とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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祭りのあと 2/5

「あい、もしもし〜」

【────。本人が出たってことは意識が戻ったんだな、いま大丈夫か?】

「平気ですよ」

 

 掛かってきた着信に出ると、そんな風に心配を交えた声が耳に届く。恐らくこちらの人間関係の中でも上位に位置する常識人──夏木太陽さんが、一拍置いて更に言葉を続けてきた。

 

【起きてるならちょうど良い、お前に見せたいもの……と、渡したいものがあってな】

「そう、ですか。……ちょっと用事が入ってるので、そっちが終わってからでもいいですか?」

【用事?】

「怪我人の見舞いに」

【どう考えてもそっちのが重要じゃねえか!? こっちは後でいいから、行ってこい行ってこい】

「うい、真冬も今からそっちに行くみたいなんで、こっちの用事が終わったら連絡しますね」

【おう】

 

 そこで、太陽さんからの電話はプツリと途切れる。すごい……なんてマトモな人なんだ……! 

 ごく普通の対応に感動しながらも、二人には先に外に出てもらってさっさと着替える。

 

「葉子さん、何かあったら電話ください」

「はい。みなさんもお気をつけて」

 

 上着を羽織ってバッグを肩に提げ、いつもの格好になって自室を出てから葉子さんに一言伝える。

 それから玄関から外に出て一階に降りると、ガレージの前で真冬と琴巳ちゃんが待っていた。

 

「お待ちど〜う」

「んじゃ、あたしは先に太陽さんの家に行ってるわ。結月が調子こいてたら〆ないといけないし」

「さいで」

 

 合鍵でガレージの鍵を開けて、ガラガラとシャッターを上げる真冬は、もう何台目かも数えるのがバカらしくなってきた新車の横に置かれた自転車を引っ張り出してくるとそれに跨がる。

 

「あんたらは何で行くの」

「んー……バイクで行こうかな」

「バイク? 持ってたっけ?」

「免許はね。私物は無いけど、連盟組織の方で()()してあるから──」

「登録? ……おいまさか」

「そのまさか。【召喚(コール)】」

 

 言葉を区切り、魔術を起動する。何かを察したように口角をひくつかせる真冬と、キョトンとしている琴巳ちゃんの眼の前で、お察しの通りに虚空からバイクが現れ地面にタイヤが接地した。

 

「おぉ……凄い、ですね」

「もうなんでもありじゃねえか」

「凄いよね。飲食物以外はだいたいなんでも複製できるんだから、禁術指定されてもおかしくない」

 

 ついでにヘルメットも【召喚(コール)】で2つ複製し、片方を琴巳ちゃんに手渡す。

 ……自分でやっておいてなんだけど、これ、理論上は魔力さえ足りていれば自力でジャンボジェット機も作れるんだよな……? 

 

 ──いや、よそう。こういうこと言ってると円花さんとか丞久先輩が悪用する。

 

「…………。ん? あれ?」

「与一さん?」

「なんだ急に」

 

 などと考えていたとき、ふと疑問が湧いて出た。琴巳ちゃんの方を見やり、質問を投げかける。

 

「最初に聞くべきだったな。……琴巳ちゃん、キミは()()()()()()()()()()んだ?」

「────。え、っと」

 

 突然の質問に、琴巳ちゃんは言葉を詰まらせる。怪我を治した。この時点でおかしいのだ。

 

「それって変なことなの?」

「変なんだよ。基本的に、回復魔術……なんて便利なモノは無いんだ。だって、あったら俺はボロボロになって三日も意識を失ってないんだから」

「なんつう悲しい証拠なんだ」

 

 こっちだってこんな悲しい状況証拠は出したくなかったよ。ともあれ、当然の疑問を前に、質問された琴巳ちゃんだが────

 

「……えっ、と。その…………ぅ」

「あの、琴巳ちゃん? 大丈夫?」

 

 ──彼女はこちらを見ながら顔を真っ赤にして、着ているコートの襟で口許を隠していた。

 視線を右往左往させ、琴巳ちゃんは意を決したようにぽつぽつと口を開く。

 

「…………姫島家には、ですね、相伝の儀式系魔術がありまして……その中の一つに、怪我を癒やす魔術が、あるんですが……」

 

 顔が赤いままチラチラとこちらに視線を向ける琴巳ちゃんの様子が変なのは見るからに明らかで、なんとなく真冬を見るが、肩を竦められる。

 

