リオンちゃんを抱っこしたまま穴の中に滑り込み、ザザザっとブレーキを掛ける。
そっと彼女を下ろし、先頭に立って歩くと、背中に言葉を投げ掛けられた。
「与一さん、明暗さんをイグの所に放っておいて大丈夫なんですか?」
「まぁ大丈夫でしょ。あの程度で死ぬような人に師事してる覚えはないし」
「…………やっぱり師弟ですね」
「ん?」
妙な『間』のある言葉。それが『お前ら同じこと言ってるぞ』を意味する言葉だと理解するのは、しばらく先の話である。
──なにはともあれ、先輩がイグを押さえているうちにやることやってしまおう。
後ろからドカドカボコボコと激しく
それは、天井の穴から降り注ぐ陽光。地面には光を浴びて成長している無数の花が拡がり、妖しくも美しい光景を見せていた。
「なるほど、上の穴から陽射しが入ってきて育ってるのか。水も……この湿気からして下を流れてるのかな、育つ条件は充分だ」
「これを1輪だけ、でしたよね」
「どれを、とは言われてないし、あんまり密集してないとこから掘ろうか」
下手にスコップ突っ込んで別の花の根を傷つけでもしたら、傷つけた本数分骨を折るとか言われても困るし、ここは少し慎重に行こう。
「……土いじりなんて何年ぶりだ? いやこないだ結月が公園の砂場で城建てる手伝いしたか」
「何をやっているんですか……」
【支えるのに使えるからって【
「文句は結月に言ってください、ねっ、と」
影からにゅっと現れた雅灯さんの小言を余所に、根っ子が切れないように花を持ち上げ、植木鉢に移して土も掬って被せていく。
あんまりギチギチにならないように緩く入れて、掘り返した方もなるべく戻し──無事1輪だけ回収してミッションコンプリートだ。
「よし、帰ろっか」
【ところで、急がないとテンション上がりすぎた丞久さんがあの……イグ? を殺しちゃうのでは】
「はっはっは、いやだなあ雅灯さん。先輩もそこまで思考能力を戦闘能力に変換してないですよ、流石に……蛮族では……ねぇ?」
「そこで僕を見られましても」
とは言いながらも、リオンちゃんですら『あの人ならやるかも』という嫌な確信をしているのか、苦笑を浮かべて視線を逸らす。
「くそっ先輩が信用ならない! 来たときと同じ感じで戻るから植木鉢持って!」
「は、はいっ」
急いで戻るために花を入れた植木鉢とスコップをリオンちゃんに渡して、ひょいと抱き上げて足に力を入れる。【韋駄天】を発動する直前、雅灯さんが思いついたようにふと口を開く。
【私が表に居る状態で与一くんが高速移動したら、この体どうなるんでしょう?】
「え、さあ。でも今から判明しますし……」
【……えっもしかして影に戻る暇を与えてくれない感じ────お゛っ゛!?】
──【禍理の手】で伸ばさない限り射程距離約2メートルの雅灯さんが外に居る状態で【韋駄天】を使うとどうなるか?
……答え、体が無理矢理引っ張られて強風に煽られたタオルみたいになる。
【し、死ぬかと思った……】
「もう死んでるでしょ」
頭上でふよふよ浮かびながら、ぜえはあと必要ない呼吸を荒らげる雅灯さん。
可哀想だなあとは思うけど、どうせこれから嫌でもこういう経験する可能性あるんだから、今のうちに味わえて良かったのではと思わなくもない。
「それで、明暗さんは……」
腕の中から降りたリオンちゃんが周囲を見回す。すると、薄暗い視界の奥で、凄まじい速度で巨体──イグの体躯が横に吹き飛んでいく。
「【いい加減眠れオラァ!!】」
【──────!!?】
洞窟内がぐらりと揺れる程の衝撃。壁に叩きつけられたイグの上半身に飛び乗ると、黒い骨のような装甲を纏う先輩の拳が、その頭に振り下ろされる。
────ドゴォ!!! というおおよそ生物の体から奏でられてはいけない音が響き、一拍置いて、イグの長い体がぐったりと倒れ伏した。
「【ふん、決まり手・鎧通し】」
【これを相撲と言い張る勇気は認めるべきですね】
「【ぺっ、爬虫類ごときが……おん? ……ったくやっと戻ってきたか】」
「そんな時間掛けてないんですけど」
イグから降りてきた先輩の体から、黒い魔力が砕けるように霧散していく。
「ちゃんと時間稼いだぜ。殺してもいないしな。……どうせ疑ってたんだろお前ら」
「そんなわけ、ないじゃないですか……!」
「人の顔をまっすぐ見ながら断言すれば誤魔化せると思うなよ馬鹿弟子」
スパンと頭を叩かれる。とはいえ、自覚はあるからかそれ以上の文句は出なかった。
それから先輩を迎えて四人で来た道を戻り、開いたままの【門】を跨ぐと、温度管理された室内に帰ってきたことで暖かい空気に切り替わる。
「お。帰ってきたか、どうじゃった?」
「ひでぇサプライズかましやがったな愚妹」
「かかかっ、殺してはおらんよな」
「ぶん殴って気絶させただけだ」
「……相変わらずイカれておるな姉者よ」
さらりと拳で渡り合っている事実に薄く引き気味になりながらも、ミドリさんはこちらに顔を向ける。リオンちゃんから受け取った植木鉢とスコップを返すと、彼女は花を指でつついて満足気に頷いた。
「うむうむ。1輪だけ、根っ子も傷ついておらなんだ。花丸満点じゃな」
「そりゃどうも」
「では、サインしてやろうかの」
ちょいちょい、と手を曲げるミドリさんの手に、先輩が取り出した紙とペンを乗せる。
「そこの一番下……もうちょい下、そう、そこ。枠からズレててもいいぞ」
