とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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祭りのあと 3/5

「ヒカリさん、あんたなに言ってんの???」

「だから真面目な話だって言ってんだろうが。俺の話をひとまず全部聞け」

「あ、はい」

 

 なんか……すごい普通に怒られた。真面目に聞いてほしいなら変な事を言わないでくれ。

 

「まず、俺にも明暗丞久や春夏秋冬円花のようなネームバリューってもんがある」

「ネームバリュー?」

「自分で言うのも何だが……要するに敵側に警戒対象として恐れられてるわけだ。近々お前も仲間入りするだろうから覚えとけ」

「やだなあ、それ」

「諦めろ」

 

 それじゃあまるで、こちらまで危険人物として扱われてるみたいじゃん。誠実さで言えば最低でも先輩や円花さんよりは上なのに……

 

「──当然、俺がお前らに負けて死にかけて病院に居ることも、遅かれ早かれ敵性魔術師にバレる。そうすると、瀕死の俺を狙うだけじゃなく、琴巳やリオンを狙おうとするやつが出てくる」

「……なるほどね。万が一を考えて、俺にあの二人を守ってほしいわけか」

 

 ようやく合点がいって、なるほどと頷く。なら、こう……言い方を考えてほしい。

 

「やっとわかったか」

「初手から紛らわしいこと言うからでしょうが。あんまりふざけてると、おリスク処方して(傷口に指突っ込んで)入院期間伸ばしますからね」

「お前間違いなく明暗丞久の弟子だろ」

「あの人は言いながらやりますよ。……と、あの〜、一つ気になったんですけど」

「あん? なんだ?」

 

 ヒカリさんはこちらの言葉に反応すると、眉を顰めながら聞き返す。

 

「いや、二つか。そもそもどうして連盟組織を抜けたのか……と、奥さんとはどう出会ったのか。この辺は聞いてもバチは当たらないでしょう」

「……まあ、そうか。巻き込まれた側だからな、それぐらいは説明してやる」

 

 背中を起こしたベッドのマットレスに預けるようにもたれ掛かると、ヒカリさんは続ける。

 

「今から30年? いや31年くらい前になるか、とある大学で事件が起きた。そこではシュブ=ニグラスの体液と薬物を混ぜて作られた特殊なドラッグが魔術師の手により流行していて、俺の仲間──言乃葉(ことのは)ミドリが一人で潜入して調査をしていた」

「ドラッグ?」

「今はもう全て廃棄されたが、資料によれば依存性が高く……使いすぎると黒山羊の眷属化が進み、体にその特徴が出るらしい」

 

 特徴、か。先輩の【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】も、悪化するとそうなる……のかもしれない。

 

「諸々を省いて結果だけ言うと、ミドリは魔術師と眷属化した生徒数名、顕現したシュブ=ニグラスの撃退には成功した」

「普通に強いなぁ!?」

「物理系具現能力……いわゆる呪言使いだからな、そりゃ強いに決まってる」

「呪言? ──いや聞いてばっかだな、どうにも知らないことだらけで」

 

 ──気にするな。と言って、ヒカリさんは少し考えてから口を開いた。

 

「【具現能力】ってのがあって、それは『文字通りの物を作れる物理系』と、『文字の意味を押し付ける精神系』の二つに分類される。更にそれを自分の声と言葉で成立させる魔術を【呪言】と言って、ミドリは【物理系具現能力の呪言使い】だったわけだ」

「……【召喚(コール)】みたいなもの、なのか」

「寧ろミドリの【呪言】をベースにしたのが、マーキングしたモノを複製する【召喚(コール)】だ。要は簡略化された【物理系具現能力の呪言】だからな」

「はぇ〜……」

 

 専門用語の嵐で一瞬頭が混乱するけど、なんとか呑み込んで把握する。

 それを察してか話を続けようとするヒカリさんは、一転して顔色を暗くした。

 

「……で、ミドリは任務には成功した。だが、戦いの最中に致命傷を負って死亡。連盟組織に……俺の前に、遺体となって帰ってきた」

「────」

「そんな時に、裏でこそこそ連盟組織の上に立とうとしていた過激派の連中が、何をしたと思う」

「何を……?」

 

 暗い表情に、冷徹な殺意を滲ませて。ヒカリさんは、低い声で続ける。

 

