とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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白百合姫の招待状 3/4

「……とまあ、そんな感じ」

「はぇ〜……魔術とか怪物とか、マジであるんすね。なんか変な感覚っす」

 

 戦闘が予想される夕食時までの暇な時間を使い、客人用の寝室を貸し切って、深月にこの世界の真実を話していた。……こう書くと陰謀論めいているが、あながち間違いではないから最悪だ。

 

「ぶっちゃけ、うさんくせぇ〜〜って思いはしたんすけどねぇ。そこの浮いてるお姉さんを見ちゃったら信じるしかないっすよね」

 

 こちら──の頭上の天井付近でふよふよしている悪霊を見上げて、深月は苦笑する。

 

「これ見せたほうが早いなって気づいちゃったからにはもう……ね。あ、この人はしがない悪霊の雅灯さん。色々あって俺に取り憑いてる」

【善良な悪霊でーす。生前の私は身内の復讐で悪神の力に手を出して最終的に腹割かれて死にました】

「重い話を軽く言うんすね……?」

【暗ぁい顔して言われても困るでしょう?】

「まあそれはそうっすけど」

 

 かといって、貼り付けたような笑顔でダブルピースしながら言われてもな、とは思う。

 同じことを思っているであろう深月は、履いている靴を脱いでベッドの上で体育座りをする。

 反対のベッドの縁に腰掛けるこちらも、向かい合うように座り直して口を開いた。

 

「さて、ここまで話しておいてなんだけど、キミには選択肢がある」

「選択肢?」

「……この件が片付いたあと、帰る前にここでの記憶を消して日常に戻るか。記憶処理をせずに、非日常の存在を秘密にしたまま日常に戻るか」

「記憶処理……なんかさっき、白百合さんとそんなこと話してましたね」

 

 膝に乗せた腕の上に顎を置く深月が、思い返すように視線を斜めに上げる。

 

「忘れる、ってことっすよね」

「そうだね」

「ここでのことや、物騒な話を、全部」

「ああ」

「……()()()()()()()()?」

「まあ、そうなるかな」

「────」

 

 なんで()()が悩む材料になるのかは知らないが、ともあれ深月は少しの思案を挟んだのちにあっけらかんと返答した。

 

「んじゃ、やめときます」

「……それでいいんだな?」

「いいっすよ。与一さんのことまで忘れちゃったら、まーた大学でほなみさんのお喋りにうんざりするところから再スタートっすから」

「ああ……そういう」

 

 ──なんか、納得。そりゃあ、こちらとの関わりが記憶消去を悩む材料になるわけだな。そんなことを考えていると、ふと扉をノックする音。

 

「桐山様、蓮枯様。お食事の用意が出来ました」

 

 一拍置いて顔を覗かせた白百合ではないメイドの一人が、夕食の準備ができたことを伝えてくる。相手の正体を知った深月が警戒心を強めるけど、メイドは意に返さずに顔を引っ込めた。

 

「はいはい、すぐ行くから。……深月、あんまり露骨にそういう態度は取らない」

「……すいません」

「さ、行こうか。──あれ、雅灯さん?」

 

 ベッドから降りて部屋を出る直前、そういえばと、姿を見せるのは少しまずい対象がいつのまにやら居なかったことに気づく。

 すると、不意に足元からにゅっと頭だけを出した雅灯さんがドヤ顔をしてきた。

 

【姿を見せないよう即座に影に引っ込む。善良でよく出来た悪霊の、匠の技ですねぇ】

「んじゃあ、そのまま隠れててください」

【あぁん意地悪……】

 

 

 

 

 

 

 

 ──メイドの一人に案内され、一階の食事用の部屋に通される。西洋屋敷らしい部屋の中には、既に何人かの人影が座っていた。

 

 一人は推定敵の女魔術師。そして他参加者四人がテーブルに突っ伏すように倒れ、壁際には手を拘束された白百合が立たされ、こちらを案内したメイドが彼女の傍らに立ち、当たり前のようにスカートの中から取り出した長剣を首に突きつけている。

 

