とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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イデア・シンドローム 6/6

 バランスが崩れ、真下へと倒壊を始めるマンションの屋上から、与一はアカリとイデアを抱えて飛び出し、隣のマンションの窓へと跳ぶ。

【禍理の手】を射出して突き刺し、巻き取る形で宙を舞い、二人を庇いながらガラスを蹴破って中へと侵入してから彼はイデアに問うた。

 

「うっ、うぁうあう……」

「イデア! ヴォイドの能力ってなに!?」

「器に収まるべき『力』(ヴォイド)の役割は、あくまで虚空──世界の裏側から力を抽出する用の出入口を作り、操るモノです。決して攻撃では……」

 

 そう返されて、目を回しているアカリを抱え直す与一は更に問いかける。

 

「じゃあ、物体を切り裂く能力ではないのか?」

「そのはず……ですが、空間に虚空へ繋がる穴を開けるためにああして空間をズラす光景を見て、一つだけ確信に近い仮説を思いつきました」

 

 後ろで崩れていくマンションを尻目に、イデアは指を立てて与一に言った。

 

「例えばあの空間にズレを作る能力。アレを使う際に、物体や人体を()()()()()ズラしたら……?」

「そういえば、細波青井も纏めて両断されてたな。つまり空間にズレを作る過程に巻き込むことで、結果として切断されたような状態にされるのか」

「──ま、だいたい正解だな」

 

 そう言って会話に乱入する声が、唐突にマンション内に響く。またしても空間の裏から現れたヴォイドが、三人を見据えて口角を歪めて笑う。

 

「オレの力は空間操作──の中でも、虚空(うらがわ)への干渉に特化してる。空間に穴空けて裏に逃げたり、裏から違う場所に繋げて外に出たりなァ」

「……便利なもんだな」

 

 ジャラリと鎖の動く音を鳴らして、与一は【禍理の手】を2本浮かばせ、捕まえるために手のひらを広げた状態で待機させる。

 

「…………」

「────」

 

 一瞬の無言。刹那、引き絞った矢を放つように撃ち出された【禍理の手】がヴォイドの元に迫り、しかして鎖の半ばが断ち切られる。

 リンクが途切れて『手』が霧散し、続けざまの()()を起こそうとする薄く広がる円形の魔力が与一の胴体を中心に発生した。

 

「づおっ、ぶな!?」

 

 ほとんど無意識に、アカリを小脇に抱えたまま脊髄反射で屈むと、後ろ髪の先端が数本切れる。

 顔を上げた与一は、それからヴォイドの後ろで爆音を轟かせる巨大な物を振りかぶるイデアを見た。

 

「【召喚(コール)】────シィッ!」

「おいおいおい相変わらず物騒だな!?」

「な、なんだあれ……」

 

 ブォンブォンブォンブォン!!! という爆音を奏でる何かが、ヴォイドの体を引き裂く直前に張られた円形の空間──ズラして固定した空間という盾に防がれる。ギャリリリリリ!! と火花を散らすその物体は、棒状のグリップで持ち上げられた、まるで大剣かのように巨大なチェーンソーだった。

 

「……!」

「チッ、離れやがれ!」

 

 別のズレを生み出そうとするヴォイドを前に、予備動作を見たイデアがその場から離れるために跳躍すると、彼女の周囲にあった家具がスパッと切断されてゴロゴロと床に落ちていく。

 与一の傍らにタンっと着地し、チェーンソーの刃が毀れてないか確かめるイデアは、アカリを抱えていない方の手で肩を掴まれる。

 

「イデア、事前に言わなかった俺も悪いけど、うっかり殺しそうなやつは控えてもらえるか」

「……すみません。ですが、ヴォイドの危険性は──なぜ器から分離して個別に隔離されていたかは、よくわかっていただけたかと」

「それは、まあ」

 

 ぐったりしたままのアカリを抱えている与一は、イデアに言われて確かにと頷く。

 元からか、抑圧されたからか。どちらにせよ、こうして強烈な『我』を見てしまえば、分離させられるのも無理はないだろうと理解した。

 

 

 

「……イデア、アカリちゃん、聞いて」

 

 二人を警戒して距離を取るヴォイドを前に、与一は小さい声で声を掛ける。

 

