とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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天才音楽家、永律陽の悩み 3/3

「……良いところまで行けたと思ったんだけどなぁ〜。あそこでテンポ上げるのはズルでしょ」

 

 窓の外に叩き出され、地面に落下したのも数秒前の話。爆発したような衝撃を食らい、骨と筋肉が軋むように痛む体を起こして呟く。

 

「初めて弾いたにしては結構頑張れた方……だよな。3分で終わったけど」

『んむぉおおおおん!!』

「……? なんだ?」

 

 すると不意に、どこからかくぐもった声が聞こえてくる。声を辿って顔下げると、そこには、スカートが捲れてドロワーズと足が丸見えになっている人形の上半身が花壇に突き刺さっていた。

 

「……………………。うわ……」

 

 泳いでいるカエルのように足がビヨンビヨンと動いてる様は正直に言って怖いのだけども、仕方ないと意を決して引っこ抜く。

 

『ぶへぁ!? ……あ、与一』

「…………」

『ってスカート捲れてるし。んもぅ与一くんったらケダモノなんだから〜』

「深めに刺し直していい?」

『あーあーあー!! ごめんて!!』

 

 今のはちょっと、本気でイラッとした。

 

『……そんで? 与一もなんか間違えたの?』

「お前じゃないんだから。俺は普通に演奏で返したよ、どんどんテンポ上がっていくから付いていけずにミスしてぶっ飛ばされただけ」

『厳しすぎん?』

 

召喚(コール)】で作ったタオルを使って顔を拭く結月が面倒くさそうに苦笑する。それを余所に頭上から聞こえてくる2つのピアノの音色──トルネンブラとエーリッヒの演奏バトルを耳にしながら言う。

 

「ま、これである意味……依頼完了かな」

『はい?』

「あいつの依頼内容、覚えてる?」

『あ〜、スランプだから……トンネルブラ? に会ってサガフロンティアしたいとかなんとか』

「頭開いて、小さくなった脳みそを洗浄液で洗ったほうが良いんじゃないか?」

 

 なんだトンネルブラって。アホなことを言ってる結月を見ながら、ふと問いかける。

 

「エーリッヒはスランプだった、()()()()?」

『へぇ? いやなんでだって……なんでだ?』

 

 そういえば、とでも言いたげに小首を傾げる結月。そう、考えてみればおかしいのだ。

 スランプはあくまで何かが原因でそうなった、というもの。すなわち結果なのだから。

 

「あの『世の中の全てに退屈してます』みたいな遅い中二病じみた顔を見れば分かるだろ、飽きたんだよ。もっと言えば……()()()()()んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──『楽しくない』。エーリッヒの言葉を聞いて、真冬は眉間にシワを寄せた。

 

「まあ、要するに、才能がありすぎるのも考えものだ……ってことだな」

「はあ。……それとトルネンブラ探しに、なんの繋がりがあるんだ?」

「わからないか? もう、私に並び立てるような音楽家が居ないんだよ。私に追い縋ろうとする奴もな。張り合いがない、だから()()()()()

 

 エーリッヒ──永律陽紫音は天才音楽家だった。ゆえに、気づいてしまう。

 自分の才能と他人の才能の差を。誰もが認める天才()()()()、誰からも挑まれなくなったことを。

 

「そんな時に私の前にはこいつ(トルネンブラ)が現れ、疑問と欲望が生まれた。私の才能は、音楽は! 神にも届きうるのではないかと! だからなんとしても会いたかった、そして出会えた!」

 

 鍵盤を指で叩く──否、殴りつけるような荒々しい演奏。更に一段回加速する速弾きに、トルネンブラの放つ合わせようとする音の波が揺らいでいく。

 

「依頼の為の都合がいい言い訳に使ったが、スランプだったのは事実だ。正直に言って、トルネンブラに出会えなければ音楽からは離れていたさ」

「……で、辞めんの?」

「愚問だな。見てわからないか?」

 

 腕を組んで壁により掛かる真冬の問いに、目を血走らせ、鼻からはポタポタと血を垂らしながら、獰猛に笑うエーリッヒは続ける。

 

 

「──私は、きっと、ここでこいつと出会うために生まれてきた……ッ!!」

 

 

 果たして、エーリッヒの演奏は、トルネンブラという『音』をも置き去りにする。

 ──それどころか、『音』(トルネンブラ)すらも巻き込んで、演奏を続けて音色を重ね合わせていく。

 力強くも洗練された、卓越した技術と才能を形にしたような演奏に、真冬も思わず耳を傾ける。しかしその音は、少しずつ、少しずつ変化した。

 

「っ、は、はははは、なんか段々、楽しくなってきたなぁ!? 凄いぞ、トルネンブラを通して……何かが、見えて────」

「…………これヤバいやつか?」

「うん。はいストップ」

「お゛っ!?」

 

 その音色が、エーリッヒの表情が、狂気的に歪んでいく様を見て、真冬が冷や汗を垂らして呟く。

 不意に窓の外から肯定するように言葉を返す与一が肩に結月を乗せた状態で現れると、パァン! と容赦なく後頭部を叩いて演奏を中断させた。

 

 

 

「油断も隙もないな……このおバカ」

「ぉおぉおお……!?」

『こんな『新たな怪物誕生!』みたいな流れ、殴って止められるものなんだ』

 

 服が僅かに汚れたままの結月が呆れながら真冬の傍らに飛ぶ。ため息をついてエーリッヒからトルネンブラに視線を移した与一は、一言問いかける。

 

「で、まだやるの?」

【────】

 

 トルネンブラは形のない『(からだ)』を揺らす。それを見て、与一はエーリッヒにも問う。

 

