とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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白昼夢エンカウンター 5/5

「──うおぉおあぁおあおおあァ!!??」

『どぉわあビックリした!?』

 

 悲鳴を上げながらガバっと起き上がる真冬に、結月が驚いた拍子に天井まで飛んで頭をぶつける。

 

「あ、う、し、死ん……だ……!?」

「よお、夢で丞久と合流したみてぇだな」

「…………秋山さん?」

 

 呼吸を荒らげて汗を垂らす真冬は、周囲を見回してから自分たちを眺めていた秋山と顔を合わせる。その慌てようを見て、彼は察したように口を開く。

 

「ドリームランド内であいつに殺されたな。それで目を覚ましたってことだ」

「…………いきなり上から何かに押し潰されて即死したんすけど……?」

「いきなり上から降ってきた丞久に押し潰されて死んだってことだろ」

「バケモンかよ……」

「今更気づいたのか?」

 

 ため息をついて顔を手で覆う真冬を、秋山はパイプ椅子に座ったままニヤリと笑う。

 

「──で、まだ探偵と例のヤバイ奴がまだ起きてきていないわけだが」

 

 その横でピアノ用の椅子に腰掛けていたエーリッヒが、真冬の横に寝ている与一と、その後ろで地べたに座ったまま気絶している丞久を見る。

 

「まあ、『本体は死なねえんだからとっとと自決して起きろよ』をすんなり許容できるほど、与一は()()()()()()()イカれてねえからな」

『ってことは、与一って、いま夢ん中で丞久さんと戦ってんのかな』

「何分で死ぬと思うよ」

『秒で賭け事始めんのやめよ?』

 

 降りてきた結月に呆れられながら、秋山はフンと鼻を鳴らして話題を切り替えた。

 

「向こうで殺り合ってるなら丞久と与一が起きるのも時間が掛かるだろうし、先に情報交換しておくか。有栖川真冬、そっちで何を見聞きしてきた?」

 

 

 

 ──現世で秋山たちが得た情報と、真冬たちがドリームランドで何をしてきたか。

 それらの情報を交換し合って数分、ふと、真冬の横で寝ていた与一が起き上がった。

 

「……くそっ」

「与一。大丈夫?」

「! 真冬……無事だったか」

「いや無事ではないわ」

「ですよねぇ」

 

 真冬の方を見てホッとしつつ、与一は苛立たしげな表情と感情を切り替えて周囲を見る。

 

「──現状は?」

「俺らとそっちの情報はあらかた交換し終えたぜ。……おい待てなんでまだ丞久が起きてこねえ」

 

 ピクリとも動かない、つまりドリームランド内で死んでいない丞久が起きてこない様子を見て秋山が言う。与一は気まずそうに正座しながら、視線を斜め下に向けてポツポツと言葉を漏らした。

 

「…………その、父さんと千夏さんが、想像してた200倍くらい、めちゃくちゃ強くて……」

「あの野郎……テンション上がりやがったな」

「はい。俺と父さんと千夏さんの三人掛かりで殴るとなぜかどんどん元気になっていくので……最終的に先にスタミナが切れて俺だけ死にました」

『殴る度に耐性付くタイプのクソボスじゃん』

 

 

 

 

 

 

 

 ──全身を鋭利な黒い魔力に貫かれ、腹を中心に上下に引き千切られた与一の死体。

 それを放り捨てる丞久は、ぶらぶらと揺れる砕かれた左腕を一瞥して、眼前の男を見て思考する。

 

 ……こいつ、強いな。

 ──つーか打撃力がやべぇ、渾身の防御の上から左腕へし折りやがった。なんだあの出力? 

 ──ああ、【強化】()()使()()()()代わりに、その強化倍率がイカれてるのか。

 ──纏う魔力が黒いのも……ありゃ魔力密度が高すぎて内側に光が届いてないだけか? 

 ──それに……地味に女の方もやべぇな。単なる空間置換のみのサポート特化かと思ったが……本人も殴り合い(ステゴロ)がイケる口と来たもんだ。

 

 丞久は自身の口角が吊り上がるのを感じ、それを抑えることはしない。

 

 ──やべー、たのしー。雑に掘り返した土から宝石の原石が出てきた気分だ。

 ──あんまり時間掛けられないし、そろそろ帰らないといけねえって時に……こりゃあれか、日頃から頑張ってる私へのご褒美か? 

