とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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姫島、白痴、狂騒曲。 6/7

「っ……雅灯さん!!」

【分かっています!】

 

 即座に御剣ちゃんを抱き上げウインドブレーカーもついでにひっ掴み、頭を握り潰された蛇神様をこちらのコートの内ポケットにねじ込む。

 それから雅灯さんに【禍理の手】の操作を任してもらって、狙撃され床に倒れた竹田さんを持ち上げさせて全員で部屋を出る。

 

 あともう少し早く判断をしているか、せめて【禍理の手】を伸ばしてガードしていれば。そんな後悔は、いつだって先に立っていてはくれない。

 けれども同じ轍は踏まない。自身の周りに更に『手』を展開して盾にしつつ、ドアの無い玄関を出てそのまま手すりに足をかける。

 

「口閉じてて、舌噛むよ」

「っ……!?」

 

 そして力強く跳躍し、車がある駐車場へと落下を始める。──そら、どうした。()()()()()()

 5階から一気にショートカットして、ワザと隙を晒す最中。不意に数十メートル先にある向かいのアパートの窓から、チカッと光が反射した。

 

「────ッ!!」

 

【強化】で視力を高め、頭に向かって飛んできたライフル弾を【禍理の手】の掌で弾き、一瞬遅れて轟音が閑静な辺りに響き渡る。

 それから階ごとの手すりに『手』を引っ掻けてブレーキにして速度を緩めて、怪我人たちに衝撃が行かないようにしつつ着地。

 後部座席に竹田さんを入れ、助手席に御剣ちゃんを乗せ、二人を連れてその場から離れた。

 

「……傷はどうですか?」

【鎖骨と右胸の間を貫通しています。……奇跡的に肺には当たっていませんが、重傷には変わりないですね。与一くんタオルありますか?】

「俺のバッグにあります、勝手に使ってください」

 

『手』をシートごとぐるりと巻き付かせて固定させた竹田さんを、雅灯さんに診てもらう。器用に【禍理の手】の鋭い指先でバッグを開けると、中からタオルを取り出して傷口に押し当て圧迫していた。

 

「っ、ぐうぅっ……!?」

「ひとまず病院か……ここからなら、連盟組織の息が掛かってる場所が一つあるな」

 

 アクセルを踏み込みながら、片手間で携帯を弄り電話を繋げて耳に当てる。

 

「…………。あ、もしもし? 怪我人が一名、今そっちに向かってるから準備してほしい。女性、年齢20代、身長約155〜160センチ、血液型は……竹田さん、その体の血液型わかります?」

 

 後ろに声を投げかけると、竹田さんは絞り出すような声色で何とか返答してきた。

 

「…………お、O型……」

「──血液型はO型、狙撃されて鎖骨と右胸の間を貫通、恐らく肺には当たっていないが、詳しい検査をしないと判断できない」

 

 向こうからの返答はないが、連盟組織経由で得た番号に掛けているため、向こうもこちらの素性や事情などは()()()()()()

 

「支払いは俺の口座から勝手に抜いといていいから、じゃあよろしく」

 

 そう言って電話を切り、交差点を曲がって目的地へと車を走らせる。

 バックミラーで後ろをチラ見すると、竹田さんを診ていた雅灯さんがこちらに向き直った。

 

【竹田さん、気絶したみたいです】

「死んでないならどうにかなるので、そのまま傷口は押さえたままでお願いします」

 

 曲がりなりにも元は警察官の奥さんだっただけのことはあり、雅灯さんは言われずとも適切な対応をしてくれていた。

 あとは病院に向かうだけ……なのだけど、このお通夜顔負けの空気がしんどいので話題を変える。

 

「ところで御剣ちゃん、姫島ヒカリ────キミにとっては園崎か。その人は、どんな人だったの?」

「園崎さん……あの人は、幼い頃の僕を保護して連盟組織に迎え入れてくれた恩人です」

 

 まだ少し手足が不自由なのか、動かそうとするも指先がピクピクと痙攣するだけの御剣ちゃん。彼女は深呼吸を挟んで言葉を続けた。

 

「さっき竹田さんが言いましたけど、僕は食屍鬼(グール)と魔術師のハーフです。出自も能力も特異だったので、園崎さんに助けられていなかったら……どうなっていたかは想像に難くない」

「……恩人、か。要は、俺で言うところの丞久先輩ってことかな」

 

 まあ、こちらには特異な能力はないけれど。もしや女性関係の運の悪さは特異な能力だった……? 

