とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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韋駄天と植物王の試練 2/4

「俺の【韋駄天】を習得する気はあるか? って話をしてるんだが」

「ああそういう」

 

 ニュアンスが完全に人体改造を持ち掛けてきた悪の組織だったけど、なるほど【韋駄天】を……習得…………出来るのか? 

 

「それ、ヒカリさん以外も使えるんですね」

「そりゃあ根っこは【強化】魔術だからな。方向性を絞って出力を上げてるだけだ」

 

 って、そういえばそんな感じだったっけ。あとはなんか、こう、神経伝達とか動体視力も上がる……んだっけ、前にヒカリさんと戦ったときに御剣ちゃんから聞いてあったような気がする。

 

「──実際のところ、どうなんです?」

 

 ひとまず先にそこだけ確認しておこうと、質問を投げかけると。ヒカリさんは露骨に顔を顰めて、さらりとこちらの言葉を否定した。

 

「あ? いやそこまで出来るわけねぇだろ。【韋駄天】は単なる脚力強化魔術だぞ」

「……え、そう、だったんですか……?」

 

 御剣ちゃんが頭に疑問符を浮かべ、その顔を見てヒカリさんが続ける。

 

「──ああ、なんか変な勘違いしてたのか。【韋駄天】はただの強化魔術、制御できてんのは経験と勘でどうにかしてるだけだ」

「より酷い回答が返ってきたんだけど???」

「まぁでもわかるぜ。私も【黄衣の王(ハスター)】や【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】の制御はほとんど経験と勘でどうにかしてるからな、変な勘違いはよくされるもんだ」

 

 眼帯の裏を指先で掻きながら言う先輩を横目に、こちらも考えを巡らせた。

 

「……単なる脚力強化、だとしても、加速して動くってことは空気とぶつかるってことだから、たぶんヒカリさんも無自覚なだけで、魔術の比率が下半身の【強化】に傾いてるだけで全身も薄っすら【強化】してるんだと思いますよ。確信はないですが」

「詳しいな、まるで【韋駄天】博士だ」

「なんで発案者が詳しくないんですかね」

 

 どうして発案者が素人意見に感嘆してるんですか? どうして……

 

「はーいはいはい、いつまでも駄弁ってると終わんねぇからさっさと進めろっての。まだめんどくせぇのが一人残ってるんだからさ」

 

 パンパンと手を叩いて話題を切り上げる先輩。ヒカリさんは『一人』の部分に反応して、彼女に視線を向けて問いかける。

 

「俺ともう一人にサインさせるって話だったか。……誰のことだ?」

「お前が辞めた原因」

「……………………。あいつか」

 

 たっぷりの間を置いて、ヒカリさんがとてつもなく渋い顔をする。この人にここまでの顔をさせるって、相当ですよぉ……? 

 

「────。俺はついていかないぞ」

「まあ、まあ。それはご自由に」

「ならいい。……ちょっと頭貸せ」

「はい?」

 

 例の、誰だっけ。言乃葉ミドリ──の、体を使っている神格だったか。そいつに対して複雑な感情を抱いているのだろうと推察していると、ヒカリさんがそう言いながらこちらの額に指を当て…………

 

 

「い゛っっっっっだ!?!?」

 

 

 ──バチン、といきなり電気を流されたような衝撃が脳を駆け抜け、反射的に仰け反る。

 

「よし終わり。今お前の頭に直接【韋駄天】の術式情報を送った、()()()だろ?」

「こ、この人……この人もしかして、遠回しに俺のこと殺そうとしてる……?」

「そのつもりならあのデパートでお前がバラバラになるまで全力でタックルしてたが」

 

 御剣ちゃんが心配そうな眼差しを向け、先輩が愉快そうにニヤついているのを視界の端で捉えつつ、頭の痛みが引く頃には、ヒカリさんが言うように……【韋駄天】の使()()()が感覚で理解できていた。

 

「……あー、あー。なるほどね、こういう感じか。うん、()()()使()()()()

 

 ──【韋駄天】。いざ理解すればするほど、清々しいまでに脳筋が作った魔術だなと理解せざるを得ない。ヒカリさんが単なる脚力強化魔術と言ったのも、まさしくその通りなのだから。

 

「ま、出来てもらわないと困るからな。それじゃあ早速だが──リオン、あっちに立て」

「? はい?」

「もう少し後ろ、もう少し……そこで立ってろ」

 

 疑問に思いながらも、御剣ちゃんは言われた通りに数メートル後ろに下がっていき足を止める。

 

「与一」

「なんです?」

「試練だ。【韋駄天】を使って真っ直ぐ走って、リオンの目の前で止まってみろ」

「馬鹿?」

 

 ……?? なにを、言っているんだ?? 

 

「丞久から聞いたが、お前アレだろ、身近な人間が絡んだ状況の方が集中できるタイプ」

「失敗したら御剣ちゃんがトラックで撥ね飛ばされたような惨状になるんですけど……?」

「失敗しなきゃいいだけだろ」

 

 ──こいつ曲がりなりにも御剣ちゃんの保護者をやってる自覚が無いのでは? 

