──弁明させてほしい。考えてもみるんだ、自分の腕の中で死んだ人間と全く同じ顔をしていたんだぞ、気絶しないほうがおかしいと思う。
確かに向こうからしたら、土地に侵入した挙げ句人の顔を見て気絶したとてつもなく失礼な人物かもしれない。しかし、こちらからすれば、ある意味でいきなり目の前に死んだ人間が現れたも同じなのだ。
……とはいえ、失礼なことをしてしまったわけだし、起きたら謝らないとな。
意識が暗がりに落ちて、夢を見ているような浮遊感の中でそんな風に思考していると、その感覚が緩やかに上昇していく。
体がそろそろ起きるのだろう、意識が浮上する感覚に従って、ゆっくりとまぶたを開けると──
「……おや、起きましたか」
「…………う〜〜〜〜〜ん」
「絞められた鶏みたいですね」
──眼前に広がる女性の顔、そよそよと流れる清涼な風。どうやら屋敷の縁側で、膝枕をしてくれていたのだろうということが分かる。
体を起こして辺りを見回すと、居間のテーブルの傍にバッグが置かれていて、ソフィアの姿が見えず、ついでに
「ずいぶんと、魘されていましたが……そんなに私の顔は
「────。なんでそれを」
「お連れの人形から聞きました。そ……
「横文字苦手か」
「この生活も長いものですから」
滑舌が悪いとかではなく、単純に英語圏の名前に慣れていないのか。
それにしても『この生活も長い』というのは、あの江戸時代みたいな風景を指しているのか? そもそもここはどこで、ソフィアたちは何処にいる?
そして、なぜ、この女性はイデアと全く同じ顔をしているのか。どんどんと疑問が矢継ぎ早に湧いてきて、思考回路が圧迫される。
「……はぁ、頭痛い」
「また横になりますか? お布団を全部干しているので、また私の膝をお貸ししますが──」
「余計に悪化しそうだから勘弁して」
縁側に座り直して、女性と対面しながら顔をしかめる。外から入ってくる風に揺れる黒髪が金髪だったら、彼女がほぼ100%イデアにしか見えない。
似ている、とかそんな次元の話ではない。一卵性の双子とか、生き別れの姉妹とか、そう説明されたら簡単に納得できる程に
「…………。とりあえず、そうだな……一つずつ質問してもいいか」
「ええ、構いませんよ」
「じゃあ先ず、ここはどこなんだ?」
外に視線を向ければ、こちらへの警戒を解いたのかちらほらと人の気配と声、作業の音が聞こえてくる。これはまるで、江戸時代みたいだ。
──そう、
「お察しの通り、ここは現代日本ですよ。その一角の土地で、昔の生活の真似事をしています」
そんな疑念の眼差しを察したのか、女性は微笑を浮かべて、同じように外へと顔を向けて言う。
「ここはマヨイ村。名前の通りに、心に深い迷いを抱くことでたどり着く、現代社会の秘境です」
「……心に、迷いを?」
「はい。半年前も、首を吊るために森を彷徨っていたらここに辿り着いた方が居ましたよ。まあ、迷いを持つ者以外にも、招かれざる客は居るのですが」
「招かれざる客、ねぇ」
「…………。
「いえ、いえ。その辺はまた追々」
「さいで。……じゃあ次、というか最初に聞くべきだったな。あんたの名前は?」
「まあ、そういえば名乗り忘れていましたね。これは失念していました」
滑らかな動きでこちらに正座し直してから、女性は一拍置いて口を開く。
「──私はシラユリと申します。秘境の地・マヨイ村にて、守護者をやらせていただいております」
「守護者……ねぇ」
「元々、マヨイ村は私の
「なにか?」
女性──シラユリは、そう言ってから一瞬口ごもり、ふと問い返してきた。
「あなたは外の世界で、
「……いや違うけど」
「…………。あら?」
「え?」
「え?」
なにやら真面目な顔で言ってきたが、まるで見当違いの問いかけに、お互いに首を傾げる。
「俺があんたと見間違えた子は、イデア──誰かは分からないが、何者かのクローンだ」
「いであ、くろぉん」
「……イデアは簡単に言えば『理念』って意味だ。クローンは……コピー、いや……あー……『誰かの複製体』で伝わるか?」
「ああ、なるほど」
言葉の意味をようやく理解できたのか、シラユリは合点がいったように頷く。
ここまで横文字が苦手なのは、単純に苦手だからというよりは、そもそもこの村では英語に関するモノを見ないし使わないからなのだろうな。
…………こいつ、何年ここに居るんだ?
「でも、あの子があんたと同じ顔だったということは……厳密には『イデアの元になった人間』が、その白百合ってやつなんだろうな」
「そういうことでしたか。……私
「…………ん?」
やれやれ、とばかりに首を振るシラユリだったが、それ以上に聞き逃がせない爆弾発言があったことに気が付き、冷や汗を垂らしながら問う。
「
「はい、居ますよ? 具体的に何人なのかは、私にも把握できていませんが」
最悪の想像が脳裏を掠める。
あっけらかんと返答したシラユリを前に、心因性の頭痛が酷くなるのを感じた。
「私たち『白百合』は、【遍在】という魔術で無数に作り出された──そう、まさに
「そこまで来て『わからない』ってなに!?」
大真面目な顔でそんなことを言われて、思わず座った姿勢が崩れる。
このまま縁側に寝転がってなにもかもから逃避したいが、そんなことをしている暇はない。
「だってしょうがないじゃないですか。元になった『本来の白百合』が何処に居るかも、生きているのかも分かりませんし、いつ【遍在】が使われたのかも……その目的だって分からないんですもの」
「────。目的まで?」
……つまり、自分の存在意義も魔術を行使したオリジナルの所在も何もかもが不明瞭、ってコト!? そんな……そんなことある……?
