とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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姫島、白痴、狂騒曲。 7/7

 ダッシュボードの上に広げられる【門】をモニターとして、ナイとリオンは与一の()()()()()()暴れっぷりを眺めていた。

 

『非魔術師も混じっている状況だ、普段の戦いとは違い、遠慮なくぶっ飛ばせる奴しか居ないという状況よりもやりづらいだろうね』

「……楽しそうですね」

『楽しいとも。私は彼の成長が愛おしくてたまらない。今回キミたちに協力するのは、与一クンのさらなる成長が見られるからというのもある』

 

 ──やはり無貌の神(かいらくしゅぎ)か。という視線を知ってか知らずか、愉快そうに口角を歪めるナイはリオンに言葉を投げかける。

 

『さあ、キミも準備したまえ。白痴教支部でターゲットが暴れているこの状況で、例の狙撃手が動かないわけがない』

「わかっています」

 

 着込んだウインドブレーカーのファスナーを上まで閉じきり、グッと手を握っては開いてを繰り返し、力がちゃんと入ることを確認するリオン。

 

「……無貌の神(ナイアルラトホテプ)、貴女は戦わないんですか」

『当然だ。本来なら、人間同士のいざこざに関わるべきではないのだけれどね。姫島ヒカリの神格顕現や、彼の事情を知っているであろう蛇神の情報を手に入れる為に協力しているだけさ』

「……戦わないとしても、僕たちの邪魔をしないのなら、構いませんが」

『しないよ。とはいえ、だ。──狙撃手が現れ、戦いになれば、決着はすぐだろうね』

 

 ナイがそう言って、狙撃手の攻撃を警戒する。スナイパーと言うからには、高所から低所への遠距離攻撃が飛んでくるだろうと。

 

 その予想は正しく、そして僅かに間違えた。

 

「っ──!?」

『これは……』

 

 遠くから響く銃声。けれどもそれは、狙撃の為の1発ではなく、断続的な轟音で。

 

狙撃銃(ライフル)……じゃない、軽機関銃(マシンガン)か……!』

「き、桐山さん!!」

 

 リオンの悲鳴に、ナイは意識を【(モニター)】に戻す。そこに広がっていたのは、窓の外から土砂降りのように降り注ぐ弾丸の雨を、与一が【禍理の手】を壁として用いて防いでいる光景だった。

 

『銃声と……撃ち込まれてる方向からして……御剣クン、あの建物の向こうだ』

「僕が行きます、貴女は桐山さんの援護を」

 

 与一が動けないのなら、と。リオンは自分が狙撃手を仕留めるべく助手席を降りる。

 しかし、ナイは何かに気づいたかのように明後日の方向へ意識を向け、彼女の提案に首を振った。

 

『────。いや、この程度なら問題ない。()()()()()()タイミングだ、私は少し外す』

「…………は?」

 

【門】を閉じ、ナイは同じように車から降りると、轟音の方向とは真逆の方へと飛んで行く。

 

「なっ……何処へ!?」

『私なりの出来ることを、さ。言っただろう? ()()()()のいざこざには関わらないって。まあ保険は掛けておいてあげるさ』

「ッ、〜〜〜〜!!」

 

 ポンと肩に手を置いてから姿を消すナイを見送り、ギリ……と歯を噛み締め、リオンは仕方ないとばかりに狙撃手を仕留めるために足を進め────

 

「……う、っ……」

 

 不意に、くらりと目眩がして、車のボンネットに手を置いて体を支える。

 まるで熱中症か脱水症状のような、体に重要なエネルギーが不足している状態。──否、まさにリオンの体にはエネルギーが足りていない。

 

「……飲んだ血を全て、治癒力に回したからか」

 

 アパート内で最後のストックである血液を飲み干したことを思い返し、自虐気味に苦笑するリオン。

 けれども今、襲われている与一を助けに行けるのは自分しかおらず、深く呼吸をしてから足に力を入れる。辺りに響く銃声に驚き戸惑う民間人にバレないようにと、彼女は電柱を足場に屋上に跳んだ。

 

「──居た、アレが……!」

 

 近場の建物の屋上に跳んだリオンは、音を頼りに襲撃者を見つけようと首を動かす。

 そして一分も経たずに、100メートル以上離れた先にあるビルの屋上を見て。断続的に発砲を続けている、土台に固定された()()()軽機関銃と、その横にある────狙撃銃の銃身だけを柵の隙間から伸ばす、布にくるまり姿を隠す何者かを視認した。

