「──い゛っ、づッ」
犬歯が深々と首に突き刺さり、じゅるじゅると音を立てて血液が吸われる。
血を啜りながら顔を首筋にうずめて粗く呼吸する御剣ちゃんは、こちらが動けないように反対の肩を手で掴み、腰のあたりを膝で挟んできていた。
「これは……えっちな奴ですね!?」
『捕食にエロスを見出だせるタイプかい?』
「ぐ、くぉおおっ……!!」
──馬鹿なこと言ってないで助けて!? という単語が、口から出てくることはない。
洒落にならない痛みに大声を出さなかった自分を褒めたい気分と、急所から生命維持に必要な体液を啜られている恐怖が混ざり、体が硬直していたからだ。
……いや、だって、考えてもみてほしい。血を吸われるなんて経験したことないんだもの。
当たり前だけど、これ相手が御剣ちゃんじゃなかったら普通にグーで殴ってるからね。
「これ、引き剥がします?」
「そ、それだと、俺の首と頸動脈が食い千切られるからナシで……」
『まあ、そうなると満足行くまで飲ませたほうがいいだろうね。そのうち離れるだろう』
「……というか、これからまだ戦いが控えてる与一さんから血を抜くのって不味くないですか」
テーブルに突っ伏したまま当然の指摘をする歩ちゃんに、動けないこちらに代わってナイが言う。
『問題ないよ。魔術師は基本的にアホかってくらい頑丈で怪我の治りも早いんだ、体に穴が空いても一ヶ月くらいで塞がるレベル』
「えっ、こわ……」
『血も回復に集中すればすぐ治る。……けれど、良かったんじゃないか? 男の血嫌いの御剣クンもキミの血なら飲めるみたいだし』
「はぇ〜、空腹は最大のスパイスなんですかね」
『なるほど、一理ある』
人が身動き取れず口も挟めないからって好き放題言っている二人。覚えとけよ……と脳裏で独りごちりつつも、そろそろ1献血くらいの血を吸われているため、御剣ちゃんには離れてもらいたい。
流石に力ずくで行くべきか? と考えた直後、首にめり込んでいた異物感──御剣ちゃんの歯が離れ、彼女は顔を上げてくる。
「……み、御剣ちゃん?」
「────はぁ……美味しい……♡」
「ちょっ、これ以上は色々まず──」
その顔は、どこか恍惚としていて。口許の血が、口紅のように唇を濡らし。
ふと、じっとりとした言葉を漏らすと──そのまま再び倒れ込むようにして首元に顔をうずめ、すうすうと穏やかな寝息を立て始めた。
「ね、寝た……」
「寝ましたねぇ」
『キミの血、どうやら美味しいらしいぞ』
「こんな嬉しくない褒め言葉ある??」
……とはいえ、時間は有限なため、このまま休まざるを得ない。
果たして血を気に入られるという名誉か不名誉かもわからない状態で、御剣ちゃんの重さと熱を感じながら、数十分の仮眠を挟むこととなったのだった。
──ガクン、と車体ごと体が揺れる。
特に不調も違和感もなく、御剣ちゃんと二人で瀬戸大橋へと向かうべく、岡山付近に【門】でワープした現在時刻は10時頃。
「…………」
「…………」
早速と車を走らせ、暫く無言が続く。少しずつ件の橋が見えてきた辺りで、おもむろに御剣ちゃんがファスナーを閉め切った口許から低い声を出した。
「……あの、さっきはすみませんでした」
「キミは謝ってばかりだねぇ」
「あっ、えっと、美味しかったです」
「そっかあ」
感想を聞いたわけじゃないんだけどなぁ、とは口に出さず。助手席でちらちらと横目で見てくる御剣ちゃんの言葉を待つと、更に続けた。
「なんというか、そう……言うなれば色んな具材が煮込まれた濃厚なスープ、といいますか」
「自分の血をスープに例えられたのは生まれて始めてだなぁ。……ん?
