とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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液体生物は人間の夢を見るか 4/6

「降りろ小雪ッ!」

「──あば!?」

 

 背中を蹴り飛ばされた小雪が、顔から廊下の床に突っ込む。その後ろでは、扉が開いたままエレベーターが上階へと移動していった。

 

「…………う、うごごごご」

「おい、嬢ちゃん。大丈夫か?」

「い……痛っ、くないけど……反射的に痛いってつい言っちゃう……」

「あー、分かるぜそういうの」

 

 太陽が伸ばした手に掴まって立ち上がる小雪は、擦れて赤くなった鼻をさする。

 その流れで降りた先に居る人数を数えて、敵に分断された事を察した。

 

「……上に行ったのは秋山さんと葉子さんと、あと……誰でしたっけ」

「アビゲイルな」

「ああそうそう。まああの三人なら大丈夫でしょう」

 

 小雪に指摘する太陽。その横で辺りを見渡していた真冬が、その言葉に続く。

 

「──で、こっちはあたしと太陽さんと小雪さん、あと結月とソフィアと九十九ね」

『真冬ぅ〜〜、エレベーター動かないんだけど』

「だろうな。……太陽さん、九十九に出てきてもらった方がいいかも」

「おう、分かった」

 

 小さな手でカチカチとボタンを押す結月と無反応のそれを見た真冬に言われて、太陽は片手に持っている刀に魔力を流す。シュブ=ニグラス由来の黒い魔力が刀を覆うと、鞘の中に吸い込まれて少ししてから、傍らに改めて九十九が現れた。

 

「話は聞いてたよな?」

【ええ。ちゃあんと、真面目にやるわよ】

 

 巫女服を身に纏う少女──九十九は眠たげな眼差しで太陽の方を見やり、するりと彼の手から自身の本体である妖刀を取り腰に差す。

 それから太陽は、ふと天井を見上げると、気になったことを口にする。

 

「なあ、敵がショゴスロード? とかいう液体生物で、狙いがあの男……秋山なら、件の相手は上の階に居ることになるんだよな?」

『そうなるわねぇ』

 

 手持ち無沙汰のソフィアが真冬の肩に腰掛けながら相槌を打つと、太陽が「なら」と続ける。

 

「そもそも、分断する意味なんてあんのか? なんなら階段で上がれば合流でき────」

 

 そう言いながら階段に繋がる通路の奥へと顔を向ける太陽だったが、不意に言葉が止まる。

 気になってそちらへと視線を向ける真冬たちは、彼が言葉を詰まらせた原因を見た。

 

「なん、だ……逆人魚?」

「……うわでた」

「事務所の資料で見たな。なんだっけ、深き者(ディープワン)?」

 

 困惑した顔をする太陽、露骨に面倒臭そうな顔をする小雪、そして記憶の中の情報と照らし合わせる真冬。三人は、自分たちの方に歩いてくる魚人の群れが、その手に銛を握っていることに気づく。

 

「なぁるほど、上でお楽しみの間、俺らはコイツらと殺り合えってことか」

『……うわっちょちょちょっ真冬!』

『後ろを見て、私たち囲まれてるわ』

「あん?」

 

 聖骸布を巻いた右の握りこぶしを左手にパシッとぶつけ、気合を入れる太陽。

 その横に立つ真冬の頭を後ろ手にぺちぺちと叩く結月に言われて、真冬と小雪だけが背後を見やると、そちらからも無数の深き者(ディープワン)が歩いて来ていた。

 

「──ちっ、挟み撃ちか」

「こっちは私と真冬ちゃん、そっちはお二人でお願いします。結月ちゃんとソフィアさんはどちらか片方ずつサポートしてください」

『じゃあ、私は太陽さんたちを』

『んじゃ私はこっちね、りょ』

 

 真冬と小雪と結月、太陽と九十九とソフィアの三人ずつに分かれ、互いに背中を向けて深き者(ディープワン)と向かい合う。秋山たちへの援護は出来ないと悟り、それぞれは得物を強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 ──青井が両手を合わせ、指先を秋山に向けつつ、自身の傍らに水の塊をふたつ浮かばせる。

 

「では先ず1発……!」

 

 その塊が内側で渦を起こして液体の圧縮を行い、それぞれが葉子とアビゲイルに放たれ、手の内からも秋山目掛け射出された。

 

「3発じゃねえか」

「ア゛──ッ!!」

「っ……危なっ!?」

 

 余裕をもって躱す秋山は、高圧水流をなんとか避けきった二人に声を飛ばす。

 

「ショゴスロードといえど体力や魔力は無限じゃない。体積を削り、魔力を削る。アビゲイル・ウィンター、お前はとにかくヤツを狙っていけ。俺と楠木葉子が隙を見て横槍を入れる」

「それ、本人の目の前で言って良いやつなんですか〜? 聞こえてますよー」

「ハッ」

 

 当然の疑問を口にする青井に、秋山は鼻で笑いながらトレンチガンを構えた。

 

()()()、大して強くねえだろ」

「……へぇ?」

 

