とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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黒山羊ユニバーシティ 4/7

 ──してやられた。

 

 ()()()の午後、丞久はそう思案しながら太陽と共に廊下を走っていた。

 

「くそっ、私もまだまだか……!」

「四日目に何もなし! かと思えば推定犯人の警備員・田中が退職! かと思えば()()()()()()()()()()()! なにがどうなってんだ!?」

「今回ばかりはマジで私が馬鹿だった!」

 

 太陽の言葉を噛み砕き、丞久は頭の中で思い返す。本来なら四日目にあるはずだったガス爆発が起こらず、そして田中の退職のあとに大学宛に爆破予告が送られ、連日の自殺未遂騒動もあってかスムーズに警察が集まった。

 

 ()()こそが、彼の目的だったのだ。

 

「ギャラリー集めだ」

「ギャラリー?」

「連続自殺事件の模倣で異常さをアピールしつつ、こうして爆破予告なりで大学に警察を呼ばせる正当性を生み出して、儀式の日にその集めた警察が居るところにシュブ=ニグラスを招来。そして姿を見せて精神を狂わせる」

「それが目的ぃ!?」

 

 大掛かりなような、そうでもないような。本来の計画の全容を考察する丞久に呆れと共学の混じった声を返す太陽に、彼女は続ける。

 

「少し考えればわかることだった。武装した警察官をかき集めて、狂わせる……なんてことが成功してしまったらどうなると思う?」

「大学にはバケモノ、辺りは血の海、地獄の完成……か。チッふざけやがって────」

 

 苛立たしげに舌を打つ太陽だったが、罵倒と足が止まるのは同時。

 丞久も同じように足を止め、二人は眼前に立つ、ローブとフードで顔と体格を隠した人物たちを警戒する。その胸元には、これ見よがしに例のマークが縫い込まれていた。

 

「……田中の仲間か?」

「あれも偽名っぽいけど……ってのはいいか。太陽、お前はプールに行け、私はこいつらを片付けてからガス爆発を食い止めに行く」

「は!?」

「太陽」

 

 ファイティングポーズを取る太陽の肩を叩き、窓の外を指差す丞久。彼女に反論しようとした太陽は、その眉間に破裂せんばかりに浮かび上がる青筋を見て開いた口をそっと閉じた。

 

「警察どもが外の警戒しかしてないから何かと思ったけど、やっぱり【人払い】を使ってたか。プールの方でも気を付けろよ」

「たぶん『気を付けろよ』は俺が言うべきセリフなんじゃねえかな……」

「はよ行け」

 

 廊下を塞ぐように立つ何人ものローブの人物たちを一瞥してから、窓を開けて外に出て行く太陽を見送りつつ、丞久は背負っていた竹刀袋を壁に立て掛けてコートを脱ぐ。

 

「全員床に埋めるから覚悟しろよ」

 

 その言葉を皮切りに、ローブの人物たちは襲い掛かる。一番前にいた者を、丞久はさも当然かのように頭から床に叩きつけるのだった。

 

 

 

 

 

 ──丞久が廊下で田植えをしている裏で、太陽はプールまでの道を駆け抜ける。途中に居た警官たちに『廊下で女性が襲われている』という旨で応援を頼んだが、間違いではないのだろう。

 彼は人払いの魔術で一般人が接近できない、という事情を知らないのだが、ともあれ想定より早く到着して室内プールに侵入する。

 

 中は水場ということもあって涼しく、けれども異質な部分が一点。足とバーベルの持ち手とをロープで繋いだ男の生徒が、今まさにプールに沈もうと体を傾けていたのだ。

 

「はっ──いやちょちょちょっと待て!!」

 

 太陽の咄嗟の制止も聞かず、ドボン! と音を立ててプールに落ちると、繋がれたバーベルが体に引っ張られて遅れてプールに落下する。

 慌てて息を吸ってから追いかけるように飛び込むが、生徒はバーベルが重りになって浮かんでこない。それぞれに腕を回して持ち上げようとする太陽の体に、ずしりと重量がのし掛かった。

 

「ごぼ、がっ、がぼぉおおおっ!!」

 

