とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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液体生物は人間の夢を見るか 5/6

「────宿れ、【深海の王(クトゥルフ)】」

 

「っ……楠木葉子!」

「──【召喚(コール)】!」

 

 青井を起点に、濁流のように溢れ出る海水が三人に迫る。秋山が葉子に声を投げ掛けると、彼女は一言魔術を唱えてその手に創り出したモノを投げ渡し、受け取った秋山はそれを床に突き刺した。

 

「アビゲイル・ウィンター! 工事が完了するまでの数秒でいい、水を堰き止めろ!」

「まァ、やるしかねーよ……なッ!!」

 

 両手を眼前に翳し、アビゲイルはただただ魔力の塊を壁のように広げて展開する。傍目には透明にしか見えない何かが海水を押し込み、言われたとおり数秒だけでも足元の床から水を引かせた。

 

「範囲指定……距離測定、よし」

 

 今の内にと、秋山は床に突き刺した杭のような道具を弄り、てっぺんのボタンをカチリと押す。

 すると杭の側面が開き、中からワイヤー付きの更に小さい杭が四方に射出された。それらは1メートル先の床に刺さり、ジジジジ……と高出力のバーナーのような熱を放ちながら回転を始める。

 

「くっ、くおぉおおぉごごご……! これっ、以上は……キツい……ッ!?」

「秋山さん!」

「あと少しだ」

 

 膨大な質量の海水が叩きつけられ続け、術式にすら変換されていないが故に単なる透明にしか見えない魔力の壁にも亀裂が走る。

 必死に壁を張り続けるアビゲイルと、万が一を考えてトレンチガンを構え続ける葉子は、一拍の間を空けて秋山の声を耳にした。

 

「──終わった、お前らそこに立て!」

「ウェ!?」

「……アビゲイルちゃん、そっちそっち」

「行くぞ、合図でジャンプしろ……今!」

 

 秋山の怒声に、駆け足で二人が指示通りの場所に立つ。それから合図で三人同時に真上に跳ぶと、着地と同時にガコッと音を立てて足元が円形にズレ、一瞬の浮遊感を挟んでから下へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──パン! という拍手の音。背後の九十九と入れ替わった深き者(ディープワン)に太陽が裏拳を叩き込み、最後の1体を小雪の手のひらを突き破り伸びる無形の落とし子が刺し貫き仕留める。

 

「……ふぃ〜、これで全部ですかね」

「だな。──うえっ、磯と生魚クセぇ」

 

 逆再生のようにシュルンと落とし子を体内に収納する小雪に、手の匂いを嗅いで顔をしかめる太陽が返す。そしてソフィアの方を見て、親指を立てて口角を緩めて称賛の声を上げた。

 

「しっかし、ソフィアも結月もその小ささでスゲぇパワーだな」

『まあねぇ。私たちの体、【浮遊】で物を動かす出力だけは高いから』

「アレは……高いで済まされんのか?」

 

 太陽が視線を向けた先には、ガラスを割って作った破片とモップの柄に貫かれた死体や、頭が陥没する勢いで消火器を叩きつけられた死体など、ソフィアと結月が作った深き者(ディープワン)の残骸が転がっている。

 

『…………乙女は強くなくっちゃね』

「まあそれでいいなら何も言わんが」

 

 視線を斜め下に逸らしながら言うソフィアに呆れた顔をしながらも、深き者(ディープワン)と入れ替えられた九十九の方へと視線を動かす。

 そちらから歩いてくる九十九の隣を歩く真冬を見ると、彼女は疲れたような表情をしていた。

 

「……クソダリぃ」

「お嬢、大丈夫か」

「……はぁ。大学での戦闘も含めて、短時間で魔力使いすぎたわ。()()()()()の分を除けば、流石にこれ以上の空間置換(いれかわり)は無理────」

 

 げんなりとした顔の真冬が、不意に天井を見上げる。上階から漂っていた異質な気配がより濃くなり、太陽たちも同じように見上げると──続けてジジジジ……という妙な音が聞こえてくる。

 

 

 

 その音も途絶えて一拍置いたあと、四人と2体の視線の先で、異音の発生源付近がガコッとズレて落ちてくる。真冬たちはボーリング調査のような円筒形と共に落ちてきた秋山ら三人にも驚くが、それ以上に、追いかけるように溢れてきた海水に驚愕した。

 

『かっ、海水!? このビルの中で!?』

【……あの子、神格の力でも使ったわね】

 

 驚きの声を上げる結月の横で冷静に口を開く九十九は、落ちてきた秋山と葉子、アビゲイルが自分たちの方に走ってくるより速く、彼らの背後で水が重力に逆らって持ち上がる光景を見る。

 

【全く……】

「あっ、おい九十九!」

 

 太陽が止める暇もなく、やれやれとかぶりを振った九十九が駆け出す。

 三人のうち、一番手前に居たアビゲイルを狙う水の塊を前に庇い立つ九十九は、発射された高圧水流を自身の刀で受け止めた。

 

【っ──重たい、わね】

「くおぉっ!?」

【貴女、意外とどんくさいのねぇ】

 

 刀身で受け止め、真っ向から水を真っ二つにするが、あまりの重さにズリズリと後退させられる九十九。軽口を叩きながらも『流石に無理かしら』と思案していたが、そこに続けて2発撃ち込まれる。

