とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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かみさまのつくりかた 5/5

「【──ルルルォオラァアアア!!!】」

 

 バンッ! と空気の壁を破る勢いで、ビルの外壁を足場に丞久が跳ぶ。

 硬質化した魔力で作った骨の装甲に握り拳を作らせ、ムカデの巨体をへし折らんばかりに殴りつけると、ミシミシと音を立てて体の一部に亀裂が走る。

 痛みと不快感に高層マンションもかくやと言わんばかりの巨体を揺らすムカデの表面で、ぐわんぐわんと揺すられながら丞久が吠えた。

 

「【あぁあきやまァ!! まだか!?】」

【もう少し待て、いい感じのタイミングが来ないと撃てねえ】

 

 数百メートルは離れた位置から、淡々とした声が耳のワイヤレスイヤホンに返ってくる。

 細波青井(ショゴスロード)に【召喚(コール)】で作らせた銃を屋上に置いて、懐から取り出した結晶を装填すると、声の主──秋山はスコープを調節しながら振り回されている丞久の作ったムカデの体の亀裂を確認した。

 

【ちょうどいい辺りに亀裂を入れたな。そこを撃ち抜けばキリよく半分に出来そうだ】

「【つまりぃ!?】」

【1秒でいい、隙を作れ】

「【1っ、秒っ、でいいんだなっオゴぁ】」

 

 遂には苛立たしげにビルに体ごと丞久を叩きつけるムカデを眺めて、秋山はため息をつく。

 

「なに遊んでんだか」

「遊んではないでしょう」

 

 上着の肩からにゅっと姿を現した青井にそう言われ、大型の狙撃銃──魔力圧縮結晶を発射用の電力として運用する、連盟組織お手製レールガンの調整をしながら、呆れ気味に言葉を返す。

 

「有栖川真冬と人造神格の力が完全に消失する前に、あのムカデを節目ごとに区切って輪切りにしねぇといけないんだ。真面目にやれ」

「【てめぇ〜〜〜このサイズ差を見てから言いやがれよ……!】」

「お前はレッドキングと殴り合ってこいって言われたら勝てるタイプだろうが」

 

 グループ通話から丞久だけをミュートにして、調整を終えたスコープを覗き込む。

 逸る気持ちを押さえ、チャンスさえあれば即座に引き金を引けるようにとする秋山を後ろで眺める青井が、愉快そうに口を開いた。

 

「そんなに桐山クンが心配ですかぁ」

「うるせえ」

「あなた、図星のときほど黙らせようとしますよねぇ。少しずつ分かってきましたよ」

「…………」

 

 露骨に舌を打ち不機嫌そうになる秋山だが、視線はムカデ──と、果敢に飛びかかっている丞久──から逸らさずに続ける。

 

「俺たちにとっちゃあ、与一は弟みたいなもんだ。だがそれと同時に、丞久にとっては唯一無二の弟子で、俺にとっては仕事仲間。もし自分のミスだと思い詰めてたら、後々こっちが困るんだよ」

「はぁ」

「まあ、バケモンにはわからねえか」

「すんごい直球の差別発言ですね……」

 

 ──確かにわかりませんけど。と独りごちる青井は、遠くでがむしゃらにムカデに殴る蹴るの暴力を叩き込んでいる丞久を見やる。

 

「……私が()()()()なら、いったいアレは何なんでしょうかねぇ」

「俺に聞くな。……そういや、【黄衣の王(ハスター)】を失って戦力ダウンしたかと危惧したが、そもそもサブウェポンにするためにって【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】も用意してたんだったな。変に周到な奴だ」

「ああ、だから『戦うときだけIQが跳ね上がる』って小馬鹿にされてるんですね」

 

 ドバン! ドバン! と空気の壁を突き破りながら、倒壊しつつあるビルとムカデの間をピンボールのように跳ね回る黒い塊──黒い魔力で形作った、骨を纏う丞久の暴れっぷりを見て、青井は苦笑する。

 

「あの、アレ……生身で音速に突入してる……」

「俺に聞くな。あんなんでもまだ種族は人間だ」

 

 細波青井のような『人の姿をした怪物』と、明暗丞久や春夏秋冬円花のような『怪物みたいな人間』は、似ているようで全く違う。

 けれども丞久のあの苛烈な攻撃は、この場でムカデを殺し切るための行動で、必ずや秋山がレールガンを撃ち、当ててくれると信じているがゆえのモノ。

 

「────少し黙れ、()()()()()()

 

 決して言葉にはしない信頼に、秋山は応える。ほんの一瞬、ピリッと切り替わる空気を前に、彼は深く吸った空気を薄く細くゆっくりと吐き出しながら、スコープ越しにムカデを捉え────爆発したかのような銃声を轟かせて、金属の塊が発射される。

 

