大橋を走り抜け、四国に到着して暫く。
凄まじい魔力の奔流を感じ取り、ジープで確認しに向かった先にあったのは、大型デパートと隣接する倍の高さのビルだった。
「……なんだってこう、馬鹿と煙と悪党は高いところが好きなんだろうなぁ」
「このご時世、悪さをするのに必要なのは
「なるほどねぇ」
路肩にジープを停め、外に降りながらそんなことを話す。周りを見ても、こちらのようにビルを見上げる者はおらず、異変に気づいている者は居ない。
訝しむ顔に気づいたのか、御剣ちゃんが同じように見上げながら言った。
「ビルを中心に結界でも張っている……のかもしれません。少なくとも、ここにヒメか園崎さんが居るのは間違いないかと」
「だろうね。──ここまで来たからには衝突は避けられないけど、姫島ヒカリとは戦えるかい?」
「……やらないと。かつての恩人だったとしても、今はもう、
「さいで……と、このデパートもデカいなぁ。そのわりには……
────
平日だろうと休日だろうと、お昼時であればデパートなどは大なり小なり人が居る。居ないはずがない。なのに無いということは、だ。
「……はぁ〜〜〜、お誘いには乗るのが礼儀か。御剣ちゃん、先にデパートだ」
「────。分かりました」
こちらの意図を悟ったのだろう、御剣ちゃんは周りに人が居ない事を確認して両手に刀身を作る。自分の方も三節棍を【
「……よう」
そんな風に後ろから声をかけられ、トンと背中に手のひらを押し当てられる。
「──だ
──誰だ? そう問いかけようとして、顔を後ろに向けようと力を入れた0秒にも満たない刹那。
まばたきを挟んだその一瞬で、気づけば御剣ちゃんもろともデパートの中に転がっていた。
「ぐっ、ぁ、なんだ、今の……」
「…………これは、まさか……」
互いに、軋む体の痛みを堪えて立ち上がる。まだ手元にある武器を握り直し、何かを察している様子の御剣ちゃんに声を掛けた。
「何か、知ってるのかい」
「間違いありません、さっきのが、園崎さんです。……この攻撃も、攻撃ではなく……加速能力を利用して、店内に
「────。不味いな」
御剣ちゃんの発言が事実だとして、そうすると今の状況はかなり不味い。
こちらが認識できない高速移動を行えるということは、常に先手を取られることに他ならない。【禍理の手】を全方位に展開して網でも張るか──と、そこまで考えていたところ。
「あ、普通に姿現すんだ」
「園崎さん……!」
まばたきを挟んだ瞬間、数メートル前方にどことなく琴巳ちゃんと雰囲気が似ている男が現れた。
けれども疲れきっている顔には、こちらへの明確な敵意が滲み出ている。
「……大人しくしていれば良いものを」
「別にあんたに興味があるわけじゃないんだけどね。人の友人を痛めつけた挙げ句、もう一人の友人を誘拐しちゃあイカンでしょ」
御剣ちゃんを見て、それから姫島ヒカリに視線を向ける。彼は静かに魔力を揺らめかせ、僅かに体を傾けて足に力を入れた。
「っ────!」
「桐山さ──がっ!?」
咄嗟に両腕を胸の前で交差させてガードするが、次の瞬間には拳が腕に叩きつけられる。
しかし更にまばたきを挟むと、既に御剣ちゃんの背後に回っており、姫島ヒカリは彼女の襟首を掴んで一回転してから、遠心力でデパートの吹き抜けを利用して二階に投げ飛ばしていた。
「づっ、くそっ……動きが速すぎる」
ついでに言えば、まだ殴られた痛みと重さを腕に感じる。単純に速いだけじゃなく、打撃の威力までもが高い。……まあ、それもそうか。
鍛えているなら7〜80キロはあるだろう。そんな筋肉と骨の塊が視認できない速度で突っ込んでくるのだから、弱いわけがない。
