とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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よみがえりの舞 6/6

 ──背後から迫る異質な感覚。『死』に直接心臓を握られたかのような、下手を打てばその瞬間に絶命するという確信が脳裏を過る。

 

『うっ、おっ!?』

 

 思わず足を止めて振り返ると、視線の先では琴巳ちゃん──と、蛇神様が例の舞を踊っている。ある種のトランス状態なのか、瞳には光がなく、(みやび)な動きには機械的な精密さが混ざっていた。

 

『あの、これ完成させたら不味いタイプ』

「……直前で中断させれば大丈夫だ」

『おい、あの舞をやるとどうなるかとかちゃんと調べたのか!? こら目を逸らすな!』

 

 すっ、と顔を背ける姫島ヒカリは、逃げるように【韋駄天】で離れてヘドロを蹴散らす作業に入った。ナイが人の体で勝手に完全顕現をしていることも、まあ……今は大目に見るけれども。

 

【「貴様はアレか、苦労している奴だな」】

『分かってくれます? あんたも原因なんだけど』

【「と言いつつ殴るな」】

 

 ──振り返りがてらの一閃。あいも変わらず、神格の体は炎のように揺らめいているのに、三節棍で殴った感触は鋼鉄か何かを錯覚させる。

 ガゴォ!! という鈍い音が顔面から響くが、神格はびくともしていない。

 お返しとばかりに放たれる、先輩の【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】とはまた違う威圧感のドス黒い魔力の刃を弾きつつ距離を取り、改めて口を開く。

 

『……茶番だな。威力が即死レベルだから対応しないといけないだけで、お前自身は別に俺たちを殺したいわけじゃないだろ』

【「────。ふん、なにかオレにも壮大な計画があって、ヒカリの目的すらも計画の一部……という筋書きの方が都合が良かったか?」】

『まあそれはそう』

 

 気だるげにそう言って、神格は姫島ヒカリを横目に一瞥してから、まるでとりあえずポーズだけ取ってるかのようにこちらに魔力を飛ばして、攻撃しながら琴巳ちゃんの姿で言葉を続ける。

 

【「ヒカリがオレを琴巳に宿したとき、当然だが全てを理解した。こいつらの願望と、そして同時に互いに抱いている……あまりにも不器用な感情、これは、オレには無い感情だ」】

『…………怖いから具体的にどういう神格なのかは聞かないでおくけど、要するに人間の親子関係に興味が出たってことでいいのか?』

【「好きに捉えろ」】

 

 

 

 ──め、めんどくせぇ〜〜〜!! 

 

 

 

 という言葉が口を衝いて出なかったのは、恐らく幸運だったことだろう。

 ……とはいえ、この神格をこのまま地獄に落とせば、戦いは終わる。

 姫島ヒカリも琴巳ちゃんも母親には会えないというあんまりな結末は、しかして竹田さん含め色んな人を傷つけた末路としては妥当かもしれない。

 

【「オレが今、一番気にしているのはな、ヒカリが『何』なのかについてだ」】

『……はあ、つまり?』

【「アレは馬鹿なりに苦し(なや)んでいた。その結論は、きっとこの瞬間に完成し、オレもそれを見届けることでようやくここから消えられる」】

 

 呆れている顔と馬鹿な(いとしい)者を見る顔を混ぜたような顔。そんな、人間のような感情を見せる神格は────シャン、という鈴の音を耳にして、口角を歪めて笑うとこちらの背後の琴巳ちゃんを見ながら言った。

 

【「さあ、タイムアップだ。答えを見せろ姫島ヒカリ、貴様は……『何』だ?」】

『────。ッ! 琴巳ちゃんを守れ!!』

 

 反射的に【召喚(コール)】で刀を作り、神格に向けて振り抜く。刀身が神格の首を狙う前に放たれた黒い魔力は、神格と同じくらいの硬さを持ち、触れた刀を逆に粉砕してこちらの体を弾き飛ばす。

 