 

「よくも、竹田さんを……そして桐山さんを、狙ってくれたな……!」

 

 思考は冷たく、しかして激情を胸に秘め、両手に刀身を形成して屋上から隣の建物へと、リオンはビルまでの最短距離を駆け出した。

 

 こちらが見えていないのか、射角の問題か。ぐんぐんと接近するリオンにピクリとも反応しない布の塊と、今なお白痴教支部に銃弾を撃ち込み続ける軽機関銃を見ながら、彼女は気分の悪さを押し殺す。

 

「銃と狙撃手……両方を同時に? いや、まずは銃を無力化して二手目で……」

 

 軽やかに宙を舞い、両手の刀身を握る力が増す。あと一度の跳躍で、ビルの屋上に到達する距離。だがそこで、リオンは強烈な違和感を抱く。

 

「────まだ、動かない……?」

 

 布にくるまる狙撃手の動きが、僅かもブレない。卓越したスナイパーであれば、発砲の一瞬まで動かずに居ることはできるかもしれない。

 

 しかし、あと数秒で斬られる寸前まで動かずに居られる者が居るだろうか。──それ以前に、この狙撃手は相打ち覚悟でここまで出来る人間なのか。

 

 どうしても拭いきれない違和感。リオンは、この場での決断を強いられる。

 

 

 

 

 

 

 

 ──自分に2つ、逃げ遅れた白痴教信者たちに2つずつ。合計14もの【禍理の手】を同時操作し、1階受付周りに叩きつけられる弾丸の雨を防いでいた。

 

「っ……俺か御剣ちゃんがここに来たら狙うようにしてたのか? 何も知らない、無関係の信者を囮にしてまで、やることか……!?」

 

 威力からして軽機関銃の類いだろう、魔力で形成された人間一人を鷲掴みにするのも容易い大きさの【禍理の手】にも、流石に少しずつヒビが入る。

 

「さて、どうやって逃げるか……」

 

 情報収集には…………まあ、成功してはいる。有益な情報を吐いた信者は銃撃の初弾で穴だらけにされて横で倒れてるけど。

 ……狙いがこちらなら、ナイか御剣ちゃんが仕留めに行ってくれているだろうし、ここでひたすら耐えることも選択肢の一つなのだが。

 

「──あの布、わざとらしいな」

 

 視力を【強化】で上げて、ビルの隙間を縫うように発砲してくる正体を見やる。

 軽機関銃は無人、いわゆるタレットか。そしてその横でこちらに銃口を向けたまま動かない、ちょうど人間大をした布の塊。

 

 ──アレがどうにも嘘臭い。

 

 だと、すれば。恐らく例の狙撃手はAを支部に釘付けにし、Bをビル屋上に誘い込み、更に別の地点でBを撃つつもりなのだろう。

 

「ナイ……は通信繋がらないから論外、御剣ちゃんが向かってるとして……俺が()()ってか」

 

 まあ別に、不必要な殺傷を是としないだけであって、敵にここまでされたけど殺せませんとは言わないけれども。……あまりいい気分にもならないから、しなくていいならしないに限るわけで。

 

 やる必要があるなら、そりゃあやるよ。

 

「雅灯さん、【禍理の手】を1本外に出して上に射出します。敵が『手』を視認できていないと断定して建物より高く上げるので、発砲地点を狙撃できるポジションを割り出して狙撃手を見つけてください!」

【無茶言いますね〜〜〜!?】

 

 1本の【禍理の手】と共に影からにゅっと現れ、そう言いながらも外へとすっ飛んでいく雅灯さん。そのついでで信者を守っている『手』で彼らを物陰に引っ張り込んでおき、軽く顎を殴って気絶させる。

 

「これでよし……それで、どうですか?」

【あちらのビルの屋上を狙撃できるポイントは……周囲を見る限りは2ヶ所、西150メートルか北260メートル────いえ、北ですね。見つけました】

「分かりました。雅灯さん、そいつの居場所後に細かい角度と座標を教えてください」

【……それは、構いませんけど】

 

 未だ続く射撃を『手』2本で全身をカバーする形で防ぎつつ、足を広げて腰を落とし、引いた右腕に沿わせるように1本【禍理の手】を出す。

 

【その建物を出るか、屋上に出てからの方が狙いやすいのでは?】

「ここから出る動きを見られたら警戒されます。……問題ありません、300メートルまでならここから余裕で()()()()()()

 

