──蛇神様の生き人形作成、そして琴巳ちゃんの誘拐。そのとき止めようとした御剣ちゃんを負傷させたのは、なんと琴巳ちゃんのお父さんこと連盟組織の脱走者・園崎ヒカリで、そして現場に駆けつけると竹田さんが狙撃された。
それからナイと御剣ちゃんと三人で白痴教支部に向かい、竹田さんを撃った狙撃手を仕留め、逃走の手伝いをしてくれました新生歩ちゃんと、眷属のにゃんきちなる黒猫と出会ったのでしたとさ。
「はぇ〜〜、大変でしたね……」
【うなおん】
これまでの出来事を簡潔に纏めて話すと、後部座席でにゃんきちを膝に乗せたまま耳を傾けていた歩ちゃんが、話を理解しているのかしていないのか怪しい声で反応する。キミちゃんと聞いてた?
「……無貌の神、何処に行ったのかと思えば……人を連れてくるならそう言ってくれませんか。アレでは見捨てたと判断されますよ」
『むしろ助っ人を連れてきてあげただけ有り難いと思ってほしいね。というか、キミに【障壁】を張っておいただけでも充分すぎるんだけれどね』
「? ナイさん、このお二人を助けたくて私を呼んだ……ん、ですよね?」
『……う、む。まあ、そう、だね』
「ですよねっ! ナイさんが、そんな、人を見捨てるなんて酷いことするわけありませんよ!」
『ぐ、くぉおぉお…………!!』
「今までで一番ダメージ受けてない?」
屈託の無い笑みを向けられ、ナイは陽の光に炙られた怪物のように苦悶の表情を浮かべる。
まあ、元邪神なだけあって弱そうだもんな。こういう裏のない純粋な善意とかって。
「とまあ改めまして。俺は桐山与一、運転中だから握手は勘弁してね」
「ああはい、改めて私も……新生歩です。しがないクローンでしたが、去年ある山でバステト様の加護を貰って寿命が100年を超えました」
「なんて???」
笑いながらも歩ちゃんはさらりと言ったけど、ちょっと人生が濃密すぎやしないかい。
「よ、よろしくね。……助手席の子が御剣リオンちゃん。あとダッシュボードの上のダンシングフラワーがナイ、俺に取り憑いてる悪霊が雅灯さん」
『誰がダンシングフラワーだって?』
「魑魅魍魎みたいですね」
……この子結構、言う子だね……!
【どうも〜、善良な悪霊の雅灯です】
「ど、どうも?」
【私以外の霊的存在は初めて見ますねぇ、にゃんきちちゃ〜ん撫でていいですか〜?】
【シャ────ッ!!】
【なんで……???】
車内にぬっと現れた雅灯さんが、歩ちゃんの膝に乗る半透明の黒猫──にゃんきちにそっと手を伸ばし、容赦無く威嚇されて驚いている。
こちらとしても不思議だったけど、少し考えればその理由も分かるものだった。
「なんでってそりゃあ、俺の中にある呪物──雅灯さんの魔力って
【くっ……生前の私め……!】
「そんなに」
生前の復讐すらも後悔していそうなほどに悔しがる雅灯さん。そんなに猫に触りたかったのか、というどうでもいい事は別として。
──車を走らせ十数分。あの場から脱出して辿り着いたのは、ごく普通のビジネスホテルだった。
「……隠れ蓑になるのか? ここ」
『充分なりうる。恐らく姫島ヒカリに民間人を巻き込んでまで我々を攻撃する度胸はない、白痴教支部ごとキミたちを仕留めようとしたのは狙撃手の独断と見て間違いないだろう。さあ行くぞ』
「はいはい」
駐車場に車を停め、全員で車内から出る。……と、そういえばとほったらかしになっていた竹田さんの荷物もついでに取り出した。
「これ、どうする?」
『ん? ああ……一応持っていこうか、与一クンのバッグなら隙間があるだろう』
「それもそうか。ソフィアを隠してた名残で、ついついスペース作っちゃうんだよね」
最低限の荷物だけを入れた小さいバッグと、コートの内ポケットにねじ込んだままの頭が潰れた蛇神様をこちらのバッグに入れて、ドアを閉める。
──それからエネルギー不足で動けない御剣ちゃんを背負い、チェックインしたのだが。
「……さっきの受付さん、ナイさんを三度見くらいしてませんでした?」
「ああいうのはね、反応した方が負けなんだよ。……いやまあ隠さなかった俺も悪いけど」
生き人形組を隠さずに探偵業をすると決めて以来、外でも堂々とソフィアや結月を連れて歩いているから、ここでもうっかりナイを外に出したままチェックインしてしまったのはこちらの落ち度だ。
でも歩ちゃんも見てギョッとしてたから、たぶん
「……さ、部屋に入ろうか。このまま目的地に向かって連戦──ってのは御剣ちゃんの負担になるし、少し休憩しないとねぇ」
「…………すみません」
「いいのいいの。ある意味で貧血なんだから、こればっかりは仕方ないでしょ」
