ぷつ、と通話が切れた携帯を傍らに浮かばせながら、結月は顔を手で覆って深く息を吐いた。
『さて、荒れるぞ〜〜〜』
「……そんなにヤバいのか?」
床に仰向けに並べて寝かせた真冬と与一の体を横目に、エーリッヒが問いかける。
結月もまた【浮遊】の応用で携帯をくるくると回しながら、逆方向に回転しつつ口を開く。
『与一の周りの人間はヤバイ奴/かなりヤバイ奴/めちゃくちゃヤバイ奴しか居ないんだけど、これから来る二人は……【魔術師科:めちゃくちゃヤバイ奴属】みたいな珍生物だと思った方がいい』
「へぇ」
「【──随分な物言いだなぁ、オイ】」
『うわでた』
第三者の声が、割れた窓の外から聞こえる。エーリッヒと結月がそちらを見やると、そこには文字通りの外骨格のように黒い骨を身に纏う女性──丞久が、背中に秋山を乗せて中に入ってきていた。
「【…………。んー?】」
「なんだよ」
どことなくグロッキーな秋山が降りてから、黒い骨──【
「ああ、トルネンブラか」
「──!! わかるのか?」
「んまぁまあ、直感で?」
「……なるほどな」
結月が大雑把に『ヤバイ奴』と評した理由の一端を理解して、エーリッヒは追求を止めた。
「そんで、うちの
『丞久さんのパワーで起こせないのぉ?』
「さぁな」
──なんで窓割れてんだ……。と独りごちていた秋山が、丞久から二人に視線を移す。
それから丞久がおもむろに眠る与一に跨がると、容赦なくバチィン! とビンタした。
『……あの、パワーで起こせってそっちの意味じゃなかったんだけど……?』
「んー。これで起きねぇ……となると、睡眠をトリガーに
「理由は?」
秋山が丞久に問うと、彼女は二人が呼吸してることを確認するように鼻に手のひらを宛てがってから立ち上がり、三人に向けて言う。
「
「────。そういうことか」
「どういうことだ?」
『すんませ〜ん、私らにも解説して?』
納得した秋山の横で、エーリッヒと結月が疑問符を浮かべる。丞久は言葉を選ぶように視線を斜めに上げて、それから更に続けた。
「寝たやつの体が残ってるってことは、ドリームランドに精神だけが落ちたってことだ。……で、起きる方法は大きく分けてだいたい2つ。『どっかの森にある階段を上がって現世に戻る』か『命を絶つ』かのどちらかだ。少なくとも自由に寝て起きられるなんらかの異能か何かが無い限りは、だけどな」
『……えー、あー。つまり?』
疑問符が更に増える結月に呆れながらも、丞久は寝ている二人を見下ろしながら言う。
「もし仮に、そこらで眠ってるであろう民間人の精神までドリームランドに落ちてるなら、とっくに向こうに居る何らかの神格か敵性生物に殺されてる。そして目を覚ますか──弱い奴は精神の摩耗に引っ張られて肉体の生命活動も止まる。つまり死ぬ」
『……あ、そういうことか。まだパンピーが起きたって報告も死んだ報告もされてないんだ?』
ようやく話を理解した結月の言葉に、丞久が頷いてから間を置いて口を開く。
「そういうこった。──で、だ。なんでこいつらまだ起きてこないんだ?」
『いや知らんが…………もしかして「この二人ならドリームランドに居るって自覚すればすぐ自殺して起きてくるだろ」って期待してたの!?!?』
「真冬はともかく、与一にはドリームランドでの対処法は言ってあるんだがなあ。……となると、真冬を死なせたくなくて残ってるか、向こうで
心底面倒くさそうにため息をついて、どうするかと逡巡する丞久。しかしその直後、窓の外に視線を向けたエーリッヒが声を荒らげる。
「──!! 2発目が来るぞ!」
「……丞久、【障壁】頼む」
「わぁーってる」
秋山の言葉に丞久が素早く彼の肩に手を置きつつ自身にも同様に【障壁】を張る。
その一瞬後にパキィィィィィン!! という甲高い音と衝撃が駆け抜け、反射的に顔を覆っていたエーリッヒが腕を降ろして室内を見た。
「……眠、らないのか」
「攻撃なら【障壁】でワンチャンガード出来んだろ作戦は成功みたいだな」