 足元に着弾した高圧水流は、魔力的な強化も施されていたのか、床にスパスパと切れ込みを入れ──カクン、と。二人の体が浮遊した。

 

「エ゛」

【あら】

 

「……おい」

「ちょっ──!?」

 

 太陽や小雪、真冬たちと合流して振り返った秋山と葉子が思わず声を出す。

 先程の秋山たちの逃げ方を学んだのか、それを利用した青井による床への攻撃は、果たしてアビゲイルと九十九を更に下の階へと落とした。

 

「ちっ……有栖川真冬! 入れ替えろ!」

 

 二人が落ち行くのを見届けて、秋山が叫ぶ。真冬は事前の作戦通りにパチパチと()()手を叩き、()()を入れ替える。その場には無機質なマネキンが現れ──葉子と小雪の姿が見えなくなった。

 なけなしの魔力を使い切り、真冬は空間置換の発動を行った直後に咳をする。

 

「────げふ、ごほっ、これで、あたしも……魔力切れ。あと……よろしく……」

 

 どろりと、涙腺や鼻から鮮血を垂らして真冬が膝を突く。当然ながらそれを狙わない道理が無い青井が、巨大な水分と化した体を動かし、接近しながら水圧を掛けた水流を発射する。

 

「さっ、せ、るかァ!!」

 

 しかし今度は太陽が動き、左腕に魔力を集めて固める。思考ではなく体が理解したシュブ=ニグラスの魔力の使い方。単なる身体能力の強化だけではなく、魔力を硬質化させるという方法を用いて、彼は魔力切れで気絶した真冬を守り、水流を防いだ。

 

「づ──ぐっ、ぬ、ぉおぉおお!?」

 

 ──けれども、海水という凄まじい量の水分を得たショゴスロードの放つ高圧水流は、アビゲイルや九十九ですら押さえきれなかったように重い。

 咄嗟に斜めに角度を付けて水流を逸らすが、逸らした先にあった壁には深い切れ込みが入る。

 

 太陽はピタリと攻撃が止んだことから、高圧水流用に水圧を作る為か連射できないと判断し、手早く生き人形組に声を掛けた。

 

「っぶねぇ……おいソフィア! 結月! お嬢連れて階段の方まで逃げろ!」

『太陽さんは!?』

「……()()()()は、秋山だけじゃ無理だろ。男にカッコつけさせろよ」

『分かったわ。すぐに戻るから』

 

 こくりと頷いて、ソフィアと結月は真冬の体を【浮遊】で浮かせて引き摺っていく。

 残った太陽が秋山の方に歩き、横に並び立つと、聖骸布をキツく締め直した。

 

「──そんで、何秒要るんだったか」

「チャージしながら狙えば、完了と同時に引き金を引くだけだからな。……あと20秒ってとこだ」

「っし、気合入れるか。これすら無理だってんなら、帰ってきた丞久に鼻で笑われるぜ」

「……ああ、まあ、想像に難くないな」

 

 くくっ、と同時に笑いかけ、発射される水流を避けて秋山がトレンチガンで発砲。バシュゥと放たれる炎が青井の体を焼くが、海水を取り込み密度を増した液状の体には効果が薄い。

 表面をうっすらと焼くだけの、しかして意識を割かせる攻撃に、青井は反撃で液状の槍を放つ。

 

「くそっ、めんどくせぇな全く……!」

 

 2発、3発と躱していくが、水分が増えて手数も増したそれを避けきれず、最後の1発が直撃する寸前、横合いから伸びた手がその槍を──()()がしりと掴む。水の塊と化した青井に顔が無くとも、その行動に驚愕していることは秋山でも理解できた。

 

「せぇ……のォッ!!」

 

 ずん、と床に踵がめり込むほどに力み、まるで綱引きか何かのように思い切り引っ張る秋山。その全身から黒い魔力が吹き出し、青井の巨大な液体(からだ)は一瞬床から離れて室内を舞う。

 青井の体はぶよんと無駄に可愛らしく、しかしズシンと見た目通りの質量で床に落ちる。

 

「あと……あと何秒だ!?」

「──よくやった、夏木太陽」

「あぁ!?」

 

 時間稼ぎが必要とはいえ、同じことを何度もできるとは思えない。焦燥する太陽を前に、弾切れのトレンチガンを床に捨てて、秋山は脱力する。まだ警戒を続ける太陽は、その言葉に疑問符を浮かべるが。

 ふと、隣のビル──()()()()()()()()()()、その一室からチカッと光が溢れた刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ドバンッッッ!!! という轟音が耳をつんざくのと、膨大な質量を得た筈の青井の体が木っ端微塵に弾け飛ぶのは、殆ど同時だった。

 

「っ……!? な、なんだ……?」

「────。すげぇな、()()()()でこれか」

 

 ぱちゃ、と。水を踏んで歩きながら、秋山が笑い声を混ぜたように言う。

 海水を失い、自前の水分で体を再構成しようとするが上手く出来ない──(コア)に傷がついた青井を見下ろして、更に言葉を続ける。

 

「よお、試作型レールガンのお味はどうだ?」

 

 そう言って、振り返った先──500メートルは離れた位置にあるビルの方を見やる秋山。

 

「良い腕だ、楠木葉子」

 

 彼からは見えないが、その視線の先では、二人掛かりで近未来的な大型ライフルを構えている葉子と小雪が、軽く手を振る秋山を確認していた。




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