とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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イデア・シンドローム 4/6

 現場に向かう直前、屋上の柵に足を置いて風を感じながら、隣で同じように立つイデアへと、戦闘になる前にこれだけはと口を開く。

 

「イデア、約束してくれるか」

「……なにを、でしょう?」

「先輩と戦ったり、人造神格を捕まえたり、ヴォイドを宿したであろう真冬を止めることになる。ここからの行動は、キミが自分で考えて欲しい」

「わたくしが、自分で……?」

 

 小首を傾げるイデアに、言葉を続ける。

 

「組織に命令されてるからじゃない、キミ自身の判断で戦ってほしい。やらされてるから、ということなら俺はイデアも止める。でも……自分の意思でやるのなら、俺は可能な限りキミの味方だ」

「────。おかしな話ですね、ほんの小一時間前に出会ったばかりの敵に、なぜそこまで?」

 

 そんな事を言うイデアに、何を言っているんだかと苦笑しながら返す。

 

「それを言ったら、イデアだって俺を頼ってきたじゃん。こういうのはさ、理屈じゃないんだよ」

「理屈じゃ、ない」

「何でもかんでも理屈があって理論があって、必ず答えがあるわけじゃない。感情の問題なんだよ、きっと……丞久先輩だって()()さ」

「……感情…………」

 

 少しずつでいい。少しずつ、V.I.Pから引き離すために、この子に自我を芽生えさせよう。

 たとえエゴでもなんでも良い、この子には、未来を歩んでほしいと。ただ、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──けたたましい破裂音と、連続した金属と金属が衝突する音。魔力で強化した軽自動車を背に、明暗丞久は少女と共に隠れていた。

 

「……だから言ったのに……!」

「想定通りだから問題ねーよ」

 

 外されたフードを目深に被り直し、その奥からジトッとした目で見られながらも、カラカラと笑う丞久はその体から黒い魔力を滲み出させる。

 パキパキと硬質化し、無数の枯れ枝のように変質した魔力を器用に操作すると、別の車に先端を突き刺して勢いよく手近に引き寄せた。

 

「うーし、そんじゃあ殺ってくるから。お前はここに隠れてろよ────アカリ」

 

 幾つかの車を横転させて魔力を流し、屋根(ルーフ)を壁にさせてから、丞久は少女をアカリと呼んでポンと頭に手のひらを乗せる。

 

「……き、気を付けてください」

「だぁれに言ってんだ」

 

 言われた通りに隠れるアカリを尻目に、丞久がそう言いながら全身を黒い魔力で覆う。

 ワイシャツ姿の体を漆黒の襤褸(ぼろ)い外套が覆い隠し、頭には枯れ木のような角が生える。

 

「【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】……行くぜー?」

 

 気だるげに宣言して、丞久はおもむろにバリケード代わりにしていない別の車に硬質化した魔力を伸ばし、2つのドアに突き刺して引き剥がす。

 それらを魔力で強化しながら、甲冑の大袖のように体の両サイドに浮かばせると、彼女はその場で屈みながら力を溜め────

 

「せぇ……のォ!!」

 

 ──ドンッ!! と、アスファルトを砕きながら凄まじい膂力跳躍し、車道を挟んで断続的に発砲してきていたV.I.Pの戦闘員へと向かう。

 

「っ──来るぞ!」

「この……バケモノがァ!!」

 

 男女数人のグループが、そう怒号を上げて上空に飛び上がり落下してくる丞久に銃口を向ける。

 けれども上へと発砲される弾丸は、前面に展開したドアの盾に阻まれ、そのままの勢いで一人をグシャリと押し潰しながら着地した。

 

「バリエーションが貧相だなぁ!? もうちょい他の罵倒も用意しと……けッ!」

 

 着地した直後、流れでドアを水平に構えてくるりと回ると、周囲に居た戦闘員がゴムボールのように弾き飛ばされていく。

 しかしリーダー格の一人だけがそれを躱し、後ろ手に盲撃ちをしながら駆け出す。

 

「うおっととと、おーい逃げんじゃねえよ」

 

 ドアの盾にカカカカンッ! という軽快な音と衝撃がぶつかる。男は体勢を立て直すためにと一旦逃げようとし、その選択は正しく──そしてどうあがいても、手遅れでしかなかった。

 不意に、男の体を隠すように影が差す。何事かと首を曲げて、後ろを見ようとしたが。

 

「? なん────」

 

 視界いっぱいに広がる大型車の姿を最後に、言葉を言い切る前に男は全身を潰される。その光景を見て、丞久はつまらなそうに言った。

 

「うーん、ホールインワン」

 

 投球のフォームを取った丞久の姿勢に合わせて、背後で何かを投げた状態の魔力が固まっていた。それから先端が手のようになっている魔力が霧散し、彼女が纏っていた【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】もまた解除される。

 

「ったく、もうちょい骨のあるやつはいねーのかよ。……このまま暴れてりゃあ、あの()()()とかいう怪力女も現れるか……?」

「た、丞久さん? 大丈夫ですか?」

「おーう、終わったぞ」

 

 車の影からひょこりと顔を覗かせるアカリにそう言うと、彼女はゆっくりと出てくる。

 丞久もそちらへと歩み寄り、念のためにと刀を【召喚(コール)】で手元に喚び出した。

 

「さて、と。新手が来るなら迎え撃つが……来ないならまた距離を取るか」

「……! 丞久さん、あっちから音が!」

「あん?」

 

 丞久が今後の予定を独りごちると、ふとアカリが口を開く。指さした方にある路地裏へと視線を移した丞久の耳にも、ドガァン!! という轟音が届き、聞き覚えのある銃声に彼女は顔を顰める。

 

 

 

「……うげ、不味いのが来た」

「──よぉ、悪ガキ」

 