 もうすでに辺りがめちゃくちゃになっているが故に、出力を下げる必要がないレールガン本来の速度を以て、まばたきの間に着弾。

 電磁加速によりマッハ6(秒速2000m)を突破した徹甲弾はムカデの胴体に出来た亀裂を利用して半ばから切断し、顔のある上半分が空中に投げ出された。

 

 気の抜けた声を出したがら着弾を確認した青井は、銃身から余剰電力と煙が噴き出すレールガンを足元に捨ててから青井を小脇に抱える。

 

「おー、当たった……えっ?」

「戦いは終わった。丞久と合流するぞ」

「でもトドメが…………あれっ」

 

 かつて自身も食らったこともあるレールガン。それによる狙撃で千切れたムカデの上半分を見た青井は、いつまで経っても地面に落下しない光景に違和感を覚える。よく見れば、透明な円形が無数に食い込み、その体を空中に固定させていた。

 

「……e2からc6へ」

 

 それが真冬(ヴォイド)の空間操作によるものだと気づくのと、秋山の指示で指定した場所に跳ぶのは。そして転移により視界がブレる直前、ムカデの上半分が節目ごとに切り離すように切断されるのは、全く同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──上半分に続いて下半分も寸断した真冬は、自身と同じように魔力を体から噴出させるアカリに支えられながら、マンションの一室に隠れて対象に翳していた手を下ろすと、滝のような汗を腕で拭う。

 

「……っ、はぁ、はあ……ようやく、終わった」

「っ…………ごう、りゅう……しましょう」

 

 体内の力が消えつつある真冬と、体そのものが崩れかかっているアカリは、ズズン……とムカデの巨体が落ちた音と足元の揺れを感じつつも、合流のためにと残された体力を振り絞る。

 空間に円形の穴を空けて中に潜り、出口にも穴を空けてそこに出ると、眼前には瓦礫に腰掛ける丞久と青井を脇に抱えた秋山が居た。

 

「おーう、お疲れさん」

 

 黒い骨が崩れ、魔力が空気に溶けるように霧散し、丞久の疲れた顔が露わになる。

 

「あとは連盟組織にここら一帯の被害を対処させるだけだ。……それで、お前らの体はどうなるんだ。どうしようもないのか?」

「あたしは……たぶん大丈夫だ、ヴォイドだけが消える。……でも」

「──アカリ」

「丞久、さん」

 

 ちら、と真冬が横目でアカリを見る。彼女の体の節々が砂で作った城のように崩れ始め、丞久が一歩前に出て顔を突き合わせると口角を緩めた。

 

「お別れだな」

「……はい。ごめんなさい、こんなことに巻き込んで……それに、【黄衣の王(ハスター)】を返せそうになくて。たぶん、既に一度宿った力を授け直すことは、出来ないみたいで……」

「あー、いい、いい。別にハスターだけが私のアイデンティティってわけじゃねーし」

 

 カラカラと笑って、丞久は続ける。

 

「私の中に力だけが宿って、それがお前に移った。こんな流れになったのにも、案外、なんらかの意味ってやつがあんの、かも────」

 

 そこまで言った丞久が、ふと、何かに気づいたかのように右目だけを左右に動かして思案した。

 

「……丞久さん?」

「……この時間軸は、既に未来からの干渉で特異点になっている。だとすると……そういうことなのか? だから力しか存在しなかった?」

「あの、丞久さん……??」

「────くっ、くくく、はははは……!」

 

 眼前でいきなり何かを考え始めた丞久に対して、困惑しながらも声を掛けるアカリは、唐突に声を上げて笑い始めた丞久を前に更に困惑する。

 

「はっははははは!! そういうことか! はっはは、そうか、因果は廻るのか」

「……ええ、と」

「アカリ、頼みがある」

「! ……は、はいっ!?」

 

 左手の親指と薬指をくっつけて、それ以外を伸ばす印を結んで、丞久は言う。

 

「今からお前を、()()()に飛ばす。雨が降るあの日の公園で出会うガキに、全部を託せ」

「────!!」

「頼めるか?」

 

 答えを聞く前に、既に術式の準備を終わらせた丞久が、アカリの足元に時計盤のような形状の魔法陣を展開する。陣の内側に居るアカリは、全てを察したかのように、多くは語らずに────

 

「……また、お会いしましょう」

「ああ。また、会えるといいな」

 

 そう言って、笑みを浮かべて、時間を超えるべくその場から姿を消す。

 果たして、3体の人造神格は、全員がこの世から消え去り、事態も終息へと向かった。

 

 

 

 

 

「……んで、どういうことだ?」

「ガキの頃、私に【黄衣の王(ハスター)】を授けたのは、未来の私が送り込んだ消失寸前のアカリだ。だから『力』だけが宿ったんだろうな」

 