「じ、地獄絵図…………」

「まあ想定はしてた」

「してたなら助けるそぶりくらい見せてほしかったですわね。何を呑気に上でお喋りしてるんですの」

「うるさいなこいつ……」

 

 口角をひくつかせる深月の横で呟くと、ジトっとした目を向けられるが、自分の館すら守れなかったクセに何を言っているんだか。

 ──いかんいかん、思考回路が丞久先輩に寄ってきてる。……いやあの人は『テメーでなんとかしろバカタレ』くらいは言うけど。

 

「貴様らも、座ったらどうだ?」

「…………」

「安心したまえ、二人の分には何も盛っていない。何をするにも、まずは食事を終えてからにしよう。なあ? 桐山龍一……いや、与一、かな」

「なんだ、知ってたのか」

「知った。ついさっき、だけれどね」

 

 最低限の警戒心を残しつつ、深月を隣に座らせて自分も椅子に腰掛ける。

 眼前で湯気を立てるステーキをナイフで切り、フォークで一口食べ、それを味わいながら言葉を待つ。

 

「──桐山与一、今年で23、探偵事務所を営みつつ裏では連盟組織の連中とつるんで魔術師と戦っている。平凡な人間ですみたいな顔をしておいて……調べれば調べるほどにバケモノじみた戦績が出てくるじゃないか。なるほど白百合が助っ人に選ぶわけだ」

「お前はお前で何がしたいんだ、この館を支配したいならどうしてゲームを続行する?」

「……ふむ。その口ぶりから察するに、()()()()()()()()()()()()のことは知らないのだな」

「なんて???」

 

 思わず反射的に白百合を見やる。彼女は『あー、あいつか……』みたいな顔をし、女魔術師もそれを横目に更に続けた。

 

「白百合の存在は、多少魔術の世界に深く踏み込めば知ることはできる。知っているか? こいつらは、日本全土に約100人散らばっていて、それ以上にも以下にもならないらしい。別の個体から聞いたから信憑性はある。そして……その中でも特に攻撃的な個体が、自分以外の白百合を殺し回っているそうだ」

「……それで?」

「会ってみたくなった。だから、餌を用意しようと思ってね。そうしたら貴様が釣れたわけだ。はは、ミミズでマグロを釣った気分だな」

「褒めてないだろ」

 

 カラカラと笑って、女魔術師は最後の一切れを口に放り込む。咀嚼して飲み込み、ワインで喉を潤すと、ガラリと雰囲気を一変。

 室内の空気がズンと重くなったかのように軋み、隣で気圧されて震える深月の手をテーブルの下で握りながら、こちらも視線を向け返す。

 

「さて……ここからどうする? 貴様はここから我々を相手取り、民間人を死なせず、白百合も守り通さねばならないわけだが」

「ああ」

「最後に言うことはあるかな? それを合図に……殺し合いの始まりだ」

「……そうだな、強いて言うなら──」

 

 逡巡を挟み、一拍置いて、同じように最後の一切れを口に放り込んでから。

 

「──肉はもう少し焼いてくれ」

「っ!!」

 

 

 

 そう言って、即座に【禍理の手】をメイドに向けて射出。白百合と引き離すように体を鷲掴みにして、同時に未使用のナイフを女に全力で投擲。

 しかし女魔術師はテーブルクロスをひっくり返すように掬い上げてナイフを刺させて躱し、立ち上がりながら背後の壁に【門】を生成。

 

「やっぱりな、俺の戦績は知っていても能力までは知らなかったか。でなきゃ目の前に姿を出すなんて馬鹿はやらかさない」

「……ふふふ、書斎で待っているよ」

 

 こちらに笑みを向けながら、女は【門】の向こうに跨いで消えた。言葉と向こうの景色からして、二階に逃げ込んだのは確かだ、ひとまずメイドを引き寄せて、顎を殴って意識を奪いながら立ち上がる。

 

「白百合、お前は戦えるのか?」

「まあ、多少の戦闘技能はありますが」

「じゃあついて来い。深月はここで待機、【禍理の手】……雅灯さんを置いていくから」

「……あ、あの、与一さん」

「ん?」

 

