とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

151 / 282
天才音楽家、永律陽の悩み 2/3

「で、次の依頼は音楽家のスランプ解決と」

「そうそう。そのためにちょっかい掛けに来てるトルネンブラを見つけないといけないんだよね」

『もうおかしいんだよなぁ……』

 

 事務所兼リビングのテーブルを囲むようにソファに座り、刺激的な匂い漂う本場風バターチキンカレーを食べながら、ターメリックライスとルーを混ぜている真冬や結月とそんな会話を交わす。

 

「……ところで、トルネンブラ……というのはどういった神格なんですか?」

 

 ナン派の葉子さんが、手元のそれを千切りながら問いかける。……って聞かれてもな。

 

「俺もそこまで詳しくは。ヨグ=ソトースと同レベルかそれ以上の外なる神(アウターゴッド)()()()()()()()()音楽を鳴らし続けている……んだったか」

「外なる神が、目覚めないように……?」

「知ってるのは、それぐらいですかね。連盟組織の方で情報をロックされてるので」

『え、なんで?』

 

 人間大にサイズを変え、ソファの上であぐらをかいて膝に皿を乗せている結月が問う。カレーが跳ねるからってほぼ私服と化したゴスロリ服を脱いで人のシャツを着ているのは、まあ、許してあげるよ。

 

「……ヨグ=ソトースは、能力の悪用さえ避けて破損の修復のみに絞れば有用な能力だ。でも、トルネンブラの()()さんはただシンプルに危険らしい」

『ふぅ〜ん?』

「こう言えばわかるか? ──()()()()()()()()()()()()()()()()()止めてくるレベルの話だぞ」

『…………。マぁジすか、あの超パワーゴリラでもそういう理性はあるんだ』

「それ全文チクるからな」

『やめろォ!!!』

 

 発言には気をつけろよ。風の噂じゃあナイと春秋さんを使って、生き人形の不死性を確かめるためとかなんとか言って【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】状態の全力パンチを叩き込む実験したらしいからな。

 

【与一】

「ん?」

【おかわり】

「はいはい。他には?」

「あたしも」

「入れてこようか?」

「いや、自分で入れるわ」

 

 などと話していると、さっきから黙々とカレーを食べていた九十九が空の皿を差し出してくる。

 受け取りながら一緒に立ち上がった真冬と共に、途中に落ちているスパイスの直嗅ぎで悶絶死した雅灯さんを跨いで台所に向かう。

 

「……あれ生きてんの?」

「もう死んでるよ」

「そっちの意味じゃ……クソっ存在そのものがややこしいなあいつ……」

 

 ルーを皿に注いで、ライスの次はナンを乗せる真冬がぼやく。まあ、あれもお遊びというか、死んだ振りというか。普通にピンピンしてるよ。

 

「与一」

「んー?」

「明日さぁ、あたしらも付いてっていいの?」

「好きにすればいいじゃん。……一応聞いとくけど、エーリッヒって聞き覚えある?」

「まったく」

 

 ……もしかしてアレか、うちのメンバー、あんまり音楽系に興味ない人ばかりなのか。

 

「にしても、なんか一気に問題が増えたな。白百合と……【遍在】の魔術? と、あとなんだっけ。銀髪のサイボーグ女だったか」

「まあそっちは追々。今はエーリッヒの問題の方を優先しよう、どうせ暫くすれば問題が向こうから追突事故起こしに来るから」

「最悪すぎる……」

 

 げんなりした顔で言うと、真冬もまた渋い顔をする。残念だけど、近々絶対になにか起きると確信してるからね……丞久先輩も居るし、そろそろ円花さんも海の向こうから帰ってくるし。

 ……とはいえ、今の問題はトルネンブラだ。エーリッヒにちょっかい掛けているということは、彼女を気に入っているということ。

 

「──スランプを脱却したいエーリッヒと、エーリッヒに興味を向けているトルネンブラ」

「あん?」

「……よくよく考えてみたら、お互いがお互いに興味があるんだよ。仮にうちに依頼しに来なくても、いずれは出会っていたはず」

「んー、まあ、そうだな。……さっきからなんなんだその変な表情は」

 

 真冬に呆れられるが、仕方ないだろう。謎の既視感がずっと脳裏を掠めているのだから。

 

