「はい、よっと」
──ザシュリ、と鋭い一閃がロープを断ち斬る。事件現場を見つけるや否や背中の竹刀袋から刀を取り出した丞久の抜刀は、警備員の男性の目には既に終えている所しか捉えられなかった。
「うわっ!」
どさりと落ちてきた男性生徒を庇うように受け止めて背中から地面に転んだ警備員は、鞘に刀を納めて後ろ手に竹刀袋へ収納する丞久を見て当然の疑問を彼女へと投げ掛ける。
「…………か、刀!? 銃刀法違反だぞ!?」
「自殺騒動の治外法権と化した大学で今さらそんなこと言われてもな」
ジャッとジッパーを閉める丞久が警備員を下敷きにしている生徒を見て、一応胸が小さく上下していることから生きていると確認し、テンションの低下した冷めた目で警備員に質問した。
「なにがあった?」
「…………あ、ああ。不審な……そう、黒いローブで、顔を隠した男が……この生徒に何かを言ってて、いきなり首を吊り始めて、止めようとしたら男は向こうの方に走っていったんだ」
「ふうん。それで追いかけるより窒息までの延命に努めたと、ご立派なことで」
警備員と生徒、そして言われた方向に視線を向けた丞久は、ちょうどそのタイミングで到着した太陽の肩を掴んで口を開く。
「ここは任せる」
「いきなりなんだ!?」
「首吊りの現場だ、流石に警察と救急を呼ばないわけにはいかなくなった。私は犯人が逃げた方に調べに行くから、ここは任せる」
「理由はわかったけど重要な主語を抜くな」
倒れて気絶したままの生徒を支えている警備員の困惑している顔を見て、だいたいの事を察した太陽が懐から携帯を取り出して通報する。
その行動に背を向けた丞久が裏手のフェンスに沿って走ると、ものの数秒で数百メートル離れた位置にたどり着き、ペンチ或いはカッターなどで切断された網目フェンスの穴を発見した。
「ここから逃げたのか……?」
穴をくぐり外に出て、丞久は足元を眺める。そこにはくっきりと足跡が残っており、進行方向の草木が掻き分けられ枝葉が折れていた。
「──なぁんか妙だよなあ」
ぽつりと呟いて、丞久がしゃがみこむと敷地の外に逃げていったのだろう足跡を見る。
「逃げた、にしては……綺麗な歩幅だな。少なくとも慌てているようには見えない。慌てる必要が無かったから? いや、違うな……」
しゃがみこんでいる丞久は曲げた膝に肘をつき、指先で頬をトントンと叩くと、下がったテンションが上がって行くのを自覚する。
「ま、
「──おーい、丞久ー」
「あん? ……おい、通報は?」
ふと敷地内から聞こえてきた声の方に戻ると、太陽と警備員が立っていた。警備員の顔をよく見ると、先程の事もあってかどことなく疲れきっているような表情をしている。
「もうした。あの生徒も教員に任せたし、この警備員が不審者のことでまだ話すことが残ってたって。……あんた名前なんだっけ?」
「あっ、田中です」
「聞く必要なかったわ」
「結構ひどい……」
太陽のバッサリした物言いに少しガクリとしつつも、警備員──田中は丞久に言う。
「…………実は、えっと、不審者のローブに……こう、変な模様があって」
「変な?」
「何て言えばいいんだ……こんな感じの、
「────。ウーン」
田中はその辺に転がっていた枝で、地面にガリガリと模様を描く。
それはいわゆるハテナマークやビックリマークなどを組み合わせた、見方によっては抽象的なサソリに見えなくもない模様だった。
「なんだこりゃ。丞久は知ってるか? ……丞久? なんでそんな気落ちしてんだ?」
「ウーン……」
太陽が顔を覗き込むが、丞久の表情は完全に落ち込んでいた。まるで自分の番が来る前に欲しかったものが売り切れた子供もかくやと言わんばかりに、上がりつつあった
「……何も見なかったことにして帰って寝たら全部解決してないかな」
「お前本当にどうした!?」
「────」