「ミドリの遺体の傷を塞いで、中に別の魂を入れた。……神格顕現により、()()()()()()()()を作り出そうとして、成功したんだよ」

「え、なっ────は!?」

「たぶん今でも元気に働いてるぞ。年中地下の人工植物プラントから出ようとしないから、連盟組織に行くことがあったら見に行ってみろ」

「……マジかよ」

 

 思わず口許を手で覆って、そう呟いて視線が揺れる。確かに魔術師は道徳倫理が終わってる奴が多いし、丞久先輩や円花さんという()()()()()()どもを引き合いに出すまでもなく善人の集いではないことはわかっている。……わかっている、筈だった。

 

 ──それでもまだ甘かったのか、と。脳裏で独りごちて、深い呼吸を挟む。

 

「それが、ヒカリさんが組織を抜けようとした切っ掛け……ってことなんですね」

「創設者の一人ではあったが、もうあの辺りが引き際だったんだろうな。それで、組織を抜けて暫くした頃に妻──姫島カナデと出会って、色々あって結婚して琴巳が産まれて、事故は起きた。それだけだ。……悪いな、話してる内にイラついてきた」

「…………でしょうね」

 

 普通の人間で言えば『ちょっと過去のトラウマ語ってくれない?』とか言われたのと同じだろう。こちらに当たらないだけ、ヒカリさんは理性的だ。

 

「流石に疲れた。今日のところはこれでお開きだ、少し寝かせろ」

「ですね。色々とありがとうございます、大人しく養生してください」

「ハッ。……おい、与一」

「なんですか?」

 

 会話を切り上げたヒカリさんだったが、こちらに顔を向けながら問いかけてくる。そして、あっけらかんとした態度で言ってきた。

 

「琴巳とリオンを迎える気はないか」

「話が……ループしてる……?」

「ふざけてないで真面目に答えろ」

「────。真面目に、ねぇ」

 

 死期を悟ってる……というわけではないのだろう。とはいえ、自分がもう迂闊に無茶できないことも分かってはいるわけで。

 それで娘を信用できる相手の傍に居させようというのは、理屈としては分かる。

 

 ……分かる、のだが。

 

「断言しますけど、俺はたぶん……これまでもこれからも、誰か一人だけを愛するとか結婚するとか、そういうことはしないと思います」

「なぜだ?」

「今まさに、誰か一人を愛してしまった魔術師の末路がベッドに転がってるからですかね」

「……クソッ反論できねえ」

 

 まあ、冗談は半分だけにして。

 

「それに俺はそこまで器用じゃないので、誰かと恋愛しながら事件に巻き込まれて生き延びて探偵業やって……なんてのは無理ですよ」

「そうか。そのズルい物言いに泣かされる女が何人居ることだか」

「嫌な言い方をするなよ……」

 

 ヒカリさんの嫌味を流して立ち上がり、パイプ椅子を畳んで壁際に立てかける。

 踵を返して病室から出ようとしたとき、背中に声を投げかけられた。

 

「ああ待て、最後に一つ」

「ん?」

「手帳とペン貸せ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──病院で琴巳ちゃんと御剣ちゃんの二人と別れ、バイクで移動して約30分。

 二人はあのまま竹田さんの見舞いにも行くらしく、バッグに入れっぱなしだったあの人の荷物を預けて、こちらは太陽さんの家へと向かっていた。

 

「と、ここか」

【真冬ちゃんが使ってた自転車もありますし、ここで合ってますね】

「それじゃ、メッセージ飛ばしとこう」

 

 真冬のアカウントに『来たよ』とだけ送り、バイクを停めて玄関の方に歩いていく。

 背後でふよふよと浮かんで追随する雅灯さんのちょっかいを流しつつ、扉の前まで向かうと、見計らったかのようにガチャリと開かれた。

 

「おう、来たか」

「どうも」

【どうも〜】

「与一……と、悪霊の姉さんか。まあ入れよ」

「お邪魔します」

【まーす】

 

 中に通され、廊下を歩く途中。太陽さんは前を歩きながらこちらに言ってくる。

 

「そうそう、さっきまでナイと……春秋さん? だったか、お嬢の親父だか母さんだかよくわからん奴も居たんだけどな、二人だけ先に帰ったぜ」

「あら、入れ違いだったのか」

【あの二人になにかご用でも?】

「いえ別に。……ってことは、今いるのは真冬とアビゲイルと、結月とソフィアと蛇神様?」

「そうなるな」

 