 

 現世での問題と、幻夢境での楽しみ。それを天秤にかけ、後者に傾き掛ける思考が楽しみを取ろうとするままに、体は既に駆け出していた。

 

 

 

 

 

 ──左腕を蹴り砕いた眼前の女が、いまだに元気いっぱいのまま突っ込んでくる光景を前に、桐山龍一の頭は面倒くささに支配されている。

 

 ……こいつ、面倒だな。

 ──あの骨は『そういう能力』ってより、なんらかの能力発動時の余剰魔力を『そういう形』に整えてるだけか。じゃなきゃ柔らかすぎる。

 ──いや、切断する勢いで蹴ったのに左腕砕いただけなら充分頑丈か? 

 

 そう思考しつつ、地面を踏み割る勢いで駆けてくる女を見る。体を覆う(まりょく)で輪郭を隠し、右手を左腰の辺りに添え、踏み込みながら鋭利な硬質化魔力を飛ばしてくる光景を前に、龍一は真正面から構えた。

 

「千夏、下がってろよ」

「チッ……任せるわ」

 

 目測、六歩で接触。後ろに下がらせた千夏の前で、彼は集中力を高める。

 

 まず一歩、先に接触しそうになった硬質化魔力を拳に纏う【強化】の魔力とぶつけて破壊。

 

 二歩、下から掬い上げるように飛んできた魔力を半歩ズレて回避。

 

 三歩、四歩、五歩と速度と威圧感が増していき、そして六歩目。

 

 周囲の背景がスローに見えるほどの集中。前傾姿勢のまま骨で輪郭を隠す女の右手が水平に放たれ、龍一はここに来ての攻撃が素手なのかと困惑し、しかして緩く何かを()()形なことに違和感を抱く。

 

 

 ──手刀、じゃない。何かを握る形。何も握っていない。いや、()()()()握る? 

 

 

 そんな逡巡が脳裏を駆け巡り、円運動で迫る右手に、ふと魔力が迸る。

 直後、突如としてその右手に柄が現れる。鍔、刀身と次々に形が出来ていき──気づけば、刀が龍一の胴体を真っ二つにせんと迫っていた。

 

 直前まで無手の状態から、いきなり手元に刀を【召喚(コール)】する、変則的な高速抜刀。

 並の相手ならば何に斬られたかも分からずに死に、見切れたとしても時既に遅く、まばたきの内に切り裂かれる一発芸じみた一閃。

 

 

 ──当たる。

 

 

 女は、丞久は。長年の経験からそう確信する。このタイミングで刀を視認できても、避けることは出来ない。果たして、刀身が男の制服に接触。

 

 だが、極限まで高まった集中力が一つの懸念を生む。そう、あらゆる状況において、いつだって例外とは現れるものなのだ。

 

 そして、丞久の懸念は正しかった。そもそもの話ではあるが、眼前の男──桐山龍一の『強さ』とは、なにも凄まじい倍率の【強化】のことではない。

 

 それよりも前の段階、すなわち【強化】────()()()()()()()()()()()()()()()。これこそが、桐山龍一の強さの根幹である。

 

 龍一は確かに、硬質化した魔力を()()()()()()拳で殴り砕き、僅かに体を動かして避け、迫る丞久の右手が無手であることを確認し、刀を握ったところを見てきた。──ゆえにこそ。

 

「あっ……ぶねぇ……!」

「【……マジか】」

 

 ──振り抜かれた高速の抜刀に脊髄反射で対応し、右の肘と膝で挟んで止めることも容易だった。

 

「ふんッ!」

 

 続けて挟んだまま左の手刀で刀身の半ばを砕き折り、そのアクションの隙を埋めるようにして背後の千夏と空間置換(いれかわり)

 

「【っ、くぉっ──ぶぉご】」

 

 即座に打つ千夏のフックが顎を小突き、丞久の脳と視界がぐわんと揺れ、続け様の空間置換で位置を戻した龍一の、刀を捨てた流れで素早く構えた魔力の灯る右ストレートが顔面に叩き込まれる。

 半ばから折れた刀の柄を離さないまま、ブーツの底で地面を擦りながら数メートル後退する丞久は、しかして倒れる様子もなく──ボタボタと血の塊を鼻から溢しながら()()()()()

 

「【ぶぇ、ぺっ。っはははは。楽しいなぁ?】」

「ンなわけあるか……」

「龍一、次はもう少し魔力溜めて。ありゃバケモンだわ、頭か心臓吹っ飛ばすしかない」

 

