とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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かんたん時系列


黒山羊(4年前)

4年後/人形病&新生歩(ほぼ同時進行)

黒山羊(現在)


黒山羊ユニバーシティ 1/7

「──おーい丞久。こっちだこっち」

 

 オープンテラスのカフェの一席に座る男性が、そう言って丞久に軽く手を振る。

 4年ぶりの知り合いとの再会に、丞久もまた軽く手を振り返して席に座った。

 

「久しぶりだなぁ、太陽。……ところでなんで待ち合わせ場所が駅前のカフェなわけ?」

「いや、なんかうちの生徒が今度ここでデートするらしくてな、店の名前を覚えてたから『じゃあここでいっか』って感じでテキトーに」

「ふうん。生徒、ね。まさか4年前の言葉通りに本当に大学教員になってるとは」

 

 テーブルを挟んで対面に座る男性──太陽を見て、丞久はふっと鼻で笑う。

 

「似合うだろ?」

「総合格闘技の世界チャンピオンって言われた方がまだ納得できる」

「はっ、よく言われる。めっちゃガタイ良いのにそれで担当は英語なのかよ、って」

「くっくくくく……」

 

 愉快そうに喉を鳴らす丞久だったが、ひとしきり笑ったあと、お冷やを飲んで切り替える。

 

「──それで、本当に春夏秋冬 円花を見掛けたんだよな? 間違いとかじゃなく」

「ああ」

「……こいつ、だったんだな?」

 

 そう言って、懐の携帯を取り出してアルバムを開き、写真を表示して太陽に見せる。

 そこに写っている二人の少女のうち、向かって左に写っているのは今から約8年前、高校1年の頃の丞久で。そして向かって右に写っている仏頂面の少女こそが、件の人物であった。

 

「間違いねえ、こいつだった。ちょっと見た目は変わってたけどな」

「変わってた?」

「ああ、長い黒髪は変わってねえけど……そう、格好は黒いコート、目の色は黒から真っ赤なルビーみたいになってて、あとおっぱいがデカかった。E……いやFはあったかもな」

「その情報は要らねえんだけど」

 

 神妙な顔でそんなことを言い放った太陽にじとっとした目を向けつつも、丞久の目は写真の中の円花の胸元に吸い込まれていた。

 

「身体的特徴の変化なんだから要るだろ。わりと真面目に話してるんだから真面目に聞け」

「ならせめて『胸』か『バストサイズ』って言え。……まあ最後に見たのも5年前だし、胸くらいデカくなってるもんか。でもよく偶然見掛けたそいつが円花だと分かったな」

「あー、似てたからな」

「写真に?」

 

 ──いや。と言って、太陽は言葉を返す。

 

「あの日、屋上でアレと戦った、()()()()()()()()()()()()()の気配に」

「────」

「遠巻きに見ただけでゾッとしたぜ。まるで「バケモノが人間の皮を被って、人間の振りをしてるみたいな異質さだったから……か?」

 

 太陽に被せるように言った丞久に、彼は怪訝そうにしながらも頷いて答えた。

 

「まさにそんな感じだった」

「はぁ……『最悪の想定』の中から一番の最悪を引いたな。本気で笑えねえ」

「どういうことだ?」

「──『バケモノが人間の皮を被って人間の振りをしてる』ってことだ」

「…………マジ?」

「マジのマジ」

 

 丞久の言わんとしていることを察して、太陽は口角をひくつかせる。そして重いため息をついてから、メニュー表を手に取った。

 

「仕方ねえ、なんか頼むか」

「この流れで???」

「店に失礼だろ?」

「そりゃそうだけどさあ」

 

 とりあえずと注文を通しておき、店員が店の奥に引っ込むのを見送る丞久に太陽が言う。

 

「しかし……懐かしいよな、あれはそう……お前の探偵事務所に依頼したとこまで遡るのか」

「回想を!? この流れで!?」

「いいだろ料理が来るまで暇だし」

「こいつ自由すぎるだろ……」

 

 ──生徒も苦労してそうだな。と脳裏で独りごちる丞久のスナギツネのような眼差しを、太陽が気がつくことは最後までなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「──脅迫文?」

「はい、これなんですが……」

 

