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現在20歳、今年で21歳。僅か14歳の頃に音楽コンクールのピアノ部門で優勝、15歳ではバイオリン部門で優勝。そこから現在までで曲を作りながら学生生活を送り、現在は太陽さんが教員をしている水角大学で、ほなみの後輩として在学しているそうだ。
そんな彼女──エーリッヒからの依頼だが、それはなんと、『スランプだから音の神を見つけてインスピレーションを授かりたい』というものだった。…………全部聞かなかったことにして寝たい。
「……ぬぅぅぅぅぅん」
「ふざけた声を出すな」
「誰の所為だと……まあいいや、それで……音の……神? が、なんだって?」
こちらの知っている
どうにか誤魔化して追い返せないかと思案していると、彼女はふと携帯を取り出した。
「──これを聴け」
「なに?」
そう言いながら録音を再生するエーリッヒの携帯からは、けたたましいピアノの音色が発せられる。
一つの楽器を素早く、それでいて複数人で弾くその演奏は……うーん、まあ、その。
「……正直に言うとなーんもわからん」
「東間と似たようなこと言いやがって」
「ぐおぉおぉお……!!」
「なんで一番ダメージ受けてるの?」
遠回しに『お前、ほなみと同レベルだぞ』と言われ、胸を押さえてうずくまる。
それはさておき、音楽のことなどさっぱりなこちらとしては、なんか凄いんだなぁくらいしか感想が出てこないのだから仕方ないだろう。
「うーん。俺は音楽関連の知識も経験もないからな。ああでも、この演奏は凄いなあ……複数人でやるやつは連弾って言うんだっけ」
「…………。
「はい?」
「東間、この演奏、どう聴こえる?」
エーリッヒが意味深に呟いた後に、横に座っているほなみに問いかける。
ほなみは小首を傾げながら、あっけらかんとした態度でさらりと返す。
「え、ふつーに
「…………どういうこと?」
携帯を仕舞うと、エーリッヒはアホを見る眼差しでほなみを一瞥してから続けた。
「この演奏は私が一人でやってたときの録音だ。部屋には私しか居ないのに、録音を確認するとこんな風に別の演奏が混ざってることが頻繁にあった。それが一週間半くらい前から何度も続いている」
「なる、ほど、ねぇ。他の人にも確認したの?」
「した。結果は……
「──ふぅん。つまり霊的なモノ……一定以上の魔力か霊感がないと感知できないレベル……ってことか」
案外、単なる怪現象なんじゃないか? で誤魔化せるのではないかと思ったけど、これが本当にトルネンブラだったら……不味いな。
「霊的なモノ、ね。……さっきからお前の後ろで浮いてる
【ん? ああお構いなく〜】
「構うだろ。なんなんだこいつは」
エーリッヒがこちら……の後ろを見やる。振り返ればそこには、影に引っ込まずにあぐらをかいて上下逆さまに浮遊している雅灯さんが居た。
「この変なのは雅灯さん……色々あって死んで俺に取り憑いてる悪霊だよ」
【悪霊で〜す】
「あ、そう。……悪霊が実物で居るんだ、なおさら音の神が実在する信憑性が増してくるな」
視線を少し外してから戻すと、今度は涅槃のように綺麗に体を伸ばして空中に寝そべっている雅灯さん。あんまりふざけてると部屋の四隅を盛り塩で囲って体調崩させるぞ、と視線で脅しつつ。
慌てた様子で姿勢を戻した彼女は、人の頭に腕を乗せて後ろからもたれ掛かりながら言った。
【ちなみに私にもピアノの音は複数聴こえたので、特定の人間或いは魔力・霊感の持ち主しか分からないんじゃないですかねぇ】
「……あの、じゃあ私は……?」
【や〜い仲間外れ〜】
「む、むかつく〜〜〜〜!!」
喧嘩とは同レベル同士でしか発生しないとはまさにこのことか。雅灯さんとほなみから視線を外して、小さくため息をついてから意識を切り替える。
「そこのアホ二人は置いといて、とりあえず今後の予定を決めようか。依頼の内容は『音の神を見つけたい』で良いんだな?」
「ああ。…………。なるほど、そこで断言するってことは実際に
スピリチュアルな話だったからこそ、エーリッヒ本人をして『音の神』の存在は疑っていたのだろう。こちらも頷いてから更に続けた。
