とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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白百合姫の招待状 4/4

「──なんちゃって」

 

 ガゴォ!! と轟音を奏でてひしゃげながら飛んでいった兜──を、追従するように、続けざまに床に大きく踏み込む。

 双子メイドの中間をすっ飛んでいった兜だが、洗脳状態とはいえボーリングサイズの豪速球が来れば僅かでも意識はそちらに割かれる。

 その一瞬さえあれば────頭を鷲掴みにして床に叩きつけるくらいは出来るのだ。

 

「はい、おしまい」

「もう少し、女性を相手にしているという考えは持つべきですわね」

「これでも罪悪感は(いだ)いてるんだぞ」

「嘘おっしゃいな……」

 

 手首を痛めてないか確かめながら言うが、なんで信じようとしないんだ。

 

「酷いこと言ってる自覚はあるけど、正直、大抵は女性より男を殴る方が罪悪感無いでしょ」

「まあそれはそうですが」

「それにどうせ、魔術師なんてみんな頑丈だからな。気絶狙いで加減したならまず死なないし」

「やっぱり罪悪感抱いてませんわよね?」

「抱いてる抱いてる、すんごい抱いてる」

 

 ほんとかよ……みたいな視線を無視しながら、書斎へと向かう途中。足元の影から一階へと伸びている鎖の先からはまだ何も反応が来ない辺り、第三者が伏兵でいるわけではなさそうだな。

 そのまま周囲を警戒しつつ、廊下を歩いて書斎に。扉の前で思い切り前蹴りをすると、木製の扉は割れながら内側に倒れる。

 

 

 

「──思っていたよりは、早かったな」

「これから死ぬ割には随分と余裕ですわね」

「ここでは殺さないけどな。いま死んでおいたほうがマシだったと思うことにはなるけど」

「やれやれ、物騒な奴らだ」

 

 呆れ気味に口角を歪める女魔術師は、呆れの中に諦め──いや、妥協? のような感情を混ぜながら、手元の魔導書をデスクに置く。

 

「まあ、私も散々好きにやってきたからな。死ぬ順番が今回だっただけだ……が、せめて最後に抵抗だけはさせてもらうとするぞ」

「──!」

「おっと、なにか勘違いをしているな」

 

 鞭のような剣を構える白百合を前に、女は言う。その直後、館の中にかなり強烈な威圧感と魔力を持つ塊が3つほど現れ、彼女は更に続けた。

 

「! これは……っ、桐山様!」

「まさか私が、貴様らが来てから面と向かってよーいドンで戦うとでも? 違うな、()()()()()()()んだよ、招来の魔術がね」

「────。ちっ……!」

 

 即座に踏み込んで、強めに顔面を殴り砕く。壁の本棚に上半身を突き刺す勢いでめり込むのを見届ける間もなく、直ぐに部屋を出る。

 

「白百合、気絶したメイドを拾って下の二人と合流するぞ! 急げ!」

「……わたくしの報復を優先せずに、あの女を殺すべきでは? 魔術が解けるやも──」

「無駄だ、招来系の魔術は『喚び出す→喚び出される』の時点で完結してるから、発動後に術者を殺したところで解決はしない。ほっとけ」

 

 廊下に出て、気絶させた双子メイドの方へと足を進めながら説明する傍ら。

 館の中に発生した魔力と威圧感の塊の位置を確認し────2つの反応が動くのと、廊下の虚空から唐突に鉤爪が2つ現れるのは同時だった。

 

「……受け見とれよっ!」

「えっ──な゛」

 

 脊髄反射で片手に三節棍を【召喚(コール)】しながら、片手で白百合の襟首を掴んで天井スレスレまで投げ上げ、魔力を流してより硬くした棍の真ん中を掴み、挟むように前後から振り抜かれた爪を両端で打ち払う。

 

 続け様の鉤爪を更に三節棍で打ち、スライディングして虚空に開いた【門】の下を潜って白百合の方に滑り、立ち上がりつつ白百合を片手間に立たせる。【門】の向こうからのそりと現れたのは、人の身の丈を超えた、人ならざる怪物。

 

