とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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韋駄天と植物王の試練 3/4

「明暗さん! 与一さんが……!」

「あん? あホントだ居ねぇ。ちょっと目を離すと居なくなるとか2歳児かよ」

「ではなくて!」

 

 パネルから離れて振り返った丞久は、いつの間にやら居なくなっていた与一を探して左右を見ながら言う。あわあわとドアの奥と丞久を交互に見るリオンの慌てようから、ようやく事態を理解した。

 

「あー、連れてかれたのか。……うーん? こりゃ少しマズイか?」

「それは……どういう」

「んやぁ実はな、これ言うと問題になるから黙ってたんだけど……ここ数年の間で、今みたいにミドリに引きずり込まれたやつ六人ぐらい居てな?」

「────。ま、まさか」

 

 眼帯の裏をポリポリと掻きながら言う丞久に、さしものリオンでも察する。

 

「そいつら全員スパイか謀反企ててた裏切り者だったから、寧ろ殺しといてくれて助かったんだが……まあ、与一はなんもしてねぇし、この程度で死ぬような奴を弟子にした覚えはないから大丈夫だろ」

「せめて助けに行こうとするポーズをする努力はしませんか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──ゴリゴリゴリゴリと床に背中をぶつけながら引っ張られていると、突然大きく波打った蔓の動きに巻き込まれて空中に放り投げられる。

 

「はいぃ!?」

 

 サマーソルトでもするような動きで回転しながら放り投げられ、なんとか姿勢を正して逆に前に一回転し──ダンっと着地……成功。

 

【うーん、10点・10点・10点】

「……と、満点だぁ。……どこだここ」

【さあ? 結構引き摺られてましたねぇ。五感共有しても土と草花と肥料の匂いしかしませんし】

「とはいえ、目的地に連れてこられたわけですし。──すいませーん明かりつけてくれませんかー」

 

 よくよく考えたら、ここに来たのはこの部屋のヌシにサインを貰うためなのだから、引きずり込まれたのは結果オーライとも言える。

 そんな事を考えながらも、どこに誰が居るのかわからない空間に声を張ると、数秒後にパッと照明が点灯して部屋全体を明るくした。

 明るくなったことで判明したのだが、部屋の中には無数の畑や花壇が設置それており、色とりどりの野菜だの花だのが咲き乱れている。

 

「……なんだここ」

「──わしの部屋じゃ」

「ん?」

 

 疑問符を浮かべてポツリと呟いた直後、ふと返答が来て、そちらへと振り向く。

 視線の先に立っていたのは、片手に持つ白杖で床をつつきながら歩み寄ってくる、まぶたを閉じたままの赤髪の女性だった。

 

「わしの作業……仕事……趣味? の部屋じゃな。それで、貴様が桐山与一。そっちのボンヤリしてる妙なのが藤森雅灯か」

【そうですよ〜】

「え、ああはい。──その、失礼ですけど、ミドリ……さんは、目が……?」

「そうじゃな。わしが、というかこの体が(めくら)じゃからその影響を受けておる」

「すいません放送禁止用語はちょっと」

「知るか。貴様も世間に中指を立てていけ」

【思ったよりファンキーなの来ましたね】

 

 ──思ったよりファンキーなの来たな。

 

「……それにしても、貴様」

「はい?」

「なんじゃあ、懐かしい匂いと気配じゃのう」

「なんて?」

 

 反射的に口に出た雅灯さんの横で同じことを思っていると、不意にミドリさんはこちらの胸元に顔を近づけて、すんすんと鼻を鳴らす。

 

「これはわし……じゃないのう、この体(ミドリ)が覚えておる……? いやしかしミドリが死んだのも30年は前の話じゃし……うーん?」

「いやぁちょっと近い近い」

 

 まぶたを閉じたままのミドリさんが、眉を顰めて小首を傾げ鼻を鳴らし続けている。

 ──懐かしい……? いや、まさかな。などと考えていると、不意に彼女は何者かに襟首を掴まれて宙ぶらりんに持ち上げられた。

 

「はいそこまでー。うちの弟子はお触り厳禁でーす、触るなら事務所通してもらおうか」

「お? 誰じゃ────」

 

 ぶらんぶらんと左右に揺らされるミドリさんを持ち上げているのは、丞久先輩。その後ろから数秒遅れて駆けてきたリオンちゃんが、軽く息を切らしながらこちらを見て声をかけてくる。

 

「与一さん……! 大丈夫でしたか?」

「大丈夫、引き摺られて少し背中が痛いだけ」

「そう、ですか。よかった……」

 

 ホッとしながらも、リオンちゃんはミドリさんを見ていつでも刀身を作れるように緩く手を握る。当のミドリさんは────先輩にアイアンクローで顔面を鷲掴みにされていた。

 

「あだだっだっあだだだだ!! あ、()()ぁ! 愛情表現が激しすぎるぞ姉者ぁ!!」

「何回も言ってるけど私に歳上の妹は居ねぇ」

「……姉者? 先輩が?」

 

