とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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液体生物は人間の夢を見るか 3/6

 ショゴスが細波青井を取り込み、果たして細波青井(ショゴスロード)となったとき。その意識を、思考を──彼女の全てを得て抱いたのは、『自身を知りたい』というオリジナルの欲望ではなかった。

 

 それも当然だろう。ショゴスロードは細波青井を取り込んで擬態した偽物であって、結局のところ細波青井ではない。彼女にはなれない。

 

 ──では、細波青井(ショゴスロード)が得たものは何か? 

 

 それは、自身のオリジナルを含む研究者たちを殺害し、そして仲間との殺し合いの末に相打ちとなり死亡した、秋山狐鉄への強烈な興味だった。

 加えて春夏秋冬円花(ナイアルラトホテプ)から与えられた、秋山狐鉄が頭を撃たれて弾け跳んだ脳の一部。渡された欠片を取り込み、その興味はより強まっていく。

 

 ──そこで、ある意味で自分の生まれた切っ掛けとも言える秋山狐鉄に、細波青井(ショゴスロード)は疑問を抱いた。

 秋山は、秋山狐鉄だった時に白道香織に騙されていたことを知ったら、どうなるのだろうか? と。

 

 純粋な興味と、好奇心。そして、オリジナルを害し、果てにはいずれ自身をも害するであろう敵への嫌がらせ。研究者の知識と知性、経験を引き継いだだけの子供は、そうして──気に入った相手を待ち侘びて、致死量のちょっかいを掛けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ショゴスロード・細波青井の待つビルへと向かう車。その車内は、常に不機嫌な運転手こと秋山を原因とした地獄と化していた。

 

「秋山さぁん、そろそろ機嫌直しましょうよぉ」

「俺だって好きでイラついてるわけじゃねえ。アイツと戦うまでには直す」

 

 助手席にちょこんと座る、この場で一番年齢も背丈も低い小雪に言われて、秋山も眉間にシワを寄せたまま粗雑に言葉を返す。

 

「『自分(テメー)が頭撃たれて脳の一部が弾けて9割死んで記憶を失ったのは今の上司の策略で、そいつが実は元恋人でした』なんて情報をあっさり飲み込める奴が居たら、断言するがそいつは救いようの無い馬鹿だ」

「まあそれはそうですが」

 

 秋山が端的に自身の現状を語り、後部座席に固まる真冬たち全員がドン引きする。

 それから最初に平静になった葉子が、膝にソフィアを乗せた状態で秋山に問いかけた。

 

「ところで、私がこのメンバーに選ばれた理由ってあるんですか?」

「あん? あぁ……射撃能力が小雪以上俺未満、なおかつ修羅場も経験済みだからな。これだけで連盟組織のメンバー数百人より価値が出てくる」

「は、はぁ……いえ私は連盟組織の一員ではないのですけど……」

「うちで射撃訓練と魔術の習得をしてるんだから5割くらいはメンバーだろ」

「まあ、たし、かに?」

「葉子さんはうちの所長代理でしょうが」

 

 あっけらかんと説明され、言いくるめられそうになる葉子に、隣に座る真冬がそう言いながら肘で脇腹を小突く。──それにしても。と続けて、真冬は自分たちを見回してから秋山に言う。

 

「……ショゴスロードを殺すっつっても、組織から選出したのはあんたら二人だけで、残りは在野が三人と生き人形2体と敵から寝返った未成年と妖刀って。もしかして戦える奴そんなに居ないの?」

「ああ。実は居ねえ」

 

 秋山の返しと共に、乗っていた車が停まる。全員でぞろぞろと降りた先には、都内の高層ビルがあり──()()()()は異質な魔力を感知した。

 

「──どうやら、ちゃんと居るみたいだな」

()()が分からないって逆にスゲェな……」

「ま、頭が()()なモンでな」

 

 呆れる太陽に対し、髪を掻き上げて生え際付近にうっすらと残る手術痕を見せた秋山は、車の後ろから荷物を引っ張り出してビルに入る。

 

「お前らも最終調整しとけよ。楠木葉子と小雪はこっち来い、色々渡す物がある」

 