 ジャラリと鎖と先端の『手』を室内に置いて、雅灯さんの行動範囲に収めながら指示を出すと、深月がおもむろに袖を掴んできた。

 

「…………気を付けて……ください」

「────。何かあったら雅灯さん経由で俺に知らせるんだぞ」

 

 震えた声で言う深月の怯えた眼差しに、一瞬言葉が詰まるが、頭を振って白百合と共に部屋を出る。廊下に出ると、白百合はからかうように言った。

 

 

 

「あーあ、怖がられましたわね」

「ふん。もっとお上品に襲い掛かればよかったとでも言うのか?」

「知りませんわよ。ただ、彼女に弁明をするなら全てが終わってからにしてくださいな」

「そうだな。俺としても、攻撃的な個体の白百合とやらの情報が欲しい。全部は終わってからだ」

 

 そう言いながら、白百合と共に背中を合わせた形を取る。白百合の視線の先には蠢く無数の影が、こちらの視線の先には、別のメイドが立っていた。

 

「【影人形】……単調な動きしかさせられない代わりに、少ない魔力で数を用意できる魔術ですわね。こちらはわたくしが相手します」

「頼むぞ。こっちは俺が。ちゃんと殺さないでやるから、気絶の方法に文句は言うなよ」

「顔は避けてくださる?」

「俺いま文句言うなよっつったよな?」

 

 白百合は後ろでずるりと鞭のような剣を取り出して構え、眼前のメイドも魔力を細長い形状に変化させていく。……ワイヤー? シラユリ様と同じような感じ、として……対応手段は──

 

「これ借りるぞ」

「え? ああどうぞどうぞ」

 

 ちらりとこちらを見て、白百合は許可を出す。それと同時にベキッと西洋甲冑の腕をもいで、左腕に装着して魔力を流しながら言う。

 

「というかなんでこんなもん飾ってるんだ」

「何ヶ月か前に別の参加者から『こういう館には甲冑を置くものだ』と言われたから買ったんですけど、もしかして……わたくし騙されてる!?」

「そんなの知るかよ……」

 

 とかなんとか言いながらも影人形とやらに斬りかかる白百合を余所に、こっちでもメイドと相対する。細く鋭いワイヤーは、窓から差し込む月光を反射してキラキラと輝く。それらを左腕の甲冑で受け止め、ぐるりと腕を回して巻きつけ、切断されるよりも早く逆にこちらへと全力で引き寄せ────

 

「ふんッ!」

 

 ──ドンッ、と右の拳で思い切り鳩尾のあたりを殴りつけ、意識を刈り取る。

 気絶したことでワイヤー状の魔力が霧散し、左腕には幾つもの切れ込みが入った甲冑が残る。それを外して床に放り投げ、二階に繋がる階段の方へと歩を進めると、後ろから白百合が小走りで駆けてきた。

 

「……メイドも残り二人ですわね。おそらく二階で待ち構えていますわ」

「さっさと終わらせるか」

 

 メイド服とハイヒールでよく走れるなぁ、と感嘆しながらも、二人で二階へと駆け上がっていく。横並びで女性へと繋がる廊下を走っていると、件のメイド二人が立ち塞がるように待ち構えている。

 

「お気をつけください、あの二人は双子で、洗脳状態にあるとはいえコンビネーションは健在ですわ。わたくしが片方を押さえ──何してるんですの?」

「いや、二階にも甲冑置いてるんだなぁって思って。……よっこいせ」

「なんで兜を引っこ抜いているんですの?」

「使えそうだなぁって思って」

 

 白百合の解説を聞きながら、飾られている甲冑から兜部分を引き剥がし、足元に置く。

 どうやら向こうも一定範囲内に近づくまでは迎撃しないように指示されているらしく、こちらの行動の邪魔をしてこない。

 

 なら、まあ、やることは一つだろう。

 

 

 

 

 

「PK対決と行こうか」

 

 ──そう言って、【強化】した足を振りかぶり、兜を容赦なく蹴り飛ばした。




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