 口から空気が漏れ、それでもなお力を入れて、水中のお陰で少しばかり軽くなった生徒とバーベルを纏めて持ち上げる。

 ──鍛えててよかった、とは口に出さずになんとか水面に上がると、生徒を肩に担いだまま先ずバーベルを縁に上げて、次に生徒をその横に転がすように置く。

 

「ぜっ、え、はあっ、はっ……!」

 

 最後に自分がプールから上がり、荒く呼吸をしてバクバクと動く心臓を落ち着かせた。

 

「俺はもう……二度とやらねえからな」

 

 という切実な感想を口にしつつ、固く結ばれたロープをほどいて、びしょ濡れのまま生徒を再度担ぎ上げるとプールを出る。

 強い日差しがほどよく体を暖める感覚にホッと一息ついたその刹那、ドカンと轟音を奏でて校舎が揺れる。その音がしたのは、太陽の記憶が正しければ──実験室の方向であった。

 

「…………。何やってんだアイツ……」

 

 

 

 

 

 

 

「えー、奇跡的に死者ゼロ人でしたとさ」

「おかしくないか? つーかガス爆発を食い止めるとか言ってなかったか?」

「生徒は無事だったから問題ない」

「あるが……?」

 

 ブランケットにくるまり濡れた体を乾かす太陽は、ガス爆発と溺死の犠牲者になる予定だった生徒たちと大量のローブ男たちが救急車に放り込まれあれよあれよと運ばれて行く様を眺めながら、服の一部が焦げた丞久にそう返す。

 

「後手に回ってる分、死者ゼロ人は最低条件だからな。気合い入れてこのザマなわけだが」

「あいつら廊下に頭から突き刺さってたけど、お前なにやってんの」

「ああ見えてふんわり埋めたから問題ねーよ。本気でやったら全員死んでる」

 

 意識がある者はパトカーで連行されているが、太陽は彼らが廊下に上下逆さまの状態で埋まっていたのを知っているが故に当然のように全員生きていることに困惑する。

 

「全く……太陽も明暗さんも無茶をして」

「あ、母さん。爆破テロ予告で休校……()? だったのに来たのか」

「私が連絡した」

「こ、この野郎……!」

「貴方がその状態じゃなかったらひっぱたいてるところよ。人助けは立派なのだけどね」

「母さんにビンタされたら首もげちまうよ」

 

 と、そこに不意に現れた女性──太陽の母・小梅が、そう言いながら呆れた顔でぼやいた。

 

「……明暗さんからある程度の事情は聞いたのだけれど、本当にこれで終わりなの?」

「自殺騒動は、ですがね。残る犯人をぶちのめして警察に引き渡さないといけないので、まあ()()()()()()までには捕まると思います」

「そ、そうなの……」

 

 カラカラとわざとらしく乾いた笑い声をあげる丞久の、コート下のワイシャツの何ヵ所かが焦げた跡を見て、小梅は軽く引いていた。

 

「じゃ、じゃあ、私は脅迫文の件で改めて警察署に話をしに行くことになってるから」

「ういうい、気いつけてなあ」

「太陽、『気をつけて』は私が言うべきセリフなんじゃないかしら……?」

「あんたら親子だな」

「うるせ……っぶしょい!」

 

 くしゃみを漏らす太陽に苦笑を浮かべる小梅は、心配そうに何度か振り返りながらもその場をあとにする。二人の繋がりに口角を緩めてにやりとしていた丞久は、彼女の顔を見て言う。

 

「夏木女史も歳に合わず若々しいもんだな。あれで40代ってマジか?」

「40代なのはマジだ。若々しいのは……()()()()()()いきなりエネルギッシュになった影響かもな。元気なのは良いことだけどよ──事務所でも似たようなこと言ってなかったか」

 

 太陽は続けて、丞久に問い掛ける。

 

「丞久、母さんには明日か明後日、とか言ってたけど、本当のところは?」

「────。今日の夜だろうな、ちょうど今日の夜が満月で、警察もごった返してる。最悪なことに……邪神を喚ぶには良い夜だ」

 

 快晴の空を見上げて気だるげに言う丞久に、太陽はおもむろに言葉を続けた。

 