「なぁんか……頭に引っかかるんだよなぁ。トルネンブラ、トルネンブラ…………あ」

「あ?」

「そうだ、このあいだヒカリさんと琴巳ちゃんの件で、よみがえりの舞の為にって、ナイがトルネンブラを完全顕現させたんだ」

「へぇ」

 

 そうだったそうだった。今回の件より前に、既にトルネンブラの姿形を見ているんだ。

 こんな短期間に2体も同じ神格を見ることになるなんてなあ……と、思ったのだが。

 

 ふと、違和感。

 

「……あのときナイが喚び出したトルネンブラって、【完全顕現:現顕全完(はんてん)】で送り返したっけ」

「現場に居なかったあたしが知るかよ」

 

 ……ふと、違和感。

 

 あのとき、あのとき……ナイに喚び出されたトルネンブラはどうなった? 

 琴巳ちゃんを乗っ取っていた神格を地獄に叩き込んで、ヒカリさんが穴だらけにされて、戦い自体は終わって……終わって…………。

 

 そう、消えたのだ。舞のためのBGM代わりに使われたトルネンブラは、役目を終えて姿を消した。

 ──役目を終えて姿()()()()()。ナイは【現顕全完(はんてん)】で送り返していない。

 

「…………。あ────!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 ──翌日、旧電波塔が視界の端に映る都内の一角にある音楽教室に訪れる。

 二階に繋がる階段の手前に立っている灰色髪の女性──永律陽(エーリッヒ)は、こちらに意識を向けてきた。

 

「ようやく来たか、探偵。……なんだその顔は」

「いやぁ〜〜〜……色々あってね、色々…………」

「あ、そう」

 

 おそらく酷い二日酔いに見舞われたかのようなシワッシワの表情になっているだろうこちらの顔を見て、エーリッヒは口角をひくつかせる。

 これから行われるのがやらかし(ヒカリ)やらかし(ナイ)の後始末だとは思ってもいないだろう、そんな彼女は、こちらから隣の真冬と結月に視線を移す。

 

「で、そっちは?」

「助手の真冬とマスコットの結月だ」

「っす」

『ども〜〜』

「…………人形が、動いてる……???」

『お、凄い。新鮮な反応だ』

 

 真冬の肩に乗っていた結月がふわりと浮かび、エーリッヒの眼前まで飛ぶ。

 

「糸で吊るしてるわけではない、体温まであるのか……これはこれで興味がそそられる」

『んぶぉ〜〜この人わりとグイグイ来る!?』

「硬さは人形と人間の中間くらいか?」

 

 その小さな体を鷲掴みにして、ぐにぐにと弄り回す彼女を横目に、二人で音楽教室の外装を見上げる。これはまた、立派なもんだ。

 

「……『永律陽音楽教室』?」

 

 隣で三階建てのビルの壁を見上げていた真冬がポツリと呟く。それに反応すると、結月を離したエーリッヒが言葉を返した。

 

「私の親が作ったところを使ってるだけだ。安心しろ、今日は貸し切りにしてるから誰も居ない」

「そりゃどうも。記憶処理の手間が省けるよ」

「探偵、いまなんて言った?」

「いやなにも?」

「…………」

 

 一瞬目尻を細めるエーリッヒは、ふんと鼻を鳴らして背中を向ける。

 それに付いていって階段を上がっていくと、二階に差し掛かった辺りで不意に、階段横の玄関の向こうからけたたましい楽器の音が響く。

 

「うおっ、なんだ?」

「あー、二階は楽器店だ。なんか『音の神』が近くに居ると勝手に音が鳴る」

「ああ、そうなんだ」

「ちなみに店主はノイローゼになってしばらく店休みにするらしい」

「それ先に言ってくれる????」

 

 

 

 ──実害出てるじゃん!! 

 

 

 

 脳裏で叫び、深呼吸を一つ。いやまあ、別に自分のやらかしではないのだけれど、ほら……ナイのやらかしはこちらの責任みたいなもんだし。

 

「……はぁ。会ったことない自分の子供の犯行を知らされるのってこんな気分なんだろうか」

「アホなこと言ってないで歩け」

「はいはい」

 

 エーリッヒに急かされて、扉を横切って階段を更に上がる。その途中、彼女に聞かれないようにと真冬が小声で問いかけてきた。

 

「……マジであんたが喚び出したトルネンブラが依頼主(エーリッヒ)にちょっかい掛けてるの?」

「ほぼ確実にね。不思議な話だけど、同じ神格はそう短いスパンで2体も3体も招来出来ないんだよ」

『へぇ~、なんで?』

「さあ?」

『なんで知らんのよ』

 