 中に誰も居ないことから【人払い】でも使っているのだろうと判断し、秋山はロビーのど真ん中で堂々と荷物──大量の銃器取り出して、テキパキと葉子や小雪に投げ渡していく。

 

「夏木太陽、これ使え」

「ん? ……なんだこれ、バンテージ?」

 

 装備を終えて、秋山は最後に荷物の底から引っ張り出した物を太陽に投げ渡す。

 受け取ったモノを手のひらに転がすと、それは深紅の色の禍々しさと神聖さを同時に帯びた、魔力を保有しているバンテージだった。

 

「それは()()()を加工したバンテージ型のアーティファクトだ。かなり前に丞久から預かってたが、渡すタイミングが無くてな」

「へえ、そりゃまた。………………今なんつった?? 聖骸布、って、まさか……」

 

 さらりと言われ、一拍置いて手のひらに巻いて固定された布の塊──聖骸布(バンテージ)をまじまじと眺める。

 そんな太陽を横目に、真冬の頭に乗っかっている結月が疑問符を浮かべて問いかけた。

 

『セーガイフ? ってなに?』

「イエス・キリストの遺体を包んでた布」

『はえ〜…………いや、なんであんの?』

「知るかよ」

 

 軽く柔軟をしながら面倒臭そうに言う真冬は、各々が準備を終わらせているのを一瞥し、太陽が右手から腕までに聖骸布を巻きつける光景を眺める。

 

「どういうワケか、聖骸布(それ)を体に巻きつけた状態だと()()()()()()。相手が液体生物である以上は効果覿面だ、いざって時は頼るぞ」

「……ま、ここまで来たらやるしかねぇわな」

『自分でやりゃいいのに』

「撃つ方が(はえ)ぇ。行くぞ」

 

 結月のぼやきに短く返した秋山を先頭に、早速とエレベーターに乗り込む。

 

「そういえば、九十九は?」

「今は刀に引っ込んでるぜ。戦う時に出てきてもらう方が、呼び出す俺の魔力消費も抑えられるからな」

 

 真冬は太陽が左手に持ったままの刀に視線を送り、なるほどと頷いて返す。

 その横で、最上階を押した秋山が持つトレンチガンに魔力を流して【強化】を起動しながら、小雪は彼の行動に疑問を投げかけた。

 

「なんで屋上を押したんです?」

「細波青井からは、このビルに来る指示を与えられただけでな。面倒だが、上から1階ずつ下がっていけば確実に見つかるだろ」

「階層の指示も欲しかったですねぇ。あんまり上過ぎるか下過ぎると、()()()()()()()()の調整をするのに手間取りそうですし……」

 

 ため息をつく小雪に、声に出さずとも全員が静かに同意する。そこで一旦会話が途切れ、エレベーターの中には沈黙が流れた。

 ゴウンゴウンと音を立てて上昇するエレベーターは、それから少しして停止する。

 

「ン。まだ屋上じゃなくない?」

「……警戒しろよ、夏木太陽」

「わかってる」

 

 秋山が押したボタンと、表示された階層を見て、まだ真ん中辺りであるとアビゲイルは確認する。

 とは言いつつも、高層ビルであるため地上からは高い場所で止まり、不意打ちを警戒しながらも、最後に乗り込んだことで今度は最初に出ることになった太陽を筆頭に降りていく。

 

 聖骸布を巻き刀を持つ太陽、真冬、結月、ソフィアと順に降りていき、小雪が続いてエレベーターと階層を隔てていた開けられた扉を跨いだ──その時。ふと、ガクンとエレベーターが揺れた。

 

「ちょっ──」

「降りろ小雪ッ!」

「──あば!?」

 

 扉が開いたまま上へと動き始めるエレベーターの中で、降りようしていた途中で驚く小雪の背中を、秋山が容赦なく蹴り飛ばす。

 そして素早く足を引っ込めたことで、小雪の体も秋山の足も、さながらギロチンに切断されたあとのような状態にはならずに済んだ。

 

 

 

「っぶねぇ……!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「システムの誤作動かァ? つーかあのおチビ、顔面から突っ込んでたケド」

「問題ねえよ、あいつは面の皮が厚いからな」

「それ、物理的な意味ではないですよ……」

 