「俺は実在しないものを探すと言って金を毟り取る悪い探偵ではないからね。──だからこそ断言してあげよう、エーリッヒ。この世界には、まるで神が如き力を持つバケモノが無数に存在する」
「────!」
「キミが探している『音の神』もその一つだ。はっきり言って危険な存在だけど、ここで突き放して勝手に行動されて死なれても困る。分かるね?」
「……ああ」
──ひとまず書類上の契約を手早く済ませ、互いの住所と電話番号、メールアドレスを確認し合い、後日彼女の使う音楽教室で合流する……ってことで、今日のところは解散となったわけだが。
「本当に、明日来ないのか?」
「うん。なんか危なそうだし」
「まあ…………まあ、そうだな」
エーリッヒが先に事務所を去り、少ししてそれに続こうとするほなみの背中に質問を投げ掛けると、切実な言葉が返ってくる。
よくよく考えたら、こいつクリスマスの時の大学爆発事件における当事者だもんな。
大量のムーンビーストに完全顕現されたクトゥグアまで見て普通に正気を保っているの怖いな……とは口には出さず、ほなみの言葉を待つ。
「明日、紫音ちゃんことよろしくね」
「ああ。お前の可愛い後輩だ、傷一つ付けさせないから安心しろ。勝手に付く分は知らんが」
「もー。そんなこと言わないの、あの子ああ見えてもう少しで留年確定だったんだから、これ以上音の神? 探しに熱中されると困るんだよね」
「えぇ……」
天才音楽家も……学力という現実的な問題を抱えているんだな。
バカと天才はなんとやら、の例文を頭に思い浮かべていると、ほなみは更に言った。
「他にも一人居るんだよねぇ、ちょっと危なかった子。
「……? なに?」
玄関まで歩きながら会話し、靴を履く背中を眺めていたら、不意に黙り込んだほなみが呆れを混ぜた苦笑を浮かべてこちらに振り返る。
「いや〜……与一くん、深月ちゃんみたいな子、好きだろうなぁ〜って。あとゲーマー? らしいから結月ちゃんとも相性良さそう」
「はあ。……どうだかな、会ってもいない奴に対しての好悪は考えるだけ無駄だろ」
「じゃあ今度会いに来れば? ついでに夏木先生にも顔合わせてきなよ、喜ぶだろうから」
「────。前向きに考えとくよ」
ともあれ、果たしてほなみを見送って、事務所には静寂が訪れた。
バッグに仕舞いっぱなしのソフィアを取り出して、繋げられそうな部分をセロテープで仮止めして応急処置をしてから、自室の机にそっと寝かせる。
「さて、少し早いけど……夕食の用意をするか。献立が献立だしな」
村での一幕を経て、今なお残る強い負の感情の波を鎮めるべく。真冬たちが帰ってくる前に、やることを終わらせてしまおう。
【今日は何を作るんですかぁ?】
「えー、今日は……カレーを作ります」
【おぉ〜。まあ私は食べられませんが】
「匂いだけでも楽しみます?」
【……それわりと虚しいやつですよね】
スパイシーな匂いだけを堪能する、というのは、ある意味下手な拷問よりキツそうではある。
【ところでなぜカレーを?】
「
【ああ……】
「おかげで今まで買ったこともないようなスパイスが台所に並ぶ羽目になりましたよ」
【はぇ〜】
スパイス瓶をしげしげと眺める雅灯さんを横目に、取り出した材料を台所に広げて野菜をそれぞれ【禍理の手】の指先で皮むきしていく。
【……………………あの】
「はい」
【なんだか、こう、複雑なんですけど】
「俺は気づいてしまったんですよ、魔力で形成したり消したり出来る【禍理の手】って、指先鋭いし……下ごしらえに使えるな……って」
【
だって……便利なんだから使わないと損じゃん……握り潰せばみじん切り代わりになるし。
と、脳裏で言い訳しつつ、文句を聞き流して手元では鶏肉をカットする。
しかし、トルネンブラ……ねぇ。
「──ん〜〜〜?」
【どうしました?】
「いや、一瞬、超重要な問題をド忘れしているような気がして違和感が」
不意に頭の片隅に掠めた、閃きのような直感。しかしそれは、嗅覚を共有してスパイスを直嗅ぎした雅灯さんの【エ゛ン゛ッ゛】という悲鳴に掻き消されるのだった。……し、シンプルにバカ……!
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