とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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よみがえりの舞 2/6

「ちっ、カウンター警戒しやがって……」

 

【禍理の手】による家電製品の剛速球を避ける姫島ヒカリは、露骨にこちらとの殴り合いになることを避けようとしていた。

 かと思えば、デパートのあちこちで破壊の音が奏でられるなか、棚を回り込むようにして横合いから飛び蹴りの形で突っ込んでくる。

 

『手』を盾のように束ねて受け止めるが、勢いを殺しきれずに、こちらの体はガラスの柵を粉砕して宙に投げ出される。壊れた柵の手前で止まった姫島ヒカリは、改めて脚に力を入れ直し────

 

「ぐっ……!!」

 

 ドンッと空気を破裂させる勢いで、宙に投げ出された体に二度目の飛び蹴りを叩き込む。最初よりは遅いし威力も低い、けど、精神を揺さぶって速度が落ちていて()()か……と。

 四階から三階へと落下し、受け身を取って転がりながらそんな風に独りごちる。

 

「……逸るなよ、御剣ちゃん」

 

 こちらが3、向こうが7くらいの割合で削り合っているわけだけど、この作戦の要は対姫島ヒカリの術式を持っている御剣ちゃんだ。

 このままヘイトを買いつつ注意を逸らすのがこちらの仕事だから、ボコられてる手前言いづらいけど、出てこられると困る。

 

「もう少し、我慢だ……必ず隙は作る」

 

 誰に言うでもなくそうぼやいて、膝に手を置いて立ち上がる。ズダダダダダ!! という人間が出せるかも怪しい足音を聞き分けて、接近を確認し────床の下から無数の【禍理の手】を突き出した。

 

「っ──!」

「避けるか? 突っ込むか? どちらにせよ、()()()()()()()()ぞ……ッ!」

 

【禍理の手】を幾つも障害物のように展開した防壁には、敢えて隙間を作ってある。自身の攻撃を受け止める程度には頑丈だと知ってるから、万が一を考えて突撃する選択肢は無い。

 かといって避けようとしても同じ結果だ、どちらにせよ減速は避けられない。

 

 それでいて隙間には法則性を持たせてあるため、姫島ヒカリ程の魔術師なら2〜3択のルートを見つけられる筈だ。あとは来たところに向けて【禍理の手/貫通弾(ペネトレイト)】を撃ち込めばいい。

 

 ……こんな簡単な策で当てられるとは思わないけど、他にいい案が無いわけだしなぁ。

 兎に角やるしかない。拳を引いて、『手』を引き絞り、姫島ヒカリを待ち構える────が。

 

「……あまり、俺を舐めるなよ」

「っ──う、そだろ……!?」

 

 そんな言葉が耳に届いた瞬間、()()()()()()()()()【禍理の手】をすり抜けるように避けきった姫島ヒカリが接近し、脇腹への蹴りで吹き抜けに身を投げ出させられる。……してやられたな。

 

 まさか、【韋駄天】の解除と再起動──急ブレーキと急加速を高速で切り替える形で曲がるとは。そりゃあ一度ずつ角度を変えていけば直線も曲線になるが、そんな芸当を生身でやるか……普通……? 

 

「俺の策も、浅知恵だったか……っ」

 

 ともあれ戻らなくてはと、【禍理の手】を柱に刺そうとして伸ばすが、それより速くこちらに跳躍した姫島ヒカリが襟首を掴んで真下に投げてくる。

 改めて『手』を壁や柱に刺して速度を緩め頭からの激突は避けたけど、続けて宙に釣られたこちらへと、上階の壁を足場に踏み込み加速した姫島ヒカリの飛び蹴り──否、膝蹴りが飛来してきた。

 

「ちょっ、それは無理────「(おせ)ぇ」

 

【禍理の手】で体を引っ張り逃れようとしたが遅く。半ば脊髄反射で前面に束ねた無数の『手』すらも粉砕され、流星さながらの一撃が腹に直撃し、一階の床に背中から落下して数回バウンドする。

 

 

 

 

 

 

 

「──おごっ、がっ、げぼ」

 

 びちゃびちゃと、唾と血液の混ざった液体が口からこぼれた。こぉ、れは、内臓ヤったか……? 