「面倒なのが来やがったな」

「なんなんですの、こいつ……」

「次元を彷徨うもの。……空鬼って言ったほうがポピュラーだったりするのかも」

「──どうします? わたくしに戦闘能力を期待されても困りますが、頼まれれば十数秒は持ちこたえられる可能性はありますわ」

「……少し待て」

 

 こちらとしても、別に空鬼には勝てない……という意味で困っているわけではない。

 勝てる。勝てはする。だが並の生物より硬く力が強い、次元移動によるワープが出来る空鬼の相手は単純に面倒くさい、それが3匹だ。

 

 ──普通に、3匹の同時戦闘が物凄く面倒くさい。なんとか一対一を3回行える状況に持ち込めさえすれば確実に勝てるのだが、ここには気絶したメイド、眠らされた他参加者、白百合と深月が居る。

 

「……1匹ずつを一分で相手すれば……そのためにも分断、白百合と【禍理の手】で時間を稼いでその内に? イケるか……?」

「桐山様、向こうはいつまでも待ってはくれませんわ。指示には従います、決断を」

「────」

 

 白百合の言葉に、こちらも覚悟を決める。全員死なせないためにも、全力を出さねば──と、そこまで考えたところで、鎖を経由して一階に居る雅灯さんから、不意に声が飛んできた。

 

【あーテステス、与一くん与一くん?】

「雅灯さん? ……!! そっちに鉤爪の怪物が行きましたか!?」

【あぁはい、来ましたよ。なんか私……というか【禍理の手】を恐れて近づいてはきませんでしたが。ただ……んまぁ〜〜そのぉ〜〜】

 

 鎖から届く声が、モゴモゴと口ごもる。それから一拍の間を置いて、気まずそうに続けた。

 

【深月ちゃんがぁ、ですねえ。「私が囮になるっす」とか言って外に行っちゃいまして〜〜……】

「…………。は???」

 

 

 

 

 

 

 

 ──月明かりだけが頼りの夜の下で、小さな体躯の女が駆ける。横合いから伸びた鉤爪を避け、眼前から迫るもう片方の手の鉤爪を更に低姿勢に体を落とすことで地面スレスレまで屈んで躱す。

 

 縮めたバネを伸ばすように体を跳ねさせて水が出ていない噴水の縁を足場に跳ね、少女──蓮枯深月の脳裏には、高速で回転する思考が暴れていた。

 

 

 

 ──まさか昔の趣味(パルクール)が役に立つとは。

 ──短距離走もやってた、とはいえ。

 ──なんなんすかねこの怪物。

 ──二階にもあんなのが? 

 ──だとしたら与一さんと白百合さんは? 

 ──なんで囮なんて買って出たんだか。

 ──与一さんに怯えた、罪悪感? 

 ──いや、そうじゃない。そうじゃ……

 

 

 

「っづ、うぇっ、脇腹っ、(いて)ぇ……」

 

 やがて足がガクガクと痙攣し、荒い呼吸でも酸素が取り込めなくなってくる。

 走るのは得意だった。だがそれは、中高生の頃の話。大学に上がってからは運動なんてしていない、しかも準備運動すらせずの全力疾走だ。

 

 明日には重い筋肉痛だろう。──自分に明日が来れば、の話になるのだが。

 

「……はっ、なぁに、やってんだか」

 

 舗装された道を挟んだ反対の噴水の縁に腰掛けて、のそりのそりと迫る怪物を前に、汗で張り付いた髪をどけながら言葉を続ける。

 

「……居なかったんすよ、あんな人」

 

 誰に言うでもなく。怪物に言葉が通じるとは思ってもいない深月は、ポツリと声をこぼす。

 

「今まで、わざわざ私の前で屈んで、視線を合わせてくれる大人なんて……居なかった」

 

 疲労困憊のなか、おもむろに空を見上げて、深月は柔らかい笑みを浮かべた。

 

「単純、なんすかねぇ。私って」

 

 目の前で鉤爪を振りかぶる怪物。せめて痛みなく死なせてもらえたら────そう考えていた深月の視界に収まっていた月に、影が差す。

 

「──え?」

 

 見上げていたことで、偶然にもその視線とバチリと目が合う。おおよそ人が誰かに向けるべきではないおぞましい怒気を孕んだ、その視線の持ち主は、背中から鎖に繋がれた2本の『手』を地面に射出すると、巻き取る動きで落下速度を速め──怪物が反応するよりも先に、その手に握っていた刀を煌めかせる。

