丈夫、そう難しくない。体全体という漠然とした範囲じゃなくて、骨や筋肉なんかに細分化させてどこに魔力を流すか意識すればいいだけ」
【いやぁ〜わりと難しい要求してますよそれ】
「でも出来てるし……」
雅灯さんには呆れられるが、実際に御剣ちゃんは指示通りに強化範囲を絞って痛みを軽減させたのか表情が和らいでいる。
それから数分、手足がある程度元に戻ってきた御剣ちゃんが、息を整えて口を開いた。
「……昨日の夜、竹田さんとの通話が終わってすぐ、この部屋に侵入者が来ました。ヒメは……すみません、連れていかれました」
「そうだったのか。でも妙だな、御剣クンが一方的にやられるとは思えんが。それに蛇神も居たはずだ、あいつはどこに行った?」
「……そこ、です……」
「そこ?」
竹田さんの問いに、御剣ちゃんがくいっと顎を動かす。その先に視線を辿らせると、カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の隅に何かが転がっている。
代表してそちらの方に足を進め、その何かを拾うと────それは頭が潰れた首から下だけの人形。見間違いでなければ、その人形は蛇神様だった。
「へ、蛇神様ー!?」
【うへぇ、再生するとはいえこれはムゴい】
「……御剣クン、何があったのか説明してもらえるかい。体がまだ軋むだろうけれど、頼むよ」
「…………はい」
ピクリとも動かない蛇神様をそっと両手に乗せて、二人のもとに戻る。
御剣ちゃんは竹田さんに問われると、何故か気まずそうに目線を逸らしてから語り始めた。
──前日の夜、竹田との通話が終わった直後。リビングのテーブルに飲み終えた紅茶のカップを置いた琴巳は、対面に座るリオンに問いかける。
「そろそろ、寝る準備を始めよっか」
「分かりました。……布団を出してきます」
ウインドブレーカーを着ていない、薄着のリオンがこくりと頷く。
カップを流しに置きに行った琴巳と肩に乗る蛇神を横目に、寝室の押し入れに向かおうとしたとき。
──ギシリ、と。玄関のドアが軋む音が鳴る。
「……! ヒメ、蛇神様」
「ん? なぁに?」
『どうかした〜?』
「わかりません、誰かが────」
二人に声をかけつつ、警戒をするリオン。──その刹那、轟音を奏でてドアがひしゃげながら中に吹き飛び、廊下にガランガランと不快な金属音を刻む。
「っ、敵襲!」
片手に金属を生成し刀身を形成し、外からの侵入者を警戒するリオン。
琴巳と蛇神はキッチンから寝室に移動するが、第三者の声は
「──こぉんばんは」
「──シィ!!」
振り返り様の袈裟斬り。斜めに人体へと侵入し、真っ二つに出来たであろう斬撃。
しかしその一閃は、ぐにゅりとした液体の感触と共に胴体の半ば辺りで止まり、一瞬で硬質化されて刀身が固定され動かせなくなる。
「なっ……」
「うーん、いい一撃でしたね。私以外なら今ので死んでましたよ」
白衣を羽織り、眼鏡をかけた女性が微笑を浮かべながら言う。引き抜けないと理解して手を離し、もう1本刀身を形成しようとしたとき、リオンはふと疑問を抱いた。すなわち、この女はどこから来たのか。
それは当然、ドアを破壊された玄関からだろう。しかしリオンが警戒していたにも関わらず、女はすぐ後ろに立っていた。
窓は閉まっていて、開いているのは玄関だけ。たとすれば、と仮定する。
──リオンの仮説はただ一つ。誰かが、認識できない速さで中に運んできたのだ。
「────。まさか」
あり得ない、と否定しようとした思考を薙ぎ払うかのように、その仮説の答えが、女の腹を後ろから貫くようにしてリオンに蹴りを叩き込んだ。
「がッ!?」
「リオンちゃん!?」
「ごほっ、ぐっ……か、らだ、が……!」
全身に駆け抜ける激痛と一緒に寝室の壁際に背中から衝突したリオンは、その姿勢で壁に固定される。強力な魔力で四肢を鷲掴みにされている感覚があり、腹を蹴られた痛みもあり抵抗が出来ない。
「……あのですね、問題ないとはいえ人の体を貫通させて攻撃するのやめましょうよ」
刀身を体内に入れながら、同時にジュワジュワと溶かすことで消滅させている女が、後ろから自分ごと蹴られたことで弾けた液体を取り込み直しながら背後に抗議の声を投げかける。
そちらに視線を向けるリオンと琴巳、そして蛇神は、女の後ろに立っている長身の男女のうち、男の方を見て全員が驚愕した。
「そんな……園崎さん?」
「……お父さん……!?」
『────』
リオンは、男を園崎と呼び。琴巳は男を父と呼ぶ。二人に視線を向けつつも、しかして感情の篭った言葉に、園崎──否、姫島ヒカリは返事をしなかった。
「アビゲイル、そのままリオンを押さえておけ」
「ういーす」
