とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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よみがえりの舞 4/6

 デパートの一階に残された蛇神は、座ったまま軋む体を休ませているヒカリに言う。

 

『それにしても、ビックリしたんじゃない?』

「……何がだ」

『ふふ。頼ってくれたら、手伝ったんですって。与一クンは、そういう人間なのよ』

 

 クスクスと上品に笑う蛇神に、ヒカリは視線だけを向ける。蛇神もまた、気まずそうに顔を逸らすと、一拍置いてから続けた。

 

『ヒカリ、貴方の心は、まだ疲れてる?』

「…………」

『いいのよ。ここでもう立ち止まってしまっても。あの子──姫島カナデを生き返らせることは出来なくたって、琴巳ちゃんが居るじゃない。それじゃあ、あなたの心は癒せない?』

「…………」

 

 憐憫の混じった眼差しが、ヒカリを貫く。彼は気だるげに、視線を右往左往させてから呟く。

 

「──蛇神が宿った巫女は、無意識的な自身の望みを僅かに叶える力を持つ」

『……そう、ね』

「俺はな、琴巳の近くに居ようとしなかったんじゃない。()()()()()んだ。()()()()()()()()()が幸福だと無意識に思い、その望みを蛇神の力が微妙に叶えたわけだ。……あいつは、分かっていたんだな」

『何を?』

 

 ヒカリの言葉に小首をかしげる蛇神。彼女は、ヒカリの疲れ切った顔を見た。

 

「俺が、自分(むすめ)より(つま)の方を遥かに愛していた事を、だ。……俺は今でも、()()()()()()()()()()()と。そう、考えることがある」

『……まあ、仕方ないんじゃない?』

 

 口角をひくつかせながら返す蛇神に、ヒカリもまた皮肉気味に言葉を続ける。

 

「琴巳が『仕方ない』で納得するものかよ。……このまま、当初の予定通りに国外にでも逃げるか。どうせ、俺が顕現させて宿した神格は桐山与一とリオン、無貌の神が倒してこの戦いは終わりだ」

『ダルそうねぇ』

「原因ならついさっき出ていったな」

 

 上空から屋根、五階から一階まで高速で落下して床に叩きつけられたヒカリだが、彼がいかに魔術師として強くとも、物理法則に則った──速度と質量による衝撃はかなりのダメージとなる。

 

 まだ動ける。だが、動きたくない。心の疲れが、体を鈍らせる。ヒカリが脱力しようとしたとき、ふと、蛇神があっけらかんと言う。

 

『でもこのままだと、与一クン死ぬわよ』

「……なに?」

『いや、だって、あなたさっき与一クンのことボコボコにしたんでしょ? あの子もう限界よ?』

「────。あ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──屋上の扉が開かれる。中央に立つ少女が、紅い瞳で乱入者を視界に収めた。

 

「来たか」

「ヒメ……!」

「──じゃ、ないぞ。気をつけたまえ」

 

 姫島琴巳を見て一歩近づくリオンを、()()()の与一が止める。その光景を前に、琴巳────彼女に宿った神格が、愉快そうに口角を歪めた。

 

()鹿()()()が。女の次は男の体か」

「……ハッ、()()殿()こそ、随分とまあ……可愛らしく(ミニマムに)なっているじゃないか」

「…………。身内?」

「んー、まあ、当たらずとも遠からずかな」

 

 軽口を叩きあう双方に視線を向けて、リオンが疑問符を浮かべる。与一、否。ボロボロになった彼の体を使いダメージを肩代わりしているナイは、複雑そうな顔でそう言って返す。

 

「貴様らは、なんだ。お喋りをしに来たのか? 違うだろう? さっさと構えろ」

「うーん、話が早くて助かる」

 

 琴巳の体を使う神格は、そう言いながら両腕を広げる。すると着ている服の袖の隙間から、トランプの束を崩したかのような勢いで、バラバラと音を立てて無数の紙が溢れ出ては宙に浮かぶ。

