とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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祭りのあと 1/5

 ──深い闇に沈んでいた意識が浮上する感覚。ゆっくりとまぶたを開けると、視界に入ったのは見慣れた自室の天井だった。

 

「…………ぅ、ぉ、ぁ〜っ」

 

 声を出そうとするが、口の中が乾いていて声が出ない。しかし不思議と体に痛みが無く、むしろ熟睡して疲労が全て抜けきった翌日かのように好調で、あっさりと上体を起こしてベッドから降りられる。

 

「……ん?」

 

 出ようとしてベッドの布団を捲ったとき、ふと匂いが香る。なんの匂い……いや、()()()()だ? 少なくとも真冬じゃないのは確かだ。

 

「…………が、ぉ、ぁら、ぃ」

 

 まあそれはともかく、顔を洗いに行きたかったけど、先に水分かなこれ。

 冷蔵庫に経口補水液のストック残ってたっけ……と思いながらドアを開けようとすると、先に誰かが開けて中に入ろうとしてきた。

 

「──うおっ!? 与一……起きたの?」

「…………ま、ぅ、ゅ」

「ああ、喉カラッカラか。ちょい待ち水取ってくるから……スポドリのがいい?」

「…………ん」

 

 水かどちらかと言われたらスポーツドリンクだろうか。後者に頷くと、部屋から出ようとして鉢合わせた少女──真冬は踵を返して台所に向かう。

 

「ほら、むせないでよ」

「……んぃ」

 

 少しして戻ってきた真冬からスポーツドリンクを受け取り、500mlのそれを飲み干して、一息ついて深呼吸を挟んでから、ノールックでペットボトル用のゴミ箱に投げ入れて体を伸ばす。

 

「ふぃ〜……体が固まってるなぁ」

「そりゃそうでしょ、三日も寝てたんだから」

「────。えっ?」

「ほら、あんたのスマホ」

 

 そう言って、真冬が事務所の所長用デスクに置かれていた携帯をこちらに投げ渡す。

 確認のために画面をつけて…………ロック画面いっぱいに、鼻提灯を膨らませながら爆睡してる結月の顔が写る。面白がって撮ったやつだっけ、そろそろ変えなきゃな……と、それはそれとして。

 

「あ、ほんとだ」

 

 改めて日時を確認すると、確かにあの戦いから三日後だった。もうそんなに経ってるのか。

 

「あれから、何がどうなったんだ」

「その辺の情報は葉子さんが纏めてたから、確認したほうがいいんじゃない?」

「そうするか……当の本人は?」

「琴巳と一緒に昼飯買いに行った」

 

 さらりとそう言って、真冬はドカッとソファに腰掛ける。へー、琴巳ちゃんが。

 

「……琴巳ちゃんが来てるの?」

「来てるっつーか、リオンがボロボロの与一を担いで帰ってきて、琴巳が治療のためにずっと寝泊まりしてた……って感じ」

「なる、ほど、ねぇ」

 

 帰ってきたら、お礼を言わないとなあ。……と、それまでに資料の確認だけしておこう。……いやその前に洗面台か。顔洗いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 ──洗顔とついでに歯磨きも済ませ、早速とデスクのPCを起動して中の資料を広げる。

 白痴教との……そして姫島ヒカリとの戦いの裏で、誰が何をして、誰と戦いどうなったのかを纏められた情報を読み込む。

 

「──そうか、アビゲイルは太陽さん預かりになったか。……秋山さんが細波青井を回収したのは予想外だったけど、こっちの陣営は誰も死んでないならまあ、想定の範囲内ってとこだね」

「そっちで何があったかはナイとリオンから聞いたけど、こっちはこっちで大変だったんだからな……海水やら深き者(ディープワン)やらの所為でみんな纏めて全身が磯臭くなるし、魔力切れでぶっ倒れるし」

「そっかあ」

 