ヒカリはアビゲイルと呼んだ、オレンジにも見える鮮やかな赤髪の外国人に指示を出し、女もまた片手をズボンのポケットに突っ込みながらもう片方の手をリオンに向けて握り込む。
その動作に連動しているのか、リオンの四肢を掴む魔力の塊の圧力が強まっていく。
「──うぐ、がっ……!」
「おっとと。カゲンが難しいんだよなァこれ」
「リオンちゃん!? ……っ、お父さん! どうしてこんなことを……今更、私の前に現れて……!」
母が死に、それ以来ずっと、ヒカリと琴巳は会っていない。それが今になって、という憤りをぶつける正当性が彼女にはある。
どことなく気まずそうな顔をする
『……ヒカリ、
「家族が元通りになるための、必要なことだ」
『本当に、いいのね』
「……
「なにを言っ
蛇神とヒカリの間に交わされる会話は、そこで終わった。まばたきをした一瞬の内に眼前に迫ったヒカリが、琴巳の顎を掠らせるように小突き、同時に蛇神の頭を掴んでバキリと握り潰し床に捨てる。
「ヒメ!!」
「──リオンの手足を砕いておけ」
「…………えぇー」
「そいつは頑丈だ、死にはしない」
崩れ落ちる琴巳を抱え上げるヒカリが、懐から携帯を取り出しながら指示を出す。
アビゲイルは呆れたような表情でため息をつくと、仕方ないとばかりに頭を振った。
「……スンゲぇ修羅場に巻き込まれちゃったケド、スカウトされた以上は命令が絶対だからさ。うん、まア、悪いとは思ってるよ」
詳しい事情を知らず、ある意味で巻き込まれたと言えるアビゲイルが、しかして同情的な顔をしながら手をぐっと握り、指示通りにリオンの手足を砕く。
魔力の塊の攻撃で、遂には激痛とダメージに耐えきれず、畳に落ちて意識をも手放す。
「……
「了解。私とアビーさんはどうします?」
「
「うえっ、メンドくせー……」
完全に意識が途絶える直前、リオンの耳が捉えたのはそんな会話だけだった。
──御剣ちゃんの説明で何があったのかを知って、彼女が気まずそうな顔をした理由がわかった。
そりゃあ、『琴巳ちゃんを連れて行ったのは琴巳ちゃんのお父さんでした』なんて言いづらいよな。
……それにしても。
「園崎ヒカリ……いや姫島ヒカリ、か。連盟組織から居なくなったとは聞いていたけど、まさかその後に結婚していたとはなぁ」
てっきり
「琴巳ちゃんの誘拐、蛇神様の破壊、神格顕現の準備……最悪のタイミングで、俺たちが余計なことをしてしまった、ってところか」
【それは、どういう意味で?】
「一人の体に、神格は一つしか居られない。要するに椅子取りゲームなんですよ。俺たちが頼みを聞いて生き人形を作り、蛇神様を外に出してしまったことで、琴巳ちゃんという席が空いてしまった」
……まさか、長年居なかった姫島ヒカリがずっと狙っていたなどと分かるわけもない。悪いのはどう考えてもヒカリ陣営だ……とはいえ。
「全面的に誘拐した方が悪いが、こっちにも多少の非はある。御剣ちゃんの回復は……車内で待てばいいか。今から抱えるけど大丈夫? 嫌じゃない?」
「……嫌じゃない、です。というより……僕はまだ、動けそうにないので……頼めますか」
緊急事態でも、一応の確認は必要だろう。
普段から女所帯で生活しているからか、どんな行動がセクハラ判定になるかわからない為についつい警戒してしまうのだ。
──ともあれ、行動の方針は決まった。ひとまずこの部屋を出ようかと思ったとき、ふと竹田さんが部屋のカーテンの隙間から窓の外を見ながら言う。
「それにしても、昨日の夜の通話が終わったあとに襲撃されたのだから、運が悪いなんてものではないな。それに不可解さもある」
「……不可解、とは?」
竹田さんの言葉に疑問符を浮かべる御剣ちゃん。竹田さんも同じことを思っていたらしく、それに乗っかり質問を続ける。
「御剣ちゃん、さっき姫島ヒカリが携帯を取り出した、って言ってたよね」
「それは……確かにそうですが」
「つまりそれは、誰かに連絡したということだ」
本部に連絡した? ならその場に一緒に居た奴に『準備を進めさせろ』なんて言うワケがない。
それに、御剣ちゃんを
「なあ、桐山クン」
「……はい?」
「勘違いならいいのだが……さっきから誰かに見られている気がするのだけれど」
御剣ちゃんが、餌だったとしたら。──誰に、
「……!! 窓から離れて!」
「────そういうことか……ッ」
見られている気がする。そう言った竹田さんもまた、意図を理解したのか咄嗟に上体を大きく逸らす。
けれども、その直後。パキンと窓ガラスが割れ、竹田さんの右胸と鎖骨の間辺りの肉が弾ける。
「…………に、げろ……」
そう言い残した竹田さんは、力無く仰向けに、床へと崩れ落ちるのだった。
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