【────ん、──い──ん!】
「…………づ、ぉ」
耳鳴りが酷い。全身が痛すぎて、逆にどこが痛くないのかが分からない。
キンキンと響く音の奥で、必死に誰かが名前を呼んでいる気がする。
【よ──ち──くん、よい──ん!】
なにが、どう、なったんだったか。確か……資料室で、何かを読んで、出ようとして…………そう、イデアが爆発したんだ。
【与一くん! 起きて!!】
「っ────!!」
そういえばと、現状に気づいて起き上がる。全身が訴える痛みを無視して、周囲を見れば……辺りには体の一部が押し潰された遺体と、何かに引き裂かれたような死体が幾つも散らばっていた。
「状況は!?」
【彼女が爆発してからまだ2分くらいです、流石にこの状況で「殺しは無し」とかは出来ないので言わないでくださいよ!】
「……こればかりは仕方ないと受け入れるしかないでしょ……う゛っ、ぉお゛っ」
どうやら雅灯さんが【禍理の手】を操作して守ってくれていたらしく、その証拠に、今まさに眼前で施設の警備員らしき男女数人がひとりでに動く無数の『手』に潰され、割かれ、虐殺されている。
全身の激痛を耐えながら死体を跨いで部屋を出ると、廊下にも幾つもの死体が落ちている。……まあ、
「ぐっ……い、イデア……! っ、雅灯さん、廊下で敵の相手を頼みます」
【わかってます、急いで!】
爆発により出入口に大穴が空いた資料室に戻ると、中の棚やサーバーまでもが吹き飛び────部屋の中央に、人影が倒れている。
「イデア!」
お腹にはポッカリと穴が空き、腹部を中心に内側の肉や外側の皮膚が焼け焦げ、よく見れば穴は貫通していて床が見えている。
「……い、で────」
──なんだ、これは。
どこで、間違えた。いや、違う。
……最初からだ。こんなヘボが、この一件に関わったから、イデアはこうなった。
爆弾は想定外だった? こんなのわかるわけがない? そんなのはただの言い訳だ。
ここに居るのが丞久先輩だったら、秋山さんだったら、こんなことにはなっていないんじゃないかと、無根拠な
「この……どうしようもない、無能が……っ!」
ここに居るのが、
「っ、ぅ」
「……!」
──まだ生きてる!? このダメージで!?
咄嗟に抱き起こすと、イデアは血の塊を吐きながら咳き込み、一拍置いてまぶたを開いた。
「ぅ……よい、ち、様」
「イデア、イデア……ごめん、俺がもっと、しっかりしていれば────」
こちらがそう言うと、言葉を遮るように、イデアは咳き込みながら口角を歪めて笑った。
「…………ふ、ふ。
「っ」
「だって、こんなの、どうしようもない……じゃないですか。わたくしだって、爆弾がしこまれていたなんて、知らされて、なかった」
腹部の肉や周辺の骨が吹き飛んで、重要な臓器にまで被害が及んだ、驚くほどに軽いイデアを支えながら、どうにかできないかと思考する。
「ヨグ=ソトースの部分顕現……いや、魔力が足りない。なら【人形化】で延命──できる、のか?」
【人形化】は確かに人間に不死性を与える肉体変化の魔術だが、
だが既に肉体が大きく損壊した人間を人形にしても大丈夫なのか? ここで試すべきか? イデアを実験台にするべきなのか? イデアは人間にカウントしていいのか? ──ここに来て倫理観を問うのか?