「中身がなんであれ、体が人間なら急所も同じだ。真冬には悪いけど、とにかく全力で一発殴って気絶させる。二人にはその隙を作ってほしい」

「……ど、どうしろと

「キミ、【黄衣の王(ハスター)】使えるでしょ」

あっ、なるほど

「──それでは」

 

 小脇に抱えられた状態で小声で言うアカリに、与一は苦笑しながら返した。

 それからイデアがチェーンソーをブォンブォンと蒸かしながら一歩前に出て、言葉を続ける。

 

「わたくしが、意識を逸らします」

「分かった。『ズレ』には当たるなよ」

「ええ、もちろん」

「作戦会議は終わりかァ?」

「お待たせしました。行きますよ」

 

 銀髪を揺らしてニヤリと笑うヴォイドが、魔力を滾らせて能力を行使する。

 前に出たイデアを狙う空間のズレ──それを利用した切断を彼女は避け、飛び出すようにチェーンソーを手に全力で駆け出す。

 

「良く避けんなァ!?」

「なぜ、わたくしがあなたとアカリの監視を命じられていたと思っているのですか」

 

 巨大なそれを握りながらも、重さを感じさせない軽快なステップで、壁や柱、天井、家具を切断する空間操作を避けるイデア。

 ヴォイドもまたズレを応用した切断攻撃が当たらないことに焦りを見せ、頬に汗を垂らし、痺れを切らして自身をギリギリ巻き込まない範囲に広げる。

 

「…………おバカ」

「っ──!」

 

 けれども、イデアはその行動を見てくすりと笑う。胴体の辺りで水平に作られた巨大なズレを、彼女はチェーンソーを床に突き刺し足場にして跳躍することで避け──ヴォイドの背後を取りながら言った。

 

「空間操作はシビアな力。範囲を広げれば、それだけ次に使うまでの時間も掛かる」

「しまっ…………がッ!?」

 

 背後に回ったイデアを切断しようとするが、ヴォイドの体からは魔力の放出がされなかった。

 そして、真上から押さえつけるような暴風が発生し、潰されないようにと耐えることしか出来ない。

 

「こっ、これで、いいですか!?」

「上出来、上出来。そのままで頼むよ」

 

 黄色いレインコートをはためかせ、アカリは【黄衣の王(ハスター)】を加減しながら行使する。

 

「さぁて、抵抗するなら腹を殴るしかないが、しないなら頸椎を絞めて即座に気絶させてやるぞ」

「ぐっ、く……オレを、舐めんなよ……!」

「舐めちゃいない、厄介だと思ってるからこそ油断したくないんだ」

 

 反抗的なヴォイドの言葉に、与一はあっけらかんとした態度で即答する。

 強力な能力、厄介な能力。それを分かっているからこそ、自分に対してここまでやろうとしているのだと理解して、ヴォイドの表情が緩む。

 

「────。そうかよ。じゃあ……」

 

 しかしてニッと笑みを浮かべ、彼女は床に向けて空間操作を行った。

 ガコッと音を立てて、今四人が居る部屋の床が円形にくり抜かれ、全員が下の階へと落下する。

 

 

 

「第2ラウンドだ、まだまだやろうぜェ!?」

「こ、このガキ……っ」

 

 体が空中に投げ出されたことで集中が途切れ、アカリの【黄衣の王(ハスター)】による暴風が消えて、それぞれが階下に落下しながら身をよじる。

 イデアとヴォイド、アカリを抱きかかえる与一が着地すると、即座にイデアと与一がヴォイドを狙うべく全力で駆け出す。

 

「範囲の限界、再使用までの時間。その全ては把握した、また押さえつけられると思ったら大間違いだ────「はぁい隙あり」ゴホガッ!?」

 

 魔力を迸らせ、三人を相手に尚も戦闘の意思を見せていたヴォイドは、頭の片隅にすら、マンションごと真っ二つにした少女の姿を入れていなかった。

 彼女が少女ではなく、そもそも人間ですらないことを、ヴォイドが知る由もなく。果たして──足元から現れた水の塊に呑み込まれて拘束される。

 

「知ってますかぁ? 水での窒息って即死はしないんですよぉ。首やお腹を殴ったりするよりは怪我もせず楽ですね、ええ……」

「お前、いつからここに?」

「……えっ」

「あれっ!? い、生きてる!?」

 

 ヴォイドを呑み込む水の塊を切り離した別の水の塊が、細波青井へと形を変える。

 背後で彼女が苦しみに悶える光景と、青井が生きていたことに困惑しているイデアとアカリを横目に問いかける与一に、青井は返した。

 