 

「……呪符の類いか。御剣クン、琴巳クンは何か能力を持っているか?」

「いえ……あの呪符を重ね合わせて壁を作る程度の簡単な防御系魔術しか使えないはず」

 

 リオンがナイに言葉を返すと、続けて琴巳に視線を向ける。彼女が左手で人差し指と中指だけを立てる印を結ぶと、頭上の紙──呪符の表面に、象形文字のように歪んだ『爆』という文字が現れた。

 

「開戦だ。────『爆』」

「【禍理の手】」

「うわっ!?」

 

 琴巳の声に合わせて射出された呪符を、与一の体を使うナイがリオンの襟首を掴んで背中に隠しながら起動した【禍理の手】がガードする。

 足元の影から幾つも現れた『手』に着弾した呪符は、ドガガガガガ!! と轟音を奏でながら爆発を起こす。連続で手を作り操作して、途切れず撃ち込まれる『爆』の呪符を防ぐナイは、爆発を耐えながら後ろのリオンに声を投げかけた。

 

「……なるほど、精神系具現能力と呪符の合わせ技か。さて御剣ク〜ン、作戦通りに行くぞ。私が一発当てさえすれば、アレを琴巳クンから()()()()()()。分かっているな?」

「分かってますよ」

「合図で飛び出せ、思考を割かせて隙を生み出す。…………行け!」

 

 ナイは声を荒らげつつ、ぶわりと扇状に広げた『手』を琴巳に殺到させる。さらに後ろから側面に回り込むように駆け出したリオンまで視界に収め、琴巳の体を使う神格は一瞬考え込まされた。

 

「……ふん。『針』」

 

 けれども逡巡の後にそう唱え、頭上に浮かばせた別の呪符の効果を切り替える。

 表面の文字が『爆』から『針』に切り替わった瞬間、数枚の呪符が重なって腕ほどの長さの大きな針へと姿を変え、自分に迫る【禍理の手】に発射。

 

「──チッ」

 

 銃弾すら通さない筈の【禍理の手】に容易く突き刺さり、半ばまで貫いて勢いを殺すと、残りの『針』をナイとリオンに向けて続けて撃ち込んだ。

 咄嗟に魔力を金属に変換し形成した刀身で逸らすリオンだが、数本弾くも最後の一本が深々と左肩に突き刺さり、彼女は勢い余って倒れ込む。

 

「がっ……!?」

「────」

「どうした、見捨てるのか?」

 

 一瞬視線を向けるも、すぐに琴巳へと顔を戻すナイに、当人が煽るように言う。

『針』の対処を優先し、幾つもの【禍理の手】を盾にしては()()()()()()()()()()()()()ナイは、しかしてニヤリと煽り返すような笑みを浮かべる。

 

「はい勝ち」

「……?」

 

 ナイの言葉に、琴巳が首を傾げ────刹那、ドンッと背中に衝撃が走る。肩越しに後ろを見た彼女は、その衝撃の正体が、無傷の【禍理の手】に触れられていたことだと気づいて驚愕した。

 

「な、に──っ?」

「足元に1本だけ無傷のやつを隠しておいただけさ、魔力の塊である【禍理の手】をいつまでも出しっぱなしにするなんて非効率的だろう? ちゃんと疑問に思うべきだったねぇ、親父殿」

 

 ナイは琴巳と接触させた『手』に術式を浮かび上がらせて、そのまま彼女の体を掴む。

 そして思い切り引っ張ると、彼女の体が『手』に掴まれたまま宙を舞い、その場には姫島琴巳の輪郭を型どった炎のような物質が残る。

 

『針』に貫かれた【禍理の手】だけを解除し、追加の『手』を出して倒れたリオンを傍らまで引っ張るナイは、引き剥がされた琴巳をキャッチして優しく背後に横たわらせると、眼前の炎を観察した。

