とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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液体生物は人間の夢を見るか 2/6

 白道の胸元に拳銃の銃口を押し当てつつ、怒りながらも冷静さを努めようとする秋山は、彼女を鋭い眼光で睨みながら口を開いた。

 

「正直に言えば、お前が俺に関する情報を隠していることは察していた。……細波青井の話を踏まえ、お前の立場を考えれば、理解はできるさ」

 

 苦虫を噛み潰したような渋い顔をして、秋山は拳銃をホルスターに戻す。

 

「俺がお前の立場なら、同じように黙っていようとするだろうよ。記憶喪失の人間の過去が()()()なら、黙る方が得策だ」

「…………」

「それでも俺が聞こうとしなかったのは、お前を信用していたからだ。いつかは話してくれる、話さないのには理由があるからだ、ってな」

 

 そう言って、青井が足元に落とした手帳のページを拾い上げる秋山は、内容に目を通してポケットに入れ──それからため息をついた。

 

「でも、お前が俺の立場なら……きっと同じことを思ったんじゃないか? ────それでも、本人の口から話してほしかった、って」

「…………ああ、ああ。その通りだね」

 

 秋山の言葉に白道は小さく頷き、双方の間には一拍の時間が流れる。互いへの気まずさや複雑な感情を残したまま、秋山は携帯を取り出して続ける。

 

「──お前を許す許さないは後で決めるとして……だ。今はとにかく、戦力を集めてショゴスロードを殺す。わざわざ場所を指定してきたんだ、対面のビルに()()を仕込むぞ。準備させろ」

「アレ? ……まさか、()()を使うのかい!?」

「お前の権限なら用意できるだろ。言っとくが『出来ません』は通らねえからな」

「……わかった、なんとかしよう」

 

 まだどことなく冷たさを感じる声色に、白道はなんとも言えない寂しさを感じる。

 ──自業自得か。と脳裏で独りごちる彼女の苦笑する顔を、()()への連絡を終えた秋山が、ただじっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──駅前に停まるタクシーの後部座席から、三人の男女が降りてくる。

 

「さて、秋山さんはここに居るらしいけど」

『てぇかさあ、マジでやんの? ショゴス退治』

 

 プラチナブロンドの少女──有栖川真冬が呟くと、ジャケットの裏から現れ宙に浮かぶ生き人形──羽田結月が気だるげにぼやく。

 

「ンまぁ、そのこと聞くために来たワケでもあるんだし、先ず会ってみないと」

「だな。とはいえ、俺らはその秋山某とは初対面だ。見つける役は頼むぜお嬢」

「はいはい、わかってるわ」

 

 結月の言葉に続くオレンジのような赤髪の少女──アビゲイル・ウィンターと、筋骨隆々の男性──夏木太陽が、同じようにタクシーから降りながら口を開く。駅に向かう途中に備え付けられたベンチの方へと向かうと、三人と1体は、ふと件の人物を発見した。

 

 真冬側と同じ、男一人に女二人、傍らに浮かぶ生き人形の三人プラス1体。

 その内の男が視線を向けると、ため息混じりに立ち上がってから彼女らに声を投げる。

 

「来んのがおせぇ」

「これでも急いだんスけど」

 

 ()()()機嫌の悪い男──秋山を見て、真冬はそれが自分たちに向けたもの()()()()ということに違和感を持つ。それから秋山は、流れで真冬の後ろに立っている太陽とアビゲイルへと意識を向けた。

 

「──夏木太陽、丞久と春夏秋冬円花の被害者か」

「否定はできねえな。知ってるだろうが、俺ぁ夏木太陽、水角大学で英語教諭をやってる」

「で、そっちは何処の誰だ」

 

 真冬と結月、太陽は知っている。しかし横の外国人女性ことアビゲイルのことは知らない。自然な動きで片手がスーツの裏──ホルスターに伸び、少し慌てながらも太陽は庇い立ちながら言葉を返す。

 

「こいつはアビゲイル・ウィンター、さっきまで敵だった。んで、これはさっきまで敵が持ってた妖刀。付喪神が取り憑いてる」

 

 太陽は背中に隠れるアビゲイルを後ろ手に指差し、片手で抱えていた布にくるまれた刀の柄を見せる。

 一瞬考え込む秋山は、目頭を指で揉みながら絞り出すように言った。

 

「…………。もう少し事細かに話せ」

「じゃあ、情報交換フェーズにしますか。あたしは後ろの三人と話しとくんで」

「ああ、そうしろ」

 

 ──面倒事に、面倒事が重なった。

 

 そう言いたげな顔色の秋山の横を通り、真冬と結月は彼の後ろの三人──楠木葉子、秋山小雪、ソフィア・エリンドールと顔を見合わせる。

 

「それで、小雪さんはともかくなんで葉子さんとソフィアまで居んのよ」

「射撃訓練をしていたのだけれど、小雪ちゃん共々いきなり秋山さんに呼ばれちゃって」

『その秋山さん、さっきからずぅっと不機嫌なのよ。何かあったのかしら』

「あ〜〜〜、それはですねぇ」

 

 小雪が気まずそうに頬を指で掻きながら口を開き、一拍間を空けて続けた。

 