 

「…………与一、さん?」

 

 すれ違うように、勢いに反して音も無く着地した男の後ろで、ずるりと体を崩れただるま落としのようにバラバラにする怪物。

 そんな光景に一瞥すら向けない男──与一は、刀を鞘に収めながら、ただ小さく呟いた。

 

「この子に、指一本も、触れるな」

「……あ、えと……その……」

「深月」

 

 

 

 じろりと、与一が深月を見下ろす。

 その目には確かに、勝手な行動をした相手への怒りが含まれている。

 

「なんで、こんな事をした」

「…………ごめんなさい」

「────。はぁ、いや、違うか」

「えっ」

 

 シュンとする深月を見て、与一も怒りを収める。それから屈んで視線を合わせながら、疲れたように苦笑してため息混じりに言う。

 

「こっちに来るために、1匹につき一分使うつもりだったのに……2匹を纏めて25秒で片付ける破目になった。新記録だよ、もうめちゃくちゃしんどい」

「……そ、そう、なんすか」

「それもこれも、キミが囮を買って出て1匹を引き付けてくれたからだ。結果論だが、全員無事なのは3匹を合流させなかったことが大きい」

「──! じ、じゃあ「たーだーし」あだっ」

 

 与一は深月の額をピンと指で弾いて締め括る。

 

「結果的に、偶然上手く行っただけだ。戦う手段も無いのにあんな怪物に立ち向かって、死んだらどうする? キミの両親も、友人も、ほなみも、『蓮枯深月は山で熊に襲われて死んだ』とでも伝えられて、真実すら知らされずに終わるんだぞ?」

「…………!!」

「深月、キミが無事でよかった」

「……ぁ、っ、ぅ……」

 

 深月の隣に腰を下ろした与一の言葉で、ようやく彼女は、自分の行動が如何に無茶で無謀だったか、家族や友人の事を考えていなかったかを理解する。背筋を駆け抜けた恐怖から逃れるように、与一の服に強くしがみついたことを、責められる者は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──翌日。朝早くに起きてメイドたちの洗脳が解けたことを確認したり、ボコボコにした分の手当てをしたり、女魔術師を地下の酒蔵に押し込んだり、他参加者の記憶処理をして帰らせたりと。

 

「ところで、本気であの女殺すのか?」

「ええまあ。うちのメイドを殺されてる以上は……殺るしかないですわ」

「あー、まあそうか。……ちなみに血抜きには星の精が向いてるぞ、アレ血だけ吸うから」

「いいですわねぇ!」

 

 そんなこんなで気づけば昼、白百合と共に館の裏にある花壇付近の木の下に木製の箱を埋め、土を均していたところに、疲れが抜けきっていない様子の深月がフラフラと歩いてきていた。

 

「おはざーっす……なぁんか物騒な話が聞こえた気がしますけど」

「あらおはようございます。もうお昼ですけれどね、蓮枯様。お疲れですか?」

「っすねぇ。運動不足なうえに準備運動もしないで……空鬼? とかいうのと追いかけっこっすよ。もう足がビキビキ痛むっす」

「よく無事でしたわねぇ」

「……んで、二人でなにやってんすか」

「お墓作りだよ」

 

召喚(コール)】したシャベルを魔力に分解して消しながら、土山の上に刺した十字架を見せる。

 

「あの魔術師が殺したメイドたちは、酒蔵に死体が放置されててなぁ。全部燃やして、骨を木箱に詰めて埋めてあげたんだ」

「そんなら起こしてくれればよかったのに」

「腐敗してたからね。()()()()()()()()

「あっ、ッスー」

 

 意味を察したのか、深月はそれ以上は言わなかった。ともあれ、この面倒事ともおさらばの時かな。ああでも、帰る前にこれだけは聞かないと。

 

「白百合、ゲームクリアの報酬いいか」

「なんですの」

「例の、白百合の中でも攻撃的な個体とやらの事細かな情報が欲しい。知ってることを全部教えてくれ、見た目年齢性格能力、可能な限りだ」

「と、いいましても……知ってることはそんなに多くはありませんわよ」

 