 右腕に沿う【禍理の手】が、カタカタと震える。その痙攣は、今にも飛び出してしまいそうなモノを必死に抑え込んでいるがゆえの震えであり。

 ──これこそが、この年末からの数ヶ月間で磨き上げた初お披露目の【技】。

 

 耳に届く狙撃手の位置情報を頼りに、首輪を押さえられている猟犬かのようにギチギチと軋むそれを、果たして言葉と共に開放した。

 

「禍理の手────【貫通弾(ペネトレイト)】」

 

 

 

 

 

 

 

 ──柵に大口径の銃身を乗せ、両足でしっかりと体を支える。スコープの向こうには、軽機関銃と囮に向かって刀身を手に飛び跳ねるリオンが映り込む。

 スコープを見る目とは反対の目で支部内の光景を監視カメラ経由で確認すると、足止めしている(よいち)が構えを取るのを見た。

 

 さながら正拳突きをする直前のような構え。ただ、そこから一歩も動かないため、男は与一から意識を逸らしてリオンを撃ち抜く準備をする。

 

「……ん、待て……?」

 

 再度、意識を監視カメラに向ける。与一が構えを向けている方向を一瞥して、それが自分が居る方角であると気がつき、本能的に()()()()()()なのだと察した。それゆえに。

 

「っ!! どっ──」

 

 

 

 ──ち、を。撃つべきか。

 

 思考が高速で動く。

 支部内を攻撃しながら、それを止めようとしたものを攻撃するという状況から逆転し、与一を狙うかリオンを狙うかでほんの一瞬迷いを生む。

 

「ッ…………ま、よう、な……!!」

 

 けれども男は、銃口をズラすことすらせず。事前に脅威を聞かされていた、半吸血鬼(リオン)を撃つべく引き金に置いた指へと力を込める。

 

 そして、軽機関銃に刀身を叩きつけて発射不可能にし、布に包まれたダミーのマネキンにもう一つの刀身を突き刺す瞬間、躊躇いなく発砲。

 ズドンと肩に衝撃が響き、50口径弾がリオンの頭へと吸い込まれるように飛ぶ。

 

 それと同時に、白痴教支部の方向から、ぞわりと背筋に突き刺さる濃密な圧力を感じ取る。

 何かが。──見えない()()が飛んできたことだけは分かり、自身に魔力が無いがゆえに、()()が与一の見えざる『手』であると理解した。

 

「……はっ。馬鹿だったな、俺は」

 

 逃走という唯一の生き残れる道を自ら蹴り、せめて敵陣営の一人だけでもと。せめて、雇い主(ヒカリ)の負担を減らせればと。

 

 そんなことを考えての行動だったが、スコープの奥でリオンの体の前にある()()()()()に銃弾を防がれた光景を見て、男はそんな言葉をポツリと溢す。

 果たして、高速で飛来する何か(禍理の手)に胸を貫かれ、男の体がぐらりと崩れ落ちる。

 

【──着弾、死亡を確認】

 

 そんな、女性の声が聞こえたのは。男の幻聴だったのか、はたまた。それを確かめる方法も、機会も、彼にはもう二度と訪れないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──【禍理の手/貫通弾(ペネトレイト)】。それはなんてことのない、ただただ『手』の1本の速度と貫通力を限界まで高めて発射するだけのシンプルな技。

 

 ()()に僅かに時間が掛かるし、今のところはまだ真っ直ぐにしか飛ばせないこれは、一定以上の実力者には避けられるだろう。

 

 だが今回はその限りではなかった、というだけの話だ。見えても避けられるか怪しいモノを、見えない奴が避けられるわけがない。

 

【──着弾、死亡を確認】

「うい、じゃあ御剣ちゃんと合流しますか」

 

 軽く頭を振って、意識を切り替える。殺しは殺しだが、終わりは終わりだ。

 早いところ車に戻りたいし──と、そこで。遠くでまだ銃声が続いていることに気がつく。

 

 それは、軽機関銃があった場所。すなわち今は御剣ちゃんが居るであろう場所で、咄嗟に外に出て『手』を建物の壁に突き刺し巻き取る動きで宙に飛び、続けて振り子運動の軌道で音を辿って行く。

 

「──御剣ちゃん!」

「……! 桐山さんっ」

 

 そのままガシャンとビル上階の窓を突き破って、御剣ちゃんの前に躍り出ると、そこには他にも銃を構える無数の人が立っていた。

 

「…………。うおちょちょちょっ!?」

 