「カスみてぇな作戦名やめろ」
『でも丞久さんなら気合いで耐えそうだけど、フツーの秋山さんまで耐えてるなら有力っぽいね』
直撃するが、与一たちと違いピンピンしている二人を見て結月は少し驚く。
すると、窓の外を再度見たエーリッヒが、怪訝そうに眉を顰めながら言葉を漏らした。
「
「あん?」
エーリッヒの呟きに、秋山が反応する。
「私はてっきり、あそこから直接
「方向はわかるか?」
「…………旧電波塔を見てるこの向きが北として、塔の西から飛んできていたな」
「西……西、か」
そう言いながら携帯のマップアプリを開き、秋山は現在地から指で位置をずらしたりズームさせたりして、ふと気になった建物を見つけた。
「──ここに総合病院があるぞ」
「ふぅん。きな臭いな、前に病院の地下でミ=ゴと警備員ボコッたことあったし」
横合いから画面を覗き込んだ丞久が鼻を鳴らして言うと、踵を返して気だるげに、与一と真冬の頭の上辺りにあぐらを掻いて座る。
「よし、3発目が来る前に問題を片付けないといけないし……こいつら起こしてくるか」
「行けるのか?」
「んー。まあ、ドリームランドに精神を飛ばす方法は幾つか知ってるからなぁ」
エーリッヒの短い問いかけに返して、丞久は深く吸った息を、深く長く吐き出す。
「んじゃ、ちょっくら
『あの、今、この世の終わりみたいなルビが見えたんスけど』
「気のせい気のせい。……んぐゅ」
口角をひくつかせる結月にそう言ってから、丞久は妙な声を漏らしてガクンと項垂れる。
それを見て、結月は彼女が
『もしかして、セルフ気絶した?』
「わざと意識を失う方法を幾つか編み出してるらしいぜ。こんな手段でドリームランドに侵入するやつ、他に居ねぇだろうな」
『そうそう居てたまるか……』
──黒猫モドキが、流暢に言葉を発する。まさか喋るとは思わなかった我々四人が硬直するなか、彼……彼女? は更に続けた。
【そうほいほい時空間操作はしねぇ方がいいにゃあ。神格に目ぇつけられると面倒にゃ】
「……キミは、この街についてなにか知っていたりするのかい?」
【さぁにゃあ。一週間くれー前にいきなり砂漠のド真ん中に生えてきたくらいしか知らねーにゃ】
「いきなり……つまり元からあったわけじゃなくて、誰かが作り出したのか」
黒猫モドキの言葉から、状況を推察する。つまり、この街は【夢見】で生成されたのか。
──魔力で物質を生成する、【
【まー、犯人はどうせヒュプノスだろうにゃあ。ウルタールで聞いた風の噂だと、アイツここ10年で2回くらい
「………………へ、へぇ」
たぶんその内の1回は丞久先輩だろうなあ。という確信めいた思考を流しつつ、こちらを見上げる黒猫モドキは、そういえばと口を開く。
【……そうそう、ニャーはクロだにゃあ】
「あ、ああそう。見たまんま……」
【
「────。そっか」
──今なんか物凄い
ともあれ黒猫モドキ──もといクロは、座った姿勢で後ろ足を伸ばして頭を掻く。それを見ていた父さんが、後ろから耳元に小声で聞いてきた。
「……ウルタールってなんだ?」
「あー、猫だらけの町ですね。ドリームランド内における数少ない安全地帯……だったかな。行ったことないんで詳しくはちょっと」
「あのクロとかいう猫だらけってことか」
「いやあ、どうだろう」
【あん? ニャーみてぇなのはそんな居ねぇにゃあ。大抵は普通サイズの猫にゃし】
「そうなんだ。……ウルタールに直接人間が訪れることってあるの?」
【そこそこあるにゃ。色んな時代の色んな時間から来るからわりと飽きないにゃあ】
しれっと会話に混ざってきたクロが答え、父さんも納得したように呟く。
「ほーん。なら、俺たちは運がなかったのか」
【らしいにゃあ。ちなみにこの前は……なん・ちゃら・ラブクラフト? とかいう神経質そうなオッサンが酒場で猫吸いしてたにゃあ】
いや誰だよ……。
「……ねぇクロちゃん、アタシらをそのウルタール? に連れて行ってくれたりしない?」