 などと不機嫌そうに返す真冬だが、これでこちらが「俺も超高速タックルでボコボコにされてさぁ」と返しても単なる不幸自慢対決が始まるので、テキトーに相槌を返すだけに留めておく。

 

 ……しかし、幹部は軒並み居なくなりトップも消えたとなれば、白痴教は解体されるだろうなぁ。別に同情はしないけど、と思案していたら、ふと玄関の方で扉を開ける音が聞こえてくる。

 

「──ただいま戻りました〜」

「真冬ちゃん、与一くんの様子は…………」

「おかえりなさーい」

 

 バーガーショップの紙袋が入ったレジ袋を手に帰ってきた二人に挨拶をする。

 琴巳ちゃんと葉子さんは、普通に起きているこちらを二度見してからポカンとしていた。

 

「与一、さん?」

「おはよう……って時間でもないか、体を治してくれたんだって? ありがとう、琴巳ちゃん」

「与一さん……よかった、昨日で全部治ったのに起きないから心配したんですよ!?」

「あ、そうなの?」

 

 袋をテーブルに置いた琴巳ちゃんが、立ち上がってデスクの前に出たこちらにそう言って駆け寄る。こちらを見上げる彼女の頬に片手を伸ばしてむにむにとつまむと、その手を掴んで涙を滲ませた。

 

「もう、無茶はしないでくださいね」

「大丈夫、しないよ」

 

 空いた手で琴巳ちゃんの頭を撫でてあげながら、なるべく優しく返す。……が、後ろで会話を聞いていた二人が、怪しむようにジトッと見てくる。

 

「その『いやお前は絶対無茶するだろ』みたいな眼差しはやめてくれないか」

「自分の事を良く分かってるじゃないですか」

「どうせ来月辺りにまた女の為に無茶やらかすんだろ、騙されんぞ」

「なんで女性に限定するんだよ……」

 

 上着を脱いでラックに掛ける葉子さんと、既に中身を開けてポテトを食べる真冬にそう言われる。言い返せない部分はあるけれども、こっちだってしたくて無茶してるわけじゃないんだからな……。

 

 

 

 

 

 ──と。ひとまず空っぽの胃に物を入れるために昼食を摂ることになり、琴巳ちゃんの分のハンバーガーを受け取って中身を齧る。

 

「これ、俺がもらってよかったの?」

「はい。とりあえずでセットを3つ買っただけで、お腹も空いてませんから」

「まだ与一が起きてこなくても、余るようならあたしか結月が食うしな」

 

 テーブルの上に開いた紙袋に3人分のポテトを広げた真冬が、2〜3本まとめてつまんで口に放り込む。こちらもハンバーガーをさっさと食べて、口の中を洗うために冷蔵庫から無糖の炭酸水を取ってくる。

 

「……うん、やっぱりたまに食べる分には美味いんだよなぁ。頻繁には食べたくないけど」

「あんたももう歳か」

「まだ22……今年で23だよ」

 

 ……そろそろ、気をつけてないと不摂生がダイレクトに響き始める頃だろうか。

 20代前半まではなんともないけど後半から急に()()ってよく聞くし……とかなんとか考えていると、足元の影からのそりと黒い人影が現れる。

 

【────ぉあようございまぁ〜す】

「お。雅灯さんも起きてきた」

 

 雅灯さんはヘリウムを注入した風船のように頭上に浮かび、欠伸を漏らしながら半開きの目で辺りを見回す。それから後ろに回り込んで、頭に自身の上半身を乗せるように寄りかかってきた。

 

【おやハンバーガーですか、ジャンクですねぇ〜。私も死ぬ少し前に食べたことあるけど半分残しましたよ、26で油がキツくなるとは思わなくて】

「こんな悲しい記憶ある?」

 

 さしもの真冬ですら思わずこう言ってしまう生前の記憶。雅灯さんは人の頭に柔らかい感触を押し当てながら葉子さんを見ると、考えるように唸る。

 