「何をしてたかとか知らないの?」

「うんにゃ。『私が戻るまで部屋に入らないでください』とか鶴の恩返しみたいなこと言われてたから、中で何してたかはなんも知らん」

「そっかあ」

 

 視線を琴巳ちゃんに戻すと、彼女は潤んだ瞳で見上げてきながら、絞り出すような声で言った。

 

「……な、何をしてたかは、聞かないでもらえると……助かります……」

「────」

 

 そこで、自室にあった()()を思い出す。布団の中と体に付いていた匂いは、どことなく琴巳ちゃんのものと同じように感じるのだ。

 恥ずかしがる琴巳ちゃん、布団と体の匂い、部屋に入るなという指示…………これらから導き出される答えは、たった一つ……! 

 

「──ははぁん、俺は腹を切ればいいんだな?」

「全然違いますよ!?」

「……だいたい察した。にしたって思考が『ケジメつけなきゃ』に至るまでが早すぎるだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──バイクを停めて二人で降り、人目につかないうちに魔力に分解するようにして消す。

 撃たれた竹田さんを搬送して以来の病院は、連盟組織の息が掛かっているため、素性を明かせばある程度の手続きはすっ飛ばせるため、案内通りの階にエレベーターで向かって廊下に躍り出る。

 

「……あ、桐山さん、ヒメ。こっちです」

「おー、御剣ちゃん。なんか久しぶり?」

「三日ぶりですね。ご無事でなによりです」

 

 見慣れたウインドブレーカーで体格を隠すような少女──御剣リオン。

 彼女は廊下のベンチから立ち上がり、件の人物の病室に案内すると、廊下を曲がって……歩いて……更に奥へと向かった最奥に連れて行かれる。

 

「いや長いな!?」

「リオンちゃん? どこまで歩くの?」

「すみません、相手が相手だからと厳重に警戒されているので……」

 

 まあそれはそう。しかし、あの穴空きチーズ状態だった姫島ヒカリが生きてるってことは……特例でヨグ=ソトースの部分顕現で最低限の時間だけ巻き戻して、『ほぼ死んでる』状態から『治療すれば峠は越える』状態に持っていった……とかかな。

 完全に傷を消したら逃げられるだろうし、半端な所で止めて病室に閉じ込めるのは当然の判断と言える。当事者がこちらでも同じ事をやったはずだ。

 

「ところで、桐山さんが起きられたということは、ヒメの魔術は成功したんですね。なんでしたっけ……怪我人と同きむぐぉあ」

「み、御剣ちゃーん!?」

 

 こちらに振り返りながら問いかけてきた御剣ちゃんだったが、横合いから放たれた札が口許に2枚貼り付いてバツ印を作る。

『✕』に重なった札の表面には、一文字だけ『黙』と書かれていた。

 

「んぐ、もごっ、────!?」

「その話題は……NGだから……!!」

「……! ……!」

 

 札を放った張本人──琴巳ちゃんが、右手の人差し指と中指だけを伸ばす印を結びながらそう言って、御剣ちゃんも肯定するように首を振る。……この技、あの神格が使ってなかったか……? 

 

「琴巳ちゃん、その技使えるようになったの? 確か……精神系具現能力? だっけ」

「『解』……はい。神格に乗っ取られていた所為か、あれからこの力が使えるようになったり魔力が増えたりで、今は辞書で語彙の勉強中です」

 

 パラリと剥がれた札が空中で魔力状に分解されて消え、喋れるようになった御剣ちゃんが、小さくため息をついてから口を開いた。

 

「むぐ……はぁ。こちらです、二人共」

「と、ここか」

 

 指の腹で唇をさする御剣ちゃんに改めて案内されて、廊下の一番奥の部屋にたどり着く。

 けれども扉や周囲の壁には、これでもかと術式の書き込まれた呪符が貼り付けられていた。

 

「なにこの…………なに?」

「リオンちゃん、事故物件と間違えてる?」

「最初は僕も同じことを思いましたけど、合ってますよ。ここが園崎さんの病室です」

「この術式……魔術の発動を阻害する、のかな。姫島ヒカリの【韋駄天】と、ヨグ=ソトースの部分顕現による怪我の巻き戻し対策か」

 

 そう言いながら、軽く引き気味の琴巳ちゃんと御剣ちゃんを後ろに下がらせ、代表してノックを数回挟んでから扉を開く。

 ガラリと開けられた室内は窓のカーテンが閉め切られ、薄暗くなっている。

 