「ん〜まぁまあ、簡単に言えば痴話喧嘩みたいなもんですかね。うちの上司が秋山さんを騙してたのが暴露された? らしいんですよ」

『暴露? 誰に?』

「例のショゴスロードですね。連盟組織内に侵入してたりとやりたい放題してて、そいつをぶち殺すためのメンバーが私たちということです」

『はぇ〜……』

「なるほどね」

 

 結月の問いに返す小雪の言葉に、真冬は合点がいったように呟いて頷いた。

 秋山が不機嫌な理由を知りつつ、今度は葉子たちの方から質問される。

 

「そちらこそ、何があったんですか? あの外国人女性……魔力だけなら丞久さんクラスですよ」

「白痴教幹部、らしいわ。なんか太陽さんに懐いてるから敵対の心配はないけど、もう一人は刀ぶんぶん振り回す頭のおかしい男でね。そいつを大学内でぶちのめして……記憶処理と証拠隠滅の件で、秋山さんから連絡が来る前にこっちからも連絡してたのよ」

 

 思い返しながら説明をする真冬を前に、少し考えるそぶりを見せる小雪が言葉を返したを

 

「ああ〜、隠滅専門の人たちがごたついてたのはそれが理由ですか。なぁんか瀬戸大橋の方でもどこぞの与一くんが暴れたみたいで、あっちからもそういうメールが来てたらしくて……忙しないですねぇ」

「……そうだ、与一くんが居ないけど、瀬戸大橋ってことはもしかして別件で動いてるの?」

「────。んー……先ずはそこからか」

 

 葉子にそう言われて、真冬は頭を掻く。今日の朝から今に至るまで、その全ての説明には骨が折れそうだが、ちらりと後ろを見れば秋山もまた太陽とアビゲイルからの事情説明に集中している。

 ──どうせこのあとはショゴスロードと戦うだけなのだから、と。真冬は少しずつ、説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──太陽から何があったかを話され、事情の把握に務める秋山。彼は一連の流れから、事態が同時進行していたことを理解する。

 

「連盟組織の人間が居る病院に、うちのメンバーが護衛していた筈の対象が狙撃され重傷を負って運ばれた。と思いきや、組織内にショゴスロードが侵入してきて俺を呼び出し、その裏では与一が瀬戸大橋で戦闘、お前んとこの大学でもそいつと戦闘……ね」

 

 手癖のように、無意識にホルスターに収めた拳銃を指先で触れる秋山は、太陽からアビゲイルに視線を移して更に言葉を続けた。

 

「直球で聞くが、ショゴスロード……細波青井ってのはどんなヤツだ?」

「エ、知らねっス。だってアタシが白痴教に入ったのつい最近だし……」

使えねぇ

「ン? 今なんか……」

「なんでもねえよ」

 

 小声でぼやく秋山に、アビゲイルは小首を傾げる。それを見ていた太陽は、そういえばと思いついたように不意に問いかける。

 

「……なあ、アビゲイル()、詳しくないんだよな」

「ン。そだけど」

「じゃあ、コイツなら知ってるんじゃないか?」

「さっき話題に出た妖刀の付喪神か。そもそも話す気があるのか不明なわけだが」

「そりゃあ、本人次第だな」

 

 布をめくり柄を露出させると、太陽はそう言いながら曲げた指の関節でノックするように小突く。

 すると、間を置いて太陽の傍らに陽炎のような揺らめきが発生したかと思えば、巫女服を身に纏う白髪の少女が眠たげな顔で現れた。

 

【……くぁ、あふ。なんの用かしら】

「細波青井? とやらの情報が欲しい、知ってることがあれば話してくれないか」

 

 小さくあくびを漏らす少女──付喪神・九十九が、太陽に言われて逡巡する。

 それは何を話すべきかという思考ではなく、どんな奴だったかを思い出そうとしているモノだった。

 

【細波青井、ねぇ。アレは……簡単に言えば、()()()()()()()()()()()子ね】

「……? いや、そりゃあショゴスなんだから人間のフリをするもんだろ」

【それ以前の話よ】

 

 秋山にそう返して、九十九は言う。それは、細波青井という人間(ショゴス)を的確に表した説明だった。

 

【根本的に、アレは他人に興味が無いのよ。ベースになった細波青井(オリジナル)がそういう人間だったのでしょうね。うちの教祖に惚れ込んでるフリをしてるのも、他のメンバーと朗らかに接するフリをするのも、単なる()()()()()()()()()って感じ】

「元々そういう性質だった人間に擬態したら、今度は人間のエミュレートを始める怪物の誕生か」

【そうね。けれど────】

 

 九十九は一言呟いて、一度区切ると、憐憫の視線で秋山を見上げて続ける。

 

【話を聞くに、貴方……アレにかなり気に入られてるみたいね。良かったじゃない、()()は美人よ】

「まっっっっったく嬉しくねぇ……!」

 

 

 

 憐れみながらも、からかうような声色。

 

 ──桐山与一(どこぞのだれか)を『面倒臭い女吸引機』と揶揄していたバチが当たったのだろうかと、そんな風に脳裏で独りごちりながら、秋山はそっと空を仰いだ。




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