とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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シラユリ様 3/5

「…………う゛っ、心因性のモノとは違う理由の頭痛がする……」

「冷静で的確な寝言ですね」

 

 ビキッと頭に駆け抜けた痛み。これは、アレだ、呑みすぎたときのやつ。頭痛に耐えながら起き上がると、居間の中は真っ暗で。

 開け放たれた縁側から入る月光と、手元でコップを揺らしながらこちらに視線を向けるシラユリの近くにある蝋燭の火だけが、この屋敷の光源だった。

 

「おはようございます。こんばんは、ですかね。よく眠れましたか?」

「……お陰様でね」

「魘されてはいませんでしたしねぇ」

「なら気絶してたって言うんじゃないか?」

 

 ──そうかもしれませんねぇ。と言って、日本酒を呷るシラユリ。夜風に黒髪を揺らす光景は、その美貌もあって幻想的なのだが、しかし居間に転がっている二つの人影が全てを台無しにしている。

 

「ソフィアと九十九は…………し、死んでる」

「数時間前まで何をしていたか、覚えてます?」

「とりあえず1杯だけ酒を呑んで……それから……何があったんだっけ」

「一口で悪酔いしたそふぃあ様に、酒瓶の中身を流し込まれて倒れたんですよ」

「えぇ……」

 

 今まさに酔い潰れて畳の上に倒れているソフィアと九十九を横目に、シラユリから説明を受けてドン引きする。基本的にコップ1杯分しか酒を呑まないし、成人してから今までで30回くらいしか飲酒していないのに倒れるなんて、何があったのかと思ったら……

 

「ん? じゃあ九十九は?」

「九十九様はあなたが倒れたあと、私と飲み比べ対決をした際に酒瓶三本目で倒れました」

「こいつらは今後、飲酒制限しないとな……生き人形と付喪神だと、アルコール耐性に差があるのか? この二人が特別弱いだけ?」

 

 まあ、その辺の検証は後日(そのうち)にしよう。

 

 

 

「──うーん、私の当初の考えからは、大きく逸脱してしまいましたかねぇ」

「考え?」

 

 夜の風景を眺めていたシラユリは、両手で半ばまで酒が残ったコップを弄りながら言う。

 

「いえ、そのぉ……あなたの迷いを晴らせないものかと思い、『酔った勢いで全部ぶちまけてもらおう作戦』を思いついたのですが……」

「まず最初に俺が倒されてしまったと」

「そこまで弱いとは思わなくて」

「いいか、シラユリ。大抵の人はな、酒を流し込まれると死ぬんだよ」

 

 むしろ生きてるだけ奇跡みたいなものだからな。むこう一年は呑まなくていいくらいのアルコールが胃の奥で暴れてるんだよ……! 

 

「────。まあ、その親切は受け取っておくよ。ついでに愚痴に付き合ってくれるか」

「ええ、ええ。そのために、わざわざお酒まで用意したのですから」

「それはあんたが呑みたかっただけだろ」

「それもあります。……六割くらい」

「……ああそう」

 

 半数超えてんじゃん。とは口には出さずに、彼女の傍らまで歩み寄って、同じように縁側に座る。

 

「…………」

「…………」

 

 数分、互いに黙り込む。

 

 まだぐわんぐわんと続く頭の痛みを無視して、深い水に沈むように集中する。

 

「──俺が辛いだけだったらよかったのに」

 

 そして脳裏に渦巻く感情を整理してから、一番上に浮かび上がった言葉を口にした。

 

「俺だけが辛い思いをして、俺だけが苦しむだけなら……それで全部解決するなら、受け入れられるよ。でも、そうはならない」

「…………」

「……あの子が死んだのは、俺の所為じゃない。でも、俺の責任なんだ。子供(イデア)が死んでしまったのは、大人(おれ)が不甲斐ないからだ」

 

 いつまでも消えない後悔が、受け入れなければならない後悔が、堰を切ったように溢れ出す。

 