 腕を上げてブンブンと振り回してから床に滑らせるように投げ捨てると、べちゃりと落ちたミドリさんを見ながら先輩が言う。

 

「こいつ──呪言使い・言乃葉ミドリの死体を使ってる神格の名はヴルトゥーム。まあなんつーか……あれだ、ハスターとは異母兄弟? らしい」

「はぇ〜……あ、だから姉なのか」

「人物相関図がアクロバット飛行を始めちまうぜ。──おいミドリ、起きろ」

「う、うぉごごご……」

 

 自分で投げ捨てた相手に容赦なく指示を出す先輩。ミドリさんものそりと起き上がり、パッパッと埃を払って戻ってきた。

 

「……やれやれ、スキンシップが雑じゃのう姉者。これ外でやったら大炎上じゃぞ」

「やる場所と相手は選んでるから問題ねえ」

 

 

 ──なおのこと酷いわ。

 

 

 おそらく隣に立っているリオンちゃんも同じことを思っているだろう、ドン引きするようにまぶたを細めているのを横目に、早速と本題に入る。

 

「んじゃあミドリさん……ヴルトゥーム? まあどっちでもいいけど、【不老長寿】の申請にあと一人サインが必要だから書いて欲しいんですよ」

「姉者の弟子の願いとあってはのう、してやりたいのも山々……なん、じゃが、なぁ」

「別にわざわざ何かしら試練的なモノをねじ込む必要は無いんですけど」

「──そうじゃな。じゃあ一つ頼もうかの」

「話聞いてた?」

 

 思いついたかのようにポンと手を叩いて、ミドリさんは口角を緩める。

 なんというか……ものすんごいこのノリに既視感を覚えるなぁ誰のことだろう。

 

【この辺は貴方の先輩にそっくりですね】

「明暗さんもこんな感じですよね」

「やっぱり姉妹じゃないか……」

「ひっぱたくぞボケ共」

 

 とか言いながらこちらとリオンちゃんの頭を軽くスパンと叩いてくる先輩は、雅灯さんだけは手がすり抜けるために一瞬黙り込む。

 まさか岩塩で殴る気なのかと思っていると、ミドリさんがおもむろに片手に植木鉢とスコップを【召喚(コール)】か何かで作り出す。

 

「わしがとある洞窟で栽培している花を1輪、根っ子と土ごと植木鉢に移して持って帰ってきてくるのじゃ。それ以外は何もせんでいい」

 

 スコップを植木鉢に入れて中身ごと放り投げてくるためにそれをキャッチする。

 それから続けて空いた片手を横に伸ばし、誰もいない空間に【門】を開いた。

 

「……ま、やることはわかりやすくて助かるか。んじゃあ行こうかリオンちゃん」

「はい。……あの、明暗さんは」

 

 ひんやりとした空気を溢れさせる【門】を跨いで向こう側に行くと、ついてこようとしたリオンちゃんが振り返って先輩を見やる。

 

「え、私も行くのか?」

「はいはい、来ないらしいよ。あんなのほっといて三人だけでやろう」

「おーいハブんなよぉ」

【めんどくさいですねこの人】

 

 面倒くさがっている先輩に対してわざとらしくそう言って、背中を向ける。すると先輩はひょいと【門】を跨いでこちら側に入ってきた。

 

「すぐ帰るんで、【門】は開けっ放しでお願いしますね。でもなにかあったら閉じていいので」

「うい。期待しておるぞい」

 

 目が見えていないにも関わらず、ミドリさんは間違いなく()()()()()()真っ直ぐ捉えて手を振った。

 そのことに小首を傾げつつも洞窟の奥へと歩いていく途中、もう彼女からは見られていないだろう距離まで進んでから先輩に問い掛ける。

 

「あんまり疑うのもアレなんですけど、ミドリさん(ヴルトゥーム)って目が見えてないんですよね?」

「ああ。死ぬ前の戦闘で言乃葉ミドリは既に全身がズタボロだったらしくてな、顔にも攻撃をもらってて視力は失われてるそうだ」

「この組織なら視神経接続の義眼とか作れそうなもんですけどね」

「作れるぞ。つーか私もイデアに削り斬られた左目の代わりに義眼入れてるし」

「へぇ〜。…………え?」

 

 あっけらかんと言って、先輩が眼帯をずらす。その奥にある左目は、きちんとこちらにピントを合わせるように右目と一緒に動いていた。

 

「それ見えてるんですか?」

「普通に見えてる。まあ『普通に見える』、以上の機能は要らねえんだけどな」

「……義眼、というか開発部門全般に言えますけど、あの人達おかしいですからね」

【それまたどんな風に?】

 

 ボソリと呟いたリオンちゃんに問う雅灯さんに、彼女も渋い顔で返す。

 

「余計なものを付け加えたがったり、変な武器を作ったり。おかしさの枚挙にはいとまがないですよ」

「私の義眼にも『レーザー撃てるようにしよう』だの『義眼を【門】にして武器取り出せるようにしよう』だのとイカれた発想しかしないからな。目を【門】にしても爪楊枝しか出せねぇだろ」