「……よいちさま、もし、なんらかの延命処置ができるのなら、どうか
「──何を、言って」
「このまま、ふつうの人間として死ねるのなら、それは、きっと、
「…………。…………そう、かもね」
……そうだな。そうなのだろう。ほんの一瞬でも『なるほど確かに』と納得してしまったのなら、その時点でもう説得は無理だ。
このまま、イデアを死なせよう。助けられる
そう、選択したのだ。撤回するな。ただただ苦しめ、それが
「……どうして、たかが数時間の関係でしかないわたくしのために、そんな顔ができるのですか」
「時間なんて関係ないさ。ほんの数分の関係でも、俺はキミが死ぬのがものすごくつらいよ」
「……ああ、そういうこと、だったのですね」
「何がだい?」
爆破で背骨すら吹き飛んで、神経もズタズタで、痛みを感じていないのが不幸中の幸いなのだろう。不思議なほどにケロッとした顔でこちらを見上げるイデアは、合点がいったように言葉を続ける。
「……なぜ、こんなにも、あなたのそばが心地好かったのか。……人はこれを、愛と呼ぶのでしょう」
「────」
「変……でしょうか?」
「────。まさか、そんな人間が居たっていい。普通ってのはそういうものさ」
そんな会話をしながらも、イデアにもう時間が無いことだけはわかっていた。
彼女の体からは鼓動の弱まりと共にどんどんと命が抜け落ちていき、顔色も青白くなっている。
「よいちさま」
「……ん」
「手を、だしてください」
不意にそう言われて、左手でイデアを支えながら右手を出すと、彼女は力なく差し出した手を握って────こちらに魔力を流し込んできた。
「っ──これは」
「もっていってください。もう、わたくしには必要ありませんから」
「……わかった、有り難く貰うよ」
……本来、他人の魔力は自身の魔力と反発し合う筈で、いつぞやに雅灯さんの
暖かく、包まれるような感覚。それはまるで、春先で太陽を浴びているかのような──そんな、柔らかく優しい暖かさだった。
「…………なあ、イデア」
「……なんでしょう」
「俺、長生きするよ。元々死ねない理由はあったけど、それはそれとして、この先もずっと生きて……生まれ変わったキミを見つける」
「──!」
イデアは目を見開いてこちらを見上げる。おぞましい約束だっただろうか。どうだろうか、なんかもう、良く分からないな。
「いつかのどこかで、神でもない、クローンでもない、普通の人間に生まれ変わったキミを見つけるから。その時は……友達になってくれる?」
「────」
確証もない、確実でもない、何一つ信じられるモノなんてない口約束。けれどもイデアはこちらを見て、ふっと口角を緩めて笑みを浮かべた。
「ふふ……例え嘘でも、すごく、嬉しい」
そして、その言葉を最後に彼女の瞳からは光が失われ、こちらの手を握っていた手はするりとほどけてだらりと床に落ちる。
命が全て抜け落ちて──果たしてイデアという存在は、この世から消え去った。
「──いいや、嘘にはしないさ」
ボロボロと崩壊し、粒子状に消えていくイデアの遺体の消滅を見届けて、ゆっくりと立ち上がる。
【与一くん、一旦の殲滅は終わりました。でもすぐに増援が来るかと】
「さいで」
【……イデアちゃんは?】
「死にました。ちゃんと、人として」
【……そう、ですか】
資料室から外に伸びていた【禍理の手】の鎖を通って
「…………うーん」
【与一くん?】
「なんというか、いま、凄く悲しいんですよ。でも……その割に涙は出ないんだなって」
頬に手を当てて、ピクリとも反応しない涙腺に対してそう反応しつつ、ため息をついて続ける。
「でも、悲しいんです。イデアには、生きていてほしかった。いつかは大人になって、コーヒーの味の良さを分かってほしかった」
【……ですねぇ】
この数時間で、色々起こりすぎて、感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。
通路に出て……視界の端からぞろぞろと増援がなだれ込んでくる光景を前に、ふと考える。──案外、なんとも思ってないのか? と。
…………バカを言え。
「──涙が出なければ、悲しくないのか? 顔を赤くして怒声を張らなければ、怒っていないのか? そんなわけがない。だったらこの……胸の奥で渦巻いている、ドス黒い激情はなんなんだ?」
これが悲しみでないわけがない。怒りでないわけがない。イデアが死んで悲しいんだ、守れなかった
──だけど、感情的になってはいけない。きちんと理性的に、冷静に、確固たる意志を以て。
小さく深呼吸を挟んでから、雅灯さんにも聞こえるように宣言した。
「──この施設の人間を皆殺しにします。手伝ってください、雅灯さん」
【…………。ええ、ええ。勿論、手伝いますとも。だって私は、あなたの悪霊なのですから】
憐憫の声色をした彼女の返答には、意図的に返さずに。侵入者を仕留めるべく向かってくる警備員たちを見据えて、片手を翳す。
イデアの魔力が混ざったからか、呼び出せるようになった
「じゃあ、行きますか」
ブォンブォンと唸る、大剣が如きチェーンソーを携えて。一番前に立っていた男目掛けて、両手で握るその得物を、大上段から振り下ろした。
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