とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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よみがえりの舞 5/6

「約一部……あー、胸はなぁ、その辺は慣れだよ慣れ。円花のバストサイズに文句を言ってくれ」

『言い方を考えなさいよ……!!』

 

 姫島ヒカリの攻撃でボロボロになり限界を迎えたこちらの体を使って、ナイは面倒くさそうな顔をしながらそう吐き捨てる。

 

「……桐山さん、駄目ですよ。そういうのは」

『俺が悪いのか……??』

 

 御剣ちゃんですらちょっとセクハラを咎めるような眼差しになっているが、こればかりは事実なんだから仕方ないだろう。本当に重いんだよこれ。比喩でもなく胸にスイカか何かを2つくっつけてるような感覚と重さには、どうしても慣れないのだ。

 

「胸談義してんじゃねえぞ中学生共」

『しとらんわ』

「……で、だ。俺とお前で撥ねて殴ったわけだが、あれで殺せてないと断定するぞ」

『そうなんだよなぁ』

 

 これで戦えてたナイや円花さんって凄いんだなあ、と思いつつ、意識を切り替えて床にめり込んだ神格を見やる。見た目は『琴巳ちゃんの姿をした炎』とでも形容できるのだが、殴った感触は下手な金属より硬かったため、アレで殺せたとは思っていない。

 

「────。よし、俺と桐山与一で相手をする。無貌の神とリオンは琴巳の護衛だ、目を覚ましたらやってもらうことがある」

「ま、予定通りだね。琴巳クンもろとも殺らないなら、どちらにせよ選択肢はこれしかない」

「蛇神、お前も残れ」

『はいはぁい』

 

 短く作戦を纏めた姫島ヒカリの懐から、ヒョコリと蛇神様が現れる。

 彼と一緒に前に出ると、そのタイミングで床にめり込んだ神格がむくりと起き上がり、何事もなかったかのように立ち上がった。やはり無傷か。

 

【「……ふん、敵同士で手を取り合うか。感動的で涙が出るな」】

『いや、俺たちはこのおじさんの尻拭いをさせられてるだけなので勘違いされると困る』

『んぶっふ』

「…………」

 

 三節棍を構えながら、神格の勘違いを正す。横でなんとも言えない顔をされるし、後ろで蛇神様が吹き出してたけど、こちらは徹頭徹尾、最初から琴巳ちゃんだけの味方なので……。

 

【「まあ、貴様らとお遊びに興じるのも悪くはない。そうら、遊び相手を出してやる」】

『わー、うれしー。……やるかぁ』

 

 神格がパチンと指を弾くと、頭上に暗雲が立ち込めるかのように闇が轟き、それがゲートとなってベチャベチャとヘドロのような物体が落ちてくる。

 それらは人間一人分の塊に集まると、次々と人間を真似たナニカへと変貌した。

 

「先ず俺から行くぞ、【韋駄天】」

 

 ヘドロは神格を取り囲むように屋上に溢れ出し、こちらも戦闘の準備を整える。

 果たして開戦の合図は、姫島ヒカリの【韋駄天】による超高速タックルで人型のヘドロがボウリングのピンのように撥ね飛ばされる光景で始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──おちょくられてるなあ。ナイがそんな言葉を漏らしたのを、リオンが耳にした。

 

「おちょくられてる……?」

「どうして、『神格はさっさとこの場から逃げない』んだ? 陽狩(ヒカリ)によって琴巳クンの体に宿されていた間は逃げられなかったとしても、今はもう自由のはずだ。逃げるなりして姿を隠すか、別の誰かに宿ればなんだって出来るだけの力があるんだぞ?」

 

 そう言われて、確かにとリオンも訝しむ。今まさに眼前でヒカリに撥ねられ、与一に殴られている神格には傷一つつけられていない。

 周囲のヘドロも、呆気なく吹き飛ばされては何事も無かったかのように再結合して人型に戻っては吹き飛ばされを繰り返している。

 無駄な行為だ。であるならば、そんな無駄な行為をする理由は、いったい何だというのか。

 

「……だから、おちょくられてる、と言ったんだ。ほぼほぼギミックボスだね。こちらが正解の手を選ぶまで、ああやって遊んでるつもりだ」

「…………なぜ、こんなことを」

「さあね。私が与一クンを愛しているように、親父殿も陽狩を気に入ってるんだろう。どうせ、神の真意なんか図れやしないよ」

 

 カラカラと、乾いた笑い声を小さく響かせる。与一の顔で愉快そうに表情を歪めるナイを僅かに不愉快そうに見ていたリオンは、しかして傍らに横たわる琴巳のうめき声を聞いて顔をそちらに向けた。

 

「…………ぅっ」

「──! ヒメ!」

「……っ、リオン、ちゃん……?」

 

 まばたきをして、ピントを合わせた琴巳が、心配そうに見下ろすリオンを呼ぶ。

 ホッと一息つくリオンに支えられて起き上がった琴巳は、分かっていたかのように、与一の体を使うナイの名前を呼んだ。

 

「ナイ、さん」

「────。ふぅん、神格に支配されていても意識はあったか。蛇神を宿していただけのことはある。なら、状況は理解しているね?」

「はい……私の役目も。蛇神様!」

『……ええ、わかってるわ』

 

