「ごめんな、イデア。狭い墓で」
墓地の一角に訪れて、そう言って軽く手を合わせる。『桐山家之墓』と書かれたそれは、間違いなく、父さんお母さんの為に作られたモノで。そして今日、三人目の魂が納められることとなった。
「まあ、誰の遺骨も入ってない墓だし、狭いもなにもないか……?」
『……そうなの?』
──と、ふと横で手を合わせていたソフィアが訝しげにこちらを見上げてくる。
「だって、ねぇ。あの日襲われたとき、宿は火災で崩落したし、中で死んだ二人の骨を回収したなんて、春秋さんからは聞いてないし」
『ああ、確かにそうね』
「…………さて、帰ろうか」
──【新型エネルギー開発事業V.I.P】に関するあの一件から一週間が経過した。
ムカデ……と丞久先輩が暴れに暴れた街はなんとか元通りになり、インフラも何事もなかったかのように再開されている。
何も知らない民間人が一人でも死ぬようなことはなく、しかして、失ったものもあった。
例えば、丞久先輩は【
それに、不可解な点が多々あるのも問題だった。街をめちゃくちゃにしたあのムカデだが、どうやら死体が魔力状に霧散して消滅したこと。
そして──消える前に確認できた細胞組織などから、一つの事実が判明したらしい。
……あのムカデは、
じゃあ、どこから来たのか。そのヒントは──否、答えは既に出ていた。
あのムカデは
──とどのつまり、【
そして、この事を知っている者が居たはずだ。資料室で見たファイルのそれらしい部分が黒塗りにされていたのが証拠と言える。
アレが虚空に関する正しい認識を持つ、真の黒幕とでも言うべき人物が検閲したものだと仮定すれば、ある程度の合点がいく。
──恐らく、2年前に現れたイデアたちクローン組を用意した例の女。そいつこそが、この一件における全ての元凶なのだろう。
……本心を言えば、今すぐにでも捕まえるための行動を起こしたい。でも、『たぶんイデアたちを用意した奴が黒幕だ』だけでは情報が足りない。しかも……社長含めて全員ヤッちゃったから……
うん。この話やめよう、やめやめ。
──それにしても、一週間が経過したにも関わらず、今でも心は晴れないものだった。
出会った時間がどうとか、どれほど大切だったかとか……そういう話ではなく。
……ただただ、子供を守りきれなかったことが。子供から未来を奪ってしまったことが、辛くて、苦しくて……とても、悔しい。
いつまでもしょぼくれているのは良くないとはわかっていても、心の疲れというものは中々に改善されてはくれない。このまま仕事をするわけにもいかないし、いっそ暫く休業にするか────
『──ちょっと、与一』
「んえ? あぁごめん、聞いてなかった」
『呼んだだけよ。……まったく、重症ね』
人型から人形体に戻って肩に腰掛けているソフィアが、耳元でそう言って呆れている。
辺りを見回せば、いつの間にやら帰りの電車を駅のホームで待っている状態で、どうやら無意識のうちにここまで歩いてきていたらしい。
『電車が来るまで座ったら? そんな顔で立ってたら、駅員に声掛けられるわよ』
「そんな顔してた……?」
自分の顔なんてそうそう見ないけれども、遠回しに自殺でもしそうな顔してるとまで言われれば、それ程に酷い顔なのだろう。
確かに駅員に話しかけられでもしたら困る原因が2つほどあるため、背中の荷物を前に回してバッグと一緒に降ろしながら、言われた通りに誰も居ないベンチに腰掛けてソフィアを膝に乗せる。
【──あなた、まぁだ辛気臭い顔をしてるのね】
「…………悪かったね、辛気臭い顔で」
すると、不意に声が耳元……というか頭の中に響く。その声の主は、下ろした荷物────竹刀袋にくるまれた刀の付喪神こと九十九の声だった。
【せっかく私の持ち主になったのに、前回の件では使わないなんて、いったい何を考えているのかしら。まだ少し怒っているのだけど】
「俺も少し後悔してるよ。チェーンソーよりはキミを使う方が斬りやすかっただろうからね」
