とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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イデア・シンドローム 5/6

黄衣の王(ハスター)】を発動し、力を行使しているのは、丞久ではなく人造神格である。

 それを理解した秋山は、真上から叩きつけられる暴風に潰されないようにと気合で耐えながら、リボルバーを握る腕を上げ続けて口を開く。

 

「おいガキ、気をつけろよ」

「……えっ?」

「【黄衣の王(ハスター)】がどれだけ強力な能力だと思ってる? 力加減を間違えたら、俺ごときは地面の赤いシミになっちまうぜ?」

「…………ぁっ」

 

 そこまで言われて、アカリは自分がやろうとしていることに気づく。()()()()()()()()()()()()

 

「──馬鹿ッ!!」

 

 彼女は半ば無意識に暴風を緩め、万が一にも秋山を潰してしまわないようにと加減を()()()()()────丞久の怒声とリボルバーの銃声が同時に響いた。

 

「あ、っぶねぇ……!」

 

 その弾丸は刀に弾かれ、反射的に振り抜いていた丞久はそのまま声を荒らげる。

 

「アカリ! 逃げろ!!」

「っ!?」

「【黄衣の王(ハスター)】の機動力なら誰も追いつけない、さっさと行け!」

「は、はいっ!!」

 

 アカリは言われるがままに、秋山に向けていた暴風を自身に纏い、ぼふんっ!! という音を奏でながら大きく跳躍し、レインコートに陽の光を反射させてビルの隙間へと逃げていった。

 

「──細波、追ってこい」

了解(りょーかぁい)

「うおっなんだこいつ!?」

 

 そちらの方を見ながら秋山が口を開くと、彼のジャケットに染み込むように隠れていた液体──細波青井(ショゴスロード)が、液状のままウジュルウジュルと音を立てて近くの側溝に入り込み消える。

 いきなり目の前に害虫が現れた時のようにギョッとする丞久は、それを見送ってから呟いた。

 

「なんなんだ、今の……っと、おい秋山ァ……第2ラウンド殺るかぁ?」

「あ? ()()()()()()だろ馬鹿」

「…………は?」

 

 アカリが居なくなったのを見計らって、秋山は丞久にそう言いながらリボルバーをホルスターに戻す。不思議そうに首を傾げる彼女に、言葉を続けた。

 

「俺としては、あの人造神格を通して敵側にこちら側の情報が抜かれることを警戒してた。だからお前と合流して情報共有をするためにも、あのガキには逃げてもらわないと困るわけだ」

「盗聴の可能性が?」

「なんで連盟組織はお前を追えなかったのに、あいつらは追えたんだろうなあ?」

「…………。あー、なるほど」

「馬鹿野郎がよ」

「シンプルな罵倒はだな……」

 

 言葉少なの罵倒に顔を顰める丞久は、それでもなお容赦なくアカリを狙った発砲について問いかける。

 

「でもお前、普通に殺す気だったよな?」

「仮に敵に情報が筒抜けだった場合、手加減すればバレる。そうでなくとも敵側の存在に情報を聞かせたくない。本気でやるしかなかったんだよ」

「ああそう。んじゃあとっとと情報共有すんぞ、アカリはたぶん私らが殺し合ってると思いながら遠くに飛んで行っちまったし」

 

 頭を掻いて、丞久はぼやく。秋山も一拍間を置いてから、アカリの姿を見失ったビルから足元の側溝に視線を移して言った。

 

「細波が追ってるから問題ねぇけどな」

「……あいつ、何なの?」

「ショゴスロード」

「見りゃわかるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──黄色いレインコートの上に風を纏い、空を飛んで逃げるアカリ。彼女はふと、丞久と出会った時の事を思い出していた。

 殺すのかと、アカリは問うた。望み通りにしてやると丞久は言った。けれども丞久は、アカリを殺さずに連れ出して逃げている。

 

『わざわざ死にたがってるヤツ殺して何が楽しいんだよ』と丞久は言ったが、それが本音ではないことは純粋無垢(アカリ)にも分かる。

 ぶっきらぼうで、けれども優しさがある丞久に、姉や親のような感覚を抱いていたからこそ、アカリの脳裏には迷いが生まれていた。

 

 秋山から向けられた明確な殺意と銃口に恐怖したのは事実だったが、言われた通りに逃げて、丞久を置き去りにしてもいいのだろうか──と。

 

「……もど、らないと」

 

 都心にあるマンションの一つ、その屋上に足を運び、来た方向に振り返る。

 役に立てるかもわからず、戦えるかもわからない。しかしそれは、外の世界に連れ出してくれた恩人を見捨てる言い訳にはならない。

 

 意を決して戻ろうと、足に力を入れて全身に暴風を纏い、跳び上がろうとした──瞬間。

 

「──見つけましたよ、無垢なる器」

「……! あなたは……!」

「やあどうも、はじめまして」

「……? あなたは……?」

 

 ダンッと屋上に力強く少女が着地する。少女──イデアの言葉に一瞬体を強張らせるが、その隣に着地する青年を見て、アカリの頭に疑問符が浮かんだ。

 

「俺は桐山与一。訳あってイデアに手を貸しているけど、キミをどうこうしたいわけじゃない。それと、キミと逃げている明暗丞久とは知り合いだ」

「……つ、つまりどういうことなんですか」

「わかるよ、実際に言葉にすると俺いま凄い変な立ち位置で変なことしてるからね」

 

 浮かべる疑問符の数が更に増えるアカリに、与一は困ったように苦笑する。

 