 質問した秋山は、なるほどと頷きながらも当然の疑問を抱いて口にする。

 

「タイムパラドックスが起きてねえかそれ」

「知るかよ。だが、もう既にこの時間軸は『未来から過去に干渉する』という現象が起きた世界線だ、何が起きたって不思議じゃあない」

「……ん? あぁ、あたしと親父か」

 

 丞久の返しに、【虚空神話(ヴォイド)】を解除して金髪に戻った真冬が呟く。

 未来からの干渉──有栖川春秋という未来人が過去にやってきた事実と、未来人と過去人の子供である真冬という結果。それを見れば、()()()()()ならあり得るだろうという説得力が生まれる。

 

「つーか……この感覚、たぶんあたしの中に、少しだけど【虚空神話(ヴォイド)】が残ったな。どう、すればいいんだ? これは……」

 

 ぐっぱっと手を握ったり開いたりして確かめる真冬に、丞久は面倒くさそうに返す。

 

「さぁなぁ。ま、お前の力として使ってやればいいんじゃねえか? 消えるはずだった力が残ったんなら、そりゃラッキーってやつだ」

「複雑だ……けど、早速使うか。あたしらもここから離れないと、街の被害の巻き戻しに巻き込まれてコンクリートに埋まりかねないし」

 

 はあ、とため息をつく真冬。けれども使いこなせば強力であることは確かなそれを受け入れるしかないと、そう考えていたとき。

 

「……そういえば、与一は?」

「こっちで連絡する、有栖川真冬は、あっちで街から離れる用の穴を開けといてくれ」

「ん、わかった」

 

 髪の一部に銀髪がメッシュのように残った金髪を風に揺らし、真冬は丞久を連れて歩いていく。

 青井を脇に抱えたままの秋山が背中を向けて携帯で電話をかけると、一拍置いて件の相手が出た。

 

 

【──もしもし?】

「与一、こっちは全部終わったぞ」

【そうですか。こっちも終わりましたよ、ハッキングツールでのデータのコピーと送信も済んだし、こっちにも連盟組織の人員を派遣しといてください】

「そうか。……ところで、そこに居るであろう組織のトップは捕まえたのか?」

【────】

 

 秋山の問いに、与一は言葉を詰まらせる。それからあっけらかんとした声色で言った。

 

【すいません、()()()()()()()のが、足しか残ってなくて。これ持って帰ります?】

「…………。いや要らねえよ」

【ですよねぇ】

 

 ──これは、大丈夫なのか。秋山は声に出さずに逡巡するも、与一の不安定さを感じ取り、一人で任せたことを後悔しながら言葉を返す。

 

「イデアは……死んだんだろ、こっちも人造神格の二人が全員消えた」

【……ええまあ、はい】

「──あとのことはこっちでやる、お前は事務所に帰ってゆっくり休め」

【…………。じゃあ、その、お言葉に甘えて】

 

 何かを言い返そうとして、()()()()()()()のか、空回りする歯車のように無気力そうな声で言うと、電話の向こうで与一が重いため息をこぼすのを聞きながら、秋山はそっと通話を切る。

 

「……そりゃ、重く受け止めるよな。あいつは少し、善良すぎる」

 

 街の崩壊は、魔術で直せる。死んでさえいなければ、体の傷だっていつかは治る。

 けれども心の傷はそう簡単には治らない。死んだ人間は生き返らない。

 

「……丞久と有栖川真冬に言って……楠木葉子あたりにも連絡入れとくか。今日一日だけでいい、今の与一は、一人にさせるべきだ」

 

 ゴン、と。秋山は手の甲で額を殴る。何かを、間違えた。具体的な原因が思い当たらない、しかして決定的に『何かを間違えた』という後悔だけが残る。

 

「完璧に上手くいくなんてことは無いもんだな」

 

 与一が、丞久が、秋山自身が人間である内は、どうあがいても完全で完璧な成功なんてものはあるわけがないと。そう、わかっていたはずなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ──コツコツと、階段を上がる音が小さく響く。事務所兼自宅に帰ってきた与一は、誰も居ない部屋に入って、ぼすんとソファに座る。

 

「…………」

 

 深く体を預け、ぼんやりと天井を眺めていた与一は、数分そうしていたが──ふと体を傾けて横に倒し、クッションに頭を埋めてまぶたを閉じた。

 

「……ああ」

 

 後悔、後悔、後悔。子供を守れず、死なせてしまった後悔だけが脳を支配する。

 痛みと疲労で体が重く、もうこのまま眠ってしまおうと、意識をシャットダウンする直前。

 

「────すごく、つかれた」

 

 絞り出すようなか細い声が出たことを、与一自身が自覚することは最後まで無かった。

 

 

 

 

 

『完』




第二部完、お気に入りと感想と高評価ください。
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