とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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白昼夢エンカウンター 1/5

「……どうなってんだこれ」

 

 無人の町中で、サクサクと()()()()()()()()()、思わずそんな言葉が口から出る。

 

「もうすぐ春だって時に雪なんて降るか? というか今日は欠片も降ってなかったし、明らかな別空間。眠ることをトリガーに引きずり込まれた……?」

 

 はぁ、と息を吐けば白い吐息が漏れる。肌寒さからしても、この異空間の季節は冬で間違いない。それに、何よりも重要なのは──

 

「【禍理の手】……は出せる。雅灯さんは居ない。つまり精神だけの状態ってことか」

 

 足元の影からにゅっと出てくる『手』を仕舞い、応答しない雅灯さんは居ないものと判断。

 それから顔を上げて、何度目かのため息をつきつつ、旧電波塔を取り囲むように建てられた無数の大中小様々なビル群を視界に収める。

 

「なんか……なんだろう、アメリカのマンハッタン辺りと混ざってない?」

 

 この異空間から漂う違和感に顔を顰めて、そちらの方向に歩いていく。しかしそれにしても、眠ることで異空間に辿り着く……というと、もしかしてここは幻夢境(ドリームランド)なのか? 

 いや、それはないか。ドリームランドに現代の街並みなんてものは()()()()()()()だ。

 

「……まあ、『ドリームランドかもしれない』くらいには留めておくか。今は他に誰か居ないか探すことが優先だ、あの範囲なら俺以外に何人も迷い込んでいる可能性は高いわけだし…………」

 

 そう言いながら等間隔に並ぶビル群の間の道路を歩いて、おそらく上から見たら旧電波塔を中心にしたミステリーサークルみたいになっているんだろうなあなどと思案して──ふと気づく。

 

「──最近の俺、独り言激しいな」

 

 とても、嫌なことに、気づいてしまった。影の中に引っ込んでる雅灯さんや刀が本体の九十九とコソコソ会話をしたりするからか、いつの間にやら、何も無い空間に話しかける癖が付いてしまっている。

 こっそり会話していたために、ボリュームが大きくなることはないのが幸運だったか。

 

 

 

「……ん?」

 

 なんとも言えない悲哀を感じつつも歩いていると、ふとビルの角に人影を見る。

 こちらが視線に気づくと姿を隠すため、急いでそちらの方に駆け出す。

 

「おーい、俺は怪しい者じゃないぞー!」

 

 なんとか追い付いて、角を曲がって隠れた人影と対面しようとし、輪郭が視界に入った──刹那。

 まばたきを挟んだその一瞬で、ぐわんと視界が揺らぎその人物が消え…………違う、これは……! 

 

「──動くなよぉ〜」

「っふん!」

「えっ、うわっちょ!?」

 

 背後から……否、さっきまで自分が立っていた位置に()()()()()()相手を捕まえるべく、即座に振り返りつつ手を伸ばす。

 

「っぶな!?」

「そう来ると思ったよ」

「え? ──にょわーっ!?」

 

 直後、再度の入れ替わり。元の位置に戻ったのを確認すると同時に背後に【禍理の手】を伸ばし、相手を鎖でぐるぐる巻きにする。

 ちゃんと巻き付いた確かな手応えを感じて、改めて振り返る。そこに居たのは、黒髪を後ろで結んだ制服姿の、()()()()()()()の少女。

 

「……はっ、幻夢境(ドリームランド)。夢の世界……ね。どちらかと言うと悪夢の方だけど」

 

 今よりも二回りは幼くも、今とさほど変わらない顔つき。昔から使えていたのだろう空間置換。

 ()()()()()()()()()()との再会に、こちらの顔は、自分でもわかるくらいに歪んでいた。

 

「────。千夏さん」

「そんな苦い顔で人の名前呼ぶことある??? ……てーかアタシら会ったことあるっけ」

「……さあ、どうでしょうね」

 

【禍理の手】による拘束を解きながら、苦い顔をほぐすように頰に手を当てる。

 捕まえておいて離す行動に困惑している千夏さんに、更に質問を投げかけた。

 

「魔術を使える人間として聞きますけど、今この状況をどの程度把握してます?」

「────。……んまぁそうね、ここがアタシの知ってる日本じゃないってのは把握してるわ。この街の外、()()()()()()

「なんて?」

「あれ知らないの? まあアタシも()()()もここに来て四日目? くらいだし、別にそこまで詳しくは分かんないんだけどさ。外砂漠なんだよね」

 

 ビルという囲いの外を指差して、千夏さんがカラカラと笑う。

 ……いまいちここの地理がわからないな、もしかしてこの街はドリームランドにある砂漠のど真ん中に存在しているのか? 