 

 ──アホらしい考えは頭の片隅に追いやり、それはそれとして、一つの疑念が確信に変わる。

 

「やっぱりか」

「……やっぱり?」

「今回の行動でハッキリした。姫島ヒカリは、とてつもなく()()()()()()奴だ」

「甘い……?」

 

 こちらの言葉に、御剣ちゃんは隣で眉を顰める。なぜ恩人を貶されなきゃならないのか、と思う気持ちは理解できるが、事実なのだから仕方ない。

 

「わかるかい? 姫島ヒカリがキミの事をどう思っているかは知らないけど、ヤツがキミの半吸血鬼としての身体能力や再生能力を理解しているのなら、昨日の夜の時点で殺しておくべきだった筈なんだよ。だって、()()()()()()()()()()()()()んだからね」

「────。それ、は……」

 

 そう、姫島ヒカリは甘い。この考えは、御剣ちゃんを生かしている事実そのものが証明している。

 

「自分の娘をほったらかしにしておいて、今さら目的の為に誘拐までするのに、かつて自分が保護した者を殺さずに置いていった。……どうやらまだ、姫島ヒカリには『情け』とやらがあるらしい」

「…………情け……」

「非情に徹し切れていない。なら、恐らく民間人が近くに居る間は襲われないだろうね」

 

 どうやら根っ子は連盟組織の人間らしく、不必要な殺傷や民間人への被害を気にしている質なのか。これなら付け入る隙は幾らでも────

 

「……馬鹿か俺は」

「っ!? き、桐山さん?」

 

 赤信号で止まった車内で、ゴンとハンドルに額をぶつける。本当に、最悪だ。

 

「丞久先輩と円花さんとナイの悪影響だな。()()()()、情けも甘さも、あっていいんだよ」

 

 突然の奇行に驚く御剣ちゃんには、申し訳ないことをズケズケと言い過ぎたな。

 

「それだけの理由があるんだ。娘を誘拐してでも、キミを足蹴にしてでも、どうしてもやり遂げたいことが。俺に、その信念を否定する権利は無い」

「…………」

 

 ──とはいえ、だ。

 

「だからって、俺の大事な友人を連れ去ったことを許すわけにはいかないし、御剣ちゃんを痛めつけたことも許し難い」

【と、しますと?】

「今後の方針は────とりあえず、竹田さんを病院に運んで、助っ人を呼んでからにしましょう」

 

 雅灯さんの疑問に返しつつ、青信号になったのでアクセルを踏む。

 姫島ヒカリを倒す……ために、まずは前準備として、さっき竹田さんを狙撃してきた狙撃手を倒す必要があるわけだが。()()()()()()()確信した。

 

 ──あの狙撃手、恐らく魔術が視認できてない。

 

 

 

 

 

 

 

 ──引き金を引く。弾丸が放たれる。体の落下と弾丸の落下を含めた着弾地点を予想した、額のど真ん中へと突き刺さる1発。

 

 けれどもそれは、()()()()()()に防がれて終わる。挙げ句、その人物は銃口すらも暗がりに隠している筈のこちらをピンポイントで認識して、()()()()()()()()()。怪我人が居たから? それは違う。

 

「……何時でも殺せるぞ、ってか」

 

 ぶるり、と身震いする。才能ゆえか、はたまた別の要因か。男には魔力が無く、そして魔力や魔術を目で捉える事ができなかった。

 つまり、彼からすれば、5階から一気に飛び降りてなお無傷である魔術師はバケモノなのだ。

 

「さて、ここらが引き際なんだろうが──任務はあくまで足止め……とすれば」

 

 男は脳内の地図を広げ、ターゲットたちがどこに立ち寄るかを予測する。

 

「俺たちの足取りを辿るには白痴教に向かうしかない……つまりあの支部に近づく可能性があるな。──()()()()()、時間も稼げるか」

 

 そう結論付けて、この場から離れる準備を始める男は、苦笑を浮かべて続けた。

 

魔術師(バケモノ)共が、人間様を舐めんじゃねえぞ」

 