「はい。桐山さん、少なくとも……3つほど魔力が混ざってますよ」
キョトンとした顔で返す御剣ちゃんに、自分の事なのにご存知ないのか……みたいな顔をされるが、覚えがあるのは
残り2つは『誰』の『何』なんだ。ナイの魔力でも混ざっていたらわかるけど、もう1つは誰のだ? ……まあ、今気にすることじゃないか。
「ナイは予定通り歩ちゃんを送りに行ったし、俺たちもこのバカでかい橋を渡れば四国に到着か」
「その後はどうするんですか?」
「……もちろん琴巳ちゃんを探すけど、向こうも追手を警戒して隠れるはず。最悪の場合は…………敢えて神格顕現を
こちらの物言いに、御剣ちゃんは怒りを交えた表情をするが、一拍置いて冷静に返す。
「────。目印にするためですね」
「どうやっても見つけられないか、姫島ヒカリが一手早く計画を進めてきたら、そうするしかない」
「……なるようにしかなりませんか」
こちらの取れる選択肢は少ない。絞り出すように呟く御剣ちゃんを横目に、そこそこ空いている大橋を程々の速度で走らせながら、乗り換えるタイミングを逃したままの竹田さんの車を運転していると。
「……ん?」
視界の奥、すなわち反対車線──四国側から、大型のジープが3台も列をなして走ってきた。
チリチリとした嫌な感覚がうなじに走り、ため息混じりに御剣ちゃんへと言う。
「御剣ちゃん、戦えるようにしておいて」
「えっ?」
「……あーあーあ、ほら来た」
バックミラーをちらりと見れば、1台が反対車線を逆走し、2台が中間の仕切りをぶっ壊してこちらの車線に入って速度を上げてくる。
御剣ちゃんもそれを確認したのか、いつでも刀身を作れるように体に薄く魔力を張った。
「雅灯さん」
【わかっております〜】
それから3台で前と左右を陣取るように速度を合わせるジープだったが、こちらが雅灯さんに合図し後部座席の窓を開けるのと、左右のジープの窓が開けられるのは意図せずともほとんど同時で。
「……来ますよー」
【──【禍理の手】!】
──雅灯さんが車を包むように無数の【禍理の手】を窓から出したのと、両サイドのジープからぬっと幾つもの銃身が現れたのも同時だった。
ガガガガガガガガ!! という銃撃の音が両側から届く。しかし【禍理の手】に阻まれ、銃弾は車体に掠りもしない。このままジープを転がして無力化──は甘いか、後ろから追いかけられても困る。
「うん、殺るしかないか。御剣ちゃん……俺は
「…………僕も、当然。弾切れを待って、片方ずつ潰しに行きましょう」
「頼もしいねぇ」
連盟組織の
御剣ちゃん自身ボコボコにされ、琴巳ちゃんを拐われ、竹田さんまで巻き込まれ狙撃された。これで戦いませんは嘘だろう。
こうなったら存分に頼らせてもらおう────と思案した瞬間。ふと、まだ何もしてきていない前のジープのドアが開き、誰かが
それは、赤にもオレンジにも見える鮮やかな髪を伸ばした、長身の外国人女性だった。
「──
不思議と、そんな言葉が耳に届く。続けて感じた強烈な威圧感と共に、眼前の空間が歪む。
それが、
「跳ぶぞ、掴まれ!」
「っ……!」
中からこじ開けたルーフの縁に足を置き、【強化】で脚力を上げて御剣ちゃんを抱えて斜め前に大きく跳躍。眼下では先程まで乗っていた車が見えないハンマーに叩き潰されたようにひしゃげ、スリップして転がり、後方十数メートルでボンッと爆発する。
「桐山さん! 左のジープに投げて!」
「わかった、あの女の魔力には気をつけ──」
──て、と。そう締めようとしたとき、不意に視線を女に戻すと、彼女は
「っ……2発目!? あの威力を、連発できるのか……? ああもうクソっあとは流れで!!」
「えっ────なぁぁぁぁぁ!?」
