とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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液体生物は人間の夢を見るか 1/6

 舗装された歩道を歩く足音が二つ。

 都内某所の広場に訪れた二人の男女は、気だるげに時計を確認する。

 正午を知らせる12:00が表示された携帯を仕舞うと、男がギターケースを背負いながら言った。

 

「……嫌な待ち合わせだ」

「仕方がない、私とキミを名指しで呼び出してきたんだ。乗らなかったら何をされることやら」

 

 

 

 ──事の発端は数時間前。

 とある連盟組織の施設の一室、厳重に監視・管理されている筈の施設に秋山と白道を名指しで呼び出す置き手紙が発見されたことから始まった。

 

 単なる置き手紙であれば、そこまでの騒ぎにはならなかっただろう。

 しかし、その手紙が特定の人間しか入れない倉庫内に置かれていたこと。そして、手紙の主が自称ショゴスロードであることが問題だった。

 

 液体生物──ショゴス。液状に体を分解し、人に擬態する能力を持つ怪物が、軍・警察・魔術師が作り上げた組織のいち施設に侵入してきた。威信にかけて、主犯を何が何でも排除せねばならないのだ。

 

「敵はショゴス、それもロード……と来れば、魔術の使えねえ俺とマトモな戦力にならないお前じゃあ秒殺確定じゃねえか?」

「だから、事前に魔術師数人の魔力を集中して我々に【障壁】を張ってもらったんじゃないか。これで、最低でも1発は致命傷を防げる」

 

 ギターケースを背負う男──秋山の言葉に、女性──白道がそう返す。

 

「鉄砲玉じゃねえか。俺は撃つ側なんだけどな」

 

 呆れたように笑う秋山は、どこか暗い表情の白道を横目にすっとぼけるように問う。

 

「どうした、久々の外出でもう疲れたか?」

「……ん? ああいや、そうじゃないよ」

「っつってもまあ、お前が連盟組織の施設の外に出てるとこ見んのは今日が初めてだけど」

「……ふふ。そういえば、そうだったね」

 

 ふと、足を止める白道に習い秋山も立ち止まる。その顔からは暗さは無くなり、どこか懐かしむような顔色に変わっていた。

 ──来たことがあるのか。と問いかけようとした秋山は、不意に異音を捉えてそちらに向く。

 

「──来やがったか」

 

 ゴボリ、と。何処かから水が溢れ出す音が聞こえ、その音の正体が、数メートル前方の地面から現れる。それは水溜まりを作り、ひとりでに持ち上がり山を作ると──やがて人間の輪郭を作り出した。

 

 メガネを掛けた、白衣の女性。『研究者と言えば?』という質問でイメージ出来そうなその女性は、秋山と白道を見て口角を緩める。

 

「こんにちはぁ。まさか、約束通りに二人だけで来るとは思ってませんでした」

「……お前が自称ショゴスロードか、わざわざ俺たちを呼ぶ為だけに組織内に侵入とはご苦労なことだな。それで、なんの用だ?」

「まあまあ、そう殺気立たないでくださいよ。ねぇ? ────()()()()さん」

「……あ?」

「っ……!!」

 

 秋山は、さも本名であるかのようにさらりとそう呼ばれて反応に一拍遅れる。

 その横で一瞬目を見開いて驚愕した白道をちらりと見て、女性はそういえばと続けた。

 

「あぁ、私は細波青井と申します。()()()()()()()()()()()()を取り込んで擬態した、しがないショゴスロードでございます」

 

 演技っぽく、畏まったように会釈する女性──青井は、秋山ではなく白道を見やる。

 青井が()()()()()()ことを察した白道が、これ以上の情報を与えてはならないと判断したとき、秋山がガチャンとギターケースを足元に落とした。

 

「──あ、そう。ならもう一回殺してやるよ」

「え?」

 

 特に動揺を見せるでもなく、秋山はそう言って足元のギターケースをブーツのつま先でゴンと小突く。すると、突如としてロックが外れ、ケースが開かれたかと思った瞬間、バコンと音を立てて中から散弾銃が射出されるように飛び上がってきた。

 

「え? ……えっ!?」

「そんじゃあまあ、駆けつけ一杯」

「うゎば!?」

 

