「そいつは味方なの?」
「っ……」
警戒心を強めた真冬の問いが、アビゲイルへと刺さる。太陽はおもむろに庇い立つと、真冬の顔を見て当然であるかのように断言した。
「安心しろお嬢、こいつはアビゲイル。味方だ」
「…………。東間ほなみ曰く『変な力を使う外国人女性に襲われた』らしいけど、太陽さんがそれでいいならそういうことにしとくわ」
「あ、知ってたのか」
事情を把握したうえで敢えて問いかけていた真冬は、太陽の即答に呆れを混ぜた苦笑をする。
「うちのメンツの男衆はみんな
「なんか言ったか?」
「なんでもねっス。……んで、あのキチ『言い方ァ!』──イカれ野郎はなんなんだ?」
かなり強く蹴り飛ばしたにも関わらず、さらりと起き上がる男を見て露骨にドン引きする真冬が二人に聞く。太陽がアビゲイルに視線を向けると、彼女は考えるように口ごもり、それから言った。
「アタシを雇ったボス……白痴教教祖のヒカリ・ヒメジマに心酔してる狂信者。誰かを見張るように指示されてたッポイけど、ここに居るってことは……」
「俺を狙ってた、ってことか」
「カモねぇ。ボス、
「……俺の母さんがシュブ=ニグラスの適合者だと知ってたのは、お前じゃなくてその教祖か」
なるほどと合点がいったように言う太陽が、アビゲイルから男へと視線を移す。
男は幽鬼のようにゆらりとふらつきながら、力強く刀を握り直している。
「…………いや、駄目だ。お前の手は借りない、黙っていろ、私だけで──やる!」
呟きながらもフードの奥から鋭い眼光で三人を睨み、男は踏み込む。それを見て構える太陽に、真冬が手のひらに作り出した道具を投げ渡す。
「【
「ん? なんだこれ」
受け取って確認すると、それは金属の何か。4つの穴が空いた無機質なモノは、ただただシンプルかつ無骨なメリケンサックだった。
「…………お、おう」
「武器は魔力を注いで強化すればかなり頑丈になる。あとはまぁ、上手いことやって」
「雑〜〜〜〜」
途中から説明が面倒になった真冬は、そう締めくくりつつ片手に別の道具を作り出す。
T字の金属──黒塗りで鈍く光を反射するトンファーを掴み、スナップさせて収納されていた部分を伸ばし男の刀と打ち合った。
カリカリと耳障りな金属音が奏でられ、数度の打ち合いから鍔迫り合いのような姿勢に入り、押し出される形で数歩後退り真冬は分析する。
「情緒不安定、の割には動けるな。おいアビゲイルっつったか、お前は何が出来る?」
「え、あー……ただ魔力の塊で殴ったり掴んだり? 魔術は使えねーから期待しないで」
「…………。じゃあ指示出すまで何もするな、巻き込まれると困る。太陽さんは前出て、あたしと一緒にコイツ殴ってもらえる?」
「っしゃ、任せろ」
男から視線を外さず、後ろの二人に即座に指示を出す。太陽は待ってましたと言わんばかりに、両手に嵌めたメリケンサックを打ち鳴らした。
「神にぃ……仇なす、者は……殺すゥ……!」
「コイツ、物騒なワード以外で会話できない呪いにでも掛かってんのか?」
「ンまぁ、実際はどうなのか知らんケド、クスリヤってる疑惑あるからなあ……言動が変なのと妙に打たれ強いのもたぶんそのせい」
『もしかしてただの鉄砲玉説ある?』
などと言いながら、真冬と太陽が前に出て、念の為にと結月がアビゲイルの方に下がる。
拳とトンファーをそれぞれが構え、すり足で間合いを詰めると──男の腕がブレた。
「ッ死ぃイ!!」
ヒュンッと空気を裂いて、切っ先は加速していく。トンファーで軌道を逸らそうと刀身に合わせた真冬は、ギャリリリッと音を立てながらかろうじて逸らしきる。太陽がその隙を逃さず、速攻のジャブを打ち込むが、男は意に返さず返す刀を振り下ろした。
「く、おっ!?」
「マジでクスリヤってる説あるかぁ? ……刀を振りづらくさせるべきだな。──太陽さん! ここからはあたしの魔術を使う!」
「は!?」
その言葉を最後に、真冬の手からトンファーが弾き飛ばされた。続けざまの一閃が的確に首を狙い、卓越した身体能力から切っ先を目で追う真冬は、新たな武器の【
「一言だけ言う、止まらないで」
「…………天、誅……!!」
刀の先が、首に触れ────パン! と乾いた音が鳴り、男は手応えを感じること無く、そしてほんの一瞬だけ感じた目眩に近い視界の揺れと共に、視線の先に居たはずの真冬の姿が消える。
「……まさ、か」
「思考が遅ぇよバカ」
男が事象の原因と結果に気づくと同時に、またしても背中に衝撃が走る。
今度はたたらを踏みつつも転ぶことはなく、振り返りざまに刀を振るい、再度パンと乾いた音。
自身を蹴ったであろう真冬は居らず、しかしてお次は、拳を耳元まで引き絞る太陽のお手本のようなテレフォンパンチが顔面に叩き込まれた。
「オラァア!!」
「ぐっ!? まさか……入れ、かわり……!」
「大、正、解!!」
殴り飛ばされた男の背中に前蹴りを打ちながら、真冬は口角を歪めて言う。
刀を当てようとすれば、どちらかと入れ替わり空振りさせられ、向こうは入れ替わり先へ攻撃すれば男に直撃する。この場で一番厄介なのは、拍手を起点とした空間置換魔術──その術者である真冬だった。