 もちろんそれは、そんなバケモノに雇われている自分への皮肉を込めた言葉。

 このまま指示通りに戦えば、今日中に死ぬとわかっているとしても。それでもなお、行き場の無かった元軍人として──仕事を与えられた恩にだけは、報いなければならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ──竹田さんが担架で運ばれていくのを見届けたのち、病院の駐車場で待機しながら真冬にメールを送って、別の人物にもメールを飛ばす。

 

 少しの待ち時間が出来てゆったりとシートに背中を預けると、ようやく手足に力が戻ったのか、御剣ちゃんはぐりぐりとほぐすように動かしていた。

 

「あの、桐山さん」

「ん?」

「さっきの、狙撃なんですが……園崎さんは、スナイパーを二人配置していたんでしょうか」

「ああ……いや、多分違う。窓側には……おそらく遠隔操作(リモート)で撃てるライフルを置いといて、自分は玄関側を見張ってたんだと思う」

「……スナイパーは一人、だった?」

「勘だけどね」

 

 とはいえ、その確率は高い。あのとき見えた顔からは、職人気質とでも言うのか、その仕事へのプライド……いや、傲慢さが垣間見えたからだ。

 

「仕事は自分一人でやり遂げたい、ってタイプだな。相当腕に自信があって、事実として腕前はある。だからこそ、窓側はリモートだと思った」

「……それは、どうして?」

「玄関の方を狙ってたあの男……落下中の俺の頭に弾が当たるようにきっちり狙ってきた。なのに竹田さんを撃った時は急所からズレていた」

 

 ──あれだけ狙いが正確なのに、竹田さんを仕留め損ねた。その理由は簡単だ。

 

「例えば、リモートの方は発砲を命じるなりスイッチを入れるなりしてから実際に発砲されるまでに僅かに時間差がある、とかね。だから本来なら心臓に当たっていた弾は仰け反られて右胸に当たった」

「な、なるほど……」

 

 この言葉に、御剣ちゃんも合点がいったような顔をする。あくまでも予想ではあるけど、まあ、一人でやりたがる相手なら負けはしない。

 

 ……と、そこまで思考していたところ、懐の携帯が一度だけ震える。そしてワン切りの後に車内の天井付近がぐにゃりと歪み、【(あな)】が空けられた。

 

『やあ諸君、大変なことになっているようだね』

「来るのが遅い」

『これでも超特急で終わらせてきたんだ、大変だったんだぞ? 地域猫として保護して去勢させる予定だったオス猫とメス猫の間に子供ができていて──』

「そういうの後で聞くから」

 

 天井から逆さまに降りてきた生き人形──ナイが、【門】を閉じてダッシュボードの上にふわりと座って、小さい体で足を組む。

 

『……やれやれ、若者はせっかちでイケないな。なら、話を聞かせてくれたまえよ』

「ったく。はいはい」

 

 お前だって招来時点を1歳とカウントしたらまだ12〜3歳みたいなもんだろ、とは言わない。なぜならこちらは大人なので。

 ともあれ、今日の出来事をすべて話す。これまでの情報を明かし、これからの行動を決めるべくナイの意見を仰ごうとすると、ナイは口角を歪めた。

 

『姫島ヒカリ……丞久と円花が居ない時点で警戒していたつもりだったが、こうも早いとはな。しかし御剣クンを殺してすらいない……どうにも甘いな、付け入る隙があるのは話が早くて助かるが』

「──ね? 悪影響でしょ?」

「……ですね」

『なんの話だ?』

 

 さっきの自分と同じようなことを言い放つナイを見て、御剣ちゃん共々苦笑する。

 

『人間同士の戦いに、もう既に負けた身である私が介入するのはどうかと思うが……神格顕現と言われては出ざるを得まい』

「やる気を出してくれて何より」

()()教の神格顕現、もうこの段階で嫌な予感はしているからね……と、目下の敵は狙撃手だけではなかったか』

「そうだな。姫島ヒカリ、例の狙撃手、魔力を念動力(サイコキネシス)みたいに使う外国人女、あとは白衣と眼鏡の液体女……は、アイツだよなぁ」

「アイツ?」

 

 四人中三人には覚えはなくとも、約一名には覚えがある。疑問符を浮かべる御剣ちゃんに、そいつの正体を分かる範囲で教えた。

 