「──俺の失敗を、誰も責めないんだ」

「……誰も?」

「丞久先輩も秋山さんも、真冬も、細波青井も……誰も俺の失敗を責めない。『お前はよくやった、仕方がなかった』……って。そりゃそうだ、俺があっち側でも同じことを言うさ」

 

 だからこそ。……だからこそ、今この瞬間、この世で最も、自分の事を自分自身が許せないのだ。

 

「難儀なものですね。誰も悪くないからこそ、自分の失敗が責められないことが逆に苦しいとは」

「…………」

「でも、あなたは真っ当に怒られたら普通に意気消沈する類いの人ですよねぇ」

「……うん、まあ、否定はしないけど」

「ふふ、面倒くさい人」

 

 面と向かって言われると傷付くな……。ともあれ、こうして感情を吐き出せば、少しは心が軽くなる。────よくよく考えてみれば、なんともまあ身勝手な思考回路だったなと思わざるを得ない。

 

「──そんな面倒くさい人に、助言をしましょう。忘れてしまうことです」

「……なに?」

「辛いことも、苦しいことも、時間を掛けて忘れてしまえばいい。そして……良い思い出だけを、いつまでも覚えている努力をするんですよ」

 

 シラユリは、そう言って手元の酒を飲み干すと、流し目でこちらを一瞥して笑みを浮かべる。

 

「他人の死をこれだけ重く受け止めている。それだけ想っているのを見るのは、まるで自分のことのように嬉しいものですね」

「思い上がりが過ぎるぞ」

「私の同一個体の複製体なら、親戚の姪っ子、くらいの距離感ですよ。実質身内です」

「思い上がりが過ぎるぞ……!?」

 

 何が楽しいのやら、こちらを見て愉快そうに目尻を細め、それからゆっくりと立ち上がった。

 

「……もう、大丈夫そうですね」

「────。お陰様でね」

「敵も来ないでしょうし、私は寝ますけど、あなたはどうしますか?」

()()()()()()が居るから、もう少し起きてるよ。……ああ、あと、そこのおバカ二人に布団だけでも掛けといてくれると助かる」

 

 酔い潰れたソフィアと九十九を見て、仕方ないとばかりにシラユリが苦笑した。

 彼女が要望通りに布団だけ掛けて蝋燭をフッと息で消して寝室に引っ込むのを見届けてから、月光で伸びる影にノックする。

 

 

 

 ──すると、影の中からにゅっと顔が出てきて、気まずそうな女性の目と視線がぶつかった。

 

「なにをしてるんですかね」

【ん〜、え〜と、ですねぇ】

「とりあえず全身出しましょうよ、この暗さのなかで顔だけ出てるの普通にビビるんで」

【あ、はい。よっこいせ】

 

 床に手をついて下から這い出てくる女性──雅灯さんが、足先までを出し切ってから、こちらと向かい合うように膝を突き合わせて座る。

 あぐらを掻いているこちらの足に、指先をツンツンと当てながら体育座りをしている雅灯さんは、黒髪に黒い着物の所為で暗がりに溶け込んでいた。

 

【…………お、お久しぶりですね】

 

 あと数十センチ顔を近づければ鼻がぶつかる距離なのに、ものの見事に保護色となっているのだ。薄く黒が混ざった血のような紅い瞳が爛々と輝いていなければ、そこに人がいるとは分からないだろう。

 

「で、ずっと外に顔を見せなかったのには、なにか理由があるんですか?」

【んぇ〜、あー……まあ、その。イデアちゃんが亡くなって……与一くんには、()()()()までさせてしまったじゃないですか】

「あんな──あぁ、V.I.Pの構成員全部と社長を八つ裂きにしたやつですか」

 

 こくりと頷く雅灯さんは、申し訳無さそうに膝の上に置いた手の指先をもじもじとさせている。

 

「俺は別に清廉潔白な人間じゃないですし、冷静に考えて皆殺しを選んだんです。ちなみに丞久先輩もああ見えてかなり理性的な人ですよ」

【いや嘘でしょう】

「理性的な上でなんか変なだけです。……まあ、なにはともあれ、イデアを殺された復讐に虐殺を選んだ。それは否定しちゃあいけない」

 