 全身のあちこちが痛すぎて、具体的にどこが痛いかがあやふやだ。

 

「……断言しよう、お前は強い。桐山与一」

 

 と、いっそ清々しい程に軽やかに着地する姫島ヒカリが、そう言ってこちらを見やる。

 そこには嘲りも侮りもない、不思議と嫌な気分にはならない純粋な称賛だった。

 

「うご、ぐ……皮肉を、検知……」

「素直に受け取れ。俺としても、一人を相手にしてここまで時間をかけた事は今までなかった」

「……はっ、丞久先輩や円花さんと殺り合ってから褒めてくれよな……」

「あんなもん相手にできるか」

 

 まあそれはそう。心底嫌そうな顔で返す姫島ヒカリの言葉には、賛同以外の感情は無い。

 それもそうだ、丞久先輩や円花さんみたいな超ド級のヤバい奴の対処法なんて、最優先で考えるべきは『どうやって倒すか』じゃない。『どうやって戦わずに済ませるか』なのだから。

 

 そういう意味では、よりにもよってこのタイミングでこんなことをしている姫島ヒカリの行動にも納得がいく。『丞久先輩たちが居ない時に限ってこのような事態になった』のではない、()()()()()()()()()()()()()しか動くチャンスが無かったのだ。

 

 

 

 ──内臓に響く鈍痛、命の危機を知らせるような耳鳴り、会話を長引かせて出来るだけ疲労を回復させようとしていたが、遂にはそれも終わる。

 

「──お前は強い。ここで殺しきらないといけないと、判断せざるを得ない程度にはな」

「あー、ああ、そうかい」

 

 なんとか立ち上がってはみたけど、何度も高速で蹴られるわタックルされるわで足腰にガタが来ている。トドメを刺す気満々の姫島ヒカリは、走る直前のような構えを取りながら続けた。

 

「これから絶対に対応できない速さで突っ込む。お前は何も出来ずに、木っ端微塵になるだけだ」

「結構怖いこと言うじゃん……」

 

 ため息をつきながらも、上手いこと生き延びられないかと思案を巡らす。しかしそれも、姫島ヒカリから発せられる凄まじい密度の魔力と威圧感の前には無駄だと悟る。──けれども、だ。

 

「……いいのか? 俺にそんな大技を使って、残る御剣ちゃんに負けちゃうぞ?」

「リオンは俺の敵足り得ない」

「…………そうかい」

 

 バッサリと断言する姫島ヒカリ。それは御剣ちゃんとの実力差を理解していることを表しており、故にこそ、その判断にはこう言うしかない。

 

 

 ──()()()()……と。

 

 

 姫島ヒカリ自身、これだけ痛めつけてもまだ立ち上がってくる奴を相手にしたことはないのだろう。だからこちらにばかり注目し、隠れている御剣ちゃんは既に意識から外れている。

 

 あとはギリギリの勝負だ。【禍理の手】を束ねて、全力で【強化】で身体を固める。

 対応できない速さで突っ込むというのなら、それを見越して受ければいいだけだ。

 

「────」

「────」

 

 ピリピリと、空気がヒリつく。西部劇の決闘さながらに集中力が増していき、思考速度が上がる。

 姫島ヒカリの魔力がパチパチとスパークし、威圧感が跳ね上がり、周囲の空間がミシミシと軋み始め──いやまて、これは、不味い……!! 