「……ちゃんと生きてる?」

「────。生憎、な」

 

 カチリと音がして、それから部屋が明るくなる。声は壁際に置かれたベッドの上から聞こえ、そして──そのベッドの上半分を持ち上げて上半身を起こしている人物が、こちらを見据えていた。

 

「なんか……萎びてるな」

「全身大穴空いて手術して、加えて飯も食えずに点滴のみなんだからな。この数日で、いったい何キロ落ちたのかもわからねえよ」

 

 デパートで人のことを散々撥ね飛ばしてくれたあの魔術師が、姫島ヒカリが。病衣に身を包んで、どことなく窶れた姿で現れた。

 こうも哀れな姿を──あの戦いの末路を見ると、もはや皮肉を投げつける気すら起きないな。

 

 そう思案していたところ、後ろ手にこちらのコートの背中側を掴みながら、琴巳ちゃんが姫島ヒカリと顔を合わせておずおずと言う。

 

「…………お父、さん」

「ああ」

「……その、大丈夫、なの?」

「……まあ、問題ない。自然治癒任せだから長引くが、傷はいずれ塞がる」

「そっか。それは、よかった……」

 

 ────き、気まず〜〜〜。人のことを壁にして会話するのやめてほしい。

 とはいえ、親子の歩み寄りの一助になれているのなら……やぶさかではないが。

 

「そういえば、連盟組織はこの人のことを探してるんじゃなかったか?」

「あぁ……あれは、ですね。思い違いの重なりによる勘違いと言いますか、恐らく桐山さんが思ってるような事態ではないんです」

「そうなの? なんだ、てっきり……姫島ヒカリをとっ捕まえて死刑にでもしたがってるのかと」

「俺もそのつもりだったんだが」

「えぇ!?」

 

 物騒なワードが飛び出て琴巳ちゃんがギョッとしているのを横目に、御剣ちゃんが頭を振って否定しながら言葉を続ける。

 

「捕まえて死刑にしたがっていたのは、昔居た……いわゆる過激派で、ここ数年の間に園崎さんを探していたのはむしろその逆です」

「もう過激派は居ないんだ?」

「以前、明暗丞久と春夏秋冬円花が暴れまして」

「その一文で全部察せるの、なんなんだろう」

 

 げんなりした顔で言う御剣ちゃん曰く、当時あの二人がコンビを組んでいたとき、連盟組織内に潜んでいた過激派を撲滅したらしい。

 ある者は直感で殴られ、ある者は拷問され、ある者は抵抗ののちに八つ裂きになったそうだ。

 

 弁明(いいわけ)が『つまんねぇこと考えてんじゃねえよしゃらくせえ』だったとのことで、とどのつまり、姫島ヒカリが逃げ回っている間の知らず知らずの内に逃げ回る原因は消えていたのである。

 

 この話を聞いて目頭を指で揉みながらため息をつく姫島ヒカリは、絞り出すように呟く。

 

「やっぱりイカれてるな、あいつら」

「後輩としては擁護した方が良いんだけど、一字一句その通りだから反論できないんだなぁ」

「よく……あの人に師事できましたね」

「初対面の時は真面目な人だったんだよ」

 

 こちらも渋い顔をしつつ、ため息をつき返す。このまま愚痴大会が始まりそうになったとき、不意に姫島ヒカリが声を上げた。

 

「琴巳、リオン」

「……なに?」

「なんでしょう」

「桐山与一と、二人で話がある。しばらく席を外しておいてくれ」

「え、俺は無い……」

「真面目な話だ、いいから残れ」

「はい」

 

 有無を言わさぬ圧力を前にして、琴巳ちゃんたちに出ていってもらう。

 二人が病室の扉を閉めるのを待ってから、近くのパイプ椅子を広げてベッド脇に腰掛ける。

 

「で、なんですかヒカリさん」

「……そうだな。本題から入るか」

 

 神妙な面持ちで、ヒカリさんはこちらを見ると、一拍の間を空けてこう言った。

 

 

 

 

 

 

「──俺に代わって、琴巳とリオンに良くしてやってくれないか」

「…………? なんて??」

「傍に居てやれるならなんだっていい。それこそ、結婚でもするって言うなら文句は無い」

「なんで??」

 

 急に妙なことを言い始めたヒカリさんに、素っ頓狂な声で返してしまう。この人は……なんでいきなり……外堀を埋めようとしているんだ……?




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