とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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幻夢境セッション 3/4

 ──ブィィィィィン!! という轟音と共に振り抜かれる一閃。高速回転する無数の『刃』が、ガリガリとヒュプノスの装甲を削る。

 

 だが、浅い。装甲の表面を削っただけだ。

 

「先輩、180°ターン! もう一発叩き込む!」

【お前、遠心力って知ってるか?】

「【禍理の手】を突き刺して体を固定してるから吹っ飛ばない、急いで!」

【……振り落とされんなよー】

 

 腰の辺りから2本飛び出た『手』が戦闘機に突き刺さり、こちらの体を固定している。

 少なくとも遠心力で吹き飛ぶことはない──けれ、ども。吹き飛ぶことはない、()()だ。

 

 ここ数分で味わった高速のドッグファイト、これは……夢見版戦闘機のあり得ない小回りで成り立っていたわけだ。その機動力と速度のまま180°ターンなんかしたらどうなるか? 簡単な話だろう。

 

 

「お゛っ゛っ゛っ゛……ごっ!?!?」

 

 

 ──咄嗟に全身を【強化】で固めていなければ、今頃内臓が尻と口から飛び出ていたのではと言わんばかりの勢いが襲い掛かる。

 ともあれ、現実では絶対に出来ないであろう軌道で再度ヒュプノスに接近し、大剣(チェーンソー)のエンジンを蒸かしながら振るう。

 

「──ふんッ!!」

【ぐ、ぉっ……!?】

 

 先程と同じ場所をなぞるような切り返し。しかし先程よりも深くめり込んだ刃はガリガリと装甲を、羽毛を、肉を削って空中に散らした。

 

【この、異端者がッ……!!】

「今のは良いのが入ったな」

 

 強烈な圧力で催す吐き気を堪えながら、べっとりと血が付着したチェーンソーを握り直しつつ離脱。お返しのように虚空から飛び出た幾つもの銃身から放たれる弾丸をビルの合間を縫うように飛んで避ける途中、血の混じった咳をしてため息をつく。

 

「……うえっ、耳から脳みそが出るかと思った」

【出るときは言ってくれ、見てみたい】

「先輩、倫理観って知ってます? …………ところで、さっきから聞こえてくるピアノの演奏はエーリッヒがやってるんですよね?」

【ああ、ヒュプノスの調子を崩すのに最適だったろ。ダメ押し用にもう一手用意してある、そっちのタイミングで合図しろ】

「わかりました。それと────」

 

 通信を一旦区切る前に、先輩にとある提案をする。その提案を聞いた先輩の顔は見えないが、絶対にニヤリと愉快そうに口許を歪めていることだけはわかる声色で、こちらの言葉に返してきた。

 

【いいねぇ。死に花は派手に咲かせなきゃなぁ】

「別に死ぬ気はないんですけど……???」

 

 

 

 

 

 

 

 ──目まぐるしく視界が切り替わる。黒いマネキンと、千夏と、真冬と、マネキンと、千夏と、真冬と。ぐるぐると空間置換で視界と立ち位置が入れ替わり、とにかく近くの『黒い人型』を殴り続ける。

 

 龍一はおろか与一にすら程遠くも、使えなくはない【強化】で身体能力を高め、魔力で強度と威力を底上げしたメリケンサックで殴れば、真冬の手にはプラスチックを割るような感触が伝わってきていた。

 

「これ、でッ……何体目だ? 2()……00(ひゃく)……?」

「と36体! 目測であと150体は居るかな?」

「悪夢か……」

「まあここ幻夢境だ、し、ね〜ッとぉ!」

 

 殴り、肘で打ち、素早く蹴る。237〜9体目を仕留めた千夏が横目で龍一を見ると、彼の手に灯る魔力の炎はより濃く、大きく燃え上がる。

 拳を腰の辺りに引いたままうつ向いた龍一は、据わった瞳で、ただじっと地面の雪を見ていた。

 

 ──ゾーン、いわゆる超集中状態。二人の存在を感じながらも、眼中に無い。

 

 与一の指示通りに全力の一撃を叩き込む為だけに延々と【強化】魔術に魔力を注ぎ続ける彼から、千夏は視線を外し、それから頭上に意識を向ける。

 

「しっかし……この演奏、()()()わね。さっきからずっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()。真冬もでしょ?」

「──あぁ、これ母さんもなんだ」

 

 ふう、と息をついて、運動による興奮とは違う高揚からくる頬の朱色を冷やすように、真冬はぴたりと手のひらを当てながら言う。

 怪鳥と戦闘機がドッグファイトしている遥か上空──旧電波塔の展望台近くの【門】から降り注ぐ、軽快なピアノの音色を耳にして続ける。

 

「あの演奏はトルネンブラと契約してる人の演奏だから、魔術的な効力があんのかも。単なる演奏じゃなくて、他人(あたしら)の精神に影響を及ぼしてる」

「なんでそんなのとつるんでるのよ」

「そいつの依頼が終わった直後にこうなったんだから仕方ないでしょうが」

 

 渋い顔で吐き捨てる真冬は、改めて自身の体調を確認する。そうすれば、嫌でも分かる。

 ()()()()()()のだ。龍一を守りながら無数の敵を殴り、蹴り、入れ代わり立ち代わりで破壊していながら、疲労を感じていない。

 

 異質な状態に頬をひくつかせて、真冬は視界の端から尚も迫る無数のマネキンを捉えながら口を開く。

 

「……アッパー系薬物(ドラッグ)を使うとこんな感じなのかもな。全部終わってからが(こえ)ぇ……」

「アタシと龍一は精神体だけど、今の真冬と与一くんって生身なんだっけ」

「なんかやばいことになったら丞久さん訴えるわ。たぶんギリギリで勝てる」

「…………。あいつか」

 