「瓦礫から脱出して、秋山クンに連絡、マンションの倒壊を直すための部隊の派遣を頼んでました。……ああ、二人もこちらに向かってますよ」

「──なに?」

 

 そう言った直後、ばしゃんと水が弾け、それらが細波青井に吸収された。どさりと音を立てて倒れたヴォイドは、窒息により気絶し、髪色も銀髪からプラチナブロンドに戻っている。

 

「……真冬は無事か。液体生物なだけあって、そういう加減は得意みたいだな」

「褒めないでくださいよ」

「ったく……それじゃあ先輩たちと合流するか。おーいイデア、アカリちゃん、外に出よう」

 

 くつくつと笑う青井から二人に視線を移し、そう言った与一は、気絶した真冬を連れて行くために彼女の下へ向かうべく足を向ける。

 

「──ん?」

 

 そうした瞬間、外から黒い塊が迫ってきたかと思いきや、それが窓を突き破って中に侵入してくる。

 

「なっ……!?」

「全員動くな」

「はい制圧、久しぶりだなぁ怪力女」

「丞久さん! ……なんで、そっちの人と?」

「色々あんだよ、喧嘩はもう終わった」

 

 一人は硬質化した黒い魔力でイデアを押さえつけて床に倒し、一人は銃口を倒れ伏した真冬の頭に向けている。つい先程話題に出た二人──丞久と秋山が、一瞬にして現場の全員の行動を抑制していた。

 

「っ、ぐっ、く……!!」

「床に押さえつけられた状態でご自慢の怪力が発揮できるか、試してみるか?」

「先輩、秋山さん! 戦いは終わったんですよ!」

「悪いな、そうもいかねえ」

 

 即座に【禍理の手】を展開し、いつでも二人に撃ち込めるように準備するも、与一はそこから先に動けない。なぜなら、どうあがいても二人を攻撃するより先にイデアの体と真冬の頭が弾けるからだった。

 

「……明暗丞久、あなたがわたくしを許せないことはわかります。ですが与一様と幼馴染様は関係ないでしょう、武器を収めなさい」

「うるせえ。秋山もそうもいかねえっつってたろ、お前お前んとこの企業──V.I.Pって言ったか。そっちで動きがあった」

「…………は、あ……?」

 

 黒い魔力に押さえつけられながらも、力を込め続けて拘束を解こうとしていたイデアは、自身の所属企業の名前を出されて脱力する。

 

()()()()3()()と私ら面倒な敵対魔術師が一箇所に集まっているのを利用して、お前んとこの企業が兵器を投入しやがったらしい」

「…………3体?」

「連盟組織調べじゃあ、投入された兵器とやらは地下から迫る巨大生物兵器だ、今からここら一帯が戦場になるからチーム分けをしないといけねえ」

「……お待ちなさい、明暗丞久……!」

 

 疑問符を浮かべて、イデアが困惑した顔を隠さずに丞久へと問いかける。

 

「人造神格が、3体? 何を言っているのですか」

「……()()()()()()()()()()()()()?」

「────。なに、を」

 

 イデアの声に、丞久もまた困惑するような声色で言うと、その場の全員を一瞥してから呟く。

 

「新型エネルギー開発事業V.I.Pは、本来なら一つに纏めるはずだった神格を3つに分けたんだよ。虚空に干渉する力、それを操る理念、この二つを入れる無垢なる器──すなわちVoid、Idea、Pure」

 

 聞き入れさせるように、優しく。それが残酷な真実であるとは露知らず、丞久は足元で無表情になったイデアへと、無慈悲にも告げた。

 

「お前()、人造神格だったんだよ。ヴォイドとアカリの監視を命じられていたんじゃない、元々一つだったお前らに離れられると困るから、近くに居させる理由をでっちあげられていただけだ」

「────。…………。そん、な、わけが」

 

 丞久の言葉が、イデアの耳に届き、しかして脳が理解を拒絶している。

 だが、彼女の苦難など気にも留めないかのように、地震が──否、くだんの兵器の到着による振動が地面を大きく揺らす。

 

 反射的に全員が窓の外を見て、最初に視界に捉えたのは、高層マンションもかくやと言わんばかりの、巨大なムカデのようなバケモノだった。

 

 

 

 

 

『続』




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