とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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黒山羊ユニバーシティ 2/7

「ぐへぇあ」

 

 バキバキバキ! という枝が折れる音が連続して響き、遅れてどしゃりと地面に大きな物体──丞久と抱き抱えられた女性が落ちてくる。

 

「ぐっ、おぉおっ」

「おい! 大丈夫か?」

「問題、ねえ、受け身取った」

「言うほど取れてなかったけどな」

 

 地面に転がる丞久は、むくりと起き上がると腕の中で気絶した女性を見下ろす。

 駆け寄ってきた太陽が同じように覗き込むと、女性の怪我は葉っぱと枝で肌を少し擦った程度で、命に別状は無いように見えた。

 

「太陽、この人を医務室に……」

「お、おう、わかった」

 

 落下の衝撃が思ったよりも強かったのか、事前に張った障壁を貫通した腹部への痛みを我慢しつつ、丞久は女性を太陽に任せた。

 お姫様抱っこで抱えあげた太陽が走って行くのを見送って、傍らに置かれていたコートを着直して竹刀袋を背負い、軽く体の土埃を払う。

 

「……怪物退治したり教団と秘密結社を潰して回ってた昔の方が楽だったのなんかのバグだろ」

 

 そんな丞久のぼやきは、周りの人達には聞こえていない。探偵を始めて1年しか経過していない彼女にとって、人助けというのは、ただ暴力を振るうよりも難しいものであった。

 

 

 

 

 

 ──水角大学の医務室にて、並んだベッドの一つに寝かされている女性を、夏木小梅と太陽が観察し、そしてあとから合流した丞久が養護教諭の診察を眺めている。

 

「センセ、容態は?」

「ん? ……おお、これはこれは、こんな所に来られるとはありがたやありがたや……」

「爺さーん、私のこと拝んでないで。それ人によっちゃあ戦争起きるやつだから」

 

 軽く小突けばそのまま昇天してしまいそうな老人は、声をかけてきた丞久を見るや両手を擦り合わせて拝み出した。その行動に疑問符を浮かべる小梅と太陽を横目に、咳払いをして聞き直す。

 

「それで、容態は」

「命に別状はないのう。ただ、体は健康そのものなのにどことなく栄養不足のように眠っておる。まるで──()()()()()()()()()()ようにも見える……なにがあったんじゃ?」

「それはこの人が起きてから聞く。どのくらいで起きるか分かりそうか?」

「早ければ一時間もせずに起きるじゃろ」

 

 ほっほっほ、と言いながら、老人──養護教諭は白衣を揺らして机の方に向かった。

 

「……お前なんで拝まれたんだ?」

「知るか」

 

 太陽の問いに短く返す丞久だったが、拝まれた理由には察しがついている。魔術などに精通していなくとも、感覚の鋭い人間とは往々にして存在する。老人の養護教諭もその類いなのだろう。

 

「まさか、こんなことが起きるなんて」

「敵もそれだけ本気ってことでしょう…………それにしても」

 

 自分の中の神格(ハスター)という地雷に辟易しながらも、眠っている女性を心配そうに見守る小梅を横目に、丞久はふと考え込む。

 

「うーん、んん~?」

「どうした」

「なんかこう、既視感がある」

「既視感?」

「だいぶ前に……どっかで似たような事件が……あったような気がする」

 

 丞久の記憶の片隅に微かに引っ掛かる違和感。大学、生徒の自殺、儀式。それらのワードに、どことなくデジャヴを感じていた。

 

「……過去の事件を模倣している、と?」

「──その可能性はありますね。どちらにせよ、問題はここから。『贄の自死』を阻止された犯人がそれでも計画を続行するのか、はたまた計画を練り直すのか……ああ、太陽」

「おん?」

 

 小梅の呟きに答える丞久は、思い出したように太陽に顔を向けて問い掛ける。

 

「さっき言っといたでしょ。怪しい奴が居ないか周り見といてって」

「あー、一応ざっと見回してみたけど特に怪しいやつは居なかったぞ」

「ふうん。懸念が一つ減ったな」

「どういう意味だ?」

「少なくともあの野次馬の中に犯人は居ない」

「安直すぎねえか?」

 

 呆れたような顔の太陽だが、丞久は頭を振って静かに言葉を続けた。

 

「怪しい奴ってのは、大雑把に分けて『見るからに怪しい』か、『何かを隠してる姿が怪しい』かのどちらかだ。当然だけど、前者も後者も究極的にはなんとなく見てりゃあわかる」

「……まあ、確かに?」

()()()()()()()()()()()()()、ってときに殆どの人間が上を見上げているなかで太陽が周りを見ていたなら、生徒や教員が怪しい動きをすれば気づくはずだろ?」

「まあ確かにpart2」

「真面目に聞け。つまりだな──」

「──明暗さん! 彼女が目を!」

「……ん。そりゃよかった」

 