 

「っ…………!!」

 

 否、不味いなんてモノじゃない。防御すらも無駄だ、これは……どうあがいても()()()()()()()。直撃すれば、丞久先輩や円花さんだろうと()()()()()

 防ぐ、無理。避ける、何処に? 思考が駆け巡り、そして気づく。

 

 視界の中の風景が、駆け出す直前の姫島ヒカリが、思考に反して無意識に回避行動を取ろうとしている体の動きが、異様に重い。どうしてか、頭の回転速度と体の動きが噛み合わない。

 

「…………っ、く、ぉ…………!?」

「無駄だ、もう手遅れなんだよ」

 

 こちらの体の重さに反して、姫島ヒカリの動きと声は通常通りに聞こえる。……そうか、この能力は、【韋駄天】じゃない。アレとは()()()()()だ。

 しかし、そのことに気づいた所でもう遅い。ここより数秒以内にこちらが消し飛ぶか、技を不発で終わらせられるかのどちらかでのみ決着はつく。

 

 ──果たして。

 

「じゃあな、桐山与一。【(タキ)────

 

 

 

 

 

 

 

 ──果たして。コンッ、と。軽快な音が床に響く。その音の正体は、視界の奥で姫島ヒカリの足元に……その影に突き刺さった刀身だった。

 

「……貴方が、居たときから。居なくなってからも、ずっと。戦うとしたらどうするか、と、ずっと考えてきたんですよ」

「リオン、お前……!?」

 

 作った刀身を深々と床に刺す人物──御剣ちゃんはそう言う。今にもこちらに走り出そうとしていた姿勢のまま動かない……動()ない姫島ヒカリは、予想外の状況に驚愕の声を上げた。

 

「──【秘剣・影縫い】。()()()()()()()()()()()()という儀式を経由しないと絶対に発動しないように縛ることで、術式の効果範囲を狭める代わりに効力を上げた拘束魔術です」

「ただ『相手を動けなくする』みたいな漠然とした指定だと、あんた程なら物理的に突破できるだろうから、まあ妥当な制約だな」

 

 逆にこちらの体の重さが無くなり通常通りに動けるようになり、深く呼吸を挟んで口を開く。

 

「悪いね、姫島ヒカリ。俺は最初からチーム戦のつもりで戦ってたんだよ」

 

 そう言いながら、無数の【禍理の手】を出して2つの『手』で姫島ヒカリを鷲掴みにし、残りで上階の柱や壁を突き刺して自身の体を持ち上げる。

 

「……桐山さん? 何を……」

「まあ、なんだ。これで決着でもいいんだけど、どうせ拘束解いたら再戦だろうし、やられた分を返すのも……正当ではあるわけだからさ」

 

 困惑気味の御剣ちゃんを尻目に、【禍理の手】とこちらの体を繋ぐ鎖状の魔力を掴んで力を込める。

 

「……ええと、つまり?」

「思いっきりぶん投げて、思いっきり叩きつける。それでチャラにしよう」

「おい、まさか本気でや────」

 

 はいスタート。有無を言わさず、空中で体を捻りながら鎖を振るい、【禍理の手】で掴んだ姫島ヒカリの体を全力で振り回す。外部からの干渉で【影縫い】が解けるが、逃げることは難しいだろう。

 なぜなら今この場は空中だ、そもそもの姫島ヒカリが()()()()()()()()()()()()が無い。

 

 そこから更にハンマー投げの要領で回転の速度が上がっていき、一般人なら耳から脳が飛び出すのではと思えるほどの勢いのままに、タイミングを図って上に向かうようにパッと手を離して投げ飛ばす。

 

 続けてこちらの体も『手』で引き絞り、ゴムに弾かれたパチンコ玉のように高速で射出させて、【禍理の手】に掴まれたまま天井のガラスを突き破り上空に身を投げ出した姫島ヒカリに追いすがる。

 

 

 

「────落っ、ちっ、ろォおぉおおぉお!!」

 

 姫島ヒカリを掴む【禍理の手】に繋がる鎖を掴み、今度は逆方向──真下に向けて力を込める。

 これから何が起きるかを悟ったような顔をする姫島ヒカリは、どこか渋い表情のまま、逆再生するかのようにデパートへと高速で落下していった。




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