【禍理の手】を幾つも出して、重ね合わせて壁を作ると、ほぼ同時にガガガガガガガガ!! という轟音と衝撃が『手』に断続的に突き刺さる。

 

「なにがっ、どうして、こうなってるの!?」

「……軽機関銃とダミーを破壊したときに狙撃されて…………それはいつの間にか張られていた【障壁】で防がれたのですが、どうやら狙撃手はここに来たどちらかを狙う為に部下を配置していたみたいで」

「なるほど、ねぇ」

 

 その部下たちがこいつらか。どうやら狙撃手と違って【禍理の手】が見えているらしく、壁を破壊せんとして絶え間なく発砲してきた。

 

「それと……ですね、桐山……さん」

「ん? どうした?」

「…………すみ、ません。ガス欠、です」

 

 おもむろにこちらの袖を引く御剣ちゃん。彼女に振り返るが、それより早く、御剣ちゃんはがくりと膝を突いて顔色を青くする。

 

「御剣ちゃん!?」

「……血の、ストックが、さっきので最後で……それも、治癒力に使っ、たから……」

「────。よし、逃げるか」

 

【禍理の手】を盾にして、御剣ちゃんの近接戦闘で連中を仕留めてもらおうと思ったけど、こうなったら無理だな。このまま無茶をしたら、万が一にもどちらかに弾が当たるリスクが出てくる。

 姫島ヒカリの居所の目処は判明したし、目標の狙撃手の始末も済んだわけだし。

 

「はい、撤収撤収。逃げますよー」

「……す、すみません……僕の所為で」

「はいはい、そういうのいいから」

 

 即座に御剣ちゃんを抱えて、割った窓から直に飛び降りる。【禍理の手】を壁に引っ掻けてブレーキを掛けながら緩やかに降り、上から降りてこようとしている連中から逃げるべく、路地裏に駆けていく。

 

 どうにか撒いてから車に戻らないといけないわけだけど……どうするかな。【禍理の手】を上に伸ばして雅灯さんにナビゲート……は『手』が見えてない狙撃手相手だから出来た方法だしなあ。

 

 

 

 ひとまず更に奥へと歩こうと、両手で抱き上げている御剣ちゃんの姿勢を調整していると。不意に、こちらの肩にとすんと何かが乗る。

 

「……え?」

【うなぁん】

「……ね、猫?」

 

 それは、不思議と重さを感じない──妙な気配を持つ、半透明の黒猫だった。

 

「──あ、あのぉ〜……」

「…………誰だ」

 

 続けて、曲がり角の奥から、ヒョコリと顔を覗かせる少女が一人。敵意は感じないし、むしろこちらを心配するような雰囲気を放つが……

 

「え、ええと……ですね、貴方が与一さん、ですか? ()()()()()()()()()来ました」

「────。はい?」

「私……というより、その子が逃走を手伝ってくれます。ひとまず、ここから離れましょう」

【うなんな】

「お、おおう」

 

 少女の言葉に肯定するように、独特の鳴き声で反応する黒猫が、ぴょんと肩から降りて少女の方へと走っていく。少女もまたさっさと来いとばかりにちょいちょいと手招きしてきて、つい従ってしまった。

 

 一人と一匹の案内で進む途中、黒猫の案内で前を走る少女は、ふと口を開く。

 

「怪しまれて、当然ですよね。……私は新生歩と申します、あの子はにゃんきち。以前、ナイさんと一緒にある問題を解決したことがありまして。ですのでまあ……安心してください。味方です」

 

 そう言って、路地裏から出てからこちらに振り返り、安心させるようにと微笑を浮かべる。

 少女──新生歩ちゃん。彼女と黒猫(にゃんきち)との出会いと、短い付き合いが、次の戦いの幕を開けるまでの休息時間となることを、直感で理解するのだった。

 

 

 

 

 

『続』




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御剣リオン(♀)
・特殊な食屍鬼と魔術師のハーフで、飲んだ血と血に内包される魔力で身体能力や再生能力を向上させられる特異体質。
連盟組織に所属しており、姫島琴巳のボディーガードとして雇われていたが、姫島ヒカリの襲撃を受けて琴巳を誘拐されてしまった。

姫島ヒカリ(♂)
・旧姓は園崎ヒカリ。連盟組織を抜ける直前にリオンを保護した張本人。
現在は白痴教の教祖として組織の上に立ち、『何らかの目的』のために自身の娘を誘拐した。
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