「サンドバッグの時間だ、歯ぁ食いしばれ」
どのタイミングで、誰と誰を入れ替えるか。それを即座に見極め実行に移せる集中力と判断力が、現状を成立させるに至っている。
傍目から今の状況を見たとき、こんな言葉が脳裏を過ることだろう。
『……えげつねぇ〜〜〜』
──と。そんな言葉を、教室の机の陰に隠れるアビゲイルの頭頂部に乗っかる結月が独りごちる。
真冬と太陽が交互に蹴り、殴り、男の反撃を入れ替わりで空振らせては更に殴る蹴ると攻撃を加え続ける光景を前にポツリと呟く。
『うーん、作戦名:キャッチボールってとこかな。いやぁ練度も上がったからスムーズに動くね』
「アレは……何がどうなってんの?」
『ん? あぁ、入れ替わりの魔術は真冬……と親の固有能力なんだけど、真冬はまだちょっと発動に難があってねぇ。
「へぇ。…………手を、鳴らす?」
アビゲイルの思考にふと違和感があったが、その前に頭頂部に乗っている結月に額をべちべちと叩かれ意識を戻され顔を上げる。
「いででで、なんだよもう」
『あの二人ならアビちゃんが攻撃する隙を作ろうとしてくれるだろうから、今のうちに構えといてよ』
「アビ……ちゃん……!?」
『ほら早く早く、幾ら真冬と太陽さんがステゴロ強くても、刀振られたら避けるしかないんだよ。ああ見えてわりとギリギリなの』
「それは────」
確かに、という納得。たとえ達人同士であろうと、武器を持った人間を相手に素手で挑むことは無謀と言える。かといって同じ土俵に上がれば、今度は実力勝負で勝敗が決まってしまう。
トンファーでの打ち合いから二人掛かりでの殴り合いに持ち込んだのは、そうでもしないと斬り捨てられる可能性が高かったから。
今この場での懸念材料は二つ。──男が刀を存分に振るえる間合いを与えてしまうことと、
「…………! 来た!」
『おっ! チャーンス!』
などと思案していたアビゲイルは、教卓前での暴行が一瞬途切れ、男から二人が離れる光景を目にする。言葉にせずともここが潮時であるという状況に、アビゲイルの手が半ば無意識に翳された。
「くた、ばれ……!!」
体から溢れ出た魔力を、魔術にすら変換することなくただの塊として発射。
魔力の塊を振り回す。ただそれしか出来ないアビゲイルの、しかして凄まじい破壊力を伴う不可視の攻撃は、見えずとも咄嗟に防御の構えを取った男の体を黒板を壁ごと粉砕して隣の教室へ吹き飛ばす。
「……これで気絶でもしてくれてたらラッキーなんだけど、まあ無理か。さっきからボコボコにしてんのにケロッとしてるし」
「こりゃあ、やっぱり何かのクスリで痛みを鈍らせてるのかもな。アドレナリンでも出してればその間はずーっと元気なはずだ」
ひたすらに蹴り、殴り続けていた二人だからこそ、男の異様な頑丈さに疑問を抱いているのか。
真冬と太陽はそう言いながら壁の穴から隣の教室に移動し、アビゲイルと結月もそれについていく。
四人で移動した先に居た男は、予想通りに立ち上がっており、さしもの真冬たちでも呆れていた。そろそろ本気で叩くべきか、と考えた太陽が、代表して握り拳とメリケンサックに魔力を灯らせる。
「頼むから、もう寝てくれよ」
「…………、……。…………」
フードの奥で、男はあいも変わらずブツブツと何かを言う。眼前に立ち、すっと拳を引いた太陽が正拳突きを叩き込もうとしたとき、不思議と彼の耳に──男と
「…………礼は、言わんぞ、
【あぁらあら、やられっぱなしね。可哀想に】
「──っ!!」
拳が、届く。その直前、太陽は無理にでも動きを止め、防衛本能に従って大きくバックステップする。その動きを不審に眺めていた真冬たちが、男の後ろで陽炎のように空気が揺らぎ、刀を握る少女の輪郭を形作るのを見て────バックステップと、数瞬前に彼が立っていた場所を斬りつけるのは同時だった。
【ごめんなさいね、このテンチューテンチューうるさいのが、どうしても出てくるなって言っていたのだけれど。あんまりボコスカ殴られてたのが可哀想だったから、ついつい出てきちゃったわ】
「なんだ……雅灯さんみたいな……悪霊の類いか? ずっと隠れてた……?」
【悪霊? やあね、ただの神様よ、私って】
くつくつと、優雅に笑う少女が、ゆらりと片手間に。まるでそれが、呼吸や歩行と同じ当然の行いであるかのように、自然に刀を構える。
【私はしがない付喪神、此処から先は二対三。気をつけないと……拍手の音も鳴らせないわよ?】
何もかもが抜け落ちたような白髪を揺らして、巫女服を着こなす付喪神の少女──九十九は、男と共に刀を構えて真冬たちを見据える。
刀持ちであろうと、数人掛かりであれば無力化できていたが、そこにもう一人が加わればどうなるか。──絵に描いたような、お手本のような形勢逆転が起きたことを、その場の全員が察していた。
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