 などの言葉が反射的に口から飛び出しそうになったのを抑えて、ならばと当の御剣ちゃん本人に言葉を投げかけ問い掛ける。

 

「御剣ちゃーん! キミはそれでいいのー!?」

「え、ああはい、僕なら桐山さんが失敗しても、数発までは耐えられると思います」

「そういう話ではなくてね!?」

「──それに、信じてますから。あなたなら、キチンと制御できるって」

「ぬ、ぐ」

 

 ファスナーを少し下ろして口許を出した御剣ちゃんが、そう言ってにこりと微笑む。

 ……こちらがビビりすぎ、なのだろうか。恐れることは正しくても、自分の実力を過小評価し過ぎているきらいがある自覚はある。

 

 

 

『キミはもう一流の側だ、与一クン。キミこそが……これからは弱い者に手を貸す番なんだよ』

 

 

 

 ふと、いつぞやに、船の上でナイに言われたセリフが脳裏を過る。

 ──そうだったな。こちらの自覚に関係なく、もう、人を助ける側になったのだから。

 

 だから、()()()()()

 

「……行くよ」

「っ、はいっ!」

 

 簡単な話だ、【韋駄天】を起動して、走って──立ち止まる。それだけ。

 

「【韋駄天】」

 

 呟いて、魔力を迸らせると、床を蹴り砕く勢いで体が押し出される。

 あまりの速度に視界が、世界が、ぐにゅっと引き伸ばされるような感覚。それに伴い御剣ちゃんの姿がぐんぐん近づいていき────

 

 

「──ここっ、だっ、とぉおっ!?」

「うわわっ……!」

 

 

 直感でベストだと思ったタイミングでブレーキを掛ける……が、適度に御剣ちゃんの眼前で立ち止まれたものの、足がつんのめり倒れそうになる。

 御剣ちゃんの両肩を掴み、彼女もこちらの腰と腹を手で押してくれたことで、なんとか倒れずには済んだ。加速中の0.1秒単位での判断が求められることは理解していたけど、実践するとこうも難しいのか。

 

「止、まれ、た……ってことでいいのかなこれ」

「い、いいんじゃ、ないでしょうか?」

 

 不格好ながらに、止まれはした。御剣ちゃんも撥ねていない。少なくとも失敗はしていないのだからと、二人で小さく笑っていると、近づいてきたヒカリさんと先輩がつまらなそうな顔で言った。

 

「……ま、及第点。58点だな」

「厳しいな、私的には62点はあげとく」

「『魔術師に人間の心は無い』って本当なんだなぁって改めて思わせられますね。二人とも絶対俺が失敗する方に賭けてたでしょ」

「…………んなわけあるか」

「…………まさかそんな」

 

 などとすっとぼける二人に呆れつつ、とりあえず脚にダメージが入っていないことを確認して御剣ちゃんから離れて一息つく。順調、といえば順調か。

 

「で、だ。与一、お前……次はアイツ──ミドリのところに行くんだったか」

「そうですね?」

「気をつけろよ、アイツは厳密には、ミドリ……俺の知り合いのガワを被った神格に過ぎない」

「その辺はまぁ、わかってますよ」

 

 ヒカリさんの言葉に頷く。なんというか、例の神格とやらに対して、彼が複雑な感情を向けているのだということは察している。

 友人が死に、死体を利用され、当の神格とどう向き合うべきかと考える前に一度ここから離脱したのだ。今更どうしろと、と悩むのも無理はない。

 

 こちらとしては、今こそ向き合いわだかまりを解くべきではないかと思わなくもないのだが、そこまで踏み込む必要はないだろう。

 ドライな意見になってしまうけど、何事も完全完璧に解決して、スパッと精算する──なんてのは難しい。それもまた、人生というものだ。

 

「それじゃ、そろそろ行きますね。今日中にサインしてもらって【不老長寿】使っておきたいので」

「ああ。俺も少し、()()()()()()から帰る」

「……? ……うへぇ、なるほど」

 

 意味深に言葉を強めて、後ろに意識を向けるヒカリさんと同じ方を見やれば、さっきからずっと我々をちらちら見ている他の連盟組織の戦闘員──でいいのかな──が、確かに彼へと敵意を向けている。

 

「すんごい嫌われてますね」

「面白くないんだろ。一度は辞めた俺があんまりにも強いから」

「なんで『そりゃ嫌われるわ』みたいな言動しか出来ないんですかね」

「ん?」

「素で()()……って、コト!?」

「あーあーあーもういいもういい終われ終われ、私らが一定数揃うとこうやって無限に漫才が始まるんだから。さっき秋山に言われたばっかだろ」

 

 呆れながら話題を切り上げようとする先輩がそう言って、周囲の連中を一瞥してから面倒くさそうな顔で出入口の方に足を向ける。

 

「おら行くぞー。ヒカリ、殺すなよ」

「それは向こうの出方次第だな」

「またそういうこと言う……」

「姫島さん、駄目ですからね?」

「…………ふん」

 

 しっしっ、と手を振るヒカリさんに背を向けて、御剣ちゃんと先輩と一緒に訓練室を出る。

 

 

 

 扉を閉めた数秒後に、訓練室の中からドガァン!! バゴォン!! という轟音が何度も奏でられているが、一体……何が、起きているんだ〜〜〜!? 