「それで……えー、無垢ちゃん。どう呼べばいいんだ? キミ、名前はあるのかい?」

「わたしは……わたしは、もう、無垢なる器などではありません。わたしはアカリです」

「だろうね。──なあ、アカリちゃん。キミ、なんで【黄衣の王(ハスター)】を使ってるんだ?」

 

 与一にそう問われて、アカリはフードの奥で瞳を揺らす。先程までの秋山ほどではない、決して強い敵意ではないにしろ、与一からはなんとも言えない圧迫感が滲み出ており、彼女は緊張の面持ちになる。

 

「それ、は……その、気がついたら、丞久さんの中から力を取ってしまっていて……決してわざとじゃないんです! 奪う、つもりなんて」

「わかってる、わかってるよ。先輩から奪ったのならキミは既にボコボコにされてる筈だ、わざとじゃないのは本人もきっと理解してる」

 

 捲し立てるアカリを落ち着かせるように、与一はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 彼の隣に立つように一歩前に出るイデアを横目に、アカリは一歩後ずさりした。

 

「無垢なる器…………いえ、アカリ。わたくしは、あなたを捕らえに来ました」

「……だったら、また逃げるだけですから」

「落ち着いてください。今では……わからないんです。あなたを捕まえるべきなのか、どうかが」

「────。えっ?」

 

 戦闘が始まるのかと、そう警戒して身構えたアカリは、イデアの発言に素っ頓狂な声を出す。

 

「あなたはV.I.Pのために作られた人造神格で、わたくしはあなたとヴォイドを見張り、警護するための戦闘員。全員が、外の世界を知らなかったからこそ、お互いに……今の時間が刺激に満ちている」

「──それは」

「与一様に言われました、自分で考えろと。そうしていると、命令だけが人生だった組織での生き方に、疑問が湧いてしまったのです」

 

 視線を逸らして、人間味のある苦い顔をして。イデアはアカリに視線を戻すと、懐から端末を取り出して──互いに見える位置で握りつぶした。

 

「ここからは。……これからは、わたくしが自分の意思で考えて動きます。そして、自分で考えた結果……あなたを捕らえるのは後回しにするべきだと。そう、結論付けることにしました」

 

 パラパラと端末の破片が落ちて、風に乗って散り散りになっていく。ほんの一瞬、やってしまったと後悔の念が押し寄せたように表情を歪ませたイデアだったが、すぐに頭を振って微笑を浮かべる。

 

「……イデア、あなたも、変わりましたね」

「あなたが明暗丞久の影響を受けたように、わたくしも、与一様の影響を受けたのですよ」

「よくそんな恥ずかしいこと言えるね」

 

 話を横で聞いていた与一が、気恥ずかしそうに頰を指で掻く。そんな折、不意に彼の耳が、ごぼりという水の音を捉えて振り返った。

 

「……細波青井か?」

正解(せぇいかあい)、数時間ぶりですねぇ桐山クン。それと見つけましたよぉ人造神格ちゃん?」

 

 ビルの屋上の隙間から液体が滲み出し、それが重力に逆らって水の塊を作ると、人間の輪郭を形作り幼い少女の体格へと変化する。

 

「んぁあ警戒しないで、話は聞いておりましたとも。敵対する理由は無くなりましたから、秋山クンと明暗丞久のところに行きましょう」

「……! 丞久さんは無事なんですか!?」

「えっあの二人戦ってるの? なんで?」

「あー、えー、まあ色々と事情があるんですよ」

 

 与一はそもそも既に秋山と丞久が出くわしていることを知らず、アカリは二人が情報共有のために矛を収めていることを知らない。

 その説明をしなければならないことを察して、小さくため息をついた青井は、いざ口を開こうとして────ぞわりと嫌な魔力の波長を感じ取る。

 

 

 

「…………何かが、来る……?」

「──!! 与一様、ヴォイドが来ます!」

「来ます、じゃねえなぁ。もう居るんだわ」

 

 続けて声を発したイデアの反応を見て、与一が身構えた刹那。四人が居る屋上の中央に存在する空間が円形に()()()

 窓ガラスをガラスカッターで円形に切り抜いたかのように丸くズレた空間の()()から、銀色の髪を揺らして女性が現れた。

 

「……お前……が、ヴォイドか?」

「ん? あァ、オレがヴォイドだ」

 

 ニヤリと笑みを作って、銀髪の女性が出てきた空間を閉じながらそう言って与一を見る。

 その顔は、間違いなく彼の幼馴染──有栖川真冬のモノで、しかしてプラチナブロンドの髪がキラキラと光を反射する銀髪に変化しているがために、どうしても本人の印象からも変化して結びつかない。

 

「……ハッ、理念(イデア)無垢(ピュア)、オマケに虚空(オレ)か。勢揃いなところワリぃけどよ、オレぁ自由になりてぇんだ。テメェらが居るとそれが叶わねえ以上、まぁ────やることは一つだよな」

「っ──全員逃げて!」

 

 ヴォイドがやろうとしていることを察してか、イデアが声を荒らげる。

 イデアとは逆方向に跳びながらアカリを抱えて離脱する与一が見たのは、真冬の体を使うヴォイドが、手のひらを広げて指を緩く曲げた片手をクイッと捻る動作をしている光景で。

 

「なん…………うべっ」

「さ、細波青井──!?」

 

 何が起きたのかと状況を理解するよりも早く、細波青井の体は、マンションもろともパックリと竹を割ったように縦に裂ける。

 ちょうどマンションの中間に立っていた青井がビルを裂いた何らかの攻撃に巻き込まれ、割れたビルとともに落下していく光景を、与一たちはただ見ていることしか出来なかった。




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