渡された鍵で部屋に入り、ベッドの足側の縁に座らせるように御剣ちゃんを下ろす。
その隣に座ると、眼前で歩ちゃんが隅の備え付けの椅子に座り、近くのテーブルにナイが着地した。
「御剣ちゃん、横になってていいよ」
「いえ……その前に、情報を、纏めないと」
「わかった。なら休憩時間が惜しいし、なるべく手早く纏めようか」
『あ、そうだ。なあ歩クン』
「はい?」
腰を据えて話を始めようとしたとき、不意にナイが歩ちゃんに問いかける。
『半吸血鬼である御剣クンの燃料補給には血が必要でね、ちょいと献血してほしいんだが』
「……? ……! あっ、貧血ってそっちの意味だったんですね? ええまあはい、構いませんけど」
『構わないのか……』
一瞬頭に疑問符を浮かべたが、即座に理解して合点がいったように頷く歩ちゃん。
そして特にためらいすら見せず、彼女はさらりと快諾して袖をまくる。
『……話が早くて助かるよ。御剣クン、ボトルと採血キットは複製出来るだろう?』
「…………ギリギリ、ですがね。……【
疲労を隠せず、呼吸を荒らげる御剣ちゃんは、それでもなんとか両手に採血キットとスキットルボトル2本を作り出してナイに渡した。
「あのー、御剣さんって、半……吸血鬼? なんですよね? 私から血を採るついでに、与一さんからも貰えば良いんじゃないでしょうか」
「……………………。それは……その……ですね、実は……男性の血が、苦手で……」
今になって言うことか? という疑問はさておき、御剣ちゃんは申し訳無さそうに言葉を返す。
ナイはテキパキと採血の準備を始めながら、呆れたように口を開いた。
『そんなワガママ言ってる場合か。ほら与一クン、軽く1リットルくらい分けてあげるんだ』
「死ぬわ。……でもワガママ言ってる場合じゃないのは本当だ。苦手っていうのは、どういう意味?」
そう言って御剣ちゃんの顔を見る。向こうも琴巳ちゃん救出の為に必要なのは分かっているからか、露骨に渋い顔をしながら言う。
「…………以前、一度だけ、今回みたいに血のストックが切れて体調を崩してしまったんですが……その時、連盟組織のある人に血を分けて貰って……」
「もらって?」
「…………吐き戻して二日寝込みました。し、信じられないくらい、不味すぎたので」
「なる、ほどぉ……!」
思わず口を押さえているのは、そのときの味を思い出してしまったからか。
なんというか、こう、『そりゃ仕方ないわ』という空気が我々三人から発せられる。
あのナイですら注射の用意をしながらも、ちょっと同情的な目を向けていた。
「それ以来、女性の血液しか飲んでないんです。なので……その、貴方が嫌いで血を飲みたくないとか、そういうわけではなくてですね……」
「うん、わかってるよ。正直わりと同情する理由ではあったし、これは仕方ない」
『……それじゃあ、歩クン。腕を出したまえ』
「はーい」
ピンッと針を指で叩き、テーブルに置かれる肌を晒した腕に針先を向ける。
いざ血を抜かれる歩ちゃんだったが、腕に近づく針を見て、顔を背けて歯を食いしばっていた。
「…………んいぃ〜〜〜っ」
『なあ歩クン、キミ、あれだけ元気に反応しておいて注射は苦手なのかい?』
「……刺されるまでの流れが苦手なんですよぉー、もうチクッとやってください」
『はいはい。チクッとするぞ〜』
「──あ! 結構ブスッと来た!?」
挿し込まれた針が血管に刺さり、針からチューブ、チューブからボトルへと赤い液体が流れていく。
なんか少し軌道が物理法則に逆らっている気もするが、現場での即効性を考えて何らかの魔術が組み込まれているのだろう。
『本来の献血と同じで400mlほど抜いて、200ずつ2つのスキットルに分ける。動くなよ』
「……分かってますよ〜」
血が流れていく光景を眺める歩ちゃんが、ナイの言葉に軽く反応する。注射は苦手なのにそっちは平気なんだ……と思いつつ。
「それじゃあ改めて、琴巳ちゃんを拐った姫島ヒカリの行き先だけど。白痴教支部で聞いた所によると、本部は四国にあるらしい」
『四国……
「
「それはそう」
歩ちゃんのごもっともなツッコミには、こちらとしても首を傾げる他にない。
「念の為に信者たち全員に姫島ヒカリの名前を出したけど、あいつらは
『ああ……そういえば、以前に別の支部を乗っ取っていた時も、誰一人として本部の場所も教祖の顔と名前も把握していなかったな』
「ああ、丞久先輩の回想に出てきたな。チクタクマン時代のやつか」
