ダンッ、と音を立てて、御剣リオンはジープのルーフに着地する。
「…………すーっ、ふぅ」
「……? なん────」
深呼吸を一つ挟み、それから異音を耳にして窓から顔を覗かせた、兵士のようにボディアーマーを着込んだ男の頭にナイフ状の短い刃を突き刺す。
続けてするりと窓の隙間から車内に潜り込み、後部座席の真ん中にストンと座ると、いきなり現れたリオンにほんの一瞬相手が硬直した隙を縫って、顎下から後頭部までに刀身を突き入れる。
「クソ、誰だ──がッ!?」
リオンは急所を刺した状態で、男が手に持っていた銃の先端を眼前──助手席のシートに向けさせて引き金を引く。ガガガガ!! と銃声が連続し、後ろから穴を空けられフロントガラスにも弾が当たった。
最後に槍状に伸ばした刀身を男に運転席ごと突き刺し、斜めから腹部を貫いて足をアクセルごと縫い留める。数秒で制圧を済ませたリオンは、グンと速度が上がるジープの中で男に問いかけた。
「ヒメ……姫島琴巳を何処に連れて行った」
「ぐっ、し、らねえ……俺らはただの雇われだ」
「────。そうですか」
スゥ……と冷めた目で、リオンは一言呟くと、もう1本の刀身でまたもや後ろから運転席ごと胸を貫き、ハンドルに引っ掛けてぐいっと曲げる。
加速したジープはいきなりハンドルを切られたことで、勢いよくスリップし車体が横向きになる。
窓から脱出したリオンは、転がる車体から離れるように跳躍し、車から車へと跳んで車道を遡ると、視界の奥に未だ走行しているジープを見つけた。
「桐山さん……どうか無、事……で……」
念動力の女とジープ2台分の戦力、それらを一人で相手取るのは難しいだろう、という心配が足を動かす。あと数台分の跳躍で合流できる──と、そこまで思案していた辺りで、言葉が詰まる。
与一は、居た。敵の女も居る。けれども、
「……おっ、早いねぇ。お帰り」
「あ、はい。こっちは終わりました、けど……」
たんっと軽やかに着地するリオンは、ジープのルーフに立つ与一を見やる。
彼の影や背中からは鎖が伸び、先端には禍々しい『手』が生えているが、問題は
「もう終わってる……あの、これはどういう」
「んー、まあ、なんだ」
「ンぐぐっぐぐぎぎぎィィィ──!!」
リオンが見上げた先にあるのは、金属を無理やり折り曲げたかのようにひしゃげた大きな塊と、その横で『手』にぐるぐる巻きにされながらも暴れている女。与一は二つを一瞥してからリオンに向き直ると、困ったように苦笑しながら言った。
「なんかこの子、戦闘能力は高いけど
「ン〜〜お〜〜! 離せェ〜〜!」
「はあ……ん?
リオンの疑問符を浮かべる姿に、与一もまた苦笑する顔を戻さずに続ける。
「色々聞いたんだよ。この子はアビゲイル・ウィンター、今年で16になるそうだ」
「…………こ、ども!? この背丈で!?」
「俺もさっき思った」
なるほど、と独りごちて。リオンは少し考えてから、女──アビゲイルを視界に収め、手に刀身を作って握り、その切っ先を向けた。
「で、殺しますか?」
「ウェ!? ちょちょちょっヨイッさん!」
「ヨイッ……与一です。いいかい御剣ちゃん、俺としては子供を殺す気はないし、キミにもそうしてほしくはないんだ」
「……言いたいことは分かりますが」
自身の手足を潰したあの女が、まさかずっと歳下の子供だったとは、リオンですら想定できていなかった。子供を殺すのは倫理的にも憚られる、とは分かっていても、それ以上にアビゲイルは敵なのだ。
「うーん、じゃあこうしようか」
しかし与一もリオンの感情は理解できているからか、妥協点を見出して提案する。
「俺が思いっきりぶっ飛ばして、それでチャラにするってのはどうかな」
「
「……殺す気は無いのでは?」
「無いけど、本気でやらないと罰にはならないでしょ。それに……アビゲイルの力は本当に強い、今も気を抜いたら【禍理の手】を破壊されかねない」
「逃げようとしている、と。抜け目ない……」
「────。ナンノコトヤラ」
会話をしながらも、虎視眈々と脱出を狙うアビゲイルは、今なお内側から魔力による圧力で【禍理の手】を破壊せんとしている。
更に2〜3本の『手』を巻き付けて拘束を強めながら、与一は更に続けた。
「……ところでアタシの拒否権は?」
「キミさっき俺になんて言ったっけ。──そう、『かっ飛ばせー』だ」