【今後は常に持ち歩くことね】
『……物騒な会話だこと』
それはそう。
【……そういえば、あなたの影を寝床にしているあの悪霊はどうしたの?】
「え? あー、雅灯さんは…………どうしたんだろ、最近引っ込んだっきり出てこないんだよね」
【ふぅん。死んだのかしら】
「もう死んでるよ」
『物騒な会話だこと』
それはそう。……という天丼はさておき、最近妙に静かだと思っていたが、確かに雅灯さんが引っ込んだまま出てきていなかったな。
「うーん、この人あんまり空気が深刻だと出てきたがらないからなぁ。今の俺の所為かも」
『……あぁ、そうかもしれないわね』
なるほどと合点がいったように、人形サイズで膝に置かれたソフィアが頷く。
そう、雅灯さんは意外と結月タイプというべきなのか、暗い雰囲気を嫌っている。
『……悪霊なのに?』
【悪霊なのに……?】
「不思議だよねぇ」
悪霊なのに……? とは、誰もが思うことだよ。
──と、そろそろ電車も来るだろうし人の気配に気をつけないとな。
なにせ、傍から見たら、ここに居るのは真剣を竹刀袋に隠し持ちながら人形を抱えている成人男性だ。控えめに言っても異常者だろう。
「…………。…………。うん?」
『どうかしたの?』
「電車が来ない……というか、そもそもホームに誰も居ないなあと思って」
周りをそれとなく見渡すが、不自然なくらいに人の気配がない。そろそろ電車が来てもいいくらいなのに、そういえば向かいのホームにすら電車が来ていない。通過すらしていないのはおかしいだろう。
仮に【人払い】を使われているのなら、魔術発動の魔力を感知できるし。
【刀と人形を持ち歩いてる変なのが、誰かとぶつぶつ会話してるのが薄気味悪いからでしょう】
「一字一句反論できない……けど、俺とソフィアと九十九が揃った状況での
『……敵の攻撃、とか』
「どうかな。それにしては、欠片の悪意も感じないのが妙だ。──これこそが攻撃なのか?」
敵意がない、悪意がない。どちらも欠けた異常事態は、どうにも勘付きにくいから困る。
これが敵の攻撃なら、もうさっさと出てきてくれ──と脳裏で愚痴をこぼし、瞬きを挟んだ刹那。
「ん?」
『え』
【……は?】
ぐわんと視界が揺らぎ、次の瞬間には、なぜか
「…………なん、なんだ、これは」
どうして、こんなにも────危機感が抱けないんだ。不思議なことに、異常事態にも関わらず、現状を攻撃だと認識できない。
いま我々は、恐らくは……何者かに誘われて、
「仕方ない、止まるまで待とう」
『外……には出られないわね、窓も固定されてる』
「おまけに外の景色も光が眩しすぎて何も見えないし、現在地すらわからないときたもんだ」
窓ガラスの外は、ビカビカと白く光っていて景色が見えない。今の季節が夏だったとしても、もう少し明るさは控えめだぞ……
【まあ、どちらにせよ、走っているのなら目的地はあるのでしょう。無害なら事情を聞けばいいし、敵が居たならその時は斬ればいいのよ】
「野蛮だなぁ」
と思ったけど、この刀はカテゴリーで言えば妖刀だったなあと思い出す。
血に飢えた……とかではないにしろ、逆にここまで理性的な妖刀の付喪神はそれはそれで怖いが。
──そんな風に会話を交わしながら、ガタンゴトンと揺られていると。
数分経過した頃に、乗っていた列車にブレーキが掛かり、緩やかに停車してからドアが開かれた。
「……さて、降りてみるか」
【実はもう既に死んでいて、この先が地獄に繋がっていたとしたらどうする?】
「閻魔様を訴える」
それは……頑張れば勝てるよ。ともあれ【浮遊】で浮かぶソフィアを傍らに、
降りた先に広がっている光景は、駅のホーム────などではなく、田舎を更に古い時代まで遡らせたかのような原っぱだった。
「駅じゃないし、線路すら無い……と」
『……与一、後ろ後ろ』
ソフィアに声をかけられて後ろに振り返ると、乗ってきていた列車が影も形も存在しておらず、山に続く木々が視界いっぱいに広がる。