「エーリッヒ、キミはトルネンブラをどうしたい? もう遊び足りたならここで消すけど」

「──馬鹿言うな、まだまだ遊び足りるわけないだろう。()()、私()()は、これからだ」

【────】

 

 エーリッヒは、トルネンブラに手を差し出す。『(からだ)』を揺らして、その神格は──差し出された手を通して彼女の中へと入っていく。

 一瞬ぶわりと、エーリッヒを中心に室内に風が吹き荒れ、果たして、()()()()()()

 

「……暴走、ナシ。乗っ取り、ナシ。驚いたな……完全完璧に適合してる」

「なあ、与一。これ大丈夫なのか?」

「まあ〜〜〜まあまあまあ、なんとかなるでしょ。エーリッヒなら悪用はしないよ」

「いや……どうだろうな……」

 

 ──するんじゃねぇかなあ。と脳裏で独りごちる真冬を横目に、自身の手をまじまじと眺めるエーリッヒに与一は声を掛ける。

 

「調子のほどは?」

「絶好調……と言いたいところだが、トルネンブラの所為か? 今まで無意識にシャットアウトしていた色んな雑音が一斉に聴こえてきて煩いな」

 

 神格を宿した影響か、彼女の灰色髪のあちこちには白髪が混じっている。

 真冬でいうヴォイドの影響による銀髪のメッシュのようなモノかと納得し、与一は不快そうに片耳を手で押さえるエーリッヒに言葉を続けた。

 

「その辺は意識的にカット出来るようにするしかないかな。……それと魔術師(こっち)側に来てしまった以上、キミはもう普通の生活には戻れない────ということはなかったりする」

「……ないのか?」

「少なくとも、トルネンブラの力で悪いことをしない内は、だけどね。なんなら水角大学の太陽さんもどちらかと言うと俺たち側だし」

「太陽……………………あの英語教員か」

 

 長い間を挟んで思い出すように視線を斜めに上げるエーリッヒ。与一も苦笑しつつ、割れた窓を一瞥して再び長いため息をつく。

 

「修繕費はうちの事務所宛でいいよ」

「なんか魔術とかないのか?」

「時間巻き戻す奴があるし、今の俺なら多少使えるけど、魔力殆ど使い果たすから無理」

「ふぅん……魔力、ね」

 

 エーリッヒが数回まばたきをすると、その視界にぼんやりと、熱のような湯気のようなナニカが映る。()()のことか、と納得した彼女は、割れた窓の外──遥か遠くでチカッとした光を見た。

 

「……ん?」

「どうした?」

「いや、なにか……光が────」

 

 

 

 刹那、パキィィィィィン!!! という甲高い音と、それに伴う小さな衝撃が駆け抜ける。

 軽く肩を押されたような衝撃にたたらを踏んだエーリッヒは、反射的に両耳を押さえていた手を下ろして外へ視線を移した。

 

「なん、だ? 今のは……」

 

 一体何事かと、不快さに眉を八の字にするエーリッヒだったが、続けて聞こえてきたドサリと倒れる音に、今度は室内に視線を戻す。

 

「……おい? 助手?」

『真冬? 真冬!?』

 

 それは、唐突に真冬が倒れる音だった。いきなりの異常事態に、一拍遅れて結月が床に降りて彼女を診る。しかし異様な事態に反して、真冬はただただ、すうすうと穏やかに寝息を立てていた。

 

『ね、寝てる……!? 与一、なんか真冬が急にぶっ倒れて寝たんだけど!?』

「…………ああ、わかっ……てる……」

 

 結月にそう言われた与一だが、彼もまた、膝をついて顔を手で覆っている。

 まるでまぶたが勝手に降りてくるのを堪えるような表情に、エーリッヒは察したように聞いた。

 

「探偵? もしかして、お前も眠いのか?」

『与一もォ!?』

「…………間違い、ない、これは攻撃だ……強烈な眠気に、抗えそうに、ない……」

『結構、抗えてるように見えるのは私の気のせい? わりと耐えられてない?』

「…………丞久先輩に、連絡してくれ、『旧電波塔を中心に魔力の波が放出、それに当たった者は眠気に襲われ意識を失う』と……伝え…………て……」

『って言ったそばから!?』

 

 なんとか懐から取り出した携帯のロックを外す与一だったが、その言葉を最後に手から携帯を落としながら床に倒れて寝息を立てる。

 

『……え、えぇ〜〜〜どうすんのこれ』

「魔力の波……さっきのか。アレには私もお前も当たったはずだが」

『私が生き人形だから? エーリッヒの場合は音の神が宿ったから抵抗(レジスト)したとか』

「────。これは、不味いな」

 

 その言葉を聞きながらも、エーリッヒの耳は、音楽教室の外で起きている惨状を捉えていた。

 

『んえ? なにが?』

「この眠る魔力が旧電波塔を中心に放たれたのなら、被害はかなりの広範囲に及ぶ。……あちこちで聞こえる衝突音からして、交通事故が起きてるぞ」

『…………マ?』

 

 エーリッヒに言われて、間抜けな声を返しながらも、なんやかんやと面倒事に巻き込まれてきた経験が、この場の二人でどうにか出来る問題ではないという事実を冷静に弾き出している。

 ひとまず与一に言われた通り、面倒事解決のスペシャリストに連絡しようと彼の携帯ごと【浮遊】でエーリッヒの傍らに浮かび────

 

『……タイミング良すぎて怖いんだけど』

 

 ──見計らったかのように、件の人物から掛かってきた電話。【丞久先輩】と書かれた相手からの着信を見て、結月は露骨に顔を顰めるのだった。

 

 

 

 

 

『続』




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