とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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よみがえりの舞 3/6

 デパートの屋根を突き破り、五階、四階、三階と轟音を奏でながら床に激突する姫島ヒカリは、最後に二階の床を粉砕して一階に落下していく。

 

「ぐっ────!!」

 

 落ちる度に斜めに逸れた体が水切りの石のように跳ね、一階の床を何度も砕き、果たして柱の一つに体を叩きつけてようやく止まる。

 

「ごぶっ……」

「っ、園崎さん!!」

 

 柱に深くめり込んだ姫島ヒカリの体が重力に従って床に落ち、預けていたバッグを肩に提げた御剣ちゃんがその場に駆け寄る。

 こちらも上空から落下してデパートの中に戻り、【禍理の手】を辺りに伸ばして体重を分散させて速度を落としながら一階に降り立った。

 

 床に倒れ伏しながらも、まだ普通に生きている姫島ヒカリを見て、こちらも思わず口を開く。

 

「ここまでやって、まだ原型を留めてるんだからなぁ。呆れた頑丈さだ」

「…………お前に、だけは……言われたくねえ」

 

 ──うーん参ったな……何も反論できない。とはいえ、あの大技を使わせていたら確実にこっちが死んだだろうから、まあこれで五分だろう。

 ともあれ、これで勝負はついた。こちらの勝利で戦いは終わり。気を抜くとガクガクと痙攣しそうな脚に力を入れて、改めて問いかける。

 

「……で、姫島ヒカリ。あんたはいったい、琴巳ちゃんを利用して何がしたいんだ」

「…………」

「いやあの、黙らないでくれる? 俺は拷問とかはしたくないんだよ。言っとくけど、これが丞久先輩とかだったら既に刀が膝に刺さってるからね?」

 

 本題に入ろうとしたらいきなりツンとし始める姫島ヒカリ。今しがた言ったけど、この場にあの人が居ないことは幸運なんだからな……

 丞久先輩、敵の数と所在を聞くためだけに深き者(ディープワン)で黒ひげ危機一発とか普通にやるからね。秋山さんとかもノリノリで混ざろうとするし。

 

 

 

『──やあやあ諸君、大健闘だったじゃないか』

 

 仰向けに倒れた姫島ヒカリを起こして柱に凭れさせる御剣ちゃんを見つつ、さてどうしたものかと逡巡していると。この場に似つかわしくない、飄々とした態度が透けて見える声が乱入してきた。

 

「このまるで黒幕みたいな声は……ナイか」

『元黒幕のナイだよ。いやはや、歩クンを送り届けているうちに戦いが終わっていたとはね』

 

 顔の高さまで浮遊している生き人形──ナイが壊れた入口から現れてこちらに飛んでくる。その小さな手でペチペチと乾いた拍手を送ってくる彼女は、冷めた眼差しで姫島ヒカリを一瞥する……の、だが。

 

「……無貌の神か」

『やあ姫島陽狩(ヒカリ)。私が暗躍していた時は鳴りを潜めていたヘタレが無様なものだねぇ』

「言い方を考えなさいよ……!」

 

 あまりにも容赦が無さ過ぎる。事実だけを抜き取れば、確かに姫島ヒカリはナイが円花さんの体で活動していた時は裏で活動していたのだろう。

 ナイのように人間の心が欠けていれば、それをヘタレと称するのも無理はない。

 

 ……あと二名ほど同じ評価を下しそうな奴を知っているけど、まあそれはそれとして。

 

「ナイ、どうせ姫島ヒカリの目的とか全部知ってるんだろ? 時間が無いんだ、代わりに──」

『キミの頼みでも無理だ。1章ラスボスに何でもかんでも頼ってちゃあ成長できないだろう』

 

 ナイはかぶりを振って即答する。妙な言い回しだが、つまりは部外者に頼るなと言いたいのか。

 ならばと思案し、少しの間を置いて、そう言えばと御剣ちゃんに預けていたバッグを見やる。

 

「そうだ、蛇神様の修復もそろそろ終わるはず。ちょっと出してもらえる?」

「あっ、はい」

 

 ハッとした様子で、御剣ちゃんが渡しておいたままのバッグを開く。

 片手を突っ込んで中から蛇神様の生き人形を取り出すと、損傷部位が少しずつ治っている途中だった頭部がジャストで治りきった。

 

「……お前、タイミング図ってた?」

『まさかぁ』

「まったく」

 

 ニヤリと口角を緩めながら肩を竦めるナイを横目に、御剣ちゃんが手に取った蛇神様の方に視線を戻す。すると、眠りから覚めるかのように身じろぎした蛇神様が、御剣ちゃんの手の中でまぶたを開けた。

 

『────。う~ん?』

「……蛇神、様?」

『あらリオンちゃん。……と、いうことは』

 

 意識を取り戻して宙に浮かぶ蛇神様がそう言いながら周囲を見渡し、こちらとナイ、そして柱を背に床に座る姫島ヒカリを見る。

 

『──そう。ヒカリ、貴方負けちゃったのね』

「…………」

『で、黙ってると。変なところで子供なんだから。自分で言わないなら私が言うわよ〜?』

 

 全てを察したのか、蛇神様は呆れ気味に呟いてから御剣ちゃんの頭にぽすんと座る。

 仕方ないとばかりに小さくため息をついて、一拍置いてこちらに向き直って口を開いた。

 

『ヒカリはねぇ、生き返らせたい人が居るの。あの子のお母さん────つまり、自分の妻を』

「なるほど、ねえ。それが琴巳ちゃんを連れ去ることと何の関係が…………生贄か?」

「違う」

「うわぁ急に喋るな」

 