 

「部屋の中から、トラック同士の交通事故みたいな音が聞こえる……」

「無視しろリオン」

「俺も()()が出来るようになっちゃったんだよな……ちゃんと加減覚えないと」

 

 三者三様に反応しながら通路を歩き、ここに来たときとは別のエレベーターから更に下の階へと降りていく。その途中、中で先輩がポツリと呟いた。

 

「ヒカリのやつ、足治ってないのに無茶するよなぁ。お前らにカッコつけたかったんだろうけど」

「…………。はい?」

「……どういう、ことですか」

 

 ゴウンゴウンと動くエレベーターの中で、あっけらかんとした発言に疑問で返すしかできない。

 

「一度は組織を抜けた奴だ。仮に十全に回復したそいつが暴れたら、私や円花ですら手こずる。だからお上の連中は、こないだの件で全身穴だらけになって入院したあいつの()()()を不完全に治したわけだ」

「酷い話だなぁ」

「ま、ヒカリや私や円花の事を危険視してる奴は、外にもうちの組織にもそこそこ居るからなぁ。あいつもそれは承知の上だろ」

 

 ……つくづく、入らなくてよかったとしか言いようがないな。この組織。

 

「──御剣ちゃん? 大丈夫?」

「……ええ、大丈夫です」

 

 ふと隣を見ると、御剣ちゃんが額を押さえて深いため息をついている。

 

「ここ辞めたくなったら言いなよ? うちの事務所で雇ってあげるから」

「……ふふ。その時は、お願いしますね」

「いちゃつくなウゼェ。……つーか、お前らいつまで苗字で呼び合ってんだ?」

「え。いやぁ、タイミング逃してて?」

「そういえば、そうでしたね」

 

 言われてみれば確かに、と顔を見合わせると、先輩が更に続けて言った。

 

「与一は仲良い奴とは名前で呼び合うタイプだろ」

「秋山さんとか竹田さんは苗字呼びの方がしっくり来るから例外はありますけどね」

「では、僕のこともこれからは名前で?」

「そうなるかな」

 

 顔を見合わせたまま、一拍置いて。

 

「じゃあ、よろしく? リオンちゃん」

「は、はい。よ……与一、さん」

 

 改まって名前を呼ぶと、御剣……もといリオンちゃんは目尻と口角を緩めて微笑を浮かべる。

 

「──むず痒いな、これ」

「ふ、ふふ。です、ね」

「お、おぉう。うん」

「……えへへ」

 

 なんとも、まあ、ちょっと恥ずかしいな。頬が熱くなっていくのを感じながら顔を逸らすと、心底面倒くさそうな顔をしている先輩が口を開いた。

 

「いい歳して名前で呼び合う程度でクネクネすんなよ気持ち悪い奴らだな」

「そこまで言わなくてもいいでしょ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ──通路を歩いて数分。下の方の階ともなれば節電でもしているのか、先へ進むごとにどんどんと照明が薄暗くなっていく。

 

「あの、先輩。これ節電とかしてます?」

「んなわけねぇだろ。あいつ……ミドリの野郎が大規模な地下ガーデニングをしてて、そっちに電力を持ってかれてるだけだ」

「えぇ……」

「連盟組織七不思議の一つに『地下の通路が暗い階に行くと怪物に食べられる』とありましたけど、ここのことだったんですね」

「それ七で収まってる?」

「こないだ数えたら十六くらいあったぞ」

「収まってないじゃん」

 

 たぶんそのうち『訓練室から交通事故みたいな音がする』みたいな噂が流れて十七不思議になるんだろうな、などと考えながら歩いていると、ようやく最奥にたどり着いたのか頑丈なドアが視界に入る。

 

「少し待て。……と、確かこの辺に……」

 

 一歩先に出た先輩が、ドアの横にあるパネルを弄る。するとインターホンのような音がして、それから更に言葉を続けた。

 

「おーいミドリー、私だ。とっとと開けろ」

「雑……」

 

 そう言ってから一分。たっぷりと間を空けたのちに、ドアがおもむろに左右へとスライドする形で開け放たれた。ドアの奥も薄暗く、どれだけ目を凝らしても暗闇の奥を覗けない──が。

 

「……なる、ほどぉ」

「与一さんも、わかりますか」

「流石にねぇ。神格が()()っていうのが、こう……肌で感じ取れるね」

 

 開かれたドアの奥からこちらへと流れ出てくる空気に混ざって、土と草花の匂い、更には人ならざる異質な魔力がふわりと漂ってくる。

 

「…………。ん?」

 

 ──そして、不意に。

 

「……なんで?」

 

 しゅるりと植物の(つる)が足首に絡みつくのと────引っ張られる形で奥へ引きずり込まれるのは、数秒の間の出来事だった。

 

 

 

 

 

「なんでええぇぇぇぇぇぇ…………!?」

「よ、与一さぁーーーーん!?!?」




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