 

「づ、ぐっ! …………あれが、ヒメの中に居た神格……なんですか?」

「ああ。そしてこれで、()()()()()神格の退散方法が使えなくなったわけだね」

 

 肩の『針』を抜き、懐から血の入ったスキットルを取り出して数口呷るリオンの問いに、ナイは面倒くさそうに言葉を吐き捨てる。

 

「どんな神格が宿ろうと、人間の体を使ってる間の神は人間と同じ殺し方で死ぬ。だから琴巳クンもろとも殺すのが最善手だったのだけれどね、それが出来ないとなると……問題はここからだ」

【「────。なるほど、な」】

 

 炎のように揺らめいている神格が、ぽつりと呟く。その姿は視覚化される程の魔力の塊であり、眼前の光景そのものが、神格の強大さを表していた。

 

【「やはりというべきか。ヒカリもそうだが、琴巳(それ)をオレから引き剥がせばオレだけを殺せる……とでも勘違いしているようだな」】

 

 そう言って、神格は威圧するように魔力を漏らす。たったそれだけの動作でミシリと空間が軋む異様な音を耳にして、リオンが気だるげに言う。

 

「…………これ、勝てます?」

「いや、私たちだけでアレを物理的に滅するのは無理だ。円花……最低でも明暗丞久を連れてこないと間違いなく勝てない。意識と魔力の一部だけ招来させただけとはいえ、()()()だからなぁ」

 

 ──とはいえ。と続けて、ナイはあっけらかんと言葉をこぼした。

 

「まあ、ここまでは想定通りなのだけど」

【「……ん」】

 

 溢れた魔力を呪符に変換していた神格は、不意に()()()に反応して顔を逸らす。顔を向けた先には何も無いが、それでも拭いきれない嫌な予感に従って生成した呪符で『壁』を作った────刹那。

 

 

 

「【韋駄天】」

 

 

 

 そんな声を聞くより早く、脊髄反射で『壁』を形成することに成功する。呪符を束ね、重ね合わせ、強固な壁を作り迎え撃とうとして。

 ──しかし『壁』を障子でも破るかのように呆気なく破壊した何者かが、超高速で駆け抜けると同時に神格の体が真上に撥ね飛ばされる。

 

【「ぬ、ぐ……!?」】

 

 続けざまに、上空に撥ね飛ばされた神格の更に上を取った存在が、ジャラリと鎖を揺らす音を奏で──背中に何かを全力で叩きつける。

 逆再生のように真下に勢いよく落下した神格を尻目に、駆け抜けてきた男が二人がナイとリオンの近くで足を止め、上空に居た人物もまた、空中で体を捻り傍らに着地すると顔を上げた。

 

「……ビックリ人間共がよ」

『うるせー。元はと言えばあんたが俺のこと超高速タックルでボコボコにしたのが原因でしょうが』

 

 男──姫島ヒカリが、そう言って横に立つ女に呆れた顔を見せる。女は面倒くさそうに長い黒髪を揺らし、黒一色の衣服を身に纏い、三節棍を手に()()()でヒカリを横目にボヤく。

 

 黒一色の風貌も相まって色白の肌が目立ち、そして何より、三節棍を握るその手の関節が人形のように丸い。そんな女は、ナイの愉快そうなモノを見るような顔に振り返り小さく笑われる。

 

「その顔と喋り方だと、私より円花っぽいなあ。調子はどうだい、()()()()

『……んー、まあ、そうだな』

 

 ()()()()()()()()()()()となった生き人形──その中に精神を宿し活動している与一は、そう問いかけられて逡巡すると。

 

 

 

『──正直、俺の体より運動性能が高くて驚いてる。絶好調だよ、()()()が重い以外は』

 

 そう言って、ジャラリと軽く三節棍を振って肩に乗せた与一は、円花(ナイ)の顔で獰猛に笑った。




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