──などと考えていると、突如として蹴り上げられ、柱や二階の柵を足場に跳ね回る姫島ヒカリの飛び蹴りが土手っ腹に突き刺さる。
御剣ちゃんとは反対の二階の一角──家電製品コーナーに叩きつけられ、ちょうど置かれていたマッサージチェアに座る形で衝突し、後方へとブレーキを掛けながら吹き飛びようやく止まった。
「──う゛っ、お゛ぉ……俺が戦う相手って……毎回、こんなんばっかりか……」
【
「生きて帰れたら部屋に盛り塩しますね」
【あーあーあー冗談ですよぉ!!】
雅灯さんのアホな発言を流しつつ、今日一日で起きた連戦の疲労を確かめる。
もういっそこのまま、マッサージチェアの電源を入れてしまいたくもあるけど、ぐっと堪えて立ち上がりながら【禍理の手】を展開して言う。
「雅灯さん、『手』の操作を任せます。俺と御剣ちゃんが合流する時間稼ぎをお願いできますか」
【わかりました。派手にやりますよ〜!】
むん! とあまり筋肉があるわけではない腕を力ませる雅灯さんに【禍理の手】の制御を任せ、店内の陰を利用してその場から離れる。
まだ一階に居るであろう姫島ヒカリに容赦なく家電をポイポイ投げ込んでいる『手』を尻目に三階へと上がると、同じことを考えていたのか、タイミング良く御剣ちゃんと鉢合わせた。
「桐山さん、大丈夫ですか?」
「へーき。一旦隠れようか、作戦会議だ」
ウィンドブレーカーがボロボロになってる御剣ちゃんと合流し、流れで服屋の試着室に駆け込む。二人でぎゅうぎゅう詰めになると流石に狭いけど、まあ今だけ我慢してもらうしかない。
「さて、姫島ヒカリの能力について先に話しておいて欲しかったなあとかそういうのは後回しにして……だ。正直、勝てるビジョンが見えないねぇ」
「言い忘れについては、その、すみませんでした。……アレは園崎さん考案の魔術、らしいんです。名前は確か……【韋駄天】」
「うーん、名前の時点で速そう」
思わず小学生並みの感想が出てしまった。
「【強化】魔術の派生型、とでも言うんでしょうか、ひたすらに【強化】の方向性を速度に特化させたとか。神経伝達や反射神経、動体視力も向上するので、あの速さにカウンターを当てるのは無理です」
「まあ、そうだよね。……と、なると……その集中を乱す方向で戦うべきか」
例えどんな強い魔術師であろうと、魔術の発動にはどう頑張ってもそれなりの集中力と維持が要る。あれだけの高速移動を片手間で行えるわけがない──と仮定して、じゃあどうすんのって話なんだよね。
「あの速さじゃあ、【門】か何かで遠くに飛ばしても普通に走って戻ってくるだろうしなぁ。琴巳ちゃん救出の前に倒すのは必須……集中を乱すにしても、
「せめて、目的が分かれば────あの、蛇神様は起こせないんでしょうか」
「……たぶんまだ無理かな」
思いついたように提案する御剣ちゃんだけど、こちらのバッグにねじ込まれたままの生き人形こと蛇神様を引っ張り出すと表情を変える。
「生き人形は不死身だから、時間を掛ければ破損も修復される。この状態なら……あと十数分かな、でもそれだけの時間を稼ぐのは無理だ」
頭を潰されていた蛇神様の破損は僅かに欠けているだけとなり、あと少しで治りきることは察せた。とはいえ、その
やっぱり、今この二人……と雅灯さんの三人だけで倒さないといけないのか。ワンチャン、ナイが来てくれることに賭けてみるか──
「……桐山さん」
「ん?」
──などと思案していると、不意に御剣ちゃんが決心したように口を開く。
「もし、園崎さんの注意を僕から逸らしてくれたら、確実に動きを止められる手段がある……と言ったら乗ってくれますか?」
「わかった、やろう」
「そ、即答……」
「時間がない、それで手段って?」
「あっはい」