 そのまま真っすぐ後ろ──琴巳ちゃん目掛けて飛んでいく魔力はより攻撃的に変形し、無数に枝分かれした鹿の角を凶悪にしたような形状へと変わり、前に踏み出したナイと御剣ちゃんが迎え撃つ。

 

 ナイは限界まで【禍理の手】を呼び出し、御剣ちゃんも自身の魔力を金属に変換し、ありったけの質量としてただ黒い魔力にぶつける。

 魔力同士の衝突を【禍理の手】で外側から押さえ込もうとして、尋常ならざる火花が飛び散り、神格の魔力は少しずつ勢いが削げていく。

 

『っ…………行け、るか……!?』

 

 弾き飛ばされたこちらの体が宙を舞い、床に落ちるまでの数秒の出来事が、高まる集中力で引き伸ばされる。無限に続くと思われた鍔迫り合いは、けれども押さえ込まれようとしていた魔力が【禍理の手】も金属も吹き飛ばし、残った部分だけを弾丸のように放って琴巳ちゃんと蛇神様に殺到させる。

 

 もう守る壁が無い。今からでも間に合うだろうかと、左手で印を結んでなんらかの怪物を喚び出そうとしていた──そのとき。

 

【「…………。ハっ、そうするか」】

『──!!』

 

 結果として、魔力の弾丸は二人に届かなかった。それも当然だろう、なぜならこちらには、最強最速の魔術師が居るのだから。

 

「…………今度は、遅れなかったぞ」

 

 ()()()()()()()()姫島ヒカリが、背後で舞を完遂しきり締めのポーズで動きを止めた琴巳ちゃんたちに、優しげな声色で言う。

 そして、神格の足元に赤黒い闇が形成され、【禍理の手】とはまたベクトルの違う禍々しい無数の手が現れるとヤツの全身を掴む。

 

【「ああだこうだと迷走していたクセに、結局お前は、父親だったのか」】

 

 神格が地獄に引きずれ込まれようとしているのと、姫島ヒカリが床に崩れ落ちるのは、同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……お父さん?」

 

 はた、と。舞が終わり、トランス状態から戻ってきた琴巳ちゃんが、眼前で穴だらけになり床に倒れた姫島ヒカリを見下ろす。

 

「…………え、あ、お父、さん」

 

 異常事態が脳を混乱させ、しかして冷静になり、そして娘は、唯一の肉親まで失いそうになっているということに気がついた。

 

「いやっ……お父さん!!」

『御剣ちゃん、止血! 蛇神様も手伝って!』

「ッ、はい!」

 

 御剣ちゃんが部屋着の上に着ていたウインドブレーカーを脱いで、ビリビリに裂いて傷口に押し当てる。魔力の弾丸は殆どが足や胴体に着弾していて、胸から上にはあまり当たっていない。

 

 だが、魔術師が頑丈と言っても限度がある。とにかく止血と連盟組織への連絡、病院への手配……と思考を巡らせていると、ナイが神格の方に歩み寄っていることに気がつきそちらを見やる。

 

【「意外だ、とでも言いたげだな」】

「そりゃあ、まあ。だってほら、あんたは()()()()()じゃないだろう?」

【「…………かもな」】

 

 ズブズブと床へと──否、地獄へと堕ちていく最中、下半身が消えて胴体に差し掛かる神格は、薄く笑いながらナイに言葉を投げかけた。

 

【「オレとて信じられないものだ、ヒカリが娘を庇うと確信していてなおこんな事をした。こんな感情は、抱くはずがなかったのだがな」】

「人の身に宿って、人と触れる。そうして、神格(わたしたち)は気づく。案外、こいつらも悪くないなって」

【「()()()()、か。そうだな」】

 

 どこか合点がいったような、憑き物が晴れたかのような、そんな顔をして、神格は続ける。

 

【「案外、悪くない。ようやくたどり着いた答えを持って、オレは死ぬ。……お笑いだろう、馬鹿息子。白痴の魔王が死ぬときた」】

「────」

【「()()()()()()()()()白痴の魔王には、こんな感情は無い。こんな経験も絶対に行えない。この経験は、感情は……この『死』は、オレだけの物だ」】

 