 中に取り残された秋山と葉子、アビゲイルがそれぞれ口を開き、僅かな時間を置いてちょうど1階上の階層でエレベーターが止まる。

 アビゲイルを後ろに、二人が短くアイコンタクトを交わしてエレベーター内から左右にそれぞれトレンチガンを構えながら飛び出ると、何もないことを確認して出てくるようにと手招きした。

 

「……下の階で降りるように誘導し、半数ずつ分断ってところか。廊下で戦うよりは広い部屋に行きたい、オフィスに向かうぞ」

「ン。……ン?」

 

 こくりと頷くアビゲイルは、秋山と葉子に挟まれるように並びつつ二人と共に駆け出そうとして、不意に天井からゴポリという水の音を耳にする。

 

「ッ──Laydown(伏せろ)!!」

 

 即座にそう叫びながら、アビゲイルは自身の左腕を頭の上に掲げる。

 その動きに連動させて、傘を広げるように魔力を頭上に展開すると、ほぼ同時に棘状の液体が勢いよく伸びてきて盾にした魔力の塊に突き刺さった。

 

「見──えねえけどよく防御した、その魔力を広げたままオフィスまで走れ!」

 

 アビゲイルの怒声に反応して屈んだ秋山たちは、不透明な何かに突き刺さって動きが止まった液体を見て、反射的にホルスターから抜いた拳銃で天井に発砲する。銃声を合図に駆け出すと、今度は三人の退路を塞ぐように、壁や天井から棘状の液体が現れた。

 

「くおおおおっ来てる来てる来てる!!」

「黙って魔力展開したまま走れ!」

 

 走る三人に当たりそうで当たらない、絶妙な距離感で迫る棘。意図せずして先頭を走ることになった秋山は、誘い込まれた事を察しながらもオフィスに繋がる出入口を蹴破るように押し開ける。

 

「液体は!?」

「来て……ないですね。アビゲイルちゃん、助かりました。念の為に後ろに魔力を展開したままで」

「ウッス」

 

 声を荒らげるアビゲイルと共に背後を見る葉子がそう言う。そうして改めて見渡した室内は不自然にデスクも椅子も無い殺風景なオフィスで、しかしその中に、一つだけポツンと椅子が置かれている。

 

 その椅子の上からべちゃりべちゃりと、液体のダマが落ちてくると、それらが一纏めに集まりやがて人の輪郭を形成していった。

 

「────あの程度にも苦戦せず。素晴らしい……秋山クン以外も、中々に優秀なようで」

 

 液体生物──細波青井(ショゴスロード)。彼女は体を人の姿に固めて椅子に座り、パチパチと乾いた拍手を送る。続けて演技ぶった動きで両手を広げる彼女は、称賛した相手に視線を向け、自分に向けられる銃口を見た。

 

「え、ちょ」

 

 秋山と葉子が、抜いたままだった拳銃の引き金を一切の躊躇いも無く連続で引く。

 ダン! ダン! ダン! と断続的に響く銃声と共に9mm弾が青井に叩き込まれ、体のあちこちが水風船を破裂させたように弾ける。

 魔力を乱し脆弱性を作る特殊な弾丸ゆえに、青井は()()()着弾地点ごと自身の体を破裂させて術式の浸透を防いでいるのだが。

 

「…………人の、話を、聞こうという、そういう心は……無いんですか……?」

「俺はお喋りしに来たわけじゃないんだよ」

「敵の話を聞く必要はないじゃないですか」

「ひ、ヒデェ……」

 

 弾けた部分の水分を修復しながら口角をひくつかせて言う青井に、足に散弾銃を立て掛けて淡々と拳銃のマガジンを交換しながら言う秋山と葉子。そんな二人を見て、アビゲイルは露骨に引いていた。

 けれども確かに、敵意や殺意、魔力が高まって行き、ピリピリと空気が揺らぐのを感じ取る。

 

「わかりましたよ、それでは──」

「──殺し合いだ、ショゴスロード」

 

 

 

 椅子から立ち上がり、白衣を翻す青井と、拳銃をホルスターに戻してトレンチガンを両手で掴む秋山が、双方を見ながらそう言った。




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