「────。列車も消えた、と。帰りの手段まで無くなったんだけど?」
【とりあえず進めばいいじゃない。迷い込んだり連れてこられたりは、
「いや芸風にした覚えはない」
などと言いながらも、今はそれしか出来ないだろうし、言われた通りに歩き出す。
遠くを見やれば畑があるし、木製の平屋が幾つかあるため、人が住んでいることだけは確実だ。
とにかくそちらの方へと歩いていけば、誰かには出会えるだろう──と思っていたのだが。
「……誰も居ない、いや……隠れてるのか? 相手方にも警戒されてるのかな」
【この村? の空気感、江戸時代前後がモデルなのかしら。私としては懐かしいわね】
「ああ、
数分歩いて、家々に近づいても、人の気配はすれど出てくる様子はない。
警戒されているのはわかるが、ならば誰がなんのためにここに呼んだのか。
「……その1、俺たちはここに偶然迷い込んだだけ。その2、黒幕に誘い込まれたが、村人(仮)には隠れるように言ってある。その3、俺たちが来たことは想定外、黒幕が隠れるように伝えてある」
【と、すると?】
「あのご立派なお屋敷を目的地にしたほうがいいかもな。黒幕(仮)は村長(仮)と考えるのが自然だ」
『カッコカリばかりね』
ちらりと見上げた斜面の先にある、他の平屋とは比べ物にならない立派な和風屋敷。
こんな所に連れてきて、誰も現れず何も言わない。それはつまり、『ここに来い』と誘っているのだ。
……少なくとも、先輩や秋山さんなら迷いなくあそこに直進するだろう。
『与一、私が上から探りを入れてもいいけど』
「んー……このまま歩きで行こう。いざとなった場合はキミに頼らせてもらうよ」
『そう? いつでも言ってちょうだい』
自然な動作で竹刀袋から妖刀を取り出して、袋を丸めてバッグに仕舞いつつ、そう言ってソフィアの提案にかぶりを振っておく。
どうせこの土地に入った時点でソフィアの存在もバレている筈だ、彼女を使った索敵は、手の内を晒していないときにこそ有効だと言える。
「──さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」
屋敷の敷地に入るべく門をくぐり、数歩前に歩む。場合によっては中に押し入ることも選択肢に入る…………ちょっと思考が
メンタルの揺らぎが思考回路に暴力性を生みつつあるか。少し、冷静にならないと。
「……ん?」
ここは普通に訪問するべきだろう──と更に歩を進めると、木製の戸がカラリと開けられ、中から緩い着物……小袖だったかを着た何者かが現れる。
「ようこそ、マヨイ村へ」
「────。なんで」
それは、黒い髪を揺らす女性で、そう言ってこちらに微笑む顔を見て、心拍数が急上昇する。
「申し訳ありません、村に危害を加える為に侵入してきたのか、迷い込んでしまったのかがわからなかったものですから。村人たちには、家から出ないように言っておいたのです……」
「────」
『……与一?』
困ったように眉をひそめ、薄く笑みを浮かべる彼女を直視できない。
やがて自分の顔を見て
「あの、大丈夫ですか?」
「っ、ぅ、ぃ、ぁ」
彼女は善人なのだろう。敵かもしれないと疑った相手が不調そうだからと、こうやって歩み寄ってきて顔を覗き込んできている。
……だから、それがトドメとなった。
「────
「……? いであ? とは?」
思わず口を衝いて出た言葉。
それを最後に、限界まで高まった心拍がオーバーヒートするかのように──眼前の光景を拒絶したいかのように、意識がブラックアウトする。
『よ、与一ぃ────っ!!?』
「……あらまあ、お疲れなのでしょうか。ひとまず部屋に運びましょう、悪意は感じませんし」
意識が暗がりに落ちていく直前、後ろに倒れて仰向けになった視界に映ったのは、ソフィアと一緒に心配そうにこちらを見下ろす……髪の色以外が
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