 そんな言葉を最後に、神格の体は沈む。頭の先まで沈みきり、赤黒い闇は消え去り、役目を終えたかのように頭上の『音楽(トルネンブラ)』も消える。

 

 あとに残されたのは、死にかけている姫島ヒカリに呼びかける琴巳ちゃんの悲鳴と、屋上に吹き付ける風のみ。神格が居た場所をぼんやりと眺めていたナイは、思い出したかのようにこちらへと向き直った。

 

「与一クン、私が陽狩を病院に運ぶ。そっちの魔力でビヤーキーを顕現させてくれ。それから精神を入れ替え直すぞ。人形の体の方が急げる」

『わかった、【完全顕現:ビヤーキー】』

 

 ナイの指示に従って、左手で印を結んで怪物──ハスターの眷属ことビヤーキーを喚び出す。それからこちらのバッグから竹田さんの荷物を取り出し、中からイス人の精神交換装置を引っ張り出して装着。

 

「……わかっているだろうけれど、元に戻ったらキミはぶっ倒れるぞ」

『覚悟の上だ、急げ!』

 

 こちらの体は限界だった。それをナイとの精神交換で戦力の低下を補ったわけだが、ならばこの戦いで更に疲弊した体に戻ればどうなるか。

 ……それを分かったうえで、ナイを急かして精神を改めて交換する。

 

 視界と意識、そして人形の体には無かった激痛が戻り、ナイもまた姫島ヒカリをビヤーキーに乗せて自身も搭乗すると、彼の体に防護するための魔術を起動して特有の能力を行使させた。

 

 ビヤーキーの『光速の400倍で飛行できる』という力を用いて、ナイと姫島ヒカリはこの場から姿を消す。衝撃やらはナイが防護できるし、ナイ自身は生き人形ボディだから気にしなくていい。

 だから精神を入れ替え直して、彼女に任せた……のだけど、問題はここからか。

 

 

 

「……ああ、くそ、手短に行こう。御剣ちゃん、連盟組織と組織所属の病院に連絡しておいて。俺は今から気絶してしばらく目を覚まさないから」

「あっ、は、はい」

「……えー、あとはそうだ、琴巳ちゃん」

「なん、ですか……?」

 

 床に座って姫島ヒカリの止血を手伝っていた琴巳ちゃんの傍らに座り、痛みと疲労、魔力の使いすぎが重なって視界に星がチカチカと明滅しながらも、せめて気絶する前にと……言葉を絞り出す。

 

「…………無事で良かった、お母さんを生き返らせられなくてごめん、お父さんをボコってごめん、舞が綺麗だった、あと……あー、そうだな……」

 

 グワングワンと頭の中が揺れる感覚。今自分が何言ってるかもあやふやになってきた。気絶秒読みのなかで、えー、何を、言うべきだったか。

 

 …………そう。

 

「────おかえり」

 

 まず最初に、これを、言うべきだった。

 

 それから必死に我慢していた体が前のめりに倒れ、ぽすんと柔らかいものにぶつかる。

 柔らかくて、暖かくて。この感覚を、どこかで経験したことがあったような、と。

 

 そこまで考えていた思考は、コンセントを引っこ抜いたゲーム機のように、ブチンと途切れた。

 

 

 

「……与一さん、与一、さん……」

 

 ──前のめりに倒れた与一の体を受け止めて、かつて温泉宿跡地でやったように、琴巳は優しくも力強く、ぎゅうっと抱きしめた。

 

 父との確執を打ち壊し、攫われた自身をボロボロになりながらも助けに来た。そんな青年を前に、熱い感情が涙となって溢れ出る。

 

「リオンちゃん、蛇神様、与一さん。ありがとう、ございました……っ」

 

 果たしてこの日を堺に白痴教が事実上の崩壊を辿り、小さくも凄まじかった戦いは幕を閉じる。

 探偵・桐山与一が意識を取り戻すのは、この一件から三日後の昼だった。

 

 

 

 

 

『続』




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