太陽と田中は、件のマークを見て完全に意気消沈した丞久の、面倒くささと苛立ちが混ざった、心の底からの嫌そうな顔を眺めるのだった。
「──あ、思い出した」
「なに、が、だぁぁぁぁっ?」
「いやほら、今回の一件に見覚えあるってこないだ言っただろ?」
翌日、体育館の中心で丞久と太陽はそんな会話を交わす。太陽の腕の中でギチギチと首を締め上げられている男性がガクリと項垂れ脱力すると、丞久は男性の手にあった短刀の刃先を指先に乗せてゆらゆらとバランスを取っていた。
「これ、アメリカの大学で起きた連続自殺事件をまんま模倣してる」
「まぁじぃ?」
「最初に飛び降り、次に首吊り、次にナイフで腹を刺して…………」
「丞久?」
──刺、し、てぇ~~~……と言葉が延びて行き、やがて途切れると丞久が小首を傾げる。
「残り二つ……なんだったか忘れた」
「重要なところをさあ、お前さあ」
「調べりゃ出てくるだろ、とりあえずこいつを医務室に投げ込んでおくぞ」
「へいへい、力仕事は俺担当ね」
よっこいせ、と言って当たり前のように背丈がほとんど同じである生徒を担ぎ上げる太陽に、丞久は感嘆の入り交じった声を漏らした。
「鍛えてんなあ、大学生じゃなくて格闘技やってりゃあ良い戦績残せそうなもんだ」
「そういうの、わりとしょっちゅう言われるんだよな。まあ母さんとの約束だから、そういうのは大学出てからって決めてるんだが」
「親孝行ってやつか」
「そうそう。母さんも大変だからな、俺が楽させてやらねえといけねえ」
「偉いもんだな」
皮肉でもなんでもなく、丞久は親のための行動を取っている太陽にそう言った。
そんな丞久に、太陽もまた生徒を米俵のように肩に担いで歩きながら返す。
「……だからこそ、この事態を引き起こしてる奴を許せねえ。丞久よお、お前が『何か』を知っていて、犯人にも察しがついているのは分かってる。わざと隠してることを理解した上であえて聞くぞ、どうして話してくれないんだ」
丞久を横目で見る太陽に、彼女は考えるそぶりを見せる。それから諦めたようにため息をついて、仕方ないとばかりに頭を指で掻いた。
「余計ないざこざに巻き込むから──っつっても、もう巻き込まれてるのか。……わかった、わかった、そんなに知りたいなら色々教えてやる。その前にまずこいつを医務室に持っていって、図書館で例の事件を調べるとしよう」
「──そうこなくっちゃなあ?」
ニヤリと笑みを浮かべる太陽は、早速と生徒を医務室のベッドに投げ込んで、養護教諭の老人に通報するように伝えて丞久と共に図書館へと向かう。室内のなるべく隅の方に座り、人目から隠れるようにテーブルを挟んで向かい合うと、丞久は携帯で検索をしながらあっけらかんと言った。
「私はハスターっていう旧支配者……ヤバい神様だと思えばいいな、そういうのに力を押し付けられてる。ガキの頃にアイツの力の断片、力のごく一部を与えられていて、あのマークはハスター関連の関係者アピールになるんだよ」
「なんて???」
「んで、犯人はあの警備員だな。呼び出そうとしてるのがハスターだったらもっと生け贄の人数が必要になるだろうし、たぶんシュブ=ニグラスっていう……黒山羊って揶揄されがちな邪神を喚ぼうとしてるのかもしれん。まあシュブ=ニグラスはハスターの妻だからすげぇ気まずいんだけど」
「お前説明能力ゼロウーマンか?」
──え? は? という丞久の疑問と太陽のキレ気味の声がぶつかる。
「待て待て待て、ちょっと待て整理するから。先ず……ハス、ター? とシュブなんちゃらっつー神様が実在して、丞久は小さい頃ハスターに力を与えられたんだな?」
「そう言ってるじゃん」
「こいつ足が速い以外に褒めるところがねえぞ……? …………んで、この大学でそのシュブニグラス? とやらを喚び出そうとしてる犯人があの警備員……佐藤「田中」そう田中、あいつなんだよな。なんで断定できるんだ?」