「…………ンやぁまあ、アレは、ほら、テンション上がっちゃっただけで……」
「死ぬ気で防御しろよ、ほら頑張れ頑張れ」
「マジでやんのか────」
有無を言わさず、与一は上空にアビゲイルを跳ね上げると、別の『手』で掴んでいた金属の塊──ジープだったものを振りかぶる。
「くぉっ……」
瞬間、ゴウッと空気を押し出すようにして放たれた、身の丈以上の鉄塊による豪速球。
「──おっ、ぼえ、てろよォォォ!!?」
それはアビゲイルが咄嗟に展開した透明な魔力のバリアごと彼女を橋の外へと吹き飛ばし──果たして海に落下し、巨大な水柱を作った。
「──さて、四国に向かうか」
「殺す気は無いのでは……?」
「加減はしたよ。あれだけ元気なら大丈夫大丈夫」
そう言って首の関節を鳴らし、軽く伸びをして、与一は踵でルーフを叩く。
「雅灯さーん、調子はどうですかー」
【よ、与一くぅん! 【禍理の手】でアクセルとハンドルを掴んで運転するのもそろそろ限界です!】
「ああはいはい、今行きます」
「……誰が運転しているのかと思ったら、例の悪霊の方がやってたんですね」
外からガチャリと運転席と助手席のドアを開け、上から入ると。中では与一から伸びた鎖と繋がる禍々しい手がハンドルやアクセル、レバーをつまんでおり、運転席には浴衣の女性がちょこんと座っていた。
【与一くぅぅん! これ免許持ってない人にやらせていいやつじゃないですからね!?】
「変わりますから、後ろにどいてください」
【や、やっと解放された……】
初めてやる大型車の運転で半泣きになっている女性──雅灯が、運転席から後部座席に移って与一に任せる。片手間でバッグから携帯を取り出すと、助手席に座ったリオンの膝に置いて前を見据えた。
「連盟組織に、大橋での戦闘の証拠隠滅と記憶処理をするようにメールしといてもらえる?」
「ああ、はい。それはもちろん。……さっきの、アビゲイルについては──」
「んー、黙ってる方向で。これは勘だけど……あの子とは仲良くできると思うんだよねぇ」
「僕は思いませんが……」
「まあ、理解は出来るよ。ごめんね俺のワガママで逃がしちゃって」
車内から漂う鉄錆の臭いに顔を顰めて、窓を少し開けて換気しながら与一は申し訳なさそうに言う。
リオンも助手席側の窓を開けながら、逡巡を挟んだ後にゆっくりと口を開く。
「いえ、十中八九……僕では勝てない相手でした。アレに勝った貴方の意見なら、従います」
「さいで。──あ、連盟組織ついでに一つ聞きたいんだけどさ、キミが吐き戻したっていう血は誰からもらったモノだったの?」
与一が不意に問いかけると、両手で携帯を持ってメールに文字を入力していたリオンは、画面から顔を離して渋い表情をしながら返す。
「確か……秋山さんです」
「なる、ほど、ねぇ……!」
リオンと同じくらいの渋い表情をする与一は、脳裏に覚えのある男の顔を思い浮かべて言った。
「なんだろうなあ、あの人の血は絶対に不味いだろうな〜っていう嫌な信頼があるんだよね」
──ちゃぷ、と水音を立てて。アビゲイル・ウィンターは、水面に浮上する。
「あのヤロウ……
魔力を固めて足場にして、そこに乗り上げると、傍目からは水の上に立っているように見えるだろう。しかし大橋の下であるため、見られる心配はない。
「ったく、ンまぁこっから先はボスの仕事かァ。アタシは……どうしよ、ヨイッチーとはもう戦いたくないし……プランBで行くか」
そう呟きながら前を開け放ったままのジャケットに手を入れ、内ポケットから──水を吸って重くなったファイルを取り出す。
「タスクとマドカ……は今居ない、ヨイッチーはヤダ、アキヤマ……は
ふやけたファイルを破かないように慎重に広げ、顔写真付きの紙面を眺めるアビゲイルは、一人の男の写真に視線を向ける。
遠くから盗撮したような写真たちの内の一枚。そこにはガタイの良い成人男性が写っており、その横に裏で調べたのだろうプロフィールが載っていた。
「──タイヨウ・ナツキ。……
ぶつぶつと呟きなから、アビゲイルは
──この行動が戦局を変化させるなどとは、そして運命の出会いを果たすこととなるとは。今のアビゲイルには知る由もないのであった。
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