……この件が終わったら、落ち着けるタイミングでナイがあの日温泉宿で出会ってから今まで何をしてきたのかを事細かに知る必要があるな。
などと脳裏で独りごちて、咳払いを挟んで次の問題に踏み込む。
「で、その幹部なんだけど。数は最低でも三人、多くても四人か五人ってところかな。……ああ、さっき仕留めたから一人減ったか」
『念動力のように魔力を使う外国人女性と、細波青井。前者はともかく、後者は気にしなくていいと思うよ。アイツは別件で動く筈だ』
「別件?」
それもあって、ある程度の察しはつく……が、こればかりは本人から聞くべきだな。
『…………。うーん、まあ、そうだね。簡単に言えば……ショゴスロードの擬態元である
「お前なにやってんの!?」
あっけらかんと爆弾発言をかましたナイに、疲れきってこちらにもたれ掛かっている御剣ちゃんと、血を抜いている最中の歩ちゃん、天井付近で涅槃仏みたいに横になっている雅灯さんがドン引きする。
『こればかりは私のファインプレーだろぉ!? ……暗躍時代の私のお陰で強敵が一人減ったのだ、それに例の男やその周囲の実力は把握している。特にハプニングも無ければ──勝率は7割だね』
「ああ、そう。まあその辺はあとで聞くけど、もう一人が……便宜上
「…………そう、ですね。僕の体を、不可視の圧力……魔力の塊で掴み、握り潰してきましたから、魔術よりは念動力と呼ぶ方がしっくり来ます」
とすると、次の刺客はその超能力者だろう。しかし分かっているのは、外国人の女性が不可視の魔力で攻撃してくることだけ。
「……いや、能力がある程度割れてるだけでも御の字か。
【与一くん、それもはや空気を避けろって言ってるようなもんなのでは?】
「出来なければ死ぬだけですよ」
【先輩がたの悪影響受けてますね……】
否定はできない。──と、なにはともあれ、次の目的地と敵はわかったわけで。
あとはどうやって向かうか、と思案したところでふとナイが提案した。
『ここから四国に直行だと時間が掛かり過ぎる。以前、岡山辺りに【門】のマーキングをしたことがあったから、そこから瀬戸大橋に向かって走らせれば……2時間くらいには短縮されるかな』
「じゃあそれで。……アパートに向かったのが8時頃で、今が……まだ9時か。正午に到着を目処として、この1時間で体を休められるな」
ちら、と時計を見て予定を合わせる。すると、採血を終えてボトルに蓋をしたナイが、採血キットを魔力に分解しながら言う。
『血を抜いた歩クンの体調も心配だ、このあと先ず二人で車を走らせてもらえるかい。私は彼女を安全な場所まで避難させてから合流するよ』
「やー、すいません……これ結構ダルくなりますね、想定よりしんどいです」
「お疲れ様、ありがとう歩ちゃん。……そういえば、キミも元々の予定があったんじゃ?」
ぐでぇ、とテーブルに突っ伏す歩ちゃんを労いつつも、そういえばと思い返して問いかける。
彼女は上体を起こして椅子にもたれると、天井を見上げながら言葉を返した。
「いーえー。クローンとしての問題も解決して、春から高校2年生として学校に通う予定なので、それまではぶらり旅をしているんですよー。……それで帰ろうとした時にナイさんに呼ばれまして」
「そうだったんだ。──しかし、なんというか世界って狭いねぇ」
お互いに丞久先輩やナイとの繋がりを持っていて、こうして邂逅を果たすのだから、陳腐でも運命と言わざるを得ないかもしれない。
そんな風にしみじみとしていると、歩ちゃんがこちらに……というよりは御剣ちゃんを見て口を開く。
「……あのー、ところで与一さん」
「ん?」
「さっきから御剣さんが反応してませんけど、大丈夫なんでしょうか」
「────。おーい、御剣ちゃん?」
言われてみれば確かに、途中から喋らなくなった御剣ちゃんへと顔を向ける。
うつ向いている御剣ちゃんは、聞き取りにくい小声で何かを呟いていた。
「……御剣ちゃん?」
「……なきゃ」
「うん?」
「我慢しなきゃ、我慢、しなきゃ。我慢……が、まん、しない、と」
顔を近づけて耳を傾けると、御剣ちゃんは、ずっと同じ言葉を呟き続けている。
「────。おっと?」
気づけば、視界が天井を映していた。ベッドに押し倒されたのだと気づいた時には、既に御剣ちゃんがこちらを見下ろしていて。
「……おなか、すいた」
「御剣ちゃん、待つんだ」
彼女のお腹から、くぅ、という可愛らしい虫の音が聞こえたと思えば。──次の瞬間には、御剣ちゃんはこちらの首に噛みついていた。
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