「く、狂っている……」

 

 変な武器、か。なんかいつぞやに秋山さんがレールガン撃ってるとこ見たことあるし、ああいうのばっかり作ってるのかな。

 

 

 

 とかなんとか考えていると、洞窟の奥の方にたどり着いたのか広い空間に出る。

 

「────。与一、リオン!」

 

 花を探そうと視線を左右に動かした直後、先輩が声を荒らげるのを聞いて即座に構える。

 その声に反応したのか、洞窟の奥、壁際にとぐろを巻いて眠っていた何かが起き上がった。

 

「……こいつは…………イグか?」

 

 記憶の片隅にある知識が口を衝いて出た。

 

 とぐろの先端にある()()()。下半身がヘビの、巨大なヘビ人間……とでも言えばいいのか、まさしく怪物と呼ぶに相応しい巨体のイグが、起き上がりながら我々を見下ろし────

 

【…………。……!!】

「僕たちを……いや、()()()()()見てる?」

「ん? ……あー、あー。やっべ」

【────────!!!!】

 

 イグはその瞳に先輩の姿を映し、突如として怒りを露にして尻尾の先端で薙ぎ払いに来た。

 

「うぉおおっ!?」

「っ、危なっ」

「いや〜〜〜……わり、イグがなんでここに居るかは知らねぇけど怒ってるのは私の案件」

「なにやらかしたんですか!?」

 

 三人で同時に跳んで避けつつ、着地しながら先輩の気まずそうな顔に言葉を投げかける。

 

「…………。前にさぁ、ガキの頃にイグを蒲焼きにして食って体調崩した話したじゃん?」

「ああ、あのイカれエピソード。──ちょっと待ってくださいまさかとは思うけど……」

「アレの所為で、私は『イグという種族そのもの』に嫌われてるから、うっかり出くわすと()()()()

「この……お馬鹿!!」

「返す言葉もねぇ〜〜〜」

 

 隠す余裕もないくらいにドン引きしているリオンちゃんの横で、先輩に反射的に怒鳴るが、いやほんとに何やってんだこの人!? 

 

「半分くらい嘘だろうなぁって思ってたのに事実だったとかこんなことある???」

「とは、いえ。……どうしますか? 花がどこにあるかもわからない以上、イグを倒して安全を確保したほうがいい気がしますが」

「……いや待て、イグの後ろを見ろ。穴があるし光がうっすら漏れてる。目的地はあそこだ」

 

 先輩が指差した方を見ると、ビタンビタンと暴れているイグの後ろには人が立って通れる大きさの穴があり、その奥から光が見えている。

 

「確かに目的地っぽいけど、どちらにせよイグは倒さなきゃ進めな…………ん?」

「どうした与一」

「────。あ、そうか。先輩」

「なんだよ」

「倒さなくていいです、時間稼いでください」

「は?」

 

 ふと、ことの全体を理解して先輩に言う。素っ頓狂な声で返す先輩を横目に、続けて口を開いた。

 

「ミドリさんも言ってたでしょ、花を持って帰れ、()()()()()()()()()()()()。──これ、中に何がいるか分かってないと出てこない発言ですよね」

「そういやそうか。で、一番ターゲットにされるだろう私をここに残してお前らが先に行くと」

「だってあんなのを真正面から押さえられるの先輩だけでしょう」

 

 そこまで言うと、先輩は逡巡を挟んでから仕方ないとばかりにため息をつく。

 

「わかった、走る準備しとけ」

「頼みますよ。……リオンちゃん、植木鉢とスコップ持ってくれる?」

「え? あ、はい」

 

 軽く放ったそれらを受け取り、両手で抱えるリオンちゃん。彼女の後ろに回り、ひょいと持ち上げると、借りてきた猫のように大人しくなる。

 

「で、それらを持ったリオンちゃんを俺が持ちます。はい準備オッケー」

「っ! お、重くないですか?」

「いや全然、むしろもう少し肉つけなよ。これじゃあちょいと軽すぎる」

 

 いやほんとにリオンちゃん軽いなあ。剣振るタイプの近接戦闘担当なんだから、もう少し重くないと踏ん張り効かないんじゃないか? 

 ──と、そんな風に思案しつつ、先輩をちらりと一瞥。イグを見上げる彼女の体には、パキパキと硬質化した黒い魔力が纏わりついていた。

 

「【準備はいいかぁ?】」

「いつでも」

 

 そう言った──刹那、イグの尻尾が、今度は上から叩きつけるように振り下ろされる。

 

「【よし。────行け!】」

 

 けれどもそれは、骨状に形成した魔力の手で受け止めた先輩に防がれる。

 ズドンと重い音と共に地面が軽く陥没するのを余所に、覚えたての魔術を起動。

 

「──【韋駄天】!」

「【うぉおおはっけよいのこったァ!!!】」

 

 

 

 

 

 果たして先輩のどこかズレた威勢の良い言葉を背中に受けながら、イグの巨体をくぐり抜けるようにして、洞窟の最奥へと一瞬で駆けていくのだった。




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