【めんどくせーから嫌だにゃあ。ニャー単体なら逃走もステルスもよゆーにゃけど、この街から出て砂漠を越えてあれこれして……ってのをおミャーらと一緒にやんのは流石にだりぃのにゃ】
続けて千夏さんも質問をするが、クロは面倒くさそうに吐き捨ててあくびを漏らす。
「【夢見】で乗り物を作ったり、とかは?」
【さっきも言ったけど、この街を作ったのはヒュプノスだろうにゃあ】
「……派手に動けば目をつけられる、か」
【死にてーならヘリコプター作って飛んでいけにゃあ。撃ち落とされるだろうけど】
遠回しに案を却下されると、最後に真冬がクロへと言葉を投げかけた。
「ところでクロ」
【なんにゃ】
「母さんたちを街の外に出さないようにしてた理由はなんなの? あんたの雰囲気からして、単なる善意で死なせないようにしてたとは思えないけど」
【……失礼なやっちゃにゃあ。まあ100パー善意か? って聞かれたら困るけど】
ズバズバとした物言いに、猫科の顔ながらに呆れているのがわかる。
しかして、一転して比較的真面目そうな表情に切り替えてから遠くを見るようにして言う。
【この外の地下にはドールが住んでんのにゃ】
「ドール? ……人形?」
おそらく脳裏にソフィアや結月を思い浮かべたのであろう真冬に、クロはかぶりを振った。
【あー……あの高いビルあんにゃ】
「ん? ああ」
【あれ──
そう言ってクロの視線を辿って上を向いた先にある、旧電波塔の半分ほどのビルを見て、真冬は口角をひくつかせながら呟く。
「────。マジ?」
【おミャーらが外に出てドールに食われる……のはまあどーでもいいにゃ。ただ、食おうとして出てきたヤツに暴れられたら、ドリームランド育ちとしちゃあ堪ったもんじゃねーのにゃあ。おわかり?】
「なる、ほど、ねぇ」
頰の冷や汗を拭って、真冬が納得する。
【ドールが地下に籠もってるのは光が嫌いだからにゃ。でも光が嫌い、であって弱点ってわけでもねーから上でうるさくしてると食われるにゃ】
「……結局、街から出ないほうが良いって話だろう? あんまり真冬を脅すなよ」
【わりーにゃあ。……と、ちょい待てにゃ】
「うん?」
わざと怖がらせるような言い方をしていたクロが、ふとそう言って座っていた体を立たせる。
四足歩行になると、ぶるりと体を身震いさせるように揺らして
「うん!?」
そのままゴキゴキと音を立てて骨格を──骨の位置を変えるようにして体を変形させ、体格を小さくさせながら姿を変えていく。
【お゛お゛お゛ん゛。……ずっと四足歩行なのは、流石にきちーのにゃあ」
「に、人間になった……」
「こっちがデフォにゃ。さっきまでの姿の方が変身後ってことにゃあ」
すくっ、と前
猫モドキから人間の少女の姿となった彼女は、腰まである黒髪の頭頂部に猫の耳を2つ、尾てい骨辺りからも尻尾を生やしていた。
「……ちっちゃ」
──とは、変身を見ていた千夏さんの言葉か。
その背丈は130から140センチの間くらい。かなりの小柄になった姿を見下ろして、こちらもそれとなくクロの頭に手を伸ばす。
彼女はそれに気づくと、すっと半歩横にズレてこちらの手を躱した。
「んにゃ、やめとけにゃあ」
「──あ、ごめん。嫌だった?」
「いんやぁそーじゃなくて」
クロが気まずそうに視線を逸らしながら、うっかりしてたら割れそうなくらい長い爪でボリボリと頭を掻くと、こちらを見上げて言葉を返す。
「しばらく水浴びすらしてねーから、髪の毛ベッタベタなのにゃあ」
「き、
「こっちの世界じゃあ石鹸は高級品なのにゃ」
「……【夢見】でシャンプー出そうか?」
果たしてこの子の場合、必要なのは人間用シャンプーなのか猫用ノミ取りシャンプーなのか。
「────。みぃつけた」
──そんな馬鹿な思考を巡らすこちらを、遥か上空、ビルの屋上から見下ろす姿が一つ。
眼帯をした隻眼の瞳が我々を見ていたことになど、気づける筈もなかった。
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