とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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イデア・シンドローム 2/6

 ──街の中を、二人の少女と女性が人混みに紛れるように歩いていた。

 

 体をすっぽりと覆い隠すローブを纏い、目深にフードを被る少女を横目に、女性は不意にフードの頂点を指でつまんで引っ張り下ろす。

 

「あっ、もう……何するんですか」

「隠すなよ、バレてもらわなきゃ困る」

「バレたら困るんですよ!?」

 

 何を言っているんだとばかりに女性を見上げる少女は、口角を歪めて愉快そうにカラカラと笑う女性の、続けての言葉を耳にする。

 

「まさかお前と一緒に事務所に帰ったら、その日の夜中に襲撃されるとはなぁ」

「……なんだか、ごめんなさい」

「ガキが気ぃ遣うな、ウザいから」

「う、ウザ……!?」

 

 歯に衣着せるという言葉が脳内辞書から欠如している女性は、少女が被り直したフードを再度つまんで下ろしながら言う。

 

「ガキに謝られるのも、謝ってるとこを見るのも嫌いなんだよ。まるで私が悪いみたいじゃん」

「い、いえ……そんなことは……」

「秋や──組織の仲間曰く、私はいじめっ子の雰囲気出てるらしいからなぁ」

「…………。あぁ〜」

「なに納得してんだよ」

「うべっ」

 

 合点がいったような声色を出す少女の頭を手刀で叩きつつ、女性は脳裏に炎に包まれる事務所を思い浮かべて小さくため息をつく。

 

「ったく。それにしてもあのイカれ怪力女……私の【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】に真っ向から押し勝てるってどういう腕力してんだよ」

「……まさか、事務所にまでやって来るとは思いませんでしたね……」

「咄嗟に顕現させて私に擬態させたショゴスもろとも放火しといたけど、まあ生きてんだろうなぁ」

 

 げんなりとした顔をする女性────明暗丞久はそう言って、顔の左半分を覆う帯のような眼帯を指で弄りながら、気だるげに呟いた。

 

「まァだ脳が揺れてる気がすんな。流石にチェーンソーで顔面削られたのは初めてだったぜ」

「……魔術師って、みんな頑丈(そう)なんですか?」

「え、うん。そうそう。みんなこんな」

「はぇ〜……」

 

 

 

 

 

 

 

 ──連盟組織から出たあと、バイクを走らせ、焼け落ちた明暗探偵事務所に訪れる。

 ものの見事に瓦礫の山と化している事務所跡地は、警察が立ち入りを禁じるテープで囲われており、いまだにちらほらと野次馬を見かけた。

召喚(コール)】で複製して走らせていたバイクを物陰で魔力に分解し、野次馬に混じって現場を眺めると、その異常さが目立つ。

 

「……雅灯さん、わかります? あの辺りの壁、火災とは別に──殴り砕かれてますよ」

【あらほんとだ】

 

 口を手で覆い、人に聞かれないように声のボリュームを落としながら、そんなことを問いかける。

 

「つまり、先輩は誰かと事務所で一戦交えた。そのせいで火災になったのか、逃げるために火をつけたのか……となると、死んだことにする為にショゴスを利用して自分の死体を用意した、とか?」

【その場合、あのヤバい魔術師にそんな選択肢を取らせる更にヤバい()()が居ることになりますよね】

「会いたくねぇ〜〜〜」

 

 ……け、ど、も。先輩を探す以上、その人物とも顔を合わせることになりかねないわけで。

 

「……はぁ、一旦うちの事務所に帰るかぁ。どちらにせよ、秋山さんたちからの続報を待たないと、俺の方からは動くに動けない」

【彼女、連絡しても出ないんですか?】

「無理ですね。携帯の電源が入ってたらGPSで辿られるし、連盟組織が先輩の服に仕込んでる発信機も全部潰してると思います」

【今なんかさらっと……】

 

 しょうがないじゃんあの人問題児なんだから。という言葉が喉から出かかり、なんとか飲み込んで苦笑しつつ。踵を返して野次馬の人混みから離れ、バイクを再度【召喚(コール)】するために路地裏へと向かおうとして、少し歩いてから雅灯さんに言われる。

 

【与一くん与一くん】

「はい」

【……気づいてます?】

「まあ、流石に……」

 

 ──こちらの歩みに合わせて、後ろで誰かが歩いている。自惚れでもないのなら、恐らくは何者かに尾行されている……と考えるべきか。

 常に一定の距離を保ち、気配も消して足音をこちらと合わせることで紛れ込んでいる何者か。それがこのタイミングで現れた、ということは。

 

「……敵か」

【でしょうねぇ】

「どちらにせよ民間人に見られたくないし、このまま路地裏に向かってからご対面しましょう」

 

 振り返れば尾行されていることに気づいているとバレる。そのため、気づいていない振りでそのまま路地裏に入り──即座に【禍理の手】でビルの壁面を掴んで体を持ち上げ、空中に浮かび上がった。

 

「…………。……あら」

 

 ビルの屋上付近で宙ぶらりんになって数秒後に、何者かが路地裏に入ってきた。

 ……が、つい先程まで背中を追いかけていたのにいきなり姿が見えなくなったからか、小首を傾げてから辺りを見回している。

 

「──俺をお探し?」

 

 逆に後ろを取るように素早く地面に着地して、眼前のストーカーを見やる。こちらに振り返ったのは、まだ未成年であろう少女だった。

 

「────。あら、まあ、いったいどこから……現れたのでしょうか」

「うーん惚けるまでが遅かったかな」

「駄目ですか?」

「駄目かなぁ」

 

 ターゲットが上から降りてきたにも関わらず、数拍パチクリとまぶたを(しぱたた)かせただけのクセに、今更すっとぼけられても困る。

 