 会話を交わしながら歩いて、リビングに繋がるドアの前に立つと、太陽さんはドアノブを掴みながら開ける前にこちらに向いた。

 

「……結月のやつとアビゲイルが少し騒がしいけど、まあ気にするな」

「二人が?」

「ああ。ゲーム好き同士で波長が合ってるみたいでな、暇さえありゃ対戦してる」

「結月はゲーム強いけど加減を知らないからなぁ……たぶん毎回ボコボコにされてますよね」

「されてるな」

 

 む、無慈悲……。

 

 

【ん、ではでは。人数が増えると邪魔になるので、私は引っ込んでますねぇ】

「そうか? 悪いな、気を遣わせて」

【いえいえ、わたくし、『空気が読める良い悪霊』……ですので】

「良いのか悪いのかどっちなんだ?」

【…………おほほほ】

 

 太陽さんの指摘には答えずに、雅灯さんはこちらの足元の影にしゅるりと消える。

 ──改めてガチャリと開けられたドアの向こう側に顔を覗かせると、そこには五人の少女が居た。

 

 椅子に座って紅茶を片手にテレビを横目に眺めている真冬とソフィア、テレビの前にあるソファに横並びに座りコントローラーを握る結月とアビゲイルと蛇神様。ここだけ切り抜けば、なんとも平和な光景だろう。しかし、音声も含めると地獄絵図だった。

 

『ギャハハハハァ! ザァコザァコ♡ 対空スカスカ♡ ハンデ貰って勝率1割♡』

「むぎゃおおおおおお!? バグっっってんだろこのゲーム!! ONEMORE(もっかい)!!」

『結月ちゃん強いわね〜〜』

 

 パタン、とドアが閉められる。

 

「少し、騒がしい……?」

「大学のうるせえ陽キャグループよりは比較的遥かに静かなんだよ」

「比べる対象にも問題があるんですよね」

 

 太陽さんに呆れながら言うと、視線を斜めに逸らされる。それからもう一度ドアを開けて今度こそ中に入ると、こちらを見ていた真冬と目が合った。

 

「なんで一回逃げんのよ」

「現実を直視したくなくて」

『正直ねぇ……』

 

 真冬とソフィアに苦笑されながら部屋に入る。ゲームで遊んでいた三人もこちらを見ると、アビゲイルが横に立つ太陽さんの方へと駆け寄った。

 

「──!! 太陽(タイヨー)サァン! ユヅキがアタシのこと虐めてくる!」

「う゛お゛っ゛」

 

 アビゲイルは、そのまま太陽さんに飛びつく。少女が甘えている──と言えば聞こえは良いが、忘れてはならないのが彼女の背丈は大の大人顔負けであるということ。果たして凄まじい威力のタックルとなった飛びつきを、太陽さんはなんとか受け止めた。

 

『おらぁアビィ!! パパに泣きついてんじゃねえぞオラァン!!』

「ぎぇ〜〜〜〜〜っ!」

『ハンデ有りでもいいから私に3連勝しろ! できるまで解放されると思うな、YO!!』

「それ言い出してもう二日目なんだけど!!!」

 

 けれども【人形化 Ver1.5】の能力で人間大に戻っている結月がやってきて、コントローラー片手にアビゲイルを引っ張っていく。

 生き人形になった時に着させられたゴスロリ服がそのまま私服になってるから、すげぇ光景だ。

 

「……何がどうなってんの?」

「結月がゲームの話を切り出して、アビゲイルが挑発して、その所為で延々とボコられてる」

「えぇ……」

『ストック差1対5でも10回に1回しか勝てないんだから、凄いと言えば凄いわね』

 

 うーん、ゲームの話はどうにもわからん。半泣きで対戦を続行させられているアビゲイルの横に座る蛇神様も、退屈そうにキャラを選んでいる。

 

『ねー、ボンバーマンやりましょー』

『えぇ〜? 蛇神様は開始と同時に自爆して一生みそボンやるじゃん』

『流石にもう操作は覚えたわよ〜』

 

 アビゲイルを見かねてそれとなく助け舟を出す蛇神様の提案に、仕方ないとばかりに肩を竦めて結月がゲームを切り替えている。

 向こうは向こうで時間を潰してもらって、こちらも本題に入るとしよう。

 