 そんな言葉とともに、路地裏から一人の男が現れる。それは弾切れのトレンチガンを雑に捨てて、腰のホルスターから大型のリボルバーを引き抜き、二人の方に向かってくる秋山だった。

 

「秋山、おめーはいつからガンマンに転職したんだ? 西部劇に帰れ」

「お前らが氷海ツアーしてる裏で色々あったんだよ。……で、そいつが人造神格か?」

「っ……!」

 

 腰に3丁、手元に1丁。合計4丁のリボルバーを一瞥していたアカリは、秋山からそう問われてビクリと肩を跳ねさせて後ずさる。

 

「人造神格、か。ここまでそのまんま人間みたいな姿してんなら、流石のお前でも揺らぐみたいだな」

「──あぁ?」

 

 秋山の煽るような言い方に、丞久の眉間が跳ねる。銃口から顔に意識が向いたことを確認し、彼はそのまま更に言葉を続けた。

 

「連盟組織の上層部は、人造神格を連れて逃げたお前に疑惑を掛けている。すなわち、テメーの意思か、人造神格に精神弄られたかだ」

「……何言ってんだ?」

「お(かみ)の連中は丞久が人造神格を連れ出したか、人造神格に連れ出すよう洗脳でもされたかのどちらかだと疑ってる」

「わ、わたし、そんなこと……」

 

 なんのこっちゃと疑問符を浮かべる丞久と、否定するアカリ。二人を見て、秋山は面倒くさそうにため息をついてから、それとなく視線を斜めに上げて二人の意識を誘導しながら腕を伸ばす。

 

「だから、まあ、死んでくれ」

「────。え?」

 

 その手に握られているリボルバーの銃口がさらりと()()()()向けられ、さもそうすることが自然であるかのような滑らかな動きで引き金を引く。

 ドバンッ! という拳銃から放たれたとは思えない爆発音と共に撃ち出された弾丸を、丞久は下から掬い上げるように抜刀して弾いた。

 

「ひっ!?」

「づ……っ!」

 

 ──続けて2発の発砲。どちらもアカリを狙ったもので、丞久が返す刀で1発を刀身の腹をぶつけて逸らし、1発を即座に【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】を起動して纏った黒い魔力で受け止める。

 拳銃どころか、ちょっとしたマシンガンの連射も受け止められる程度には頑丈な黒山羊の硬質化した魔力。しかしたった今受け止めた弾丸は、その頑丈な魔力にヒビを入れる威力があった。

 

「ぐ、ぉっ」

「丞久さん!?」

「下駄履かせてもらってる手前、あんまりイキれねぇけどな、お前よぉ……もしかしなくても、()()()()()()()()()()()()とか思ってたんだろ」

 

 ドバンッドバンッドバンッ! という連続した轟音。リボルバーに残る3発を撃ち込み、自らを盾にする丞久の肩や脇腹辺りの、硬質化した魔力の装甲にヒビを入れ、薄い部分は衝撃で砕け散る。

 秋山は撃ちきった右手のそれを捨てながら、左手で別のリボルバーをホルスターから抜いて構えると、銃口をアカリから丞久に向けて言葉を続けた。

 

「いつまで手加減してんだ。さっきの戦闘も見てたが、お前……なんで【黄衣の王(ハスター)】を使わない?」

「…………。【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】の気分だったんだよ」

「俺みたいな明暗丞久(バケモン)を相手に出来る奴の襲撃を警戒しなきゃいけないなら、スピード勝負でさっさと逃げないといけねえだろうが」

「…………」

 

 ズバズバと秋山に図星を言い当てられて、遂には丞久の口が閉ざされる。

 

「まあ、恨むなよ。『施設を潰して、人造神格が居たら抹殺しろ』ってのが任務なのにこうやって逃げ回ってるお前が悪い」

「…………」

「本気でやれよ、死ぬだけだぞ」

 

 眉間にシワを寄せて、秋山は引き金に置いた指に力を込める。丞久はまるで、言いたいことがあるのに親からの説教を恐れて口ごもる子供のように渋い顔をし、いざ弁明を話そうとして────

 

「……やめて!!」

「づっ、ぅおっ!?」

 

 それは、丞久ではない、悲鳴のような声だった。彼女の背後から手をかざすアカリが、必死な形相で秋山を睨みながら力を放っている。

 上から押さえつけるように()()()()()()()()()()()()、気を抜けば押し潰されそうな程の強烈な圧力に、片膝を突いて耐える秋山の全身の骨が軋む。

 

「く、ぐっ、づ……!」

「……こっちだってなあ、好きで【黄衣の王(ハスター)】を使わない舐めプをしてたわけじゃねえんだよ。だってしょうがねえだろ」

 

 丞久が独りごちりながら、体のあちこちを撃たれた痛みに顔を顰めて立ち上がる。

 後ろに隠れていたアカリを秋山に見せるように横へと一歩ずれると、彼は事態の把握と丞久の現状を理解して驚愕した。

 

「──そういう、ことかよ」

「う、動かないで……!」

 

 丞久の背後に立っていたアカリは、慣れない力の行使に苦労するように体を震わせる。

 その体を包んでいたローブは黄色いレインコートに変化していて、左目には『!』と『?』を組み合わせて風車の羽を作ったようなマークが浮かぶ。

 

「使わないんじゃねえ、使えないんだ。私の中にあった【黄衣の王(ハスター)】が全部持ってかれたんだからな」

 

 

 

 神格の一柱、ハスター。その力を宿していた丞久が、なぜ使わなかったのか。それはアカリに──無垢なる器に移動してしまったから。

 無垢なる器、ゆえに()()()。何色でもないからこそ、何色にも染まれてしまう。その特性を知っている者は、この場に一人も存在していなかった。




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