 ──それでも構わない。と続ければ、お嬢様らしからぬ寝巻きのような格好のまま、白百合は考えるそぶりを見せたのちに口を開く。

 

「名前は当然ですが白百合、髪は金髪、身長は女性にしては高い方で、年齢はお二人と同じくらい……おそらく二十代前半、性格は攻撃的個体らしく強気、能力は自身の魔力を白い玉に形成して高速でぶつけたりする……などと言われています」

「言われています?」

「わたくしたち白百合は、無意識的に他の個体とは会わないように距離を取っていますが、その中でもネットなどで情報共有をする場合があります。そこでの情報と、わたくしの調べを纏めた情報が、()()なのですわ。逆に言えば、攻撃的な白百合は、意識的に別個体と出会い殺して回っている」

「な、なんで、そんなことを?」

 

 深月の問いに、白百合は黙り込む。一度空を見上げてから、ふと質問を返した。

 

「わたくしたちって、『何』なんでしょう」

「へ?」

「同じ顔、違う能力、違う性格、違う人生。けれどもきっと、わたくしたち『白百合』は、『白百合ってなんなんだろう』という疑問を胸に抱いたまま生きています。オリジナルがなぜわたくしたちを生んだのか? 何をするのがゴールなのか? その疑問は解決しません。攻撃的個体も、()()だったのでしょう」

「……手段が、目的になっている?」

「かも、しれませんわね」

 

 こちらの言葉に白百合が反応する。とどのつまり、白百合という個体数を減らす、力をつける、そういったゴールのための手段が、いつの間にか目的になってしまっているパターンか。

 なら、恐らく止まらないだろう。だって白百合の数は増減しないらしいのだから。

 

「……会いたくねぇ〜〜〜」

「とか言ってると会いそうっすね」

「まあ、魔術師ってそういう生き物だからね」

 

 ともあれ、深くため息をついて意識を切り替える。そろそろ帰るか──と思案していると、深月が白百合に問いかけた。

 

「白百合さん……は、こう、答え? 的なものは見つけられたんですか?」

「……例えばどこかで隠蔽した空間内に村を作った白百合とか、どっかの研究所で絶滅した動物を創ろうとしてる白百合とか。そういった個体のように、わたくしも、わたくしなりに割り切れた側……なの、かも、しれませんわね」

 

 そう言って、白百合はスカートの端をつまんで優雅に広げて言葉を続ける。

 

「──わたくしは白百合姫。今宵のゲーム、お疲れ様でした。またのお越しを、お待ちしておりますわ。桐山様、蓮枯様」

「……正直、もう来たくないっすけどね」

「それは残念。では、さようなら」

「じゃあな。事務所に来るなら茶は出すぞ」

 

 白百合に背を向け、館の表に向かいながら後ろ手に片手を上げてその場を去る。

 門から敷地の外に出てから、バイクとヘルメット2つを【召喚(コール)】して1つを深月に渡す。跨がってエンジンを掛け、ひょいと前に乗せて走り出し、片手間で携帯のマップアプリを起動した。

 

「深月、家の住所どこだ?」

「これが送り狼ってヤツっすね」

「そのへんに置き去りにするぞ」

「冗談ですよまったく……と、ここです」

 

 バイクに備え付けたスマホスタンドにはめ込んだ携帯の画面をついついっと指で動かす深月が、体を傾けて見えるように避ける。

 一旦路肩に停めて後ろから覗き込むと、深月の家というかマンションの住所が表示されたのだが。

 

「……あれっ」

「なんすか?」

「いや、俺の事務所がここなんだけど……」

「…………。マジすか」

 

 そう言いながら指でマップをずらすと、マンションから少し離れた位置に、こちらで使っている事務所の辺りにピンが刺される。

 

「歩いて10分くらいってくっそ近所すね」

「意外なこともあるもんだなぁ」

 

 偶然にも、深月の住んでいるマンションと近いところに事務所が建てられていた。

 次の再会は案外早いのだろうな、と思うことを喜ぶべきか、次のトラブルも早く来ることを恐れるべきか。その思考をひとまず置いて、今はとにかく、帰路につくべくバイクを走らせることにするのだった。

 

 

 

 

 

『完』




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