手元のメモ帳でさらさらと纏めながら問い掛ける太陽に、丞久はメモの端に別のペンで例のマークを描いてから続けて言う。
「昨日あの場に居たのは首吊ってる最中の生徒とそれを助けようとしてる警備員の二人だけ。普通なら、その現場は被害者を助けようとしている構図に見えなくもない」
「いや普通はそう見える…………あっ」
「怪しいやつが逃げたってわりには慌てているような足跡は無く、外に伸びている足跡も歩幅が安定していてくっきり残っていた」
丞久の推理に何か気づいた様子であんぐりと口を開いた太陽は、彼女の答えを聞く。
「──田中は飛び降り自殺する予定だった生徒を生還させた私を警戒していた。で、首を吊らせている時に私が走ってくるもんだから、それに気づいてさも生徒を助けようとしてるような振りをして、事前に偽装しておいた足跡を探らせに行かせて自分を犯人候補から外そうとしたわけ」
「……あー、なるほどお前あれか、戦ってるときだけIQ跳ね上がるタイプか」
「喧嘩売ってんのか」
先程とは打って変わって分かりやすい説明に、太陽は丞久がどういう人間なのかをそれとなく理解すると、それはそれとしてマークを指差して懸念材料を問いかけた。
「ハスターパワーが宿ってるお前とシュブ=ニグラスを喚び出すつもりの田中には一切の繋がりはないのか? 言っちゃあなんだが、実はお前らが結託してました~とか言われても嘘か本当かを見分ける判断材料はないんだけど」
「私は
「断言しやがった……」
「だから『あのマーク』関連の相手は嫌なんだよ、毎回敵からはお前味方だろ? みたいな顔されるし……はぁ。あ、やっと出た」
面倒くさそうにため息をついていた丞久だったが、テーブルに置いて片手間でタップしていた携帯を180°回転して太陽の前に滑らせる。
「──『ミスカトニック大学連続自殺事件』……アメリカの大学ってこれか。確かアレだな、この大学もここをモデルにしてるって噂」
「
「へーえーえー、っと。一日目に飛び降り、二日目に首吊り、三日目にナイフで腹を……ここまでは一致だな。そんでぇ、四日目と五日目が……ガス爆発とプールでの溺死……」
当時の記事を読み上げるにつれ、太陽の声色が落ち込んでゆく。顔を片手で覆いながら、その声は同情を含んだものへと変わっていった。
「──種も仕掛けも割れてる状態でマジックしろって言われてるようなもんだろこれ」
「本来なら、謎の自殺騒動で恐怖のどん底に突き落とされ、気づけば黒山羊が喚び出されて辺りは阿鼻叫喚に──ってのが筋書きだったんだろうな。相手が私じゃなければ」
まさしくその通りだろう。それこそ、これは並の魔術師ですら最初の飛び降りを阻止できたかどうかも怪しい案件だったのだ。
しかし、果たして誰が、2周遅れだろうと余裕で全員ぶっちぎって1着になれるような健脚の持ち主が阻止しに来るなどと予想できようか。
それも、自分のところの信仰対象と近しい存在の神格からの寵愛を受けた者である。もはや相手が悪い、というどころの話ではない。
──だが。
「……それでもなお計画を続行しているのは、何か勝算が有ってのことか、はたまた」
「どちらにせよ、もうチェックメイトだろ。あと二日は自殺現場になりそうな場所を見回りして阻止するなりすればいいんだから」
「…………うーん」
余裕綽々、といった顔で携帯を返す太陽は、チリチリと脳裏を掠める違和感を持つ丞久がそんなうめき声を出していることに疑問を覚える。
「どうかしたのか」
「……なにか、違和感」
「違和感?」
違和感。すなわちそれは、
何かを見落としている。
決定的な、重要な何かを。
ただ怪物・魔術師退治をしていればよかった昔とは違う、探偵としての人助けを始めたばかりゆえの、そういった分野の経験の浅さ。
疑問に抱いた
──四日目に問題が起きることが、なかった。
お気に入りと感想と高評価ください。