御剣ちゃんは一瞬ポカンとしながらも、改めてこの狭い試着室の中で説明を始める。
「連盟組織では、園崎さんの【韋駄天】対策を考える人がそこそこ居たんです」
「あー、最強議論みたいな感じ。わかるよ、俺も『どうやって丞久先輩を倒すか?』って考えることあるから。まあ最終的に死ぬけど」
「みんなその結論になるんですね。……それで、僕も園崎さん対策で武器か能力を開発しようと試みたことがあったんです。そうして1つだけ、確実に効果を発揮しうるだろう術式を作りました」
……さらっと言ってるけどとんでもないな。
──ともあれ、術式の説明も含めて作戦を話し合い数分。バッグを御剣ちゃんに預けて一人で試着室を出て無防備に歩き、その辺の服からハンガーを外して床に放り投げて音を出す。
カラン、という音が鳴ったか鳴らないかくらいの一瞬で、姫島ヒカリは三階に上がってきた。
「……何もせずにリオンと帰れ。そうすれば、命だけは見逃してやれる」
「自信家だなあ。──そんなに
「────」
ピクリと、姫島ヒカリの頬が動く。眉間のシワが深くなり、怒りに合わせて魔力が噴出する。
……こちらとしても心苦しいさ。でも、もう、これしか方法が無い。
「放っておいたまま居なくなっておきながら、目的のためにと自分を拐うような父親なんか嫌われて当然だ。前に琴巳ちゃんも愚痴ってたぜ」
──大嘘だ。だが、曲がりなりにも父親であるならば、こう言われれば
結局のところ、この手の人間から集中力を奪う方法なんてのは一つだけだ。
なんてことはない、ただ──そいつの信念を踏みにじってやればいい。
……姫島ヒカリにも、何か、どうしてもやり遂げたいことがあったのだろう。
そのために仲間を集め、御剣ちゃんと蛇神様を痛めつけ、娘を誘拐した。そこには彼なりの信念と事情があって、こちらを踏み越えてでも叶えたい何かがあるから、こんな事をしているのだろう。
……故にこそ。
「──掛かってこいよダメ親父。必死に練った計画は、今日ここで頓挫してもらう」
故にこそ、踏みにじる。
未成年を、それも父親が利用するなんて、そんなことが許されてたまるものかよ。うだうだと理屈を並べたが、とどのつまりは。
──友人を傷つけた目の前の馬鹿野郎がどうしても許せない、それがこちらの本音だからだ。
「……もう、いい。お前はここで死ね」
「やってみろよ」
パリ、と姫島ヒカリの魔力がスパークする。ヤツは恐らく、自身の脚に……【韋駄天】に絶対の自信がある筈だ。超加速で相手をぶち抜く、ただそれだけで常勝してきたことは容易に想像できる。
──けれども。
「っ────が!?」
「充分速いが……さっきよりは
充分速い。間違いなくこの場では最速だ。それでも……明らかに遅くなっていた。
姫島ヒカリの拳が頬に刺さるが、逆にこちらの拳も顔面に叩き込まれる。
ついさっきまでの、精神的にも優位だった状態ならば──こうも綺麗にクロスカウンターは刺さらなかっただろう。かろうじて目で追えるまでに速度が落ちたなら、ここからは単純な削り合いだ。
「勝たせてもらうぞ、姫島ヒカリ」
──相手の信念を踏みにじり、心を乱して集中力を削ぐ。簡単に出来るこの作戦には、しかして明確なデメリットが二つのほどあった。
一つは相手から死ぬほど恨みを買うこと、そしてもう一つは……こちらも罪悪感で胃が痛くなることだ。正直もう全面的に非を認めて謝罪したくなっている程度には、胃がキリキリしている。
それでも、始めてしまったからには、勝つか死ぬかのどちらかしかない。果たして重苦しくため息をついて、姫島ヒカリを見据えるのだった。
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