 千夏の脳裏に件の眼帯女が過り、額に青筋が立つ。しかしてかぶりを振って思考を切り替え、迫り来ようとするマネキンたちを一瞥して拳を握る。

 

「さぁて、与一くんも上で頑張ってるんだし、アタシらもやるべきことをやらないとね」

「ん。…………ん?」

「どした?」

「いや、なんか……あの戦闘機の軌道、なん、か……変じゃね?」

 

 不意に視界に捉えたドッグファイトの光景。現実ではあり得ない機動力による小回りで怪鳥(ヒュプノス)と拮抗しているそれが、ぐんぐんと速度を増しながら上昇していく様子を見て、真冬が眉を顰めた。

 

「電波塔より、上に……飛んで……」

「与一、あいつまさか────」

 

 戦闘機の突然の上昇に、ヒュプノスは違和感を抱かない。招かれざる客に散々してやられ、手傷まで負わされ、不快な音色が街を包み、苛立ちがピークに達したことで、それが罠であることに気付けない。

 

 仕留めてやる。そんな思考と共に追従し、追いつき、果たして戦闘機を鉤爪で鷲掴み──周囲に展開した銃身で戦闘機ごと与一を滅多撃ちにしようとしたのだろうヒュプノス。その顔は、見えていないが。

 

「……たーまやー、でいいのかな?」

「嘘でしょ……与一のやつ、自爆しやがった」

 

 ──きっと二人は察したことだろう、ヒュプノスの困惑と驚愕の表情を。

 

 旧電波塔の先端よりも上空で行われた大爆発。ヒュプノスを巻き込んだ爆炎が咲き、そして()()が千夏への合図であると悟る。

 

「──! 龍一ぃ! 飛ばすッ!!」

 

 直後に魔力を迸らせ、空間置換を起動。

 

 0秒以下の僅かなラグを挟んだのち、龍一の立っていた場所には、体のあちこちから熱気と煙を立ち昇らせる与一が入れ替わるが、殺しきれなかった運動エネルギーに伴い真冬の方へと転がってきた。

 

「っ、づ、ぉ……ごふっ、ごほ……」

「あんたやっぱ、あの人の弟子だわ」

「え゛う゛……そりゃ、どうも……」

 

 よろよろと立ち上がる与一は、それとなく周囲を見渡して、近づいてくるマネキンたちに向けて【禍理の手】を射出して会話の邪魔にならないようにと片手間で蹴散らしつつ、二人と共に見上げる。

 

「──さて……俺たちの勝ちだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──【強化】魔術とは、単純に身体機能を強化する魔術だが、当然として()()()()()()()()()()()は出来ない。魔術的・肉体的に上限はある。

 しかし、桐山龍一だけは、その制限の外側──例外の立場に居た。

 

【爆発、とは……小癪な……だが【夢見】で再現したとて、現代兵器で神格に傷をつけられる訳もなし、無駄な抵抗だったな────「ごちゃごちゃうるせえよお前。……つーか間近で見るとデケェな」

 

 上空で爆風から逃れ、その場に羽ばたいて留まるヒュプノス──の、背中。

 突然現れた膨大な魔力の塊を携えた男の声に、怪鳥の思考が一瞬止まる。

 

「よお、大将。俺も混ぜてくれよ」

 

 膨大魔力……のように見える()()は、男──龍一の右手に灯るモノ。

 彼は、【強化】を基本的に一度の起動で二重に発動している。一つは打撃力を底上げする為のもの、そしてもう一つは、自身を反動から守る為のもの。二重の術式と二重の魔力がぶつかり、乗算で跳ね上がり、効力までもが跳ね上がっていく。

 

 並の魔術師なら肉体の方が爆散し、与一や丞久ですら翌日動けなくなる可能性のある、倍率がイカれた【強化】。なぜそんな事が出来るのか、それはあまりにも簡単な話だった。桐山龍一の体は頑丈なのだ。

 彼だけが扱える()()()()()【強化】に、彼自身が問題なく耐えられる程度には。

 

 ──その魔力はまるで、狭い箱の中の火種にありったけの酸素を注ぎ込んだような勢い。

 自身の背に立ち、瓦割りでもするかのようなフォームで拳を引く龍一に、加減や情けは無い。

 逃げなければ死ぬ……そんな確信を抱いて反射的に振り落とそうとしたヒュプノスは、しかして不意に、プツリと重要なナニカが切れたような感覚が脳裏を過って、刹那の時間──肉体が硬直する。

 

【────!! 契約者が死ん……待てッ】

「じゃあな」

 

 膨大な魔力で【強化】された肉体から繰り出される打撃。背中から侵入した衝撃(インパクト)が、ヒュプノスの全身を駆け抜け──ふと、不自然なくらいに周囲から音が掻き消えて。

 一拍遅れて衝撃が全身から噴き出すように溢れ、膨らませ過ぎた風船のようにヒュプノスの体が膨れ上がり、パンッと破裂。

 

 更に数秒遅れてドパン!!! と破裂音が辺りに飛び散り、それはトルネンブラの音色をも押し退ける。龍一の黒い魔力が破裂したヒュプノスの肉片を隅々まで消し飛ばし、ぶわりと空中に拡散し消えていく光景は、ある種の花火めいた美しさを感じさせた。

 

「……さて、これ着地どうすんだ?」

 

 

 

 ──ポツリと呟いた龍一。果たして彼がマネキンとの空間置換で助けられるのは、そう呟いてから数秒後のことであった。




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