とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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幻夢境セッション 4/4

「うーい野郎ども〜、お帰りはこちらになりまぁす。この街崩壊するからはよ来い」

「ああはい。……はい??」

 

 ヒュプノスも倒し、残心と共に黒いマネキンの残党──マネキンの残党ってなんだ──を片付けて数分、唐突に地上に展望台の時のような【門】を開いて、中……というか『現実世界の座標の外』から覗き込む先輩が、あっけらかんと口にする。

 

「この街を外と内から構成していた要が同時に無くなったんだから、崩壊するに決まってんだろ」

「それ先に言ってくれません?」

「余計な心配はさせない師匠の配慮にありがたがるところなんじゃねえかぁ?」

「ありがた迷惑が過ぎる……」

 

【門】の向こうでムスッとしている先輩は、その手に何かを握って…………エーリッヒの襟首か。

 なんで引き摺られて……いや、何も言うまい。たぶんトルネンブラを使いすぎたのだろう。

 

 などと考えていると、横に立っていた父さんが少しばかりしんみりとした空気で言った。

 

「……これでお別れか」

「まあ、そう……なりますね」

「寂しくなるな。中々ない経験だぜ? 未来の息子と一緒に神と戦うなんてよ」

「いや早々あったら困りますし」

「ふっ、それもそうだな」

 

 互いに苦笑をこぼし、それからバンと強めに肩を叩かれながら前へと押し出される。

 

「おっ、と」

「与一。…………達者でな、ここからの脱出は……まあ上手いことやるさ」

「……そっちも元気で、父さん」

「アタシらもああいうのやる?」

「別にいいでしょ。ガラじゃない」

「それもそーね」

 

 カラカラと笑う千夏さんもまた、そう言って真冬をこちらに押し出す。

 そうして【門】の向こうに入る直前、父さんはそういえばと言葉を続ける。

 

「これだけ、聞いておきたいんだけどよ。与一、真冬ちゃん」

「なんです?」

「……未来(そっち)の俺と千夏は、お前らが誇れるような大人()()()か?」

 

 ふとそんなことを聞いてくる父さん。同じことを聞こうとしたのか、千夏さんも頷く。

 二人揃って、ちょっと期待するような、そんな表情をするものだから──真冬と顔を見合わせて、思わず小さく笑ってしまう。

 

「──うん。うん、そりゃあ……勿論!」

「言わなきゃダメ? ……まあ、あたしも、ちゃんと想ってるよ。母さん」

 

 きっと、これが最後の会話。もう会うこともない。会ってはいけない。だから、ぐっと激情を堪えて、軽く手を振って【門】を越える。

 

 やっぱり……と振り返ることを我慢できたのが、大人になった証拠なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ──旧電波塔が、ビルが、周囲の建物がガラガラと崩壊していく。その様を見ながら、龍一は言った。

 

「どうやら、未来の俺たちはあいつらを残して死んじまってるみたいだな」

「……あー、やっぱり? だよねぇ、あんたの質問が過去形だったのに気にしてなかったし」

 

 薄々察してはいた事実。それを確信しながらも、二人は薄く口角を緩めるだけだった。

 それはそれとして──と、苦笑を浮かべて龍一が言葉を続ける。

 

「さて。……さて、どうやって帰るか」

「んなこったろーと思ったわ」

「あの流れで『どうやって帰ればいいかわかんねぇから助けてくれ』なんて言えねぇって」

「まあそれはそう」

 

 ジトっとした眼差しを向ける千夏だが、その視線は、龍一よりも更に後ろ──瓦礫の上にちょこんと座っている物体に移された。

 

「…………。あ! クロ!?」

【にゃあ】

「あんた今までどこに居たのよ」

【巻き込まれたくねーから逃げてたにゃあ】

「こ、こいつ……!」

「まあまあ。──で、なんの用だ? お前も別れの挨拶でもしに来たか?」

 

 瓦礫の山から軽やかに降りてきた大型の黒猫──クロは、龍一にそう言われると二人の眼前まで向かい、ストンと座って言葉を返す。

 

【乗れにゃ】

「……なにぃ?」

【おミャーんとこの、生涯を苦労と添い遂げてそうな優男に免じて、今回だけ助けてやるにゃあ】

「それ絶対褒めてないだろ」

【はよ乗れ。3度目は言わねーにゃあ】

「…………」

「…………」

 