「うむ。……と、こんなもんかの。わし、ちゃんと名前書けとるか?」
「ああ。これでいい」
目が見えないながらに誘導されながらサインしたミドリさんから返してもらい、先輩は紙面を一瞥してから畳んで仕舞い直した。
「私、秋山、白道、ヒカリ、ミドリ。これで条件達成……と。さっさと【不老長寿】使いに行くか、ここ辛気臭いし」
「酷い言い草じゃな。否定はせんが…………。ヒカリ? 前に辞めた園崎のことか?」
先輩の言葉に、ミドリさんが反応する。
「今は姫島ですよ、結婚してるので」
「……ふぅん。そうか。わし……というかこの体を利用した件で、連盟組織はあやつの心を傷つけたからのう。まさか戻っておるとは」
「会っていきます?」
「いや、やめておこうかの。来るときは拒まんから、待っておるとだけ伝えてくれんか」
小さく口許を緩めてそう言ったミドリさんに頷い……てもわからないだろうから返答もして、改めてこの部屋から出るべく踵を返す。
「ぶっちゃけると姉者が居なかったら貴様らとは会話すらせんかったじゃろうから、今回は運が良かったのう。次からは個人でも相手してやる、貴様らも気が向いたら遊びに来るといい」
「まあはい、考えときます」
「それ来ないやつの返事じゃよな」
それには答えず、口笛を吹いて足早に去る。プシューと音を立ててドアが閉まってから、先輩がふと重いため息をついた。
「私もあいつのこと、ちゃんと相手してやるべきかぁ? なんだかんだ敵ではねぇし」
「もうハスターの力すら宿ってないのに姉者姉者って慕ってるんですし、いい人ではあるでしょう。先輩も妹扱いしてあげればいいんじゃ?」
「妹扱い、ねぇ」
少し考えてから、先輩は続ける。
「……次からは
「ジャガイモしか頭に浮かばないんですけど」
──あれから数日。
完璧に【韋駄天】を制御するべく、今日も今日とて連盟組織の訓練室に来ていた。
「与一さん、【不老長寿】は使ったんですか?」
「ん? んー、使った使った。あんまり変化は無いけど、老化は止まったのかな」
「最初は自覚がねぇけどな、年月が経つごとに精神の老いと肉体の不老で感覚がズレるから気をつけろよ。メンタルに妙な変化が起きた場合は素直に誰かに相談しろ、わかってるか?」
「うい、先人のアドバイスは受け取りますよ」
杖を片手に訓練室の床を踏みしめる男性──ヒカリさん。そういえば、この人も結構な年数生きてるんだったか。何歳なんだ……?
ともあれ準備運動を軽く済ませ、ブーツから運動靴に履き替えた足の調子を確かめつつ。
「そういえばヒカリさん、俺より前に【韋駄天】を教えた人って居るんですか?」
「あん?」
「だってほら、リオンちゃんとか丞久先輩なんかも使えそうじゃないですか。なのに教えてないってことは、特殊な条件でもあるのかなって」
「それは、僕も不思議でした」
「凄い姿勢のまま聞くね……」
180°に足を開きながら、前屈でぺたんと額までを床に当てているリオンちゃんが問う。
ヒカリさんは考えるように唸ってから、おもむろに口を開いて言った。
「お前より前に、一度辞める前に十人くらいに【韋駄天】を教えた事がある」
「はぇ〜。それで?」
「三人は壁の染みになって、四人が両足か骨盤を粉々にして、残りの三人は戦闘中に速度の制御との両立に失敗して全員死んだ」
「えぇ…………」
「だから、今は『一定以上に体が頑丈で、かなりの練度の【強化】が使えるやつ』だけを条件にしてる。それに該当したのはお前だけだがな」
リオンちゃんの手を掴んで立たせながら話を聞いていると、その条件に合点がいく。
こちらはまあ、父さんの遺伝もあって【強化】だけは大得意だ。それに体も頑丈な自覚はある。おそらく先輩とリオンちゃんは、体は頑丈でも【強化】があまり得意ではないのだろう。
「……ところで、その明暗さんはどこに?」
「あー。確かイイーキルスを沈めに行ったあとにミスカトニック大学に向かった円花さんがようやく帰ってくるとかで、空港に行ったよ」
「春夏秋冬円花、か。また一悶着起きそうだな」
いつぞやの計画を立てていた頃に警戒していたからか、露骨に渋い顔で呟く。
「いやいや、流石にそうそう滅多に問題なんて起きないでしょう。いくら俺たちがトラブルを引き寄せがちな魔術師だからって────」
そう言った、刹那。ヒカリさんとリオンちゃんの携帯から、緊急地震速報もかくやと言わんばかりのけたたましいアラームが鳴り響いた。
「──そんなことある?」
「…………。っ!? 連盟組織の支部が、襲撃を受けたみたいです!」
「特殊合金用の金属研究部門……最近やってる研究のところか」
それぞれが携帯の画面を見て口を開く。リオンちゃんの携帯を横から覗き込むと、画面にはその支部とやらでの被害が並んでいる。
「死者0人、は凄いのか? ……いや、敵に加減されたのか? 軽傷数百人……重傷数十人────あ、ごめんリオンちゃん少し戻して!」
「え? あっはい」
リオンちゃんがスクロールしていた指を止めて、ゆっくりと表示を戻していく。重傷者の欄にあった、見覚えのある名前。
「……嘘だろ」
見間違いでなければ、重傷者の欄。そこに、確かに──秋山さんと小雪さんが混ざっていた。
──確実に、着実に。またしても、どこかで誰かが厄介事を企てている。
それはまるで、尽きてしまわないように
『続』
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