「あの現場にいた俺を尾行してた時点で、もう正体明かしてるようなもんでしょ」

 

 眼前で『駄目でしたか……』などと真面目に反省している少女に言葉を続けると、真冬の薄い色合いとは真逆に小麦のような黄金色をした金髪を揺らして、少女は改めてこちらに向き直った。

 

「それもそうですね。では、まどろっこしい問答は抜きにして、本題に入りましょう」

 

 無表情のまま、少女はそう言うと。

 

「──わたくし、イデアと申します。明暗丞久が連れて逃げている人造神格を追っているのですが、よろしければ手伝ってくださいませんか?」

 

 などと、あっけらかんと口にして。その整った顔に、絵に描いたような笑顔を貼り付けた。

 

「……先輩が潰し回ってる施設の人間か」

「はい。明暗丞久はここ数日、各地にある組織──【新型エネルギー開発事業V.I.P】を残らず潰しており、現存する施設もあと二つというところで、わたくしが待機していた方の施設に現れました」

「運が無かったね……」

 

 少女──イデアに、思わず同情的な視線を向ける。それにしてもブイアイピー……VIP(ビップ)? いや……違う頭文字を繋げた造語か? 

 

「先日襲撃された施設は、実験に必要な人造神格2体を保管していた唯一の場所で、だからこそわたくしが警備を担当していた……の、ですが」

「襲われた挙げ句に人造神格を持っていかれた……と。そりゃ災難なことで」

 

 こくりと頷くイデア。その無表情には、僅かばかりの悔しそうな感情が見えている。表情に出にくいだけで、無感情というわけではないらしい。

 

「まあ、神格の力を宿したうえで正気を保ってる時点で、人類というカテゴリから上半身はみ出してるからねぇ。あの人は文字通りの災害だよ」

悪神(イゴーロナク)と契約した人間の指を取り込んだり、蛇神なんかから加護を貰ったりしてるあなたが言えた義理ではないですよねぇ】

 

 それはそう。

 

 ……と、そんな事を話していると。ふいにイデアがこちらの顔を見上げて口を開く。

 

「──桐山与一、22歳、男性。学生時代に明暗丞久から師事され探偵業を始め、去年末に無貌の神(ひととせまどか)を撃退した。……合っていますね?」

「……ははぁ、よく調べてらっしゃる」

 

 さも当然であるかのように人のプライベートを語るイデアだが、そこでふと、病室でヒカリさんに言われたことを思い出した。

 ──ネームバリュー、か。そりゃあそうだろうな、明暗丞久(あんなの)が弟子を取っているのだから、気にしない方がおかしいのである。しかも最近は、普通に生き人形連れでSNSにも載ってるし。

 

 ……どちらにせよ、今は目の前の提案に飛びつく他にない。あとで隙を見て、秋山さん辺りにこのことを伝えておかなければ。

 

「よしわかった、俺は丞久先輩を探したい。そっちも人造神格を見つけたいんだろ? 利害の一致ってやつだ、一緒に行動しよう」

「────」

 

 こちらが了承すると、なぜか提案していたイデアの方が驚いたように目を見開いた。

 

「あの、よろしいのですか? わたくしは、明暗丞久を見つけたら、人造神格を取り返すために殺すつもりで襲いかかりますよ?」

「いや無理でしょ」

 

 何を不可能なことを──とは続けず。反射的に否定から入ったことを誤魔化すために咳払いを挟んでから、イデアに言葉を続ける。

 

「……もとい、それを咎める権利が俺には無いんだよ。だって、俺からしたら人造神格なんか使ってる施設は悪の組織だし、キミはその手先だ」

「そう、見えるのですね」

「うん。でもね、キミからすれば連盟組織こそが悪の組織で、人造神格を連れて行った丞久先輩は悪の手先と言える。違うかい?」

「…………!」

 

 イデアは『言われてみれば確かに』とばかりに驚愕する雰囲気を放つ。顔色も表情も変わっていないが、驚いていることだけはわかった。

 

「どちらかだけが一方的に悪いなんてことはないからねぇ。……でだ、俺たちは先輩を探せないけど、何か手段はあるのかい?」

「ええ。明暗丞久は追えませんけれど、わたくしは人造神格に仕込んであるGPSを辿れます。流石にこちらは消せていないようですね」

「なるほどねぇ」

 

 懐から取り出したゴツい端末を取り出したイデアが、そう言って指で画面を弄る。

 それからこっちに画面を見せてくると、そこには赤いマークが点滅しながらマップ上をゆっくりと移動している様子が映されていた。

 

「V.I.Pの施設も残り一つ。実質本社と言える方からも増援が送られ彼女たちを狙うでしょう、わたくしたちも急ぎ現場へ向かいます」

「ああ。……いや、その前に軽く食事を摂ろう。時間帯もいい具合だ」

「…………。()()()()?」

 

 こちらとしては、イデアと協力することはやぶさかではないけど、V.I.Pと協力するつもりはない。

 上手いこと相手方との接触のタイミングをずらすために昼食を提案したのだが──イデアは()()()()()()とばかりに小首を傾げる。

 

「……? しょくじ、というのは……どういったモノなのでしょうか」

「────。マジで言ってる?」

 

 はい。とイデアが返した直後、彼女のお腹からグゴゴゴゴゴ……! という凄まじい音が奏でられ、イデア本人は困惑気味に手のひらで押さえた。

 

「あら、すみません。急に、腹部と胸部に妙な気持ち悪さが湧いてきました……」

 

 そんなことを言って眉をひそめるイデアの言葉を聞いて、雅灯さん共々、ある結論にたどり着いた。

 

 

 

 

 

【もしかして、お腹が空いたのでは?】

「空腹を()()表現する人は初めて見たなぁ」




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