「……それで、俺に見せたいものと渡したいものがあるんでしたっけ」

「おー、そうそう。ちょっと物置に来てくれ、ついでにお嬢も来てくれるか?」

「あたしも?」

「……たぶん、だが。()()は二人にも深く関わるもんだからな」

「…………? は、はぁ」

 

 太陽さんの言葉に、真冬と顔を合わせて疑問符を浮かべながら首を傾げる。

 なんのこっちゃと思いながらもついて行き、物置部屋へと案内されて、先に中に入った太陽さんがあるものを手にして戻ってきた。

 

「これだ」

 

 そうして廊下に出ると見せてきたのは、一冊の本……いや、それはアルバムだった。

 

「アルバム? 夏木家のですか?」

「というか、以前までは母さんが個人で管理して纏めてたやつだな」

「太陽さんの、お母さん。確か丞久先輩が関わってた事件の被害者、でしたっけ」

「前に聞いたなそれ。……つーか、あの人どこにでも居るな……?」

「先輩は半分妖怪みたいなもんだから」

 

 事件が先輩を引き寄せるのか、先輩が事件を引き寄せるのか。その問いはこちらにも飛び火するからしないでおくとして、太陽さんのお母さん──夏木小梅氏は、シュブ=ニグラスの適合者として狙われかねないということから、記憶処理をして国外に逃がした……と聞いている。

 

「──で、だ。母さんのアルバムを見つけて、中を拝見してたらな、ある写真があった」

「ふぅん。それで、その写真は?」

「まあ急くなよお嬢。……こいつだ」

 

 気になる様子の真冬にそう返して、パラパラとアルバムを捲る太陽さんの指が止まり、広げたそれを逆向きにしてこちらに見せる。

 そこには数枚の写真があり────ふと、真冬と共に1枚の写真を見て、()()()()

 

「…………は?」

「どういう、ことだ……?」

 

 その写真は、三人の少女と一人の青年が黒板の前に立っているただの集合写真だ。

 こちらから見て左に居る三人の少女のうち、真ん中の少女は両側の肩に腕を回して抱き寄せて笑い、一番左の堅物そうな眼鏡の少女は嫌そうにしながらも拒絶はせず、右側の少女も楽しそうにしている。

 そして一番右の青年は、右側の少女の反対の肩に手を置いていて、表情は穏やかな微笑。

 

 なんてことのない、集合写真。──それを見てこちらが驚愕した理由は、単純に、その写真の人物たちに見覚えがあったからだ。

 

「──父さんと母さん、それに千夏さん!?」

「なら、この女の人は……太陽さんの?」

「ああ。眼鏡の堅物そうなのが、俺の母さん──夏木小梅だ」

 

 小梅さん、千夏さん、そして母さんに父さん。この四人が集まって写真を撮っていたという事実が、一つの真実を明らかにする。

 

「俺と真冬と太陽さんは、親の世代から、既に繋がりがあったのか」

「とはいえ……4分の3(あたしらの親)は故人、残りの一人は記憶消されて国外なのがね」

「改めて考えると、俺もお前らも壮絶な人生歩んでるんだな……」

 

 まあ確かに。うちのメンツ、だいたい全員が身内を喪ってるな。親も自分も元気なのは結月くらいと考えると、そっちの方が奇跡と言える。

 

「──とまあ、見せたいものはこれだけだ。あとは……渡したいものなんだけどな」

「この写真とか?」

「駄目に決まってんだろ」

「流石に冗談ですよ」

 

 データが残ってさえいれば複製を貰えただろうけど、たぶん小梅さんはそういうのを残していないのだろう。リビングに戻りながらそんなやり取りをしていると、太陽さんは一度自室らしき部屋に引っ込んで、少しして布にくるまれた何かを持ってきた。

 

「なんですそれ」

「ん? 妖刀」

「そんなご家庭にポンとあって良いものではないと思うんですけど……?」

 

 

 

 さも当然であるかのように言う太陽さんが、布をほどいて中に収まっていた一振りの刀を見せる。

 ──その刀は先輩が普段遣いしているようなモノとは雰囲気が違い、確かに妖刀と言われれば納得できる、異質な魔力を帯びていた。




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