 龍一と千夏は互いに顔を見合わせて、僅かな警戒を残しつつもそろりとクロに跨がる。

 骨格がしっかりした大型猫科動物を模した体は、高校生二人が乗ってもびくともせず、クロはゆったりとした動きで立ち上がると。

 

【掴まってろにゃあ】

 

 そう言って、四つ足に力を入れてダンッと飛ぶように跳ね、崩壊を始めた街の中を駆けて行く。

 

「うおっ、おっおっおおっ!?」

「与一くんの『手』のヤツよりはマシだわ」

 

 ガックンガックンと揺れる背中に乗る二人。毛皮にしがみつく龍一と彼の腰に腕を回す千夏は、車と同等かそれよりも早い速度で走るクロの眼前で、防ぐように半ばから折れて落ちてくるビルを見る。

 

「──クロ!」

【問題ねーにゃ】

 

 クロは声を荒らげた龍一に静かに返すと、その全身から魔力を放出させる。

 続けてクロの体が、そして龍一と千夏の体が、放出された魔力に触れた端からどんどんと()()()()()光景を、二人は他人事のように眺めていた。

 

【驚いて手ぇ離すにゃよ、きっちり送り届けてやるからにゃあ。──【夢幻迷猫(チェシャキャット)】】

 

 ──果たして、二人がきちんと帰れたかどうかは、また別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ジュウジュウと肉の焼ける音、焼けた肉の香ばしい匂い。網の上で熱されていく様々な肉たちを、テーブルを囲んで眺めている。

 

「……なんで俺たち、ここにいるんですかね」

「仕事終わりの一杯が呑みてぇんだもん。あと永律陽を手伝わせた報酬」

「なるほど」

 

 焼肉店の食べ放題六人前120分コース。こちらと真冬、結月、そして先輩と秋山さんとエーリッヒで卓を囲み、各々が好き勝手に食べ進める途中、今頃父さんたちは帰れた頃だろうかと思いつつ。

 

「……音の神だの幻夢境だのと経験してきたが、正直……人形が人間サイズになってる光景が一番珍妙な気がしてならないな」

『なんすか』

「関節は球体……本当に『人形』なんだな。それで食事もできる……私もなってみるか」

『いやぁそういうのは私の許可じゃあ、ねえ? 事務所通してもらわないと』

 

 ゴスロリ服に匂いが移るからと、人にワイシャツとズボンを【召喚(コール)】させてトイレで着替えてきたことでラフな格好になった結月の節々から覗く球体関節。それは彼女が普通ではないことの証拠だ。

 

『私は被害者であって自分の意志で人形になったわけじゃないからねぇ。作った人は別で、研究してるのもそれまた別の人』

「ふうん。……お前がさっきまで着てたあのゴスロリ服はどこに行ったんだ?」

『サイズの変化は着てる服にも有効だから、服だけ小さくして仕舞ってるよん。ほつれとか破れとかは体の損傷と一緒に直るけど、臭いは残るからさ』

 

 それからモグモグとひたすら肉と大盛りライスを掻っ込む結月をしげしげと眺めているエーリッヒが、彼女からこちらに視線を向けてくる。

 

「研究をしてるのは、探偵か?」

「いや俺でもない。連盟組織で【人形化】の研究をしてる別の生き人形に聞かないと。というわけで先輩か秋山さんに「私に投げんな」

「なんつう醜いパス回しなんだ」

 

 さっきから黙々とサンチュで肉を巻いては食べていた真冬がボソリと呟く。

 ──と、ビールをジョッキで呑んでいた先輩が、口に泡ヒゲを作りながら言った。

 

「今の【人形化】は人間に戻れない不死の呪いみてぇなもんだ。それよか【不老長寿】の方が…………あ、そういえば、おい与一」

「はい?」

「前々から【不老長寿】の使用許可の申請してたろ。あれ通ったぞ」

「……マジすか」

「マジのマジ」

 

 舌でペロリと泡を舐め取る先輩の言葉に、思わず驚く。横で聞いていた結月もまた、怪訝そうな顔で会話に混ざり問いかけてきた。

 

『不老長寿? 不老不死と何が違うの?』

「【不老長寿】は単純に老化を止めて寿命が変わらなくなるだけだ。死ねば死ぬし殺せば死ぬ」

『食事の場で聞きたくないワードが過ぎる』

「ま、使い得な魔術だな。だから連盟組織では私含めて許可を出さないと使えない。与一も組織に顔出せよ、五人分の許可が出れば使えるから」

「さっき申請が通ったって……」

「通ったぞ、()()()

「…………。それとは別に許可を取れと」

「そういうこった」

 

 ──さ、詐欺じゃない……? 