 結月にジトっとした目で見られるが、知らないものは知らないんだから仕方ないでしょ。

 

「……それこそ、神が如きバケモノ共のことを理解できるのは『神様』だけだろうさ」

 

 前に丞久先輩は「世界そのもののバランス調整だろ。でなきゃ各国のあちこちでクトゥルフとハスターが毎日ポケモンバトルしてるわ」とかなんとか言ってたけど、語彙がアレなだけで正解なんだろうな。

 まあ、それはこちらの解決する話ではないから置いておくとして……だ。

 

「────。()()な」

「……じゃ、開けるぞ」

 

 三階に到着し、音楽教室の出入口を前に、室内から漂う異質な気配に足を止める。

 咄嗟にエーリッヒの肩を掴んで止めると、彼女は警戒しながらゆっくりと鍵を開けた。

 

「俺が先に入るよ。【禍理の手】と【強化】でガードすれば、音波攻撃(電子レンジ)も数発は耐えられる」

「なんで耐えられるんだ……?」

「やっぱ明暗丞久(あのひと)の弟子なだけあるわ」

『実質バケモノの子……って、コト!?』

 

 エーリッヒはともかく、後ろの二人は帰ったら覚えとけよ。……と、それはさておき。

 ひとまず先頭に立ち、二人と1体を背中に隠しつつ中へと入り奥に進む。

 全員で一列になって廊下を歩いて最奥の部屋に入ると──そこにはピアノが置かれてあって、その傍らでは空間が歪んでいる。

 

「──トルネンブラ」

「これが『音の神』……か。音だけでの干渉はあったが、実物は……初めて見たな」

 

 文字通り『音』でしかなく、魔力の塊が生む空間の揺らぎ、歪み、そういったモノがあってようやく存在を視認できるようなあやふやな形。

 そんなトルネンブラは、こちらを認識し…………たのか? 顔も何も無いから分からないが、とにかくこちらを認識すると、ポンと音を出した。

 

「────。え、なに」

「これは……『ミ』だな。ピアノの音だ」

 

 攻撃かと身構えたが、後ろでエーリッヒが言う。更にその後ろから顔を覗かせる真冬と結月が、それに続いて口を開いて言った。

 

「もしかして、誘ってんのか?」

『セッションしたがってんのぉ? しょうがないなあ、先ず私が実験台やってあげるよ』

「鉄砲玉を名乗り出る奴初めて見た」

『そりゃ生き人形(わたしら)は不死身だし』

 

 カラカラと笑って、結月はピアノの方に飛んでいく。トルネンブラは特に何をするでもなく、ただただ同じ音をポン、ポン、と発し続ける。

 

『ピアノとか鍵盤ハーモニカ以来触ったことないけどまあ、なんとかなるでしょ』

 

 彼女はそう言って、少し悩んでから全身で押し込むように手で鍵盤に触れた。

 

『はい『ミ』ぃ!』

 

 ポーン! という小気味よい音。しかしその直後、トルネンブラの『(からだ)』から放たれた凄まじい衝撃波が結月を吹き飛ばし、小さい生き人形ボディを割れた窓の外へと叩き落としていく。

 

『なんでじゃあああぁぁぁぁぁぁ……』

「今のは『ソ』だ、バカ」

「すっげぇ普通にミスってんじゃねえよ」

 

 ほなみ以来二度目のアホを見る目を窓の外に向けながら呟くエーリッヒ。真冬も似たような顔をし、それからトルネンブラの放つ音が力強くなって…………なんか、なんか……怒ってない? 

 

「よし、次はお前だ探偵。あの人形の仇討ちだ」

「いやあいつ死んでないし。……わかった、やるよ。でもその前にアレだ。どの鍵盤がどの音を出すのか教えてくれ、俺もピアノ触ったことない」

「そこからか……」

 

 エーリッヒは呆れながらも、部屋の隅に積まれた本の山から専門書のようなものを引っ張り出して戻って来る。こうしてピアノの弾き方から教わることとなったのだが、そりゃあ本気でやるさ、なぜなら結月の二の舞いになりたくないから。

 

 

 

 

 

 

 

 ──果たしてトルネンブラの音波砲で吹き飛ばされるまで、あと3分……!




お気に入りと感想と高評価ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。