 とある日の昼、丞久の事務所に訪れたのは、スーツに身を包んだ女性と付き添いの青年。

 大学に送られてきたらしい脅迫文──いわゆる新聞やチラシの文字を使ったコラージュで出来たそれを持って、教員の一人である彼女がやって来たのが事の発端だった。

 

「『五つの贄の自死をもって、その中心に我らが神は甦る。神聖なる儀式を行う土地に選ばれたことを光栄に思うがいい』……警察行きました? ああ行ったんですね、お察しします」

「まあ、実害がまだありませんからね」

「後手でしか動けない組織ですからねえ。何かが起きないと捜査してくれないけど、教師からすれば何も起きてほしくない、と」

 

 コラージュをテーブルにぺらりと放り、丞久は女性と向き直ると問いかける。

 

「それで貴女は、水角(みずかど)大学の……」

「英語を担当している夏木(なつき)小梅(こうめ)です。こちらは息子で、大学の生徒でもある夏木太陽(たいよう)

「どうも」

「親子でしたか。いえ、失礼ですが姉か妹かと。お若い……? ですね……?」

「……お世辞は程々に。私は40代ですよ」

「えぇ……?」

 

 小梅の顔を見て、丞久はなぜかドキリと心臓が跳ねるのを感じる。その奇妙な感覚に眉を潜めつつも、彼女の若々しさに小さく困惑し、誤魔化すように視線を横に逸らす。

 

 ぶっきらぼうに挨拶する青年──太陽は、服の上からでもわかるくらいに体がガッシリとしていて、趣味かなにかで格闘技でも習っているのだろうかと推察する。

 

「しかし……『神聖なる儀式を行う土地に選ばれたことを』、ということは、つまり事態は()()()()()()()()()ということになります」

「……そうですか。ではこの『五つの贄の自死』、というのは?」

「不謹慎ですが、恐らく犯人は、大学内で五人の生徒を自殺()()()つもりなんでしょう」

「させる?」

 

 丞久の断言に、女性──小梅はおかしなものを見るような顔で聞き返した。

 

「それこそ不謹慎ですけれど、自殺とは『する』のであって、『させる』のは殺人では?」

「────。あー、まあ、はい。ですね。……では早速スケジュールを決めましょうか」

 

 丞久──この場における唯一の魔術師は、他人を操る魔術があることを知っている。

 つまり、今回の事態の裏には何らかの神格の信奉者が居て、魔術を使った自殺に見せかけた殺人を行おうとしているのだと気づけた。

 

 しかし一般人の小梅や太陽にそんな知識は無いために語弊が出てしまう。ひとまず言い間違えということにして、丞久は深く言葉の意味を掘り下げずにスケジュール調整と値段交渉に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 ──その翌日、水角大学に訪れた丞久は太陽に敷地内を案内されている。

 コートを身につけ、現代的なジッパーの付いた竹刀袋の紐を肩に提げて背負っている姿は少しばかり異質に映るのか、普通に歩いているだけですれ違う生徒にちらちらと横目で見られた。

 

「……そういや、あんた幾つなんだ」

「今年で19。太陽は?」

「21。しかし若いな。そんな歳から探偵なんてやってるの、親は反対しなかったのか?」

「────。んー、うちは放任主義だから別にとやかく言われることはない」

「へえ」

 

 視線を斜めに逸らして、丞久は太陽の問いに当たり障りない返答をする。それから彼女は事前に貰っていたパンフレットをコートのポケットから取り出して、マップを広げて一瞥した。

 

「『五つの贄の自死をもって、その中心に我らが神は甦る。神聖なる儀式を行う土地に選ばれたことを光栄に思うがいい』……太陽、この犯行予告のおかしな点、わかるか?」

「……あぁ……わざわざ贄に自殺させると宣言してるのと、中心とは大学構内のどこを指してるのか……だよな?」

「んまぁだいたいそんな感じ」

 

 パンフレットのマップは、大学の敷地を上から見下ろす構図で、大雑把に何がどこにあるか。それとあとは、校舎の形がわかる程度。

 

「恐らく『我らが神』とやらを甦らせる儀式に使う場所は屋上だろう。贄の自殺も、たぶん数日掛けて順番にか、当日にいっぺんにかのどちらかだ。唯一分かんないのは、なんでこの大学を選んだか……なんだよなあ」