 

 言葉にせずともそんな視線を送るが、先輩は無視してビールをおかわりしていた。

 そんな先輩に、口に入れていた肉を嚥下した真冬がウーロン茶を呷ってから問う。

 

「……それ、あたしも使えんの?」

「どうだかな。まず与一にやらせるから、真冬もやるとなると……そのあとか。どちらにせよ20歳までは待っといたほうがいいぞ」

「? なんで?」

「老化が止まるから未成年の姿のままだと色々困る。まあ、参考程度に覚えとけ」

「ああ、そういう」

 

 呆れと納得の混ざった顔の真冬が、合点がいったように頷く。ひとまず次の目的は【不老長寿】で寿命を止めることか──と思考していると、ずっと黙ってハイボールと肉を交互に口に入れていた秋山さんが、その重い口を開いて質問してくる。

 

「──お前、なんで【不老長寿】を使いたがってるんだ。わざわざ人間を辞めて何になる」

「心が人間なら、俺は人間ですよ。それに……俺自身、死ぬとイゴーロナクが顕現するっていう爆弾だからなのもありますけど……」

 

 言葉を区切り、脳裏に金髪の少女を過らせる。腹に穴を空けて死んだあの子。彼女との、些細な、けれども守らないといけない口約束があるのだ。

 

 ──いつか、生まれ変わったあの子を見つける。

 

「どうしても、長生きしなきゃいけない理由があるもんですからね」

「……理由があってのことなら、いい。俺からはもう聞くことはねえ。丞久」

「あいよ」

 

 仕方がないとばかりにため息をついて、秋山さんは丞久先輩がどこからか取り出した紙にペンでサインを走らせ、これまたどこからか取り出した朱肉に親指を当ててから紙にぺたりと押し当てる。

 紙には先輩と秋山さんの名前と親指の印、その下には、三人分の名前を書く空白があった。

 

「俺と丞久分の許可は出す。あとで白道にも書かせるから、あと二人だな」

「……えー、と。ありがとうございます?」

「残り二人分は与一がなんとかしろよ。俺たち以外の許可を与える役の人間は何人もいるが、お前のこと毛嫌いしてるからたぶん許可出ねえぞ」

「俺、なんで嫌われてんの……???」

 

 そんな嫌われることはしてないどころか、そっちの仕事手伝ったりしてるんだけど……? 

 ……もしかして、組織に所属してすらない奴が調子乗んなって思われてるのか……? 

 

「……なんか悲しくなってきたな」

『お酒呑めば?』

「こないだソフィアにアルハラされて殺されかけたから暫くは呑みたくない」

『ごめんなんて?』

 

 一滴も呑んでないのに頭痛すらしてきた頭を押さえつつ、ため息混じりにウーロン茶を飲む。

 そうしていると、不意に懐の携帯が着信を知らせてくる。画面を見ると、それは事務所に残っている葉子さんからの電話だった。

 

 

 

「あいもしもし。俺です」

【与一くん? 葉子です】

「どうしました?」

【実は、その……ポストを見たら奇妙な手紙が届いていまして】

「手紙ぃ?」

 

 ──今の時代に、わざわざ手紙? 

 

「どんな手紙ですか?」

【ええと、黒い洋封筒の……ダイヤモンド貼りって言うんですかね】

「あー、創作でよく見るやつですね」

【そんな感じです。それで、裏に白の花が描かれているんです。これは──】

 

 実際に見ながら電話しているのか、葉子さんは一拍置くように言葉を区切り、それからここ最近で()()()()()例の花の名前を口にした。

 

【──()()()の花……?】

「…………。白百合、ねぇ」

 

 ()()()。反射的にそう呟いたのを、この場の全員と、電話の向こうの葉子さんが聞いていた。

 

 

 

 

 

『続』




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