 琴巳が声を荒らげる。蛇神は呼ばれるやいなや、琴巳の傍でふわりと浮かび集中して術式を起動。

 すると、一瞬の発光を挟んで、蛇神の姿は、生き人形のモデルに使った()()()()()()()()()まで大きくなり、白髪を揺らして笑みを浮かべた。

 

『じゃーん、まるで双子ね』

「……聞きそびれていたのですが、なぜ生き人形は大きさを変えられるんですか?」

「ん? ああ、簡単な話だ。【ただ人形に変える魔術】を改良して、大きさを可変させる機能を追加した。だから、姫島琴巳(ショゴス)に魔術を使った時に言っただろう? 【人形化 Ver1.5】と」

「なる、ほど」

 

 ──まあ改良したので私じゃないけど。とは口にはしなかったが、ともあれ蛇神と琴巳が横並びになると確かに双子のようだとナイは感嘆する。

 

「今から、念の為に蛇神様にもサポートしてもらって、よみがえりの舞を発動します。アレを倒せないなら、地獄に引きずり込めばいい」

「……ヒメ、それはつまり、貴女の母を生き返らせる……その選択をするんですか」

 

 リオンの言葉に、琴巳は一瞬、ほんの一瞬だけ悔やむように顔を歪めたが。

 

「──いいえ、生き返らせない。アレを地獄に引きずり込んで、そこで魔術を中断させるだけ」

 

 そう言って、視界の奥──ヘドロや神格を相手に高速で駆けるヒカリを、父を見やる。

 

「お父さんのやったことは許されることじゃないし、私も許さない。……でも、それでもやっぱり、分かってしまう所もあるの」

「琴巳クンも、母親を生き返らせること自体に否定的なわけではないのだろう?」

「…………そう、ですね。もし仮に、誰の迷惑も掛けない方法を選んだのなら、きっと私は……お父さんに賛同してしまったかもしれない」

 

 妻に会いたいヒカリと同じように、琴巳もまた、母に会いたかった。死別した親に会えるのなら、多少の外道も容認してしまったかもしれない。

 けれども、実際のヒカリはリオンを痛めつけ、不死の体とはいえ蛇神を殺し、竹田を狙撃して、この場に居ない者たちも巻き込んだ。

 誰かに迷惑を掛けてしまったその瞬間。強いて言うなら、始めから。この父と娘の(つま)への愛は、踏みにじられることが確定していたのだろう。

 

「────では、いきます」

『あなたから始めて、琴巳ちゃん。大丈夫よ、舞そのものは、ずっと前にお母さんから教わったモノが体に染み込んでるはず』

 

 流れ弾の飛来を警戒するナイとリオンを盾にして、蛇神と二人で並んだ琴巳は、緩く何かを握るように拳を作って構える。それを見たナイは、ふと思いついたように言葉を紡いだ。

 

「……さて、舞のためのBGMを用意してやるか。【完全顕現:トルネンブラ】」

 

 ナイがおもむろに左手で印を作り、そう唱えてこの場に神格を招来させる。

 虚空がぐにゃりと歪んだかと思えば、その場に見えない魔力の塊が現れる。それは『命』であり、それでいて『音楽』だった。

 

「あの、なにやってるんですか」

こいつ(トルネンブラ)は親父殿の雇ってる音楽隊みたいなものだから、広義の身内みたいなものだ」

「違うと思うんですけど……」

 

 あっけらかんと言い放つナイに引くリオンを横目に、彼女はトルネンブラに向けて指を弾く。

 

「舞に合う和テイストで頼むよ」

【────】

 

 トルネンブラはナイの命令に従い、返事の代わりに指示通りの音楽で返す。

 複数の和楽器を完全に再現した音を組み合わせ、虚空から屋上へと降り注がせると、琴巳と蛇神は音楽に合わせて体を動かし始めた。

 ゆったりとしながら、力強く。かつて教わった通りの型に沿った動きは、琴巳と蛇神の姿と美貌により優雅な踊りへと昇華される。

 

 そして、二人が手首をスナップを効かせて振った時────シャン、と。ある筈のない、鈴の音が辺りに静かに響き渡り、刹那。

 

「…………!!」

 

 ぞわりと、琴巳と蛇神を除くその場の全員が。与一とヒカリを相手取っていた神格でさえも、背中に怖気が駆け抜ける感覚と共に、明確な死のビジョンを脳裏に過ぎらせ動きを止めた。

 

「っ、これ、は……」

「はは。なるほど、()()()()()()

 

 歯をカチカチと鳴らし、冷や汗を垂らすリオンを横目に、ナイは後ろを振り返らず──否、魂に直接刻み込むような恐怖により振り返りたくないと思ってしまうほどに体を硬直させながら呟く。

 よみがえりの舞、その儀式系魔術の名前を、彼女は今ようやく正しく理解した。

 

 

 

 

 

 ──よみがえりの舞とはすなわち、(よみがえ)りの舞。或いは黄泉還(よみがえ)りの舞と読むのだろう。

 これは、命を対価に命を呼び戻す魔術。人の身でありながら『死』に近づき、己のために『命』操るおぞましい行為なのだ。

 

「……人間の執念ってこわ〜〜〜」

 

 この魔術なら、例え対象が神格であろうと確実に地獄に引きずり込むことが出来ると確信させられる。

 無貌の神(ナイアルラトホテプ)の力の残滓であるナイですら一瞬とはいえ恐怖するのも、仕方のないことだった。




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