 ピクリとこめかみを痙攣させながら、青井は片手間で葉子とアビゲイルに水流を発射させて、触手のように別の液体をうねらせ秋山へと殺到させる。

【強化】が起動されたトレンチガンから放たれる強装弾が液体を吹き飛ばし、ポンプアクションで排莢・装填をしながら残りの触手を軽やかに避ける秋山は、背中で片手を隠して葉子にジェスチャーした。

 それを見て小さく頷いて応える葉子は撃っていない弾薬をジャコジャコとポンプアクションで排莢し、代わりの弾薬を装填し直す。

 

「ショゴスロードは、恐ろしいバケモノだろうよ。だが、細波青井という非戦闘員がショゴスロードであるという一点が弱点となっている」

 

 アビゲイルが魔力の塊をバットのように横薙ぎに打ち、液体の半ばを吹き飛ばすのを横目に、秋山は敢えて挑発的に言葉を続ける。

 

「そもそもの話だ、人智を超えたバケモノを、魔力も碌に扱えない高がいち戦闘員如きが対応できている時点でおかしいんだよ。それに──」

「……?」

 

 それとなく弾薬を装填する秋山が言葉を区切る。気になったように攻撃を途切れさせる青井を見て、()()()()()()()と言わんばかりに口を開いた。

 

「──最たる弱点は、ショゴスロードとしての身体スペックの高さから来る驕りだ。こうやって一々俺たちとの会話に混ざろうとしてる時点で間違ってる、お前が取るべき行動は一つだけだった」

 

 秋山は両手で掴むトレンチガンを青井に向けると、逆サイドでも葉子が同じように構える。

 ただの鉛玉は何度撃っても効きはしない。そう考えながらも、ふと脳裏を過る直感に従って、青井は体の質感を崩して液体(たいえき)をカーテンのように広げた。

 

 斜線を妨げた──瞬間、次に聞こえてきた発砲音は何度も聞いたドガンという鈍いモノではなく、バシュゥ! という、何かを放射する音だった。

 

「な────」

 

 次いで感じたのは、凄まじい閃光と痛み。ショゴスロードになってからも人間の感覚を真似ていながら、それでいてこれまでで感じたこともない強烈な刺激が、彼女の脳を模した器官を支配する。

 

「あ゛、づ、ぁ──っづづづあっつあつあっつあッッッつ!?!?」

 

 そして、それがトレンチガンの銃口から放たれた、とてつもない熱量の炎だということに気づいた刹那、痛みと熱さが液体(ぜんしん)を焼く。

 体を構成していた辺り一面の液体がジュウジュウと音を立てて蒸発し、続けて発射される炎を辛うじて防ぐも、アビゲイルの魔力に思い切り叩かれて窓際までその体を後退させる。

 

「ショゴスは炎に弱いが……お前は特に顕著だな。人間っぽさを得たからか、それとも、死ぬ前の俺に()()()()()か?」

「っ…………!」

 

 炎を恐れるのは、人間としての当然の感性もあるが。それ以上に細波青井(ショゴスロード)が炎を恐れている原因は、まさに生前の秋山が自身の体を焼いてきたことを覚えていたからであった。

 

 けれども、そこに情けを加えるわけもなく。

 秋山と葉子が二人掛かりで、交互に弾薬を装填し直して連続でトレンチガンを発砲して炎を浴びせる光景を前に、アビゲイルは言葉にせずとも脳裏で『イジメみてェ』と独りごちている。

 

 このままショゴスロードを構成する液体全てを焼き尽くす勢いで、攻撃を続ける二人だったが──秋山も葉子も、そしてアビゲイルもまた、鼻を突く()()()()()()()()()()に動きを止めた。

 

「……ン? …………ン!?」

 

 ぴちゃぴちゃと、足元で波打つ水に、アビゲイルが困惑と驚愕を混ぜた声を上げる。

 

「なんか水出てきたんだケド!?」

「────。楠木葉子!!」

「はいっ!!」

 

 閉鎖空間といえど、ビルの上階であるはずの室内に、水が満ち始めている。

 この異常な事態の犯人など限られていると、短く思考して葉子に声を荒らげつつ、秋山は青井にトドメを刺すべく銃口を向け直す。

 

 そして二人のトレンチガンからバシュゥと放たれた炎──発砲され銃身から飛び出し、空気に触れて超高温に燃焼したマグネシウムは、膝を突いてうなだれる青井へと焼き尽くさんと殺到する。

 

 ──が、しかし。その炎は唐突に噴き上がった水柱に掻き消され、青井には届かない。

 警戒から数歩後退りする三人を余所に、うなだれていた彼女がおもむろに顔を上げると、その左目には()()()()()のような模様が刻まれていた。

 

「……てめぇ、まさか」

「ふふふ。さあ、楽しく、会話(ころしあい)をしましょう」

 

 ニコリと笑みを浮かべて、青井はゆったりとした動作で立ち上がり、言葉を続ける。

 

 

 

 

 

「────宿れ、【深海の王(クトゥルフ)】」

 

 果たして、彼女を中心に溢れ出した海水が、部屋を満たさんとして三人に襲い掛かった。




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