「その液体女は細波青井、いわゆるショゴスロードだね。前にあった事があるから断言できる」

「ショゴスロード……!?」

「今後、仮にアレとも戦うとなると……流石にちょっと厳しいか?」

『ん? いやあ、恐らくそうはならないよ』

 

 ふとした懸念を呟くと、ナイがあっけらかんと否定する。じろりと視線を向ければ、(あっやべ)みたいな顔でスッと視線を逸らす。

 

 ……こちら側に来る前になんかやったなこいつ。

 

『ま、まあ兎に角だ。今は狙撃手の始末と琴巳クンの行き先を探ることが重要なのだろう? ならやることは一つじゃないか』

「一つ、ねぇ。居場所を探すとか?」

『────』

 

 ふっ、と鼻で笑われた。そこそこ苛立ちながらも返答を待つと、ナイは続けてさらりと言った。

 

『そんなもの向こうから来てもらえばいいだけだろう。という訳で……だ。なあ与一クン、ちょっと白痴教(しゅうきょう)に喧嘩売ってきてくれ』

「そんなこと、したら……ダメだろ!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──作戦名、悪目立ちして追手を迎撃(わーっといってガーッとやる)。これは、魔術師の最も得意とする戦法。つまり行き当たりばったりが常なのである。

 

「……まったく、これでシンプルに訴えられたら弁護はお前がやるんだぞ、ナイ」

【『安心したまえ、結月クンに勧められて逆転裁判をプレイした私に隙は無い』】

「もう駄目なんじゃないか……?」

 

 耳に付けたインカムから届くボンクラの声。つい数ヶ月前に戦った時には、まだ貫禄というかカリスマというか、そういうモノがあったのだけれど。

 

 これが……真冬たちのやるゲームなんかでよくある、強い敵が味方化すると弱体化するアレというやつなのだろうか。などと独りごちりつつ。

 

 二人を路肩に停めた車に残し、一人で訪れたのは、関東のあちこちに点在する白痴教の支部の一つだった。宗教団体が日本各地に根付いている事実に、少しばかりの恐怖心がぞわりと背筋を撫でる。

 

「しかし、本当に白痴教支部に魔術師やその関係者って居るのか?」

【『居るぞ、チクタクマン時代にとある支部を支配していたからその辺は分かる。それにクリーンな宗教団体が日本各地に幾つも支部を置けるものか、このご時世にやましくない宗教なんて無いよ』】

「その発言わりとギリギリだぞ!!」

 

 そんなやましくない宗教にカチコミ入れるのお前じゃないんだからな……!? 

 ひとまず落ち着こうと、はぁ〜〜〜、と重いため息をついていると、インカムの向こうからナイの呆れ混じりの声が届く。

 

【『キミはアレだな、冷静さを取り繕おうとするきらいがあるようだね』】

「それは……良いことだろ」

【『常に冷静でいようとする。それは良いことだ、戦いにおいて冷静でいるのは有利に働く。だが怒らない事が良いこと、でもないのさ』】

「はあ?」

【『あのなあ、与一クン。キミは私とは違って、普通の人間なのだろう?』】

 

 そんな、当たり前のことを口にするナイ。彼女は一拍置いて、ふと言葉を溢した。

 

【『()()()()()()んだよ。だってそうだろう、キミは、大事な友人を誘拐されたんだぞ?』】

「────」

 

 その言葉が、不思議なほどに、カチリと填まる。これまでの考えが間違っていたわけではなく、ただ、感情的になることを肯定された。それが、自分でも信じられない程に合点のいく言葉だった。

 

「……そう、かもな」

 

 琴巳ちゃんが拐われ、御剣ちゃんと竹田さんが傷つけられた。みんな、大事な人だ。

 この桐山与一という人間を形成する、大事な輪の中の一つ。それを傷つけられて、連れ拐われて、怒ら(キレ)ない方がおかしいのだろう。

 

 ──片手にメガホンを【召喚(コール)】し、【禍理の手】で支部の出入口を引き裂くようにこじ開けて。

 明らかに困惑している受付やスタッフの白痴教信者たちに、面と向かって宣戦布告し(ケンカを売っ)た。

 

「イカれた宗教にご執心の皆様、どうもこんにちは。お宅の教祖が何処に居るか、知ってる奴が居たら素直に手を上げてもらえるか」

 

 

 

 ……後は野となれ山となれ、だ。




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