 心底の呆れと苛立ちを込めた眼差しを向ける千夏に、さしもの龍一も言葉を漏らす。

 

「……与一の先輩、だと思うんだけどな。まあ、真冬ちゃんだけじゃなく、あいつを……俺の息子までもを殺しやがったのは許し難いしなぁ」

「【────。あ?】」

「……ん?」

 

 龍一の言葉を耳聡く捉え、ふと丞久の動きが硬直する。ポカンとした顔からは闘志が薄れ、困惑のままに彼女は質問を投げかけた。

 

「【息子? あいつが?】」

「……ああ、未来の……だけどな」

「【────。じゃあお前は、桐山龍一?】」

「…………そうだが」

「【────。あー、ああ、顔とか似てるわ】」

 

 合点がいったように頷くと、丞久は視線を斜めに逸らしてから、二人を見据えて言う。

 

「【うん、これ全面的に私が悪いやつだな】」

「お、おう。そう、だな……?」

「……なんなの、こいつ」

「【つーか、そっちも有栖川千夏か。こっちの時間軸だと()()()()()からわかんなかった】」

「なんて???」

 

 あっはっはっは、と乾いた笑い声を上げながら爆弾発言をする丞久は、全身の黒い魔力を解いてから折れた刀を逆手に握ると。

 

「──悪かったな。ま、それはそれとして、久々に心から楽しめたぜぇ」

「なっ……!」

 

 そう言って、トンッと折れた刀身を心臓に突き立てて、ぞぶぞぶと腹の方まで一気に裂いた。

 赤黒い血を地面に撒き散らしながら座るように脱力すると、彼女は項垂れて生気を失う。

 好き放題に大暴れした果てに、目の前で自殺した丞久を見て、二人の声は一致する。

 

「え、えぇ…………?」

 

 雪の降り積もる街の中、その一部に破壊の跡を残して消えた丞久を見ながら、ただひたすらに龍一と千夏は困惑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──秋山さんとの情報交換も終え、エーリッヒにこれまで経験してきたことのあらましを教えたりで軽く時間を潰していると、気絶中の丞久先輩が頭を上げて、口元のよだれを袖で拭いながら言う。

 

「……お前の親父強すぎねぇか?」

「他にもっと言う事あるのでは?」

「あー……【黄衣の王(ハスター)】があれば勝てたな」

「秋山さん、俺そろそろこの人を一発ぶん殴っても許される気がするんですけど」

「諦めろ」

 

 体を伸ばしてボキボキと骨を鳴らす先輩へのリスペクトポイントが下がりつつあるのを自覚しながら、ため息混じりに更に続ける。

 

「──で、どうします?」

「……どうせあの街はヒュプノス辺りが【夢見】で形成したんだろ。んで外でも病院の方が怪しくて、そろそろ魔力波の3発目が飛んでくるわけだから────よし、ある程度纏まった。はい注(も〜く)

 

 こちらの問いに、丞久先輩はそう言ってすくっと立ち上がる。経験に裏打ちされたこの思考の速さは純粋に凄い、とは、思うのだけど。

 ──自分ができるのだからと、こちらにまで無茶をさせようとするのは本当にやめてほしい。

 

 ともあれ、自信満々な顔をしてこちらと真冬、秋山さん、結月、エーリッヒを順に一瞥する先輩が居れば、ヒュプノスとやらにも勝てるだろう。

 

 そんな風に考えていたこちらを見て、先輩は、あっけらかんと言った。

 

「秋山は結月連れて総合病院を強襲、永律陽は旧電波塔内でトルネンブラの力で魔力波を相殺、私はその護衛、ヒュプノスは与一が殺れ」

「……ん?」

「真冬はドリームランド内で龍一と千夏と一緒に与一のサポートをしとけ」

「……あの、先輩?」

「なんだよ」

「俺に、なにを、しろって?」

 

 丞久先輩は、そんな問いかけに、にっこりと笑みを浮かべながら肩に手を置くと。

 

「お前もそろそろ、神殺しを経験しとかないとな! 大丈夫だお前なら出来る!」

 

 ──などと言って、これまでの人生史上で最大級の、とんでもない無茶振りを押し付けてきた。

 

「こんな……こんなカジュアルに神を殺してこいって言われることある!?」

 

 

 

 

 

『続』




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