「すっげぇ今さらなんだけどさ、さっさと田中を警察に突き出さなかったのはなんでだ?」

「警備員としてのあいつをボコボコにして、『確証は無いけど犯人はこいつだ! 自殺未遂のトリックは魔術による洗脳だったんです!』って言えと。頭の病院を紹介されるだろうが」

「……なるほど、魔術師が相手だとそういうリスクがあるのか」

「わかってくれたようで何より」

 

 げんなりとした丞久の顔を見て、度々面倒くさそうな表情を隠さなかった理由はこれか、と太陽は何度目かの事情を察する。

 

「魔術師の相手はなあ……順当に痛め付けて警察に突き出すか、痛め付けたあとに闇に葬るか、儀式とかのミスで勝手に死ぬかだからな」

「3つある選択肢の内の2つで死人が出てるじゃねえか。もしかして死者ゼロ人ってかなり奇跡的な状態だったりするんじゃ……?」

「さあな…………、ん?」

 

 訝しむ太陽の視線から逃げるように顔を逸らす丞久は、そのまま斜めを見上げて、記憶の中の情報を擦り合わせてふと質問を投げ掛けた。

 

「──なあ、太陽」

「あん?」

「あの脅迫文、()()()()()のを夏木女史が代表して私のところに持ってきたんだよな?」

「いや、()()()()()()に入ってたのを大学に持っていって、そのあとお前んとこに」

「────。ああ、そうか。クソっ」

 

 違和感。その正体に丞久はようやくたどり着く。そして、()()()()()()()()()()()()()ことを理解して重いため息をついた。

 

「太陽、夜になったら夏木女史と一緒にもう一回大学に来い。正門前で待ち合わせるぞ。私は着替えたいから事務所に戻る」

「……なんだ急に、どうしてわざわざ大学で待ち合わせなんだよ」

()()()()()()()()よりマシだからだ」

 

 困惑を隠さない太陽を無視して、頼むぞと一言だけ呟いて大学を出て行く丞久。

 

 ──初めて会った時に、なぜ丞久は彼女を見て心臓が高鳴ったのか。深く考えるまでもなく、単純明快な理由だったのだ。

 

 ──自分の中に黄衣の王(ハスター)の力が宿っているのと同じように、夏木小梅の中にも、黒山羊(シュブ=ニグラス)の力が宿っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「最初から狙いは夏木女史ただ一人で、これまでの騒動は全部ブラフだったなんてそんなもんわかるわけねえだろ。三流推理小説か……?」

 

 夜、事務所で予備のワイシャツに着替える丞久は、誰に言うでもなく苛立ちを露にして、その流れで自室のベッドの下に入れていた古めかしい木箱を引っ張り出して中身を取り出す。

 

「無礼た真似してくれやがって……私が他人の儀式をめちゃくちゃにする専門家だってことを嫌でも分からせてやるからな……」

 

 取り出したそれは、まるで美術館に飾られているかのような西洋の短刀だった。刃はあるが、少なくとも戦いには向かないだろう。

 しかし、丞久が指を刀身に這わせると、胸の奥がざわめくような嫌悪感に襲われる。

 

「【神削鉾(かみそぎのほこ)】……使わせないでくれよ」

 

 包帯のように細い布を刀身に巻いて、羽織ったコートの内ポケットに神削鉾を隠し、竹刀袋を背負う。それから事務所を出ようとしたその時、不意に鳴った携帯の着信に出て耳に当てた。

 

「……太陽か、どうした」

【丞久──】

 

 切羽詰まったような声の太陽が電話の向こうで一拍詰まり、そして言葉が続く。

 

【……母さんが、警察署に行ったっきり帰ってこない。連絡にも出ない】

「太陽、今すぐ大学に来い」

【……ああ、わかった】

 

 午後の時にも言った通りに、丞久は太陽に大学で待ち合わせるように伝えて通話を切る。

 改めて事務所を出て、屋根まで跳躍し、風を纏って大学までのルートを軽やかに跳ねる丞久の影が満月をバックに宙を舞う。

 

 

 土壇場の、負けが決まった戦いを、ひっくり返して勝ちに転ずる。それは丞久にとって、探偵としての立場で人助けをするよりも、ずっと遥かに簡単なことであった。




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