 こちらの推察に即答で否定する姫島ヒカリにビックリしたが、彼は一度開いた口を閉じて、間を空けてから改めて言葉を続ける。

 

「……姫島家には、幾つかの儀式系魔術が相伝されている。琴巳には、それを扱う才能があった」

「儀式……系…………?」

『簡単に言えば、自身の動きなどで術式の代替をして発動する魔術だよ。雨乞いの儀式なんてものがあるだろう、要するにアレだね』

「ああ、なるほど」

 

 聞き覚えのないワードに、傍らのナイが解説してくれる。特定の動きで魔術を発動か……円花さんの空間断絶とかもそれに近いのかな。

 

「──桐山与一」

「ん?」

「お前は……()()()()()()()を知っているか」

「────。?? なにそれ?」

 

 姫島ヒカリの問いに、思わず首を傾げる。本気でわからないことを察したのか、どこか()()()()ような表情でポツポツと続けた。

 

「姫島家の儀式系魔術の最上位だ。……簡単に言えば、膨大な魔力をコストにして地獄と現世を繋げる魔術。効果は……()()()()()()()()()()()()

「……そういうことか。神格顕現で神を琴巳ちゃんに宿し、獲得した魔力で【よみがえりの舞】を起動。地獄と繋げたあとは、対価の命を宿らせた神で代用すれば誰も犠牲にはならないわけだ」

 

 ……何処まで行っても甘いな、とは口に出さないであげるが、それはそれとしてナイが鼻で笑う。

 

『それにどうせ、宿した神が命と判定されなければ自分を犠牲に──とでも考えていたのだろう? お前のような奴はそう考える』

「こら、ナイ。……うんまあ、聞きたいことは大体聞いたし、そろそろ行こうか」

 

 ナイの頭を指先で小突きつつ、話題を切り上げてパンと手を叩く。姫島ヒカリのやってきた事だのなんだのは後でゆっくり聞けばいい、今重要なのは琴巳ちゃんを助ける事と、宿った神が『何』なのかだ。

 

 

 

 

 

 ──とはいえ。

 

「……なあ、姫島ヒカリ」

「…………」

「なんで、今立っているのは俺たちで、倒れているのはあんたなんだと思う」

 

 これだけは、言っておかなければならない。

 

「あんたは中途半端なんだよ。奥さんを生き返らせたい、琴巳ちゃんはなるべく傷つけたくない、あの子の友人は殺すべきじゃない。そうやって()()()()を気にしすぎて、だから初手で御剣ちゃんを殺さないという選択をして間違えて、ここでもまず初撃で俺たちを殺すべきなのに判断を間違えた」

 

 ……そう、姫島ヒカリは甘い。自身の計画を果たしたあとの自分の妻や娘のことを考えて、その結果なにもかもが半端になっている。

 彼は本気で戦い抜かなければならなかった。御剣ちゃんもこちらも叩き潰し、娘を利用して奥さんを生き返らせ、最後まで逃げおおせるという完全なる勝利をしなければならなかったのだ。

 

「──信念があったんだ、果たしたい事があったんだ。本当なら、今立ってるのはあんたの筈だった。残念だよ。俺を頼れば、手伝ったのに」

「……!」

「……蛇神様はここに残っててください。御剣ちゃん、ナイ、行くよ」

 

 姫島ヒカリを一瞥して、横を通り過ぎてデパートを出る。……どれだけ強い能力を持っていようが、どれだけ長い年月を生きていようが。

 ──今目の前にある戦いを全力でやらないなら、本気でやらないなら。例え相手が丞久先輩だろうと、円花さんだろうと負けるつもりはない。

 

 果たして立っているのがこちらで、倒れているのがあちら。ただそれだけが、答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──デパートの隣にあるビルには、同じく誰一人として人が居なかった。

 けれども屋上から放たれる魔力の圧が、ここに神格が存在することを表している。

 

 エレベーターのボタンを押して一階まで降りてくるの待つ傍ら、最終決戦を前にホッと一息ついて体の力を抜く。……(りき)み直すための、前準備。

 

 ()()()()()()()()()

 

「────。っ、ぉ……」

「……桐山さん?」

『与一クン?』

 

 不意に足の力がカクンと抜けて、硬い床に体が崩れ落ちる。頭は立っているようにと指示を出しているのに、体が言うことを聞かない感覚。

 

「……あー、これは、不味いな」

「桐山さん! 大丈夫ですか!?」

 

 戦っている最中と戦い終わってからの暫くは、興奮状態でアドレナリンが出ていたから、ある程度の痛みや疲れは無視できた。

 でも、こうして一旦冷静になってしまった所為で、体が思い出してしまったのだ。

 

 ──朝から白痴教で暴れて狙撃手を殺し、大橋でアビゲイルと戦い、姫島ヒカリに何度もぶっ飛ばされ、ダメージの蓄積で限界を迎えていた事に。

 

 特に姫島ヒカリの高速タックルを何発も貰ったのが不味かった、あんなものは、例えるなら新幹線の最高速みたいな早さでトラックが突っ込んできたようなものだ。……これで原型を留めてるのだから、なるほど確かに『お前にだけは言われたくねえ』わけだ。

 

「……くそ、ここに来てか」

『────。まったく、キミは実に、愉快な展開に持っていくのが好きらしい』

「いや別に好きではないが…………」

 

 カラカラと乾いた笑い声を上げながら、ナイが呆れた顔でこちらを見下ろす。

 

『まあ、人間同士の戦いには介入しないと決めていた私の落ち度も1割はある。仕方ない、解決策を提示してあげようじゃないか』

「……解決策?」

 

 ナイはニヤリと口角を歪めて、小さな手の人差し指だけを立てて言った。

 

 

 

 

 

『──キミの体を私に使わせてくれ』




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