 青井が困惑しているのを無視してキャッチしした秋山が、なんの躊躇いもなく彼女の顔面を散弾で吹き飛ばす。無数の粒が青井の顔を引き裂き、水分に戻った顔だった部分がばしゃりと地面を濡らす。

 

 思考に使っていたパーツが失われてほんの一瞬困惑し固まる青井を余所に、秋山はギターケースと散弾銃を両手に持ち、白道へと声を投げ掛けながら広場の一角にある茂みへと並んで走っていく。

 

「一旦隠れるぞ!」

「……あ、ああ……」

 

 軽快な動きで茂みの奥に飛び込み、木を背にしてしゃがみ込む二人。

 ギターケースの散弾銃が収納されていた部分を開いて、二重底になっていた中から、インカムと自衛隊の使う9mm機関拳銃(マシンピストル)を引っ張り出して投げ渡してくる秋山に白道は質問した。

 

「秋山クン、キミは……知っていたのかい?」

「あ? ンなわけねぇだろ、アイツのオリジナルを殺したとか言われても何も覚えてねえよ。フリだ、目の前で動揺を晒すのも馬鹿だしな」

 

 ため息混じりにカシュンと弾薬を装填する秋山は、ケースの中から更に銃剣を取り出して鞘から出すと、銃口の下に装着しながら言う。

 

「──ただ、合点はいった。アイツは俺をアルファと呼んだが、アレがフォネティックコードだとすれば……生前の俺は従軍経験もしくはそれに類する経験を積んでいた過去があったことになる」

 

 インカムを耳に付ける秋山は、草木の隙間から自分たちを探している青井を確認して言葉を続ける。

 

「そう考えれば、脳が弾けて死んで記憶も無いのに戦い方だけは体が覚えていたのも納得だな。……さて、やるか。起動頼む」

「……分かっているよ」

 

 機関拳銃に弾が装填されていることを確認した白道が、秋山の言葉に頷いて返す。

 秋山もまた手元の散弾銃を彼女に伸ばすと、白道はその銃身にそっと指を這わせて魔力を込め────刻まれた術式を起動する。

 

「────。発砲のタイミングは、俺のリロードの隙を埋めるつもりでやれ。その9mmのマガジンはギターケースに入ってる」

 

 淡く、薄く発光する散弾銃を手にして、弾薬(シェル)を詰めた容器と拳銃を腰に装着する秋山は、彼女に問いかけようとした言葉を飲み込む。

 秋山とて馬鹿ではない、彼もまた察していたのだ。『細波青井が秋山の過去を知っていることに、白道が驚いていた』ことを。

 

 けれども今は、ショゴスロードである細波青井を倒さなくてはならない。秋山は追求の言葉をぐっと飲み込み、茂みから飛び出した。

 

 

 

「──もう一回死ぬ覚悟は出来たかぁ?」

「そっくりそのまま同じ言葉を返しますよぉ」

 

 青井は秋山の手にあるポンプアクション式の散弾銃を見て、腕の水分密度を上げて顔を庇う。

 ポンプアクションで弾薬の排莢・装填を行う構造上、1発防げさえすれば次弾までに攻撃が入る。そう思案して、早速と発砲された散弾から顔を防ごうとし────密度を上げて硬質化した腕が砕けた。

 

「…………は、ぁ……!?」

 

 反射的に全身の硬度を限界まで上げた青井の判断は正しく、そして『発砲の度にポンプを動作させ、排莢・装填してもう一度狙ってから発砲する』という時間差の想定は、秋山の射撃技術に覆される。

 

 ドガン! ドガン! ドガン! ドガン! と通常ではありえない速度で連射される散弾が、青井の体を削っていく。しかしこれは、彼女が研究者であるがゆえの知識不足が原因だった。

 

 とはいえ、分かるはずもないだろう。

 M1897(トレンチガン)には、引き金を引いたままポンプアクションを行うと装填した弾薬を即発砲出来る、意図的な暴発(スラムファイア)と呼ばれる技術があるなどと。

 

「っ──弾が、()()……!」

 

 加えて、飛んでくる粒が異様に速く、重い。発射薬を過剰に詰めた強装弾だとは判断できるとしても、スラムファイアによる連射のギミックを理解できない。やがて弾切れになり秋山がリロードを挟むと、その隙は横合いから叩き込まれる9mmに埋められる。