 かといって、肯定したいわけでもない。

 

 ただ、そういう選択も選んだっていい……というだけだ。ただしその行動を選んだ責任は、対価(くるしみ)は……受け入れなければならない。

 

 ──後悔すれば時間が巻き戻るわけじゃない。復讐を果たせば死んだ人間が生き返るわけじゃない。

 どちらにせよ、今こうして生きている側が『何』を選べば前に進めるのかは、その人によって違う。

 

「まあ、前に葉子さんの復讐に手を貸した時点で、是か否かを語る権利はないですがね」

【……与一くん】

「……俺がするべき行動は、イデアの死を受け入れて前に進むことだったんですよ。こうやって考えをきちんと纏める時間と場所さえあれば、もっと早くに立ち直れていたんでしょうけれど」

 

 自虐気味に薄く笑って、ため息をつく。

 

「まあそういうわけなので、雅灯さんが責任を感じる必要はないです。俺はもう、大丈夫ですから」

【そう、ですか】

「それでも尚、自分にも責任があると思うなら……これからも、俺の力になってください」

【────】

 

 雅灯さんの膝に置かれた手をそっと掴む。死んでいるがゆえに体温が無い、ひんやりとした手。

 

「飾らずに言えば、【禍理の手】が必要だけど、雅灯さんにも居てほしいですよ。ここまで来たなら、どうせなら……俺が死ぬまで()いてきてください」

 

 力が必要だから居てくれ、という清々しいまでに度し難い提案。まさにその【禍理の手】でぶん殴られても文句は言えない提案に対し、雅灯さんはこちらが握っていない方の手を自身の頬に当てながら言う。

 

【そう言われて、断れる人は居ませんよ。私のような手合いなら特に……ね】

「卑怯な言い方でしたかね」

【まったくですよ、天然なんだか打算的なんだか。まあ……乗る方も乗る方ですか】

 

 互いに苦笑し合って、話も一区切り。そろそろ寝ないと明日に響くな──と思い、立ち上がる。

 

【ところでさっきのは……プロポーズと捉えても良いんですよね?】

「あなた未亡人でしょうが」

【女の恋愛は上書き保存とはよく言ったものです。死ぬまで憑いてこいだなんて情熱的ですわ〜】

「まあ俺は死ぬに死ねないんですけどね」

【じゃあ一生一緒ってことですね?】

「こいつ……無敵か……?」

 

 おほほほほ、と笑いながら影に引っ込む雅灯さん。調子が戻ったし、今日のところは許そうか。

 ……自分で言っててなんだけど、そういえば死ぬに死ねないんだよなぁ。雅灯さんが悪神(イゴーロナク)と交わした契約を引き継いだから、この体が死亡してしまうと、その死体を器に悪神が顕現してしまう。

 

「仮に俺が死んだら……死体をバラバラにして燃やすくらいはしないといけないんだな」

 

 死者への敬意もへったくれもないな。と脳裏で独りごちて、おもむろに外へと視線を向ける。

 村を挟んで遥か奥の山──木々の隙間から()()()()()()()()()()を見て、人差し指を唇に当てながら首を横に振った。

 

「──警告は、したぞ」

 

 改めて戸を閉めて、室内が暗闇に支配される。明日は……山狩の時間になるかな。

 こちらからも()()ことを知られている、それを理解したうえでまだこの村に留まるなら、手加減をしてあげる義理は無いだろう。

 

 

 

 

 

 ──こうして時間も過ぎ、眠りに就いて数時間、太陽が登り始めた頃。とても重要なことを忘れていたと気づくも、全てが手遅れであった。

 

 ……アルコールを大量摂取したのに、水分補給を怠ったまま眠ってしまったことを。

 探偵と生き人形と付喪神が二日酔いに悩まされることになるなどとは、この時の誰もが、予想できるわけがないのであった。

 

 これに関しては全部ソフィアが悪い。




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