【葉子ちゃんが、確か今年で25……? でしたっけ。気をつけたほうがいいわよん】

「怖いこと言わないでくださいよ……」

 

 反射的にお腹を押さえる葉子さんは、苦笑しながら雅灯さんに言葉を返す。

 そうしてやいのやいのと盛り上がりながら食事を済ませると、ウエットティッシュで指の油を拭う琴巳ちゃんがこちらに声をかけてきた。

 

「あの、与一さん」

「どうかした?」

「……実はこのあと、お父さんのお見舞いに行く予定なんです。病院にリオンちゃんと待ち合わせてるんですが、良ければ来てくれませんか?」

 

 しおらしく言う琴巳ちゃんに、一瞬だけ返答で詰まり、ほぼ無意識に「あ、生きてたんだ?」と言いそうになった口をガチッと閉じる。

 

「────。…………。あぁ〜〜……」

【いま、「生きてたんだ」って言おうとして必死に言葉を呑み込みましたね】

「雅灯さん、ハウス」

【ワンッ】

 

 やれやれ、とでも言いたげな顔で影に引っ込む雅灯さんを余所に会話を続ける。

 ──話を聞くに、どうやら起きたのは昨日だけど、こちらの治療を優先して行かなかったらしい。

 

「行かなかったというか、まあ……行きたくなかった、が正しいですね。まだ……ちょっと、気まずい……と言いますか……」

「そりゃ、自分を誘拐しやがった奴なんかより与一を治す方が重要だもんなぁ。──つーかなに、あんたら揃って死にかけてたの?」

 

 ソファにぐでぇっと寄りかかる真冬の方を見て、言われてみれば確かにと脳裏で呆れる。

 

「俺は姫島ヒカリにアクセル全開トラック並の威力でタックルされてこうなったけど、あっちはあっちで……スイスチーズになったから……」

「良くそれで生きてましたね……!?」

「ほんとですねぇ。俺の方は頑丈に産んでくれた両親に感謝してますよ」

 

 少なくとも、父さんは【強化】が得意な魔術師だったことは確かだから、それが遺伝してるならまあ……自分でも頑丈なことに納得はいく。

 驚く葉子さんに答えつつ、こちらも早速と出かける準備するべく立ち上がる。

 

「じゃ、外着に着替えてくるから待ってて」

「……! ありがとうございます!」

「──あっ。あたしも太陽さんとこ行かなきゃいけないんだった」

「太陽さん? なんで?」

「いや、今ちょっと、生き人形組が太陽さんの家に集合してるから」

「なんで……???」

 

 思い出したように同じく立ち上がる真冬が、あっけらかんと口にする。結月やソフィアどころかナイすら見てないからどこ行ったのかと思ったら……なにやってんだあいつらは。

 

「白痴教と例の姫島ヒカリとやら関連で連盟組織もごたついてるし、あんたはぶっ倒れて起きないし、大学はアビゲイルと妖刀ブンブン丸が暴れて休校だしで、蛇神とかナイとか含めて面倒なのを預かれる人がちょうど暇してる太陽さんだけだったのよ」

「……俺に言われたくないセリフだろうけど、あの人も苦労人だよなぁ」

 

 お互い、不運にも丞久先輩に関わってしまったがばかりにこんなことに。

 まあ、なっちゃったからにはもう……ね、なるようにしかならないからね。

 

「なら俺と琴巳ちゃんは病院、真冬は太陽さんちか。葉子さんはどうします?」

「私はお留守番してますよ。急な来客があるかもしれないし、何かあったら連絡しますから」

「そうですか。じゃあお願いしますね」

 

 それでは各自準備を──と動こうとしたそのとき、不意に携帯が着信を知らせる。

 

「……おっと、噂をすればなんとやら」

 

 

 

 携帯の画面には、つい先程話題に出た人物────『太陽さん』の表示が映っていた。




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