 声を荒らげた小梅の方に顔を向けて会話を切り上げた丞久と太陽が、気だるげに起き上がる女性の姿を視界に納める。

 熟睡から覚めた時のように目をしょぼしょぼさせる女性は、ピントが合って最初に飛び込んできた真正面の丞久の顔に疑問符を浮かべた。

 

「…………誰?」

「命の恩人」

「?????」

「覚えてねえのか」

「な、何を?」

 

 短く返した丞久に更に疑問符を増やす女性は、太陽の言葉に首をかしげる。

 

「貴女は──梅宮さん、よね。私は英語教員の夏木なのだけどわかるかしら。こっちは息子の太陽で、こちらは……探偵の明暗丞久さん」

「あっ夏木先生……と、太陽くん」

「……ああ、お前梅宮か。アレだな、母さんと同じ名前の『梅』繋がりじゃんってちょっと盛り上がったことあった気がする」

「ここでは先生と呼びなさい」

 

 やいのやいのと声が飛び交う光景を前に、丞久は苦笑を浮かべながら呟いた。

 

「すげぇ疎外感」

「おいおい、梅宮が注目しようとしないから探偵が拗ねちゃったぞ」

「ごめんなさい……?」

「拗ねてないわ。……で、梅宮さんだっけ。自分がどこで何やってここに居るのかについては、どの辺まで記憶に残ってる?」

「えっ? 確か、普通に大学に来て……それから…………えーっと、あれ?」

 

 丞久の問いに、女性は困惑する。

 それもそうだろう、なぜならば、どれだけ頭を悩ませても何も思い出せないのだから。

 

「落ち着いて聞いてほしいんだけど、あんたはさっき自殺しようとした」

「────」

「それでだな、失礼を承知で一個だけ聞かせてほしいんだけど」

 

 矢継ぎ早に女性──梅宮へと言葉を投げ掛ける丞久だが、一拍間を空けてあっけらかんと問い掛ける。それは、彼女が胸の内に秘めようとした、ある感情をさらりと暴き出すのだった。

 

()()()()()()()()()()()()()、っていう使命感のようなものに突き動かされなかったか?」

 

 

 

 

 

 

 

「──精神干渉?」

「そ。魔術のカテゴリの一つの頭に干渉するタイプは結構バリエーション豊かでなあ、記憶を消す・思い出せなくする・思い出させる・認識を変える・命令通りに動くようにする……とか」

 

 それは翌日の会話。前回の騒動と近しい時間帯にパトロールを兼ねて校舎の周りを歩く丞久は、太陽にそういって解説をする。

 

「この騒動でも精神干渉で頭を弄られてるんだろうな。例えば『これを触ると魔力を吸われて死ぬほどダルくなります』って本を渡されたとするだろ? 当然そんなのには触りたくない」

「それはそう」

「で、精神干渉で抵抗できなくさせる。そして魔力を吸われ尽くした人間には自殺()()()()()()()()という使命感を植え付ければいい」

「なるほどね。昨日梅宮にいきなり変なこと聞いたなと思ったが、つまりあいつは自殺『しようとした』んじゃなくて『させられた』のか」

 

 太陽が合点のいった顔で頷き、けれども湧いてくる疑問を口にした。

 

「丞久お前、もしかして犯人の目的と犯行手段を全部わかってるのか?」

「『なにか』を招来させるための魔力集め兼証拠隠滅、ってのはわりとよくあるんだよ。まあ私なら、デコイもかねて初日に大量の人間を狙ってあちこちで別々の方法で死なせるけど」

「今回の犯人より思考が邪悪じゃねえか」

「いいか? 魔術師(わたしたち)に道徳倫理を期待するな」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で丞久は言う。なぜなら、『大量の自殺騒動すら囮』という今の発想は、既にやられたことがあるからだ。

 すなわち逆に言えば、今回の件はどことなく規模が小さく、この時点で個人の犯行かと疑う丞久のテンションは下がりつつある。

 

黄衣の王(ハスター)】をフル活用して鼻血と血涙を垂れ流しながら街中を駆けずり回った事すらあったなあ、などと脳裏で独りごちると、おもむろにざわざわと吹いた風に混じって、遠くからの誰かの声を聞く。

 

「……なんか聞こえる」

「そうか?」

「向こうからだな……先に行く」

「は? おい──速すぎんだろあいつ」

 

 追いかける間も与えられず、太陽は既にゴマ粒ほどの大きさになった丞久の影を見送った。

 

 

 

 

 

 ──声の方に走る丞久の耳は、それから少しして慌てているような声を拾う。

 

「──だっ、誰か! 早く来てくれ!」

「……時間帯もドンピシャか」

 

 駆けつけた先に居たのは、清涼感のある青い制服を着た警備員の男性。そんな彼は、傍らの木の太い枝に結んだロープで首を吊っている生徒の下半身を、必死の形相で抱え上げていた。




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