咄嗟に襟首を掴んで、言われたとおりに左のジープに御剣ちゃんをぶん投げる。
当然ながら、あの女が空中で無防備を晒したこちらを狙わない理由など無く。
「ヘーイ、かっ飛っばせーッ」
「ちっ……【禍理の手】!」
やたらと楽しそうに、そう言いながら拳を振り抜く女を見ながら、こちらも【禍理の手】を何層にも重ねて防御する。──直後、全身を強烈な圧力に思い切りぶっ叩かれ、体が後方へと吹き飛ばされた。
「お゛っ、ぐっ……!!」
軽機関銃で何百発と撃ち込まれてようやくヒビが入る程度には頑丈な筈の【禍理の手】の全てに大きく亀裂が走り、勢いのままに後ろを走っていたバスに突っ込みガラスを割りながら車内に転がる。
「うっ、づ、ぉおぉ……」
「なっ──なんだぁっ!?」
「おぉ……っきに、なさらず、映画の撮影です」
運転席の男性にそう言いつつ、バス前面のガラスが嵌め込まれていた部分に手足を置いて身を乗り出す。この状況で真っ直ぐ運転できていることに感嘆しながら、戻る前に一つだけ言っておく。
「……速度を緩めて、前のジープに追いつかないようにした方が良い。死にたくなければね」
「えっ、あ、お、おう……」
何が起きているのやら、とでも言わんばかりに困惑している運転手を尻目に、バスから飛び出して幾つかの車のルーフを足場にしてジープに戻る。
女が指示でもしていたのか、撃ってこなかったことは好都合だった。
「あーらまァ、おハヤいこって。潰すつもりで殴ったのに原型留めてら」
「悪いね、頑丈なもんで」
視界の端では御剣ちゃんが前左右の内、左のジープに着地して侵入している。
戻ってくるまでに片付ける必要……と、足も欲しいからジープ1台を頂こう。
「雅灯さん、俺が相手してる内に下の中制圧しといてください」
【中身は
「はい」
御剣ちゃんが片付けに行った左は任せるとして、こちらが足場にしている制圧予定の右は雅灯さんに、そして女が足場にしている前は女ごと沈める。
正直、ここで無力化に留めよう──は無理だ。特にこの女の魔力が強力過ぎる。
……と、そこまで考えていたところ、ふと女が上着の中から丸めていたファイルを取り出して、紙面とこちらを交互に眺めていた。
「ン〜〜〜と。確認しとくケドさぁ、アンタが……よ、よ……ヨイッチー? で良いんだよね」
「…………。まあ、俺が与一だけど」
「あーよかった、人違いで殺すのはサスガにさぁ、イヤじゃん?」
カラカラと笑う女は、なんというか、こう。……どことなく子供っぽい。
「なあ、一つ聞いていいか」
「アン? なんすか」
「なんで俺たちと敵対してるんだ」
「なんでってそりゃ、ボスにスカウトされたからだけど。ンやぁまあ、アタシも親子のシュラバに巻き込まれたのはキチィんだケドさ」
……やはり、言動から察するに御剣ちゃんの手足を砕いたのは彼女で間違いないか。こちらも人違いで殺すのは忍びない、が。
「すまん、あと一つだけ」
「えー、何だよもう」
「お前……いま何歳だ?」
どうにも拭いきれない違和感。せめてこれだけは払拭しておきたい、と思い問いかけて。
一拍間を空けてから、女は突然の質問に疑問符を浮かべながらあっけらかんと言った。
「……?? 15だけど。あ、今年で16か」
「…………。15?」
「ン」
「
「
女は、否──少女は、パッと見でもかなり身長が高い。こちらと比べて僅かに低いくらいだから、175〜180センチだろう。
そんな彼女が言うには、まだ15とのことで、驚愕してしまうのも当然だった。
「その
──流石に子供は殺したくない。という、大人として当たり前の弱点を持つこちらに対する、強烈なカウンターだったのだから。
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