 

 普通に戦えば、順当に負ける。ならば()()()()()()戦いに引き摺り込めばいい。

 

「──と、すれば……うん、()()()()に拘るのはやめた方がいいですね」

「……? ……!! マズっ、伏せろ!!」

 

 青井がそう呟くと、おもむろに両手を合わせて、刀を抜刀する直前のように水平に構える。

 先程聞こえたゴポリと水が溢れ出す音が、青井の手元から奏でられ──秋山が咄嗟にそう叫びながら屈むと、背中の上をナニカが通り抜けた。

 

 背後ではバキバキと木が倒れる音が響き、顔を上げた先では、青井が水平に薙いでいた両手を揃えたまま、上に持ち上げていた。

 水平薙ぎからの上段。ナニカが飛んでくるとだけ思考した秋山は、散弾銃を盾にする。

 

 ──直後、バシュウ!! と勢いよく噴出した水気が衝突し、踏ん張りきれず後ろに転がる。

 受け身を取って立ち上がる秋山は、それが高圧水流だと理解して散弾銃の調子を確かめた。

 

「なるほどなあ、液体生物である以上、自分の体で高圧水流(ウォーターカッター)の噴射も可能なのか」

「……貴方を両断するか、せめて武器だけでもと思ったのですがねぇ。いやに頑丈…………魔力で補強? いや、【強化】魔術?」

「まあ、当たらずとも遠からずだな。……白道、生きてるか? イエスなら2回、ノーなら1回インカムを叩け

 

 背後に振り向くわけにも行かず、ひとまずの確認を小声で行う。

 インカムの向こうから聞こえてきたコツコツという爪で叩く音で無事を知りつつ、眼前でテレビゲームのスライムのような質感に形を崩す青井を見やる。

 

「ふふふふ、キミは……実に哀れだ」

「あぁ?」

「そうやって私を殺そうと銃口を向けているけれど、キミは殺意を向ける相手を間違えている」

「…………なんのことだ」

 

 青井は秋山の背後に顔を向け、口角を緩めると、倒木から逃れつつも葉っぱと小枝が衣服に付着している白道を見ながら口を開く。そして彼女にも聞こえるような声色で、秋山の()()()()()()

 

「秋山……()()クン」

「────」

 

 引き金を引こうとして、秋山の指が思考と共に停止する。ふと呼ばれた名前には、聞き覚えはない。しかし、確かに覚えがある。

 そんな矛盾と強烈なストレスから来る耳鳴りに阻まれ、しかして青井の声だけは鮮明に聞こえた。

 

「──キミは()()()・白道香織に、わざと死ぬであろう作戦に放り込まれて殺されたんだよ。別の組織で暗殺者紛いの仕事をしていた秋山狐鉄を……組織を潰すついでに、連盟組織(じぶんのところ)に引き入れる為だけに」

「やめろッ!!」

 

 もはや体裁を保とうという意識すらなく、怒声を張りながら、白道は機関拳銃の銃弾を全弾撃ち込む。それらを取り込み一瞬で溶かしながら、青井は動揺から瞳が揺れている秋山にしゅるりと近づく。

 

「決着は()()で。待っているよ、秋山クン」

 

 パサリと、何かが書かれた手帳のページが秋山の足元に落ちて、青井は愉快そうに笑みを浮かべながら、くつくつと笑って地面に溶けるように消える。

 

 

 

 

 

 残された二人の内、白道は、撃ち尽くした機関拳銃が脱力した手から滑り落ちるのも構わずに極度の緊張から眉間や口角をひくつかせて呟く。

 

「……あ、秋山……クン、違う、違うんだ、私は……嘘をつく、つもり……なんて」

 

 呼吸を荒らげる白道に、秋山も振り返る。続けて彼女の胸元に、ゴリッと硬いものが押し当てられ──それが拳銃だと気付いて視線を上げた白道の視線は、秋山の見下ろす視線とぶつかり合う。

 

「黙れ」

 

 明確な拒絶の声を放つ秋山。彼の視線からは、ただただ、燃えるような怒りしか感じられなかった。




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