「ええ。なので、自分なりに──『白百合として生み出された自分』ではなく、『今ここにいるシラユリ』として自我を確立するべく、社会から離れて村を作り、迷い人と共に暮らしているわけですね」
「──立派なもんだな」
立派では、ある。……が、眼前のシラユリや死んだイデアと全く同じ顔の人間が無数に社会に紛れ込んでいる事実を知ってしまって、目眩がするのも事実だ。知りたくなかった……こんなこと……
「はぁ。……ところで、俺たちを外敵だと警戒したのは、俺たちを含む『何者か』が、同じ時間帯に複数箇所から村に入り込んだから。でいいのか?」
「そうなりますね。ただ、まあ、ほら……あなた、ものすごい禍々しい魔力を纏っているじゃないですか。それもあって警戒心を高めていたんですよ」
「禍々しい? ああ、
死に行く雅灯さんの指を食ったことで、魔力が変異して禍々しくなり、呪物と化していた指の魔力とこちらの魔力が混ざって乗算で跳ね上がった。
そこにイデアの魔力が更に掛け合わさったために、『まあこのくらいでいいだろ』といった感じに抑えていた魔力が漏れてしまったのかもしれない。
「魔力、漏れてる?」
「はい、かなり」
「おぉう……じゃあ、このくらいでどうだ」
「──ん、感じなくなりましたね」
「このくらいか……」
少し集中して、体に膜を張るような感覚で魔力を抑え込む。普段はわざわざここまでしなくてもいいし、『魔力を抑え込むための魔力』を僅かずつ消耗していくために、あまり強力なモノは張れない。
まあ、今後はいい訓練になるとでも思っておこう。魔力は使えば使うほど、より効率よく使えるようになるし、総量も増えていく。
それに、悪神混じりの魔力が漏れっぱなしだと、魔術師でなくとも……それこそ多少の霊感があれば
──ともあれ、ある程度の質問は終わったし、最後にこれだけ聞いておこう。
「あとは……そうだ、ソフィアと九十九……動く人形と妖刀の付喪神が居たはずなんだけど」
「お二人なら、村を見て回ると言って出ましたよ。あなたのために、情報を集めて来るつもりなのでしょう。いい子たちですね」
「そりゃいい子だけど、大丈夫なのか? 片や空飛ぶ生き人形、片や刀の付喪神だぞ?」
「村の者たちには気にしないように伝えておいたので、たぶん大丈夫ですよ」
くすくすと愉快そうに笑うシラユリ。この豪胆さというか、緩さというか。そういうところに、村長兼守護者としての適性が出ているなぁ。
そんな風に思案していると、ふとカララと音を立てて玄関の戸が開けられる。
「ん?」
「あら、帰って来ましたね」
シラユリの言葉を合図に、一拍の間を空けて通路から居間へと姿を現したのは、人間大にサイズを変えているソフィアと、鞘に納めた妖刀を腰に挿した巫女服の少女──九十九だった。
『ただいま……と、与一、起きたの?』
「起きたよ」
【シラユリ、村を見て回ったけど、特に怪しい連中は見かけなかったわよ】
「それはそれは」
退屈そうに刀の柄頭を手のひらで撫でる九十九は、逡巡を挟んで更に言葉を続ける。
【ただ、森の方から幾つか嫌な視線は感じたわね。向こうも向こうで警戒してるみたい】
「招かれざる客の、よくある行動ですね。おそらく今日は誰も手出しをしてこないでしょうから、放っておいても問題ないと思いますよ」
『そうなの?』
「経験上、こちら側から警戒されていると判明した日に襲いに来ることはありませんから」
そう言って縁側から居間に戻るシラユリに続いて立ち上がり、全員で畳の上に置かれた
今日一日は寝ずの番も辞さない──と、脳裏で決意していると。不意にシラユリが、畳の一部をひっぺがして、下の収納から瓶を取り出した。
「……なにやってんの?」
「え、お酒を呑むんですが」
「なにやってんの???」
さも当然であるかのように酒瓶と
「こんな真昼時から気を張っていたら、体が持ちませんよ?」
「こんな真っ昼間から酒を呑もうとしてる奴にだけは言われたくないんだけど……!?」
「まあまあ。……あ、そふぃあ様はまだ未成年でしたか? 呑めないなら私が貰いますけど」
眼前に差し出されたコップの中身をしげしげと観察しているソフィアは、シラユリからの問いで子供だと思われていたことへの仕方なさと複雑さを隠すように、小さく苦笑しながら口を開いた。
『私は与一と同年代よ、今年で23歳』
「……人は見た目によらないですねぇ」
「これマジで呑む流れなのか?」
【いいんじゃないの。当の守護者サマが警戒しすぎなくていいって言ってるんだし】
「そういうもんか……九十九って酒呑めるの?」
【供えられたことはあるけど呑んだことはないわね。まあイケるでしょう、たぶん】
なんかもう、皆して呑む気まんまんだし、乗る……しかない……のか? ここで要らないって突っぱねるのも失礼だしなぁ。
とりあえずこの1杯だけもらって、それで終わりにすればいいか。そう思考を纏めて、ため息交じりにコップを手に取る。
「では皆様〜、乾杯っ」
シラユリの音頭でコップをぶつけ──るのははしたないのでやめておき、ひとまず中身を一口呷る。
こういう甘みの少ない辛口の日本酒はそんなに呑む機会がないから、少し体が驚いている。……イデアの死後、酒に逃げるような人間ではなかったことだけは、数少ない誇りと言えるかもしれないな。
果たして酒を飲み進めることとなったのだが、この行動で後悔するまであと5分。
──次に目が覚めたのは、真夜中だった。
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