 

 それに、四日目? じゃあこっちの件とは無関係でありながら、それはそれとして千夏さんは別件で巻き込まれている……ということになる。

 

「──さて、そろそろ合流しないとなぁ」

「ん?」

「アタシと一緒に来てる奴が居て、そいつとはバラけて動いてんの。んで合流したいんだけど……場所が悪いなこりゃ、上に行けたりしない?」

「上? ビルの屋上に?」

「うん」

「はぁ……一応、出来ますけど」

 

 ちょうど横に建っているビルを指差す千夏さんに、こちらも出来なくはないために肯定的に頷く。

 

「じゃあ、ちょっと持ち上げますよ」

「どんとこーい」

 

 屈んで左腕を千夏さんの後ろに回して、座ってもらうように体を預けてもらって持ち上げる。

 首に腕が回されるのを確認してから、【禍理の手】を上に2本射出してビルのガラスに指先を突き刺して──ギチギチと引っ張る動きに逆らうように踏ん張る動きを見た彼女は頰をひくつかせた。

 

「……マジ?」

「口閉じててください」

「っ────!?」

 

 ギリギリまで踏ん張って──自身を発射。さながらパチンコで撃ち出した玉そのものとなって重力に逆らい、上空へと放たれた。

 更に続けて上へと【禍理の手】を伸ばしてはこちらの体を引っ張り上げ、ぐんぐん上昇していき、やがて屋上の柵を『手』で掴んで内側に着地する。

 

「──っと。大丈夫ですか?」

「……絶叫マシンの安全装置抜きって感じ」

「楽しんでもらえたようでなにより」

 

 持ち上げたときと逆の動きで千夏さんを降ろすと『こいつマジ?』みたいな顔をされるが、それはまあ流しておく。これ結構人気なんだけどなあ。

 

 ──主に結月から。

 

「うぇえ……。はあ、それじゃあ連絡するから……さっきの変な『手』を空に飛ばしてくれない?」

「ん? ──ああ、目印か」

「そそ。…………うーいもしもしー」

 

 こちらに背を向けて、サクサクと屋上の雪を踏むようにその辺をウロウロと歩きながら、千夏さんが制服のポケットからガラケーを取り出す。

 ……ここ電波通じるんだ。いや、この街にある旧電波塔は千夏さんからしたら現役の電波塔なのか。こういうのは、フィーリングで理解するしかない。

 

「うーん、人を見つけたっつーか見つかったっつーか。いやすんげぇのよ、アタシの入れ替わりに完璧に合わせてきてさぁ、しかもアタシの顔見てすんごい苦々しい顔してきたのよ」

 

 ゲラゲラと笑う千夏さんが、誰かと通話をしている。こっちも暇潰しがてら、上に飛ばした【禍理の手】を波打たせて鎖をニョロニョロさせとく。

 

「……え、そっちもされたの? 面白っ、そんで合流地点なんだけどさぁ……あの、そっちからビルの上に鎖見える? うん、そう、ニョロニョロしてるやつ。そこの屋上にアタシら居るから来て。うーい」

「軽いなぁ」

 

 通話を終わらせてパタンと閉じた携帯を仕舞うと、千夏さんはこちらに振り返る。

 

「たぶん1〜2分でアイツ来るから」

「早くない……?」

「遅くても……3分くらいかな? アイツ、身体能力イカれてるから。ビルの壁クライミングするか中から駆け上がるかはするよ」

 

 ──誰が来るんだろう。という疑問が湧きつつ、その答えには自然と回答が浮かんでいる。

 千夏さんが居るのだ、ここに来ているもう一人も、自然と限られるだろう。

 

 ……ゆえにこそ、この胸のザワザワとする焦燥、不安感、そういったものが……会いたいが会いたくないという相反する思いを抱く。

 

 しかしそんな思いを掻き消すような、ダンッ! ダンッ! という硬いものを蹴るような音が空中から聞こえてきて、二人でそちらに顔を向ける。

 

 

「……嘘でしょ」

 

 

 とは、どちらの言葉だったか。

 

 視界に入ってきたのは、かなり見づらいが固定された空間を足場にして空中を跳ねている、銀髪に金メッシュの女性をおんぶした青年の姿。

 それがこちらが立っているビルの屋上に着地すると、金髪に銀メッシュへと髪色を反転させる女性──真冬を降ろして体と頭を上げた。

 

「待たせたか? 悪いな、見づれえ足場使って空中を跳ぶのは流石に初めてなもんでよ」

「経験済みであってたまるかーい。っと、そっちの人がここで見つけた人? こんちは〜」

 

「…………」

「…………」

 

 青年を見るこちらと、千夏さんを見る真冬の顔は、きっと同じ表情をしている。

 困惑、驚愕、深い悲しみと、()()()()()()()

 二人を一方的に知っているからこそ、()()を口にしてはいけない。

 

「ああそうだ、俺ぁ桐山龍一、こいつは有栖川千夏。まだ高2だから……そっちのが歳上か?」

「勝手にアタシの分まで言うなっつの。千夏でーす、よろしくね。そういやなんかこっちの人には名前バレてたんだけどさ、もしかしてアタシらみんな会ったことあんのかな。龍一はどう?」

「知らん。初対面の筈だ」

 

 ──けれども記憶から薄れつつあったその声を、喋り方を、雰囲気を感じて。

 

「……父さん」

「母……さん?」

 

 若い頃の姿、しかして喪った家族が目の前に現れて、()()言葉を押し込めておけるほど、家族の死を振り切れてはいない。

 

 

 

 

 

「なんだって?」

「なんてぇ??」

 

 ──いきなり自分たちを親だとする初対面の人間に対して、二人して素っ頓狂な声を上げるのは、果たして当然の反応だった。




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