「いやちょっと待て、なんで犯行のタイミングを予測できるんだ」

 

 カツカツと歩きながらあっけらかんとそう言った丞久に太陽は当然の疑問を問う。

 

「月だよ」

「月ぃ?」

「今日を一日目として、五日目の夜が満月だ。この手の魔じゅ──オカルト的な儀式は、日付や星、月の形や位置を重要視するもんなのよ」

「なるほど……」

「だから、()が儀式の進行をするなら今日から五日掛けてやるもんだと予測したんだが──」

 

 そこまで口にした丞久は、太陽と共に歩いていた方向の先で、生徒と教員たちがざわめきながら上を見上げている光景を見る。

 

「展開早いなあ」

「──マジかよ」

 

 二人揃って同じように見上げたその先にあったのは、屋上を囲うフェンスの外側に立っている女性の姿だった。誰も上に行こうとしていないことから、見つけたのはつい今しがただと察する。

 

「んー、太陽」

「なんだ……うおっ」

「ちょっと持ってろ」

 

 竹刀袋と着ていたコートを投げつけるように乱雑に太陽へと渡すと、丞久はおもむろに軽く柔軟体操を始める。それから屋上に一度視線を向けポツリと呟いてから足に力を入れた。

 

「怪しい奴が居ないか周り見といて」

「は? ──もう居ねえし」

 

 その言葉に一瞬辺りを見回す太陽が視線を戻した間に、丞久の姿は既に消えている。

 太陽は両手で抱えた竹刀袋とコートを見下ろして、ずしりとした重さに眉を潜めた。

 

「なんで竹刀袋よりコートの方が重いんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──明暗丞久が速く駆ける手段は、素の身体能力以外には風を操るという非常にシンプルな力によるものである。風で体を持ち上げ体重を軽くする、後ろからの追い風で加速する、など。

 

「【黄衣の王(ハスター)】……の、名付けて……第一段階。あとでちゃんとしたの考えるか」

 

 神格の力を使う際に出る体への特徴を瞳の色の変化だけに留め、逆説的に出力を抑える形となり、結果として負担を軽減する方法を編み出した丞久は、生徒や教員にぶつからないようにと滑らかにすれ違い階段を上がって行く。

 

「ったく、5階建ての階段一気に上がるのめんどくせえな……っと」

 

 見られていないのを良いことに、跳躍して段差を抜かして上りきるのを繰り返し、半端に開いている屋上の扉をバタンと開け放つ。

 外に躍り出ると、丞久はその流れで身の丈を超える高さのフェンスに爪先を引っ掻けて乗り越え軽やかに(へり)に着地して、左右にふらふらと揺れている女性に体を向けた。

 

「おい、しっかりしろ」

 

 パチパチと指を鳴らして注目させようとするが、女性は虚ろな目で地面を見下ろす。

 口は僅かに開いていて唾液が垂れるのも気にしておらず、数メートル離れた位置からでも精神に何らかの異常があることがわかる。

 

「……贄の自死、を見せるパフォーマンスってところか? 念のため【障壁】を……」

 

 片手で外側からフェンスを掴んで落ちないようにしつつ、もう片方の手を自分の胸元にかざしてそれとなく魔術を行使する丞久は、ふらふらしている女性が一際大きく揺れるのを見て──

 

「ちぃッ」

 

 ──即座に駆け出す。宙に倒れるように体を傾けた女性が重力に従い落下を始める瞬間に腰に腕を回せたが、脱力しきった成人女性の倒れる勢いに引っ張られて二人纏めて落下を始める。

 

 人目を気にする必要がなければ暴風を発生させて縁に体を戻せたが、下に居る多数の人間を気にした所為で初動をミスした丞久。

 彼女は一瞬周囲に顔を動かし、校舎の近くに植えられた緑生い茂る木を見て、足が離れようとしていた屋上を蹴り落下の方向を変える。

 

 

 

 

 

 落下し、木の葉に埋もれる直前。丞久が見たのは、彼女の取った行動にドン引きしている太陽の、異常者を